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「シャドーミスト!」
「ライトニングボルト!」
シャドーミストにより、イクをかく乱しようとしたが、全て雷撃魔法で消されてしまう。逆に雷撃魔法を避けるためにシャドーミストで分身を作る逆転現象が起きた。
(全員であの人間を追わせたのは失敗でしたかね? )
足でまといになる可能性があるとは言え、ここでひとつ援護が欲しくなる。
(まあ無いものねだりですね!)
「ジェット!」
ルミアの詠唱と共に足の裏から砂浜の砂が飛び散り、風で推進力を得て、イクにタックルをかます。イクは唐突な行動にライトニングボルトで迎撃しようとするが、詠唱を唱えた時には既に手首を掴まれていた。
「このぉ!?」
「ジェット!!」
ルミアから体を離そうとイクが動いたとき、ルミアの詠唱と共にイクの体に強烈なGが掛かる。ルミアはそのまま目的の場所まで飛んでいく。
(くそ、どこまで行く気だ!)
ルミアから何とかして体を離そうとしていたイクに浮遊感が生まれる。イクが背後に視線を動かすと、イクの背後にあったものは……。
「海水?!」
「一緒にわたくしと海水浴と洒落込もうじゃないですか!」
『ドボン!』と言う音とともに、水しぶきを立てて、イクとルミアは海に飛び込んだのだった。
「ごほごふ!」
「ガハ、がは!」
二人共海面から顔を出すと、咳き込みながら武器を構える。海面は二人の膝ぐらいの高さで、非常に戦いにくい。だがルミアの顔には笑みが浮かび、イクの顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
「これで雷の魔法は使えませんね」
海水に雷が当たると半径10メートル程度に電気が届く、特に海面に出ていると、海面の表面を電気が流れ痺れるのだ。イクがルミアに雷魔法を当てると、その雷魔法が海水を伝わって、イクにもダメージが行くことを意味していた。
「やってくれたな……」
「それほどでも……」
だが苦悶に歪んでいたイクの表情に笑みが浮かぶ。
「だが、お前にもそろそろ効いてきたみたいだな」
「何です?」
「お前に左腕を見てみろ」
ルミアが言われるがままに左腕を見ると、紫色に変色して、既に腕の感覚が無くなっていた。
「毒だよ」
「毒が塗ってあるようには見えませんでしたけど……」
「これが聖剣ってことを忘れたのかい?」
イクが二本の聖剣を構えながら呟く。ルミアは既に聖剣の能力を見ているので、困惑の表情を浮かべる。
「聖剣の能力は一つの剣に一つじゃ……」
「いつからこの聖剣が一つだと思っていたんだ?」
ルミアが更に困惑の表情を深めると、イクが更に笑みを深くして説明してくれる。
「この聖剣は、二つの聖剣を元にしているんだよ」
「聖剣二本で作っているのですか?!」
ルミアの驚きの声とともに、魔法で治療する前まで、止血していた布で腕をしばり、毒が広がらないようにしたが、ルミアとしては既に手遅れだと思っていた。既に毒が回るには十分な時間が過ぎていた。
「まあ、その分毒の効きが遅いがな……」
本来この毒の聖剣は戦場では使いにくいものだった。鎧を着ている人間に刃が通ることは無い。どちらかといえば、暗殺用の武器と言っても過言ではないだろう。そんな使いにくい武器に鎧通しを合わせた結果、凶悪な武器に変化したのだった。
(……彼らが倒れていた理由は、出血死では無く毒殺されたのか)
このままでは最初の魔族と同じ運命を辿る。早めに決着を付けようと動き出すが、海水のせいで思うように動けない。ルミアは風魔法で遠距離の攻撃を仕掛ける。一方イクも、風魔法で攻撃を仕掛けてくる。お互いに円を描きながら戦っていたが、突然イクの体が切り裂かれる。
「何?!」
イクは切り裂かれた二の腕に、海水がかかりしみるが無理やり体を動かし、その場から更に移動すると今度は背中が切り裂かれた。
「っう?!」
突然の攻撃で、イクは膝をつけてしまう。イクはルミアが魔法を唱えていないことは確認している。
(さっきと同じだ。魔法を使った様子が無いが……)
そう思って、ルミアを見るとルミアが持っている薙刀のひらひらの数が、減っていることに気がついた。薙刀のひらひら数は残り三本
(もしかして……)
イクの頭にある考えが過ぎった。イクはその考えを確実なものにするために、ルミアに鎌を掛けることにしたのだった。
「残弾数はあと三発か?」
イクの言葉にルミアの動きに微かに戸惑いが見えた。イクはそれを見て追い打ちを掛けるように、再び問いかける。
「正確には三斬かな?」
「……どうでしょう?」
ルミアは誤魔化したが、イクはある程度タネが予想出来た。たぶん「三風月」が呪文だろう。そしてたぶん斬撃を空間に固定化する魔法だろう。一回斬撃が発動すると終わるようだが、目に見えない刃と言うのは厄介だが、効果範囲は今のところ分からない。だけどそれはルミアを見ていれば、いずれわかるだろうとルミアは考えた。
(時間は俺にはある。焦る必要は無い)
イクは冷静になりながら、相手の行動を観察する。薙刀の刃付近でゆらゆらしているものは、三本だ。あと三回斬撃を空間に固定することが出来ると言うことだ。戦闘の中でそれを見逃さないようにしなければいけない。
「ソニックブーム!」
「ウインドブラスト!」
ルミアは片手で薙刀を振ると同時に魔法によって、風の刃が飛ばされる。それをイクはウインドブラストでかき消す。
「ソニックブーム!」
さっきと違い海面に向けてルミアが斬撃を放つと、2メートル近くの水飛沫が上がる。
「ソニックブーム! シャドーミスト!」
更に水飛沫の向こうから、風の刃が飛んでくる。海中でジャンプをした所でよけられそうに無かった。
「グランドウォール!」
自分の足元から壁が飛び出し、それを足場に三メートル近く飛び上がる。ルミアが放ったソニックブームはイクが作った壁を破壊した。だが水飛沫で見えなかったルミアがイクからも見えるようになっていた。
(刃は?!)
