4 銀色の風呂敷
言いたいことを言うと、不動さんは正直に叫んだ。
「ていうか、手がすげー痛い!!!」
この切迫した雰囲気にそぐわない叫びに、私はぼろぼろ泣きながら頷いて、彼を家の外へと力の限りつき飛ばそうとする。
「逃げて……、私、もう、だめだから」
折れた木片が背中に刺さり、脚の上には太い梁が乗っている。到底間に合わないのだ。
「ふざけんなよ。一人で……こんなに優しい奴が、たった一人で死ぬなんて認めねぇ。戦争じゃないんだ。もう、誰一人として死んでいい理由なんてないのに」
左手の皮膚はもうただれてしまっているだろう。
「でもまだ俺は死にたくねーし、あんたも死なせたくないのに!」
いつだって力が足りない。
壊すのは火が回るのと同じくらい簡単な連鎖反応で済んでしまうのに、人を守るのはどうしてこんなに困難なんだろうと彼は嘆いた。
ひどく咳き込む。
目の中しょぼしょぼだ。
ところが、突然フッと手にかかっていた重力が軽くなる感触があって、不動さんは驚いて目を開けた。
涙で潤んだ目に映ったのは……彼の刀が柱の支えになっているところだった。
「嘘だろ」
まさかそんなことあるはずねぇのに。
けれど、目の前の刀は生死を共にしてきた刀に相違ない。今にも折れそうなくらい研がれた彼の妖刀。
まるで。
彼を助けようとしているようで。
そして。
彼女と一緒に死んでやろうとしているようで。
「使わないからといって、お前が要らないなんて思ったことないぞ」
お前まで何一緒に死のうとしてんだ。使えないからといって、捨てるような罰当たりじゃねーぞ。……そう叫びながらも、あの刀は最後の役に立とうとしているのだと、彼には分かっていたのだろう。その顔は泣き出しそうだった。
囁きかけるくらいに小さく、小さく、刀が語りかける声が聞こえる。
そんなことあるわけないのにと思いつつも、彼は頭に響いてくるその声に耳を傾けた。
――不動さん、今まで本当にありがとう。
使われなくなった道具としての私は死んでいましたが、あなたは大切にしてくれました。だから、私は嬉しかった。『使われる』のではなくて『一緒に生きた』ことが幸せでした。一緒であることが大切だから、私ひとりが残っても辛いだけ。だから必死で祈ります。
どうか、どうか、どうか私の大切な主である不動さんが生き残りますように。
……そして、幸せというものがどういうものか分からなくなってしまったあなたと、彼女の魂が救われますように。
光が零れ落ちて、ゆっくり目を開けると誰かが傍で倒れていた。記憶があいまいで、その青年が誰なのかわからない。家が火に包まれて、もう助からないと覚悟を決めたところまでしか、私は覚えていなかった。
頭を振って、目の前の人が被っている風呂敷から零れ落ちる光を、そのキラキラと銀色に輝く光を見ていた。
見覚えがないのに、何故か不思議と懐かしい。
見覚えがないのに、何故か不思議と……………………。
突然、その人はびっくりしたように飛び起きて、「生きてんのか?!」と、私の両腕をわしづかみにするなり、がくがく揺らす。
「だっ! 誰ですか???」
突然のことに慌てると、その人はぴたっと止まって「覚えてないのか?」と首をかしげた。それから何か確認するように自己紹介をする。
「俺は不動ってんだ。あんた名前は?」
「……鈴です」
早口に言われるので、私も早口に返してしまう。
不動さんは、私の名前を何回か口の中で反芻して、それから「そうか」と小さく肯定し、自分は通りがかりのものだと答えた。
ゆっくりと、ばつが悪そうにうつむいた彼は、腰に手をやり……どこか寂しそうに「もう、あいつはいないんだなぁ」と笑った。
私は、どうも不動さんの相棒の最後の命をもらったらしい。けれど、どんなに力があったとて、道具の命では実体まで蘇らなかったようだ。それでも、私には十分すぎることだった。
「多分、あんたはやり直さなきゃなんねーんだ」
あいつが望んだ、そのことを実現させないきゃなんねーんだと、不動さんは言う。あのときの私には、彼の言う『あいつ』が誰なのかわからなかったけれど、今思えば、彼の刀のことだったのだ。
――抜けている記憶は、私と不動さんの刀とが共有している記憶だった。
悲惨な火事だったと皆言う。可哀想にと皆言う。けれど、いつまでもそうしていられない。嘆いてばかりでは、今日食べるものにも困る。
ひとり、またひとり……村を去っていく。食べるために。死者の列に加わらぬように。
だからそんな村人達の代わりに、不動さんは石を積み上げた。粗末な墓標でも、ないよりはましだろうと言いながら。
「なあ、鈴。お前これからどーすんの?」
途方に暮れた私に不動さんはのんびりと声をかける。
「どうしましょう」
何かやりたかったことはないのかと問われ、考え込んでしまった。死ぬ気で頑張ればまあ何とかなるさと不動さんは言うけれど、もう死んじゃっているんですよね。
「実体があやふやなら、外に出たらどうだ。念じてみろよ。異世界にだって行けないとも限らないぜ?」
せっかくなんだし、他の世界を見よう。
この世界にいられないなら別の世界を探したっていいじゃねーか。
「異世界だなんて言われても……」
迷う私に不動さんは一枚の風呂敷を取り出す。
「金は出せねぇけど代わりにこいつをやる」
「銀色の風呂敷?」
元は銀色だったのに、灰だらけで鼠色だ。はっきり言って風呂敷というより、ボロ布に近いくらいの代物なのだが。
「そう。きっと良き相棒となるはずさ」
差し出された銀色の風呂敷はどこか懐かしく、受け取るとしっくり手になじんだ。




