134 女神との対話
隣で何かが動く気配で起こされる。隣では昨日俺のことをベッドに連れ込んだ女の子が眠そうに目をこすっている。
「もう、朝?早いわね~」
起きたことを見計らったかのようにドアがノックされる。そのタイミングに青髪の女の子は驚く様子は無かった。いつもの事みたいだ。
「クミン様、起床のお時間です。起きておりますか?」
どうやらこの女の子はクミンと言う名らしい。このメイドと家具などを見るとそれなりの地位の娘らしい。だとするとこの女の子が『お父様』と呼んでいた男はそれなりの地位なのだろと予測が付いた。
「起きてる、入って構わないわ」
「失礼します」
部屋に入ってくる複数のメイド姿の魔族、メイドの手には洗面器や服それとカバンなどがある。それを見て化粧台に移りメイドに髪をとかさせ、髪をとかしたら次は顔を洗うとパジャマを脱いで服に着替える、それは学校の制服を連想させる服だ。学校にでも行くのか?そもそも学校があるのかよ、ここに?
クミンは身支度を整えると俺の頭に触れる。
「闇よ、魂と魂を繋ぎたまへ」
俺は突然の行動に驚いて何が起こっているか分からなかったが、魔法を使っていることだけは気づけた。
(あたしはこれから出かけるの、その間おとなしくしててね)
(こ、これは直接心に話しかけてきてるのか?)
(あら、案外鮮明な言葉ね。意外に猫は賢い生き物なのね!!)
クミンが俺の発言で俺が賢いことに喜んでる。その興奮した心がそのまま感じられた。
(それであたしはこれから出かけるから、その間大人しく部屋で留守番してて欲しいの。それと餌だけど何か希望はある?昨日と同じ牛乳で構わないかしら?)
(生魚が食べたい、無いなら生肉でも構わないけど)
(分かったわ、メイドに伝えてくわね)
(うん)
俺が心の中で返事をすると魔法を使うのをやめて、俺の頭から手を離す。部屋から出る手前で振り返ると手を振る。
「じゃあ、大人しくしてるのよ~」
「にゃ~お」
俺も答えるように前足を振って、鳴き声で返事をした。それを耳にするとそのままクミンは部屋のドアを閉めて出て行った。
俺はそれを見ると朝ごはんがくるまで、まだほのかに暖かい眠気を誘うベッドに潜り込んだ。最近寝てないこともあってまだ眠いのだ。
30分程するとドアが開く音がした、俺は喜々としてベッドから飛び出た。予想通り俺のご飯を持って来てくれてはいた、メイドではなく昨日戦った青髪の男が。俺が驚き逃げようとした瞬間、男が何かを呟く。それと同時に体を地面に押し付けるような圧力がかかり床に体をくっつける。体重が何倍も重くなってるようだ。
このっ!!
「ギギギ!!」
全身に力を入れて、どうにかして床から体を離す。
「手加減してるとは言え我の重力魔法を受けてまだ立つとは、驚きだな」
歯を食いしばって立っているので、その言葉に返事をすることが出来なかった。だけど心の中で盛大に文句を言っていた。
ふ、ふざけるな!これで手加減してるだと?!骨が軋む音が聞こえてきそうな程踏ん張って、こっちは立ってるだけで精一杯だ!
「落ち着け。もうそなたを襲う気はない。我も娘には嫌われたくはない、今朝学校に行くときに釘を刺されてしまってな。話があるだけだ」
俺はそのゆっくりと力を入れるのをやめるのと同時に、体に掛かる重力も弱くなっていく。完全に重力魔法が無くなると一気に力が抜けて、床に座り込んでしまった。
「し、しんど~」
「悪いことをしたな、だが食事でもしながらでも構わないが話をする」
「もう、好きにしてくれ」
俺は生魚の所まで体を引きずるようにしてたどり着いた。魚の大きさは40センチほどだ。お皿の上で前足を使いながら、魚のお腹に食らいついた。
「話とはな、これから娘のことをよろしく頼む」
娘の結婚相手に告げるような言葉で俺は思わず魚を吹き出しそうになる。
「ゴッホ、ゴッホ。どういう事だ!?話が飛びすぎだ!まだ、俺にはまだ分からないことがありすぎる、まず俺の方から質問する」
「う、うむ」
乱れた息を整える。質問
最初の質問は自分がどこにいるかの確認をした。
「まずはここはどこだ?」
「ここは魔族の国だ」
やはりと思い、自分の考えが当たった事に笑みを浮かべる。魔族がいた時点でほぼそうだとは思っていた。船の上でおっさんが言ってたように潮の流れが魔族の国まで船を届けてくれると。たぶんその潮の流れによって島まで流されたのだろう、運が良かった。
「次の質問だ、俺はどうやってここに連れてこられた?」
「我の娘が外に修行に行った時に、そなたをたまたま見つけて連れて帰ってきたのだ。ペットにすると言って聞かない。全くあのような森で生き残れる猫が、普通の猫ではないと言って捨ててくるように言ったのだが聞かなくてな。仕方なく夜中のうちに処分をしようと、考えていたら我の書斎で人の姿になって本を読んでいて驚いたわ」
