3 団子
「腹減ったー。糖分とりてぇ!」
当たり前だが、無職放浪中では贅沢できない。ふらふらと日雇い労働をしながら旅をしていた途中で、不動さんは小さな村にたどり着いた。
大きな街だったら食い逃げしていたかもしれない程度には切羽詰っていたが、こんな貧しい村ではそれもできない。
お地蔵さんへのお供え物でも狙おうかと歩いていたそのときだった。……足元に団子が転がってきたのは。少々砂がついているが、そんなものお構いなしに彼は団子に飛びつく。
「あっ」
天の恵とばかりに拾った彼の前に、団子を落としたと思われる少女が現れて声を上げた。
それは私、鈴だった。
「この団子くれ」
不動さんが団子を見せると、私は家の中に駆け戻った。そして、作った団子を目の前に差し出す。
相手は見慣れぬ旅人、しかも腹を空かせた狼みたいなものだった。だが、警戒しながらも、このまま放っておくことができなくて、震える手で必死に差し出した。
刀は記憶している。あの殺伐とした時代を生きた身には、染みる優しさだったと。
「あー、鈴ちゃんねぇ。いい子なんだよ。でもさ、好きだった彼氏に逃げられてねぇ」
村人から納屋を今晩の寝床として借りたら、話好きのその人は団子を持っていた少女について話してくれた。
「いい男?」
「まあ、確かに美青年だったろうね。でも、なんか、危険なニオイがプンプンしてたねぇ……若い子はああいうのが魅力的に見えて、惑わされるんだろうけど。許婚までなっていただけに、あの後すぐは声もかけられないくらい落ち込んでたよ。今はやっと一生懸命普通に振舞おうとしているけど、時折ぼーーっと椅子に座って外を眺めていたりするから心配だね」
多分ね、あんたのこと、許婚が戻ってきたんじゃないかって一瞬思ったんじゃないかな。
だから放っておけなかったんだろうねぇ。同じくらいの年齢だから、とその村人は締めくくった。
夜が更けて、寝静まった頃だ。
「火事だ!!!」
切羽詰ったような声が聞こえて、不動さんは目を覚ました。いつもの眠そうな姿からは想像もできないくらい俊敏に起き上がると、刀を掴んで外に出る。夜空は夕焼けを溶かしあげたような赤に染まり、煙が立ち上っていた。目の前には燃え上がった長屋。肉が焦げるニオイが充満して、不動さんは顔をしかめる。
「嫌な記憶を思い出させるじゃねぇか」
寂れた村のはずなのに、見渡せば意外と人が多い。近隣の町まで出稼ぎにでも行っていたのだろうか。刀である彼女は、不動さんに安全なところまで避難するよう呼びかけるけれど、彼の耳には届かない。
「あんた! 井戸の水を汲んできてくれ。こっちは延焼しないよう近くの家を打ち壊しに行く」
走ってきた村人の一人に桶を渡されて、不動さんは井戸を探す。近くにあった井戸を覗き込んだら、人が溺死していた。パニックは人を思いもよらぬ行動へと駆り立てる。井戸自体は浅いものだったけど、何人も上から飛び込んだんだろう。水かさが増えてあっという間に下の人間が溺れ死んだのだ。
「怖えぇ」
それはこの光景がというよりも、むしろ戦場で人の死体を踏みつけ、踏み越えて生きてきた自分を思い出しそうになったからだろう。
「ここで死にたくねぇな」
使えない井戸を見なかったことにして、不動さんは別の井戸を探した。
「死にたくない。人に踏まれてもみくちゃにされる死体になりたくない」
なのに……火で包まれた家にいる私の姿を見て、彼はそのまま見捨てることができなかった。
「うおおぉい! そんなところにいると丸焦げになっちまうぞ」
大きく張り上げた声は、煙のせいかガラガラで、届きやしない。
「くっそー、今度こそ俺、死ぬかも!!!」
半ばやけくそのように、彼は風呂敷を頭からかぶって、家の中へ入った。
柱が燃えている上、煙がひどい。大きな家ではないのに、家の外へ逃げ出せないのは、煙を大量に吸い込んでしまったからだろうか。
「おい、鼻と口に布を当てろ」
意識朦朧としながら顔をあげた私の虚ろな瞳を見て、彼は冷や水を浴びせられたような表情をした。
――これは、何もかも諦めた目だ。
彼が腕を掴もうとするので、私は首を振った。
「早く一人で逃げてください。私…………もう、だめなんです。疲れてしまって」
もう、いい加減にこの辺で死んでも良いよって、神様が言ってくれてるんじゃないかって。
刀である彼女は知っている。
それは、不動さんが何度も自らに問いかけて悩んできたことだ。
けれど、いや、だからこそ彼は言う。
「ばっかじゃねーの」
崩れ落ちてきた熱い柱を彼は左手で受け止めた。
「神様なんてものはあてになんねーよ。いるんだったら、優しかった仲間がむごい死に方なんてするこたあなかっただろう。いるんだったら、俺なんかが生きてるなんてこたぁなかっただろう」
炭となった粉がぱらぱらと落ちてくる。
「愚か者が生き残って何が悪い? 人間なんてもんは死にたくなかろうが死ぬんだよ。まだ生きるチャンスがあるのに、てめえであきらめるなんて失礼極まりねーんだよ!」
燃える柱が彼の左手を焦がす。
「俺を殺す気か!? さっさとそっから動けってんだ」
腰が抜けてようが関係ねぇ。
気力だ!
根性だ!
「くだらねぇこと考えんな」
勝手に疲れんな。
恨むんならもっと恨め。そんでぶつけてやれよ。
恨み節までつけて思いっきり歌ってやれ!!!




