2 妖刀
狭いところで、狭い視野しかもっていなかったけれど、しがみつきたくなる誰かの手がなくても、私は生きていけるということを知ったから。
「もう大丈夫。有難うございました」
しっかりと、お辞儀した。どうか一生懸命に生きてください。私はまた新しい人生を始めます。
もう一度、同じ仕事ができたら良いな。今度は、この世界でいろいろなものを紹介したい。人に使われる道具だけでなく、人と歩んでいくことが出来る道具を。
園山さんのいるお屋敷からそっと後ろ向きに1歩下がると、園山さんと視線があったような気がした。まさか見えるはずもないだろうけれど。
「きっかけをくれて有難う。園山さん……そして、不動さん」
「鈴……」
ゆっくりと振り向くけば、門の前に不動さんが立っていた。
「こちらから会いに行こうと思っていましたのに」
「もう、いいのか? そんだけでいいのか? 欲がなさすぎるって言われねぇか?」
とりついて殺してやるくらいの勢いでこの世にいりゃあいいものを。不動さんは物騒なことを口にしつつ、ぼりぼりと頭を掻いた。
「もうこれだけ欲を満たしてもらったら十分よ」
私も……『彼女』も。
心臓に手を当てると不動さんは驚いたように私を見る。
「思い出したのか?」
その言葉にゆっくり頷いた。
――最後に、心の裏にいる「もう一人の私」に最大の感謝を。
得たものは、出会いでした。
求めたのも、出会いでした。
あなたとの、出会いでした。
わたしとの、出会いでした。
真相が分かりました。なぜ、死んだはずの私が生きているのか。
あいまいだった記憶が晴れたのは、皮肉にも呪いが解けたからでした。
「私の心の中にいる『もう一人の私』に感謝します」
――『もう一人の私』はあの人の刀に宿った魂でした。
江戸時代……幕末から新江戸時代にかけて、旧幕府軍と新政府による戦争があった。不動さんは旧幕府軍側の兵士として参加し、戦に負け、投降した一人である。当時、異国からの援助は両者とも受けていたため、戦力は拮抗するかと思われた。しかし、新政府軍側に異世界の技術が流れたとたん、力の拮抗が破られ、決着がついてしまったのである。
けれども、それはあくまで大局的な見方であり、実際は人と人が殺しあう血なまぐさい戦いがあった。
『彼女』は不動さんの刀として、彼を守るために血に染まり、多くの人の命を奪っていく。彼と少しでも長く一緒にいられますように……それだけが、彼女の願いだった。
「いつもスゲェ切れ味だな」
「……手入れしてっから」
あの頃の不動さんはどちらかと言うと寡黙で、何を考えているのか分からなかったけれど、『彼女』のことは大事にしていた。元の持ち主が、彼の亡き師匠だったからかもしれない。
「その刀は何か特別のものなのか? いつも風呂敷に包んでるみてぇだけど」
「刀なんてもんは見せびらかすもんじゃねーだろ」
――いつも大切に包まれていました。
「そんなんでいざってとき大丈夫かよ」
「いざってときは煌く」
消耗品だといわれる刀を不動さんは大切に手入れする。だから、刀はたくさんの人の血を吸っても折れることなく耐えようとし、……いつしか「妖刀」と呼ばれるまでになっていた。
道具は大切に使ってもらえると魂を宿すといわれている。ただ飾られるだけでなく、ただ使われるだけでもない。『大切に』『使って』もらえたとき、道具は至上の喜びを得る。そして、その刀は人の生き血を啜ることで自らの意思を得た。
それは……多分、使うことしか知らない人間にはわからないだろう。
彼女は、たとえ『殺人』という人として最悪の行為をしてでも、不動さんと共にあることが何よりも幸せであった。人でない彼女は、ただ彼とともにありたいと願うばかりだったのだから。
――いつしか戦争は終わり……
「何の因果か生き残っちまったなぁ」
不動さんがポツリと漏らしたとき、彼女はドキッとした。
置いていかないで欲しい。不動さん以外の人に使われるなんて嫌だった。
戦の間、絶対に死なせまいと、ずっと信じ、願い、果たして来た。強固な意志を持つ刀は強靭な刃となり、連戦を耐え抜いた。折れなかったのが不思議なほどに。
勿論、戦争が終わった今、ぼろぼろだったのは人間ばかりではない。
「お前にも悪いことしたな」
刃こぼれと、拭い去ることの出来ない血糊で固められた彼女に、不動さんは声をかけた。
『……いいんですよ』と彼女は答えたかった。けれど、彼女の声は届かない。
血を吸いすぎた彼女には、たくさんの「呪い」という負の感情がまとわりついた。それが持ち主に影響しないように、彼女は呪いを異世界へと弾き飛ばす銀の光を身にまとう。いつしかその光は、刀を包んでいた風呂敷まで銀色に染め上げていた。
そして彼女は、一応の平和を取り戻した国を不動さんと一緒に旅する。歴史を変えそこなった国を。