イクはルミアが持っている薙刀を見ると、ひらひらは二本に減っていた。
(既に一回使ったのだろう。たぶん真正面に設置されていると思っていい。)
「ロックバレット!」
イクの手のひらから小石の雨がルミアに向かって降り注ぐ。イクの小石の雨はルミアのウインド・ベールによって全て弾かれたが、弾いたのはウインド・ベールだけでなく、ルミアが設置した斬撃も小石を弾いたのだった。それが意味するのは設置した斬撃が使用されたと言うことだった。つまりそこに固定してあった斬撃を、無効化したと言うことだ。
(だがそれだけでは無い、嬉しい誤算もあったな)
イクが飛ばした斬撃を弾いた場所が一つではなく三ヶ所だった。これが意味するのは、設置する斬撃を三つ使ったと言うことだ。
(と言うことは、あそこに見えているひらひら二つは幻覚。シャドーミストをこれに使ったな)
イクの目に自分を驚いた顔で見上げる魔族の顔が映り込む。イクはその顔で勝利を確信した。
「これで終わりだぁー!」
イクが持つ二本の刃がルミアを突き刺した。海面に大量の血が流れ出す。
イクの腹と口から。
「な、なぜだ……」
イクが自分の腹に突き刺さっている薙刀を見ながら、後ろに数歩下がり、尻餅をつく。その薙刀は海面から生えていた。
「ゲホゲホ、少し海水を飲んでしまいましたね」
海面から出てきたのは、全身海水でずぶ濡れのルミアだった。
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(あの人間に三風月は、もはや通用しないと考えて良いでしょう)
タネが割れているので、薙刀を見ればすぐにバレてしまう。三風月でトドメを刺すのは難しいだろうとルミアは考えた。
(なら三風月には囮になってもらいしょう)
三風月破ったとあの人間が思えば、勝ったと確信して隙が生まれるだろう、そこを狙う。
ルミアはまず相手の視界から、自分を水飛沫によって隠した。その後シャドーミストで、幻影の自分を作り出し、本体は海水に潜った。無論三風月を全てセットしてだ。小石の雨によって、セットしてあった三風月は全て無効化されてしまった。だが人間がしたのはそれだけだった。勝ちを確信したようで、そのまま刃を二本幻影に突き刺したのだった。ルミアはそれと同時に海中から薙刀を突き出したのだった。ルミア勢い良く海水から飛び出したのだった。
「ゲホゲホ、少し海水を飲んでしまいましたね」
目の前に掛かる髪をかきあげながら、視界を確保した。薙刀はイクの胸を突き刺し、確実に致命傷だと言うことが分かる。
「こちらも無傷とはいきませんでしたが……」
斬られた左腕は変色して、腕が動かなくなっていた。
「俺は死ぬのか?」
「そうですね」
呟いたルミアの体からも力が抜けた。突然力が抜けたことに驚くルミアだったが、微かな違和感にルミアが服を捲ると紫色に変色している部分があった。それはポドに斬られた傷だった。浅い傷だったせいか、ルミアの意識から抜け落ちていた。
「他にも斬られていた場所があったな……」
「中々だろう、俺の弟も。」
イクは笑みを浮かべて、胸から笛を出す。ルミアはイクを止めようとするが、体が上手く動かず、笛を吹かれてしまう。慌てるルミアを見て笑みを浮かべる。
「慌てるな、鳥を呼んだだけだ」
イクの言葉を証明するように大きな鳥がイクに向かって飛んできていた。
「これをポドに!」
そう言って伸ばした手には、二本の聖剣が握られていた。大きな鳥はそれを足で掴むと、再び天高く飛び上がった。
「これで俺は安心して、天に行ける」
イクの体はそれを最後に海中に沈んだ。イクの最後を見届けたルミアだったが、非常に焦っていた。
「………体が動きませんね」
今にも意識を失いそうな上、殆ど体が動かない。こんな所で意識を失ったら、水死してしまうことになる。ルミアは気合で体を砂浜まで引きずったが、ルミアの意識はそこで途切れてしまった。