「………」
あのままあの子が来なければ処分されていたのか………今からでも遅くはないから、ここから早急に逃げ出した方がいいのではないか? そんな考えが頭の中を過ぎった。
「だがそこを娘に止められて仕方なく、昨日は諦めていたのだ。その時思い出したのだ。女神様から猫に転生を望んだ者の話を!もしかしたらその者ではないかと、女神様に問合わせたところその通りだと言うことだったので、殺すのはやめた。その代わり頼みを聞いてもらおうかと考えてな」
ついに処分と言う言葉でなく殺すと直接的な言葉を使ってきたぞ。正直こいつの頼みなんて聞きたく無いんだが……特に自分を殺そうとした奴の頼みなんて。
俺が露骨に嫌な顔を出すと、この魔族は俺の頭を万力の力で掴む。
「イタタタ、離せ!痛いぞ!!」
「そなたには恩を感じるということは無いのか?うん?」
「か、感じる感じるけど、それとこの頼みごとを引き受けるのにどんな関係があるんだよ」
頭を掴んでいる手に爪を立てているのだが、全く痛がる様子がない。
「何、そなた命の恩人クミンを守って欲しいのだ。私の代わりに」
「んなもん自分で守れよ!あんた俺よりよっぽど強いんだから!」
俺がそう言いながら体を振りの子のように振って、後ろ足で腕に捕まえると爪を立てるが、全くもって動じない。
「我だってそうしたいだが……我は近々死ぬ運命にある」
「どういう事だ?あんたぐらいあれば早々死ぬことはないと思うんだが?」
そこでやっと俺の頭から手を離し、床へと体を下ろす。
「言い方を変えよう、我は死ななければならない。この世界のために」
「……どういう事だ?」
俺の質問に少し沈黙する。どう答えるか迷っているようだ。
「詳しくは我の口からでなく我らの信仰する女神様であり、この世界の創造者に聞くと良い」
「創造者……?」
「付いて来い」
そう言うと立ち上がり、部屋から出ていく。俺は仕方なくその後について行った。どこをどう通ったかは分からなかったが、最後に異様な扉を開けたことが印象だった。その扉のドアノブ何やら動かし、禍々しい玉座がある部屋に通された。
「ここは?」
「勇者との決戦の地だ」
そう言うと玉座の後ろの壁を押す。すると突然その壁の一部が凹みスライドする。どうやら隠し扉のようだ。中にはこの玉座との部屋とは正反対な純白の部屋があった。
「ここで女神様と対話できる、この中に入れ。後は女神様が説明してくれる」
促されるままに部屋に入ると扉が突然閉じる。その途端外から完全に切り離された感じだ。先程からあった気配などが感じられなくなる。下界から切り離されたのだろう。
「あなたが猫に転生を望んだ変わり者ですね」
背後から声を掛けられたようだが、目の前に現れる。いや、背後から話しかけたあとに目の前に現れたような感じだ。
「ああ、俺が猫に転生を望んだけど。聞きたいことがあってここにきた」
「分かってるわよ。あなたが聞きたいこと知りたいこと」
女神の姿は白いワンピースをベースにひらひらとした服に長い銀髪。無表情で雰囲気からしてこの世の物とは思えなかった。
「ますはこの本について説明しようかしら」
女神が手に持っていたのは、俺が禁書棚から持ち出した本だった。いつの間に出てきたのだろう?
「そ、そこからですか………」
「あら、疑問に思っていたでしょう?」
女神が意外そうな声を出す。ええ、確かに思ってましたよ。だけど最初から本題に入るとばかり思ってましたから、ちょっと拍子抜けだった。
「まずこの本ですが、私が作りました。絶対に破壊不能の本。それとこの本に書かれていることは全て真実ですよ」
「この本は一体何のために?」
この質問も答える予定だったらしく女神はスラスラと答えてくれる。
「この本は人間が自分たちが行った事を見直すための本です。あなたが見つけた本は先代勇者が持って帰った物ですね」
「先代の勇者とは……転生者だな」
先代の勇者は転生者だとは予想していた。
「そうです、何の廻り合せかほかの世界の住人の魂が前世の記憶を持ったままこの世界に生まれ落ちました。これは神々の私たちでも驚きました」
この発言は俺の予想外だった、先代勇者が来たのは神が仕組んだものだと思っていたからだ。
「前世の記憶を持たせて、しかもほかの異世界から魂を連れてくるのはあまり褒められたことではありませんので」
俺の思考を読んだのか女神が本の表紙を撫でながら説明をする。
「話がもう少しかかるのでお茶でも飲みながら話しましょう」
女神がそう言うと、いつの間にか出現した白い椅子とガラス作りのテーブル。この世界では女神の思いのままなのだろうか?
