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異世界小間物屋(鈴音商会)営業中  作者: アルタ
新江戸時代 商品番号0番
3/27

3 銀色の大風呂敷(非売品) フチ側 中編

「昔々に親が決めた縁談に縛られて、こんな村で一生を過ごすなんてごめんだぜ。自分の実力を試したい。鈴もわかるだろ?」

 園山さんの言葉は、『私』を含めたこの村ごと拒絶するように聞こえた。けれど、腕が立って学問も出来る自慢の彼に嫌われたくなかったから、私はさも理解者であるかのように頷く。

「もっともっと世間を見な。視野を広げろ。自分の回りの世界が全てだと思うな」

 そう言い残して彼は村を出ていった。残された私は村の人々の助けを借りて、細々と小間物屋を営んだのだが、これは知り合いばかりに囲まれた田舎だから出来たことだっただろう。だから、両親を早くに亡くし、許婚に去られた私にとって、あの村は生活の全てだった。

 貧しくても……あの村以上に大切にしたい生活はないと思っていたのに、ささやかな居場所までも奪われてしまった。あれから私は変わってしまったのだ。周りの環境も、自分自身でさえも。




 私はゆっくりと息を吸い込んで、営業用スマイルに切り替える。そうだ、彼は許婚を置き去りにして上京した「他人」だ、ただの客としておもてなししなければならない。


「おタバコでございますね。今月、珍しい葉巻が入ったんですよ」

 そ知らぬフリをして店の奥から凝った作りの箱を取り出し、蓋を開ける。中には記号のような文字で何か書かれたカードと、茶色い葉巻が10本入っていた。少しシナモンのような匂いもする。よく見ると、一つ一つの葉巻がつぶれないように、クッションが敷いてあり、そのクッションの下にシナモンの香りのする樹皮が敷き詰められていた。


「異国のタバコか?」

 手に取ろうと近づいた園山さんに葉巻を見せようとして、思わず後ずさってしまう。背中に走った悪寒は『恐怖』だった。彼の秀麗な顔は相変わらずだったが、立ち居振る舞いの中にビリビリとした緊張感が溢れ、まるで血の臭いがじわりと広がるような殺気にぞくりとする。

 さっと表情が変わった私に気づいたのか、彼はフイと目をそらした。その仕草で、この人は人を殺めてしまったことがあるのだという奇妙な確信が急激に私の胸を侵食していく。……この人も、変わってしまったのだ。あの大火事の日以来、妙な勘が働くようになってしまったものだから困ったものだと、頭を振るようにして思考を追いやった。


「失礼しました。こちらははるか遠くの西の海にある島の葉巻です。吸い込むと爽快感が得られるので、女性にも人気の品です」

 葉巻の箱を受け取って眺める園山さんが満足そうでないのを見て取り、他に面白いものを探そうと、私はくるりときびすを返し入口付近の棚の裏側のボタンを押した。ガラガラとちょっと擦れるような音をたてて、棚が移動する。約30センチくらい開いたスペースには、細々としたものがたくさん置いてあった。もう少しスリムで持ち運びやすい紙タバコがあったはずだ。


「おい」

 ふいに後ろから声をかけられ、私は品物を捜すのをやめる。

「なんでしょうか?」

 くるりときびすを返して声の主――園山さんを見ると、彼は何かを言おうとして形の良い唇をゆがめた。

 なんだろう? 具体的な品物名があれば取り寄せもできるなぁなんて考えながらもう一度聞こうとしたとき、

「……一人でやっているのか?」

ポケットに手を突っ込んだまま、園山さんは私の想像もしていなかった質問を投げかけてきた。


「支店に出張していることが多いので、私がここにいるのはあんまりないですけど?」

 本店は時々アルバイトを雇っているが、自分で店番する時は一人だ。でも、仕事がそれほどあるわけでもないので、よっぽどの予約が入らないかぎり大抵一人でやってますが、それが何か?


 きょとんと目を丸くして問い掛けると、園山さんは「わかんねーかなぁ」などと呟き、短くカットされた髪の毛をガシガシと乱してつかつかと歩いてきた。そのまま、彼はあろうことか私の腰に手を伸ばして抱き上げる。

「んな格好して、こんなデケェ店に一人でいて、不埒な奴に襲われたらどーだってんだ? あ?」

「いやー、今不埒な輩はお前だけどな!」

 彼の上官がさも面白いものを見たといった風にゲラゲラと笑った。いや、笑ってないで助けてください。一体どうなっているんですかこれは!!! 貴方の部下が不埒なことしてますよ!?


「うるさいですよ」

 そのままの至近距離で見つめられて、私は非常にビックリしてしまった。

 レースのスカートの裾が膝の上に見える。エプロンの後ろのリボンが重力にしたがってぶら下がっている感覚がする。腰と膝のあたりには意外とがっしりした腕があって……こ……これは俗に言うお姫様抱っこというものか?

 昔は時々してもらっていたような気もするけれど、さすがに恥ずかしい部類に入るものではなかろうか?


 思考がしばらく停止していた。

「あ……の……」

 もしもし? なんでこんな状態に???

 目をパッチリ開けたまま見つめると、園山さんはばつが悪くなったのか、秀麗な眉をひそめて、首を振る。


「無防備なのは変わっちゃいねーな。鈴は……」

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