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異世界小間物屋(鈴音商会)営業中  作者: アルタ
鉄と火の町、緑と日の町 商品番号1番
8/27

3 炎のサラマンドラ 尻尾

「忘れてしまった……ものか」

 そう言えば私は何か物足りなくて旅に出てきたんだと今更ながらに思い出す。何を探しに来たのかわからないまま、彼女に会って、この不思議な店に入ってきてしまったのだけれど。

 そのままの気持ちを伝えてみると彼女は心得たように店の奥から木箱を持ち出してきた。一見普通にも見える木箱の中には年代物の薄い紙が丸められて入っている。箱の蓋の裏には真紅のザラザラした厚紙が貼られ、サラッとした黒いインクかなにかで注意書きか何かがかかれているようだが、あいにく私には読めない。

 数日研究する時間をもらえれば読んでみせるのだが。


「ノエルさんなら興味を持ってもらえるかと思って」

 彼女は白い手袋をはめて、ゆっくり薄い紙を取り外しながら中に包まれているものを取り出した。それはまぎれもなく何かの尻尾のようであり、空想世界を描いた本に出てきたドラゴンが持っていそうな鱗がうっすら見える気がする。まあ、小指ほどの大きさしかないので、ドラゴンにしては明らかにサイズが小さいが。

 では一体これはなんだろう。机の上に出されたそれはまるでトカゲの尻尾である。トカゲ……

「まさか」

 彼女は私のことを火の属性を持つと話していた。ならばたどり着ける結論は一つしかないじゃないか。

「サラマンドラ……」

 つまり火蜥蜴(火とかげ)というわけだ。まさかこんなところで伝説上の生き物を出されるとは思わなくて笑ってしまう。――流石だ。


「珍しいでしょう?」

 本物なのだろうか?

 一瞬疑問が頭をかすめるが、この店になら存在しても不思議でないような気がする。

 触ってもいいかと聞くと、彼女は「この手袋をはめてなら」と貸してくれた。なんでも湿気をひどく嫌うのだそうで、発火布と呼ばれる乾燥した耐火性の手袋をしていないと時々暴れるのだそうだ。


「これは何に使われるものなんだい?」

 初めて触ったサラマンドラの尻尾とやらは乾燥していて、何かのミイラのようだった。

「別に何も」

 彼女は私から手袋を受け取ると、もう一度薄い紙を敷き詰めて元に戻し始める。

「でも、これを見ているとあるはずないと思っていたものが、あるような気になるでしょ? 何かを信じることができるかもしれない。何かを思い出せるかもしれない」

 箱に戻したサラマンドラの上に、薄い紙をくしゃくしゃにしたものを詰め込んだ。急いで詰めると布と同じ成分で出来ている発火紙……つまりこの保存用の薄い紙が熱を持って、下手をすると火を吹くこともあるのだそうだ。


 それから、お腹がいっぱいになった猿に虹も作ってもらった。屋外へ一旦出た後、猿に水を霧吹きで吹きかけると木箱で受け止め、プリズムに通すかのように上に空けられた穴から虹を空に向かって噴出した。思っていた以上に虹は大きく、七色の光は森を越えて遥か遠くまで伸びていく。

 澄んだ青い空に白い雲。そこに伸びる1本の虹を眺めているうちに、モヤモヤした気持ちの中を虹の道がすうっと伸びていくような気がした。


 戦う意味などというものは私にないのだと思う。老教官が指摘したとおり、周りの競争心にあおられて漠然とこの道に進んできた。

 人並み以上に器用だったため、戦ってまで得た実力というのはない。失敗したこともない。悔しい思いをしたことも、人を憎んだこともない俺に、戦えるのかと言われても、その場になってみなければ分からないとしか言えない。それを頼りなく思うというのであれば、それは甘んじて受け止めるしかないだろう。

 上に行きたいかと言われても良く分からないが、上に行って初めて見える景色もあるに違いない。もしかすると、サラマンドラの尻尾のように、発火しないよう大事に大事に包まれた私の闘争心とやらに会えるかもしれないな、と考えて……空に向かって思いきり背伸びした。


 それから私はいくつかの珍しい商品を見せてもらった後、紙袋にいっぱい値引きしてもらった商品をいくつか詰め込んでもらい、リンネ商会を後にした。本当は時間があれば、もっと色々な話を聞きたかったように思う。

 今、思い出すと彼女の説明より私が話をしていた時間のほうが長かったような気がする。

 ――聞き上手なのか。

 けれど彼女の話は全てが新鮮で率直で、もっとその声を聞いていたいと思った。

 ――話し上手なのか。


 膝の上に紙袋を2つ乗せて、私は夜行列車でウェストシティへと戻っている。結局イーストシティへ行って何をしたのかと言うと、リンネ商会に行ってリンと話をしただけだったけれど、不思議と充実感があった。


 紙袋には、あの手袋に使われていた発火布が反物で入っている。

 それから、それ以上にほのかに温まる気持ち。

 ギスギスした軍属では滅多に味わえない彼女の細やかな気配りが気分よかった。

 試験が終わったら必ずイーストシティへ行く時間を作ろうと思った。そこにある気持ちはただ一つ。


 ――また会いたい。

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