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こんなはずではありませんでしたのに!!
アリストラはシロウと戦いながら、そんなことを心の中で叫んでいた。自分の体に叩き込まれる拳にうめき声を上げながらも反撃をするが、その拳はシロウにいなされる。シロウの体はオレンジ色のオーラに覆われており、活性拳・三式が使われていた。既に三十秒経過している。残り四分半でシロウは決着を付けようと焦っている。現在アリストラのDEFは三回斬られたことによって、八分の一になっている。アリストラは魔力を使ってステータスを底上げするが、シロウの拳のダメージを無効化出来るほど上がることはなかった。それからはシロウの怒涛の攻撃がアリストラを精神的に追い詰め、その激しい攻撃のために二人は外に飛び出していた。
シロウもシロウで焦っていた。シロウが予想していたより、アリストラにダメージを与えられていないことに。アリストラを残りの時間で倒せるから不安があった。アリストラの攻撃もまともに受けたらただでは済まないので、必死にいなしながら戦う。いなしていると言っても、ダメージが無い訳ではない。正直シロウとしては避けながら戦いたかったが、そんなことをしていたら時間切れになってしまうと思い、接近戦をしている。
(骨が軋む、息つく暇さえ無い。深呼吸したい)
シロウもシロウで一撃でも当たれば死に掛けないので、気を抜けない戦いを続けている。だがシロウにも限界が来た。一瞬動きがのろまになり、息を吸ったためだった。その瞬間顔を殴られ、視界が歪んだ。更に腹に蹴りが入る。シロウの肋骨が折れる音が自分の中で響く。体が周囲の木をなぎ倒しながら、止まる。
(ああ、いつ~)
シロウは肺に肋骨が刺さっていないのを確かめると、ゆっくりと立ち上がる。
(回復魔法が使えないのがこんなに辛いとは思わなかったよ)
息を吸うたびに肺が痛む。シロウは痛みを堪えて、そのまま戦闘を続ける。既にアリストラは目の前にいる。シロウは素早く距離を詰めて、拳をお見舞いする。だがアリストラは避ける仕草を見せることなく、アリストラもシロウに負けずおとらずの拳をぶつけてきた。
(くっそ、動くたびに骨が軋んで痛い)
シロウの脇腹にアリストラの膝が叩きつけられる。折れた骨が胃に刺さり、口から血が噴き出す。肺に刺さらなかったのは幸いだったが、戦闘に支障を来す程のダメージを受けた。だがそれを無理やり押さえ込んで、頭突きを食らわせる。既に手足を動かすことさえ億劫になっていた。アリストラはシロウの頭突きで鼻の骨が折れていた。アリストラの顔が鼻血で真っ赤に染まる。
(もう少し、もう少しだ………)
その時シロウの体にナイフが刺さる。今まで武器を使ってこなかったので、もう武器を持っていないと言う先入観を利用されたのだった。ナイフは皮膚を切り裂き、骨に当たるとナイフの刃が砕けて、体が簡単に取り出せなく。DEFが高いことがアダとなってしまった。動くたびにナイフが体の中を切り裂いていく。
シロウの体からオレンジ色のオーラが消え去る。同時にタイムリミットを迎えたのだった。シロウは膝をついて、そのまま地面に体を預けてしまう。
「私の勝ちで……え?」
アリストラは笑みを浮かべて、シロウにトドメを刺そうと近づいて来たその時、アリストラの胸を槍が貫いていた。刃が光り輝く槍で神秘機的な光を放っていた。槍が飛んできた方向は魔王城の方だった。魔王城には槍を投げたであろう魔王が仁王立ちしていた。どうやら外に飛んでいった魔王の武器をクミン達が回収してきたようだった。
(た、助かったみたいだな……)
シロウは地面に座り込みながら呟いた。体力を使い切って、歩くことさえ困難なぐらいだった。
(こんなふうに全力を出して戦うのはこれで最後にして欲しいよ、まったく)
シロウはそのまま意識を失った。
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シロウが目を覚ました時には既に朝日が昇り始めている時間帯だった。シロウは自分の中にあったナイフの破片が抜かれていること気がつきました。自分が寝ている間に誰かが治療をしてくれたのだろう。
「喉も治っているな」
声が出るのを確認しる。アリストラに貰った毒物の影響は無くなっていた。シロウはベッドから出ると、部屋から出た。そこでここが勇者を迎えた魔王城では無く、住居にしている家だと気付く。ベッドから出ると食堂に出ると驚きの光景が目に入る。なんと食堂で勇者一同と魔王一同が食事を取っているのだった。
「意外な組み合わせだな」
「あ、起きたんだ、シロウ」
「おはよう、オズワルド」
シロウに挨拶をしたクミンとクリスの視線がぶつかり合う。二人でシロウのことを取り合っていたのだった。
そんな二人を見て勇者パーティーは苦笑を浮かべる。シロウも席に座ると後ろに控えていたメイド達がシロウの前に食事を用意してくれる。シロウは食事を食べながらあれからどうなったかを魔王に尋ねた。あれからシロウが倒れた後、アリストラはしばらく間生きていた。魔王達が近づくと、捨て台詞を色々吐いた後絶命したと言うことだった。その後魔王はクミン達に避難所にいるザイード達を呼びに行かせた。勇者パーティーは一時拘束され、その後その身柄を魔王に預けることになった。
「それで勇者はこれからどうするんだ?」
シロウは現状が分かると勇者に質問を投げかけた。勇者のこれからの動きが重要だとシロウは思ったからだ。勇者がこれから魔族と敵対するのかしないのかで、魔族側の動きが大きく変わってくる。
「俺は……取り敢えず、女神に会うことを当面の目的にしている」
勇者としても話すべき相手と話しておきたかったのだろう。アリストラに邪魔されて、女神との会話を妨害されたのだ。今は扉の前や部屋の瓦礫の撤去で女神に会うことが出来なくなっているので、勇者はそれの撤去を待っている所だった。
「他のメンバーはどうなんだ?」
シロウとしては教会で育ったアクアの意見を聞いてみたかった。アクアとしては教会を裏切る形になるかもしれない。ヘタをしたら敵に回る可能性だってあるのだ。
「私は正直教会の権威が地に落ちるのは全然構わない」
「僕としては一度帰って族長ご意見を聞きたいです」
「勇者のダンナについてく」
「クラフト様についてきます」
「……私は決めかねてます」
クリス、クシア、サムイ、ナック、アクアの順に答えていく。最後のアクアはみんなに合わせて言ったようで、正直このことに関しては考えたくも無いようだった。自分を育ててくれた親同然の教会の敵になるのは抵抗感があるのだった。




