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「良いか、合図と共に盾をひっくり返すんだ」
ビイルは自分の部隊に言い聞かせるように指示を出す。無事だった部隊を中心に、残った部隊を併合して、今の部隊を作ったのだった。既に味方の中には友人の敵を撃つ為に、敵に突っ込みそうな勢いの奴が出てきていた。それに釣られて突っ込まれては全滅の可能性まで出てきてしまう。それだけは避けなければいけないとビイルは考えていた。
「大丈夫です、一応頭に血が上がっていた若い奴には言っておきましたから」
副官の言葉にビイルは安心するが、敵がこれで止まらなければ色々と対策はあると自分に言い聞かせ、自らの武器を取る。魔族の持っているメインウエポンは槍と盾で、これは軍から支給されたものだ。そしてサブウエポンはそれぞれ自分たちの好みの武器を用意されている。槍がこれは集団戦闘を考えた結果、装備を揃える必要があったからだ。
「話しているところ悪いが、そろそろだ」
ガシャガシャと鎧を鳴らしながらダラダがビイルに声を掛けてきた。ダラダは突撃する部隊の指揮をすると同時に突進にも参加することになっていた。ダラダの言う通り既にシールドが消えかかっていた。数分もせずに敵の突撃が始まるだろう。ここにいる全員がそれを察し、心の準備を始める。
「何ともまあ不思議だな」
「何がだ?」
「人間が俺たち用な戦い方をして、俺たちの方が人間のような戦い方をしているのがだ」
ダラダの言う通り、人間は竜の血によって、個々の力が強くなったために、以前までの魔族のような個人プレイ気味の戦闘が目立つようになった。一方魔族は装備を揃え集団で戦うことを覚えた。
「どちらが強くなっているんだろうな」
「分からないが、来るぞ」
シールドが消える音が響いた。それと同時に地響きのような竜血騎士団の足音が耳に届くのだった。ここにいる魔族全員の体が強張る。昨日の戦闘が脳裏をよぎった。先程まで自分の隣にいた同僚が、串刺しにされた。戦ったが自分たちの攻撃が殆ど意味を成さなかったこと。
「恐るなぁっ!」
ダラダの声が影魔法によって、精神と耳に響いた。力強く、そしてその声は、魔族の精神を奮い立たせるのだった。
「横を見ろ、何が見える」
自分たちの横には苦楽を共にした仲間の顔があった。その顔は恐怖により、少し強ばっていた。
「仲間の顔が見えるだろう。………その仲間を殺されたいのか?……いいや、誰もそんなことは望んではいないはずだ!」
ダラダの声に無意識に持っている武器を強く握ることで、返事をしていた。元々魔族は仲間思いの種族だ。そのようなことを問いかけられえれば力が入るのは仕方ない、それも一緒に釜の飯を食った仲なら尚更だ。
「良いか、貴様らの恐怖は仲間を殺すと思え! そして貴様らの勇気は仲間を生かすと知れ!」
ダラダの声でそこにいた魔族の顔から恐怖が消え去り、勇気に満ち溢れた顔になっていた。既に竜血騎士団は策が通用する距離まで近づいてきていた。
「今だ!」
ビイルの声と共に部隊の先頭にいる魔族が盾をひっくり返した。ひっくり返すとそこは鏡になっていたのだった。鏡は太陽光を反射して、竜血騎士団たちに太陽光を浴びせた。その途端地響きのような足音に乱れが生じた。それを聞くとすかさずダラダが声と共に駆け出した。
「俺に続けえぇぇ!」
ダラダ率いる部隊は鏡の盾を持っていない、その代わり盾と槍を構え、竜血騎士団へと突進していった。その突進の勢いは先ほどの竜血騎士団突進に負けず劣らずの勢いだ。竜血騎士団は太陽光によって、目がくらみすぐに対応することが出来なかった。そこにダラダ率いる部隊が槍を構えて突進していった。足を止めていた竜血騎士団はこの突撃をまともに受けることになった。先頭にいた竜血騎士団たちの中に当たり所が悪く槍に貫かれる者が複数人出てきた。それ以外の人間は槍で突かれた鈍痛に顔を歪めていた。
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「糞魔族共め、あんな高価なものを戦場に持ち出すとは!!」
反射された太陽光のせいで仲間たちの目は見えなくなっていた。先頭にいる仲間たちは必死に瞬きをして、視界を回復させようとするが、すぐに回復することは無かった。ザスーラ国では鏡が貴重品で、貴族の婦人などが、自慢をするために持っていることが多い物で、戦場に持ってくるようなものではなかった。一方魔族の国シャルド国では転生勇者が来訪してから急激に技術発展したため、鏡などは安価に大量生産されているのだった。
(どうする? 先頭の仲間が邪魔で攻撃することが出来ない。後退させるか? いや……)
「動けない仲間を避けて魔族共を倒せ」
グリードは下手に仲間を助ける行動は、助けようとする仲間の身を危険にさらすことになると考え、魔族を葬ることを優先した。グリードの命令により、混乱していた竜血騎士団は魔族に向かって武器を振るった。グリードはそれを見届けると、部下にガドルの部隊に援軍要請を出すように指示を出した。
「先ほどの命令で我々が押していますが?」
「今だけだ、少ししたらこちらが押され出す。最初の勢いで行けなかったのが痛すぎる」
少数の軍は常に攻めてなければならない。受けに回れば数に劣っているので、数の暴力を受け止めることが出来ないからだ。グリードはそのことを良く理解している。こちらが魔族を圧倒できるフィジカルと魔力を持っているが、それにも限界がある。
「ガドルの部隊が来るまでなら耐えられる。そこまで耐えたなら勝てるだろう」
部下が打ち上げた信号弾見ながらグリードは呟いた。
「なんせ奴は最強なんだから」




