1 光を観る眼鏡 フレーム
――風が頬をかすめていった。
うっすら目を開けると飛び込んできたのは粉々に砕けたガラスの破片のような星空だった。
手に握り締めていたのは、イザベラからもらった赤い指輪と不動さんからもらった灰色の風呂敷。宝飾部分が曇っていた赤い指輪は、よく見ると星をちりばめたかのように煌いている。しかし、風呂敷は以前のような煌きはやはりなく、ただ、ただ、そこに存在しているだけだった。
元の世界に戻りたいと願った私が着いたのは、また別の世界だった。乱雑に設置された歯車がいくつも回っている機械室のようなところに私はいる。
「戻れなかった」
それだけじゃなくて、どこにいるのかも分からない場所にまた飛んできてしまった。
けれど、きっとこれにも訳があるのだろう。私が会うべき人がいるのだろう。
そう思って、勢いをつけて起き上がると視界が回転する。少し開いた鉄の扉が目に入った。隙間から見える隣の部屋には、毛足の長い赤いじゅうたんと、たっぷりとした緑の厚いカーテン。そうっと起き上がって扉に近づくと、暖炉の火がはじけるように揺らめく。
「あ、起きてしもうたか」
のぞきこむように扉に手をかけると、暖炉にミルクの壺を乗せようとした少女が話しかけてきた。薄い金色の髪をツインテールにして、白いワンピースを着ている。身長は私の胸の高さまでくらいしかないが、妙に落ち着いた雰囲気があった。
「あの、はじめまして」
自分でも間抜けだなぁと思いつつ返事を返すと、彼女は甘い微笑を唇に乗せて席に座るように指差した。
「ようこそ、星を巡る劇場へ」
示された先は、暖炉の前にあるフカフカのソファ。
「星を巡る劇場?」
テキパキとマグにホットミルクを注ぐ目の前の少女に問いかけると、彼女はいかにもと頷く。
「まあ、おぬしが何故ここに来たかは、食事をしながら話そう。妾はともかくも、おぬしは腹が減ったじゃろう」
彼女が手を2回叩くと、テーブルの上に目玉焼きが現れて、パンにバターが添えられ、ハムが並べられる。まるで魔法のような出来事に目を丸くしていると、慌しく階段を駆け下りる音が聞こえてもう一人部屋に入ってきた。
「ねーちゃん、お客さん来てるんなら僕もご飯食べる」
「アルテミス、まずはお客さんにあいさつせねばの」
アルテミスと呼ばれた銀色の髪に、彼女と同じく白い服を着た少年はペコリとお辞儀をした。
「ようこそ、星を巡る劇場へ」
まるで劇団の団長が取るようなお辞儀をされて、慌てて私も席を立ってお辞儀をする。
「アルテミスはじめまして。私、鈴といいます」
少女にも軽く会釈すると、
「これはとんだ失礼を。私はルナ。この星を巡る劇場の主じゃ」
と煌く赤い星のような瞳を細めてルナは微笑んだ。
「ここは変わった運命の者が足を踏み入れる人生の舞台裏のようなところじゃ」
「入場料はその指輪だよ」
ルナとアルテミスは交互にホットミルクを飲みながら話してくれた。
「どうしてここにきたか。重要なのは方法ではなくて理由の方だのう」
「不思議なことに原理を求めても仕方ないよね、だってここは劇場なのだから」
私は朝ご飯を食べながら、彼らの話に耳を傾ける。ここは劇場……ということは、今私が座っているのは舞台裏の控え室だろうか。赤いじゅうたんの上に設置されたテーブルと椅子、壁に暖炉、窓、天井には大量の歯車、扉、木製のキャビネットがみえる。壁は石造りだ。
「妾たちは、その指輪を持ってきた客に『光を観る眼鏡』を貸し出す」
「見えるものは人によって違うよ。観光を楽しんでいってね」
光を観る眼鏡とはなんだろう。不思議に思うけれど、彼らが言うとおり、ここで原理を考えても仕方がないのだろう。むしろどのような眼鏡が出てきて、それで一体何が見えるのか気になった。
入場料としてキラキラと星を閉じ込めたような指輪を渡すと、ルナはそれを受け取り、そして灰色の風呂敷をじっと見つめる。
「不吉じゃのう。そなた、呪いがかかっておる」
「ぷんぷんするね。でも、匂いが強くなったり、弱くなったりしてて分かりにくいな」
くんくんと鼻を寄せるアルテミスを引き剥がしてからルナは、首を傾げた。ツインテールの先が揺れる。
「呪い……?」
その言葉を聞いた瞬間すとんと落たような気がした。
死んでいるのに生きている存在の私。もう一度人生をやり直している私。幽霊のように時間は止まったままの私。
今までこの境遇に甘えてきたけれど、この劇場にやってきたのは、もしかすると自分の呪いについて知り、そして解除するためなのかもしれない。
――呪いがなくなったら、そのとき私は死んでしまうのだろうか。
「ルナ。私探しているの。私がこの世界に来た理由を」
――私があなた達に会った理由を、知っているのでしょうか。
言葉にした瞬間、急に部屋の温度が少しだけ下がったような気がした。




