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異世界小間物屋(鈴音商会)営業中  作者: アルタ
新江戸時代 商品番号0番
5/27

5 銀色の大風呂敷(非売品) 裏側

 冬は乾燥するため、一旦火事が起こってしまうと、藁葺きの屋根から屋根へと火が移る。

 真っ赤に染め上げられた空が恐ろしかった。

 真っ黒に変わってしまった大地が恐ろしかった。


 火事を知らせる鐘の音が今でも時々蘇る。焼け出されて、寒空の下で震えながらこれからのことを案じていると、冷たい雪が覆い隠すように降り積もる。その白さに急に怖くなって座り込んでいた。心細かった。

 火事で私は一切の財産を無くしてしまった。支えてくれる人も無くしてしまった。

 婚約していた人は、とうに……いない。

 泣けなかった。あのとき、私は孤独だった。



 夜にそっと起きだして私は裏庭に出る。夜露に濡れた葉をなぞると、艶やかな光沢の上に何かが映った。

「不動さん」

 昼に会ったその人は、癖のある毛をさらにくしゃくしゃにして塀の向こうから手を振ってくる。一体何があったのか分からないが、着物は泥だらけで、見るも無残な格好だ。

「配達屋でバイトしてたら、どっかの元旗本の放蕩息子が荷揚げ場で喧嘩しだしたせいでぐっちゃぐちゃでよ」

 喧嘩両成敗とばかりにポカリと殴ったら親が怒鳴り込んできて、結局俺を解雇することでその場が収まった。

「ごめんよう、鈴。せっかく紹介してくれたのに」


 叱られた犬のようにしゅんとしてしまった不動さんがなんだか可愛らしく思えて困ってしまう。

「今回も運がなかっただけだよ。律儀に謝らなくたって良いのに」

「いや、紹介してくれたあんたに迷惑がかかるかも知れねぇから」

 雀の涙ほどしか出なかったバイト代では、手土産を買うこともできなかったが、せめて報告くらいしておかないと罰が当たりそうだと彼は笑った。


 ちなみに泥だらけなのは、その元旗本の息子との喧嘩が原因ではなく、帰り道で団子を買おうとしたときに運悪く凶暴な犬の尻尾を踏んでしまい、血眼になって追いかけられたのが原因だそうな。

 もう少しで食われるかと思ったぞ! 俺は! などとまくし立てる彼の口調があんまりに真剣だったから、悪いと思いつつも私は笑ってしまった。不動さんはいつもそうだ。相手が誰であろうと態度は変わらない。やってることも言ってることも無茶苦茶だけど、目が離せなくて、……怖かったことを思い出す暇もなく、笑ってしまう。

「人の不幸を笑うとはっ」

「ごめんなさーい。罪滅ぼしにお湯を用意してあげるから、さっぱりしていってちょうだい」


 火事の多い新江戸では、よほどの身分でない限り自宅に風呂がない。そのため、湯を張ったたらいを代用するのだが、不動さんは手拭いを絞ると、着物を脱ぎ捨てて身体を拭き始めた。ちらりとこちらを見る。

「鈴、俺の裸体は高いぜ!」

「バカ!!」

 中肉中背の身体のどこにそんな自信があるというのか。甘いもの好きだし、そのうち腹が出てくるのだろうなとうっすら考えつつ、私は新しい着物を投げつけるように縁側に置く。

 なんだかさっきまでの孤独感がどこかに行ってしまったようで、また笑えた。



 不動さんは座布団を半分に折り曲げ、縁側で寝ている。こうやってズカズカと人の家に侵入してくるわりには、絶対に部屋の中に踏み込まない。そういうところが彼なりの心遣いな訳で、私はそれにほんの少しだけ甘えさせてもらう。

 部屋から上布団を引っ張り出してかけてあげると、ごにょごにょという聞き取れない返事が返ってきた。まるで猫のようだと思う。付かず離れずの距離が心地良い。


「私もまだまだだね」

 隣に腰掛ける。月を見上げると、異世界人の乗った飛行船が横切っていく。

 ふわりと風が吹いた。

 それを見送って……私は銀の風呂敷を夜空に向かって思いっきり広げた。

「出張。いこうかな」


 そうして少し笑ってみる。キラキラと降り注ぐ月の光を風呂敷いっぱいに受け止めて、元気が出たら、立ち上がることができる。新しいところにもいけるだろう。新支店でも作ってみようか?

 一度、大風呂敷を広げたなら


 ――「広げりゃ絶対成功する」


 そう、不動さんの言葉通りきっと何でも受け止められるような気がするから。




「行くのデスか?」

 朝になって不動さんは味噌汁をすすりながら、眠そうに言った。

「そうなのですよ」

 涙を拭いて顔をあげてください。そう言って笑うと、彼は「泣いてませんよ」と半分寝ぼけたまま顔をあげた。


「……泣くなよ」

 天然パーマが優しく揺れる。

 まっすぐなストレートヘアの園山さんとは全然違う。

 きつい目つきの園山さんとは違う。優しい瞳。

 テンポの違う話し方。ゆっくりした口調にどうしてだか癒されるような気がした。


「泣いてないですよ」

 ちょっと目の前がぼやけるだけ。彼は何も聞かずに小松菜のおひたしを口に運んだ。

「ま、気が向いたら戻ってきたら?」

「うん」


 この世界から出てしまったらしばらくは帰ってこれないだろうに、「ちょっとそこの魚屋まで買い物に行って来るんじゃねぇの?」って、そんな口調。

 押し付けがましくなくて。心配してんだかしてないんだかはぐらかしているくせに、優しい不動さん。

「何か土産買ってこいよ。アップルパイでもバウムクーヘンでもいいけど」

 そこで彼は話を切って、ゆっくり私の頭を撫でた。

「どうしてもいいもんがなけりゃあ、パフェ食いながらの土産話でもいい。聞いてやるから戻ってきたら教えろよ」

 やっぱり甘いものが付いてくるのかなんて思いながら、それでも不器用にも身を案じてくれている気持ちが嬉しくて、頷いた。


 ――行ってきます。

新江戸時代 商品番号0番 銀色の大風呂敷(非売品) 終了

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