「ほら、あなたも座ってお茶を飲みなさい」
「?!」
そう言われた瞬間俺の体は猫から人の姿に変わっていた。お茶を飲むために女神が俺の姿を猫から人へと変えたのだろう。俺は黙って椅子に座ると既に目の前に紅茶が用意される。それをゆっくりと口の中にふくむ。しっかりと紅茶の味が舌で感じられる。だがこれが本物かどうかは判断出来なかった。
「まず勇者の役割について話しましょうか」
「……勇者が魔王を倒す単純なことが役割ではないよな?」
「はい、その通りです。まずこの世界の殆どの生物がわたくしが創造または手助けをしたことで生まれました。しかし知的生物の中で唯一人間と言う生物が神なしで生まれました」
ここで女神は紅茶を一口飲む。
「……人間だけが神の手助けなしに生まれた生き物と言うことだな」
「はい、これは滅多に無い希なことです。これは貴重なことです、わたくしは人間を保護することにしました、ですが………」
女神は少しだけ表情を曇らせたように見えた。
「この世界の人間がほかの種族を滅ぼし害をなしました。……この世界の創造主として見逃せないレベルまでに」
貴重な生き物だから保護したら、他の生態系を崩し始めたみたな話だな。
「それで?」
「わたくしは対応策として勇者と言うものを作りました。しかしこれはわたくしの思惑通りには上手く行きませんでした。ですが」
女神は次の言葉が少し弾んでいたような気がしたが。無表情で分からなかった。
「異世界出身で前世の記憶を持った人間が勇者になると、途中までは思惑通り上手くいきました」
「その途中で教会に殺されたと」
「……はい」
俺は頬づえついて話を付け足した。
「で途中まで上手くいったから、また異世界から人間を連れてきた。その一人が俺だったと」
「はい。ですけどあなたは猫になって勇者にするのは難しくなり。新たに勇者になれる人物を探し種族を人間に固定してこちらに招きました」
女神の微かにイラついた声を出したのが聞き取れた。たぶん俺が猫を選んだことが大変ご立腹なのだろう。だけど………
「勝手にこちらに招いておいて、自分の思惑通りに動かなかったからって文句を言うのは筋違いだよ」
女神は無表情だけど、雰囲気がむっとしていたことが伝わる。
「分かってますよ、それが身勝手な思いぐらい」
とそこで俺は疑問に思ったことがある。時系列的に勇者より俺のほうが早く生まれるはずなのに、勇者より遅れて生まれた。そのことについて質問をすると。
「それはわたくしの当てつけです」
「清々しいほど身勝手なこと分かってないんじゃないの?!」
俺のツッコミを女神は華麗にスルーして、勇者と魔王の役目について説明をしてくれる。
「でどうするんだ?」
全ての話を聞いてさらに俺は聞いた。これからどうするつもりなのかと。
「……わたくしはその時まで待つつもりです」
「既に二つの種族が滅ぼされてる。その時までいくつかの種族が滅びるんだろうな?」
「そんな事分かってますよ!わたくしにだってそんなこと分かってますよ!!」
俺の当て付けのような言い方が女神を怒らせた。今まで無表情を突き通していた顔が初めて破顔した。その顔は泣きそうで、目に少し涙貯めている。
「だったらどうすればいいんですか?」
「滅ぼしちゃまえ、人間を。今回の勇者がラストにして」
俺の発言に女神は絶句してる。
「だけど……それは……」
「このまま自分が生んだ種族が滅んでいくのを黙って見ているのが望みなのか?」
「そんなの望みじゃありません!!わたくしの子供と言ってもおかしくないんです。どこに自分の子供が死んでいくことを望む親がいますか?」
「なら今回の勇者で決着をつけることだ、でなければ次の勇者召喚までいくつの種族がひどい目にあるのか……女神、あなただって予想が付いてるはずだ」
人間の技術が進歩していること、異世界の勇者が関係しているか分からないが。エルフの村で戦った時のドラゴンの血を使った肉体強化、それが実用化段階まで行った時には恐ろしいことになるだろう。
「…………」
女神はまた無表情に戻って顔を下に向ける。それによって表情が分からなくなる。たぶん今も無表情で真剣に悩んでいるんだろう、俺が新たに与えた選択肢について。
「まあ、盛大に悩んでください」
俺はそう言って席を立った、これで話を終わりにしようと思って。
「ねえ」
「?」
「また来て……くれますか?相談にのって欲しいです」
俺のとんでもない提案をしたのに、それついて相談したいとは、この案を採用するかもしれないという事だ。
「女神様から相談に乗って欲しいって言われるとは光栄ですね」
「真剣に答えてください」
は無責任に外野から言いたいことを言えるが、その重大な責任を背負えるほど考えがある訳で無い。その責任を回避するようにおちゃらけた返事をしたのだった。女神はそんな俺の心情を知ってから知らずか声を少し荒げて真剣に答えることを求めてきた。俺は心の中でため息をついて返事を返した。
「考えがしっかりと纏まったら呼んでくれ、話を聞くくらいなら出来る」
女神にそう言われたが、俺はやっぱり責任から逃れるように話だけなら聞くと言う返事をした。
心の中では『話を聞くだけ、話を聞くだけ』と言い訳を並べた。
「感謝するわ」
俺はその感謝の言葉から逃げるように早々に扉を閉める。




