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異世界小間物屋(鈴音商会)営業中  作者: アルタ
黄金の町、海と港の町 商品番号3番
17/27

3 黄金の左団扇 縁

「というわけで組合長、りんさんの当座の生活と収入どうしようかねぇ」

 優秀かつ人当たりのよい組合長に丸投げすると「やっぱりそうくると思いましたよ、貴方のことですから」と、冷ややかな目で見られてしまった。申し訳ないが、実務については苦手なのだ。組合長に任せた方が彼女にとっても良いだろう。憎からず思うのであればなおさら。

 両手を合わせて『ごめん』のポーズをとったら、笑いながら引き受けてくれる。うん、持つべきものは友人である。



 それから1週間、鈴さんは後見人の家で、島での生活やしきたりについて勉強した。後見人となったのは、最初に彼女を見つけた果物屋の女将だ。遠洋の巨大魚を採りに行くといったまま、なかなか帰ってこない息子よりは、女の子の方が良いと大張り切り。貝殻のネックレスや真珠のイヤリングなど、似合うからと着せ替え人形のように付けているらしい。


「いやー、女将張り切っちゃってるけど、鈴さん大丈夫?」

 かくいう俺は、彼女に知識を教える係だ。他のみんなほど忙しくないので、先生役を買って出た……というのは少々美化しすぎで、本当は手を挙げて立候補したというのが正しい。

「本当に親切にしていただいて感謝しています。あ、あと、うちわ職人のおじさんの店を手伝うことになりました」

「おお! 良かったな~」


 この島では、他と比べて『縁』を大事にする風習がある。一期一会、神様がくれた出会いの機会なのだから、大事にしようというのがコンセプトだ。元々周りを海で囲まれた島国だから外からの来訪者は珍しい。島外の人間がすべて良い人だとは限らないことなんて、重々承知してはいるけれど、警戒して、せっかくの出会いを無駄にしてしまうのは勿体無いのだと、俺の上司のキースさんは言っていた。


 そんな背景もあって、彼女を発見した二人(果物屋の女将とうちわ職人のおやっさん)に話を持っていったところ、快諾してもらえたというわけである。

「うちわにもいろいろな種類があって面白いんですよ」

 世界中をまわって物を売っていたという鈴さんは、物覚えも良くて気立ても良い。そのおかげか、3日もすればあっという間に市場の猛者どもと打ち解けてしまった。


「あのさ」

「はい?」

 心配していたホームシックはまだ見られない。

 けれど、それが一番心配でもある。これだけ理不尽に放り出されたというのならば、もっと怒っても良いし、わめいても良いはずなのに。それをしてしまえば見放されると思っているのだろうか、それとも考える暇がないくらい忙しいのだろうか。諦めているとは……あまり考えたくないのだけれど。


「もっと俺を頼ってみない?」

 ガチガチに緊張した状態で俺を指差したら、鈴さんは笑ってこう言った。

「ギリギリまで頑張って、それでもダメだったら助けてください」



 それから一度、鈴さんが働いているところに遊びに行った。

 彼女は店で取り扱っている商品一つ一つに簡単な紹介文をつけている最中だった。例えば、うちわの地紙に描かれた絵が示す意味、柄に施された金細工の素晴らしさ、縁のカーブによる風の感じ方の違い、骨に使う素材による扇ぎやすさ。商品をもっとよく知ってもらいたいという彼女の思いなのだという。

 解説は職人のおやっさんに教えてもらったことを忠実に書いているという話だったが、ここまで大事に売ってもらったら嬉しいだろうねと話すと、鈴さんは嬉しそうに笑った。

 よし! 上司の奥さんへの手土産に、1本買っておこう。


 次に遊びに行ったら、玄関に磨き上げられた真鍮の壺が置いてあった。うちわ屋の看板には可愛らしいフラワーリースがぶら下がっている。中心には、ベルではなく『うちわ』が風に吹かれて揺れているんだけど、こんなのあり?

 店内に足を踏み入れると、うちわとセットでガラス製の『風鈴』という商品が売られていた。初めて見たので尋ねると、風によって音が鳴る鈴なのだそうだ。じっと耳を澄まさないと聞こえないくらい小さな音だけれど、じっと耳を澄ます間の静寂が心地良かった。

 組合長に1つプレゼントしようか。


 また別の日、店の奥に『堪忍袋の緒 スペア入荷しました』という張り紙があった。うちわ屋は相変わらずうちわ屋なのだが、最近レジ付近に可愛らしい小物がディスプレイされるようになったなぁと思う。どうやら下町職人衆が鈴さんを溺愛しているため、喜ばせようと自分の専門を越えて小物作りに精を出しているらしい。

 手のひらにすっぽり納まるサイズの色とりどりの小瓶に、レトロなシルクハットをかぶった紳士が描かれた紙箱。瓶詰めの船なんかはどうやってあの細い瓶の口から船を入れたのか不思議でしょうがない代物だ。

 それはともかく、だ。


「鈴さん、この堪忍袋の緒って?」

 張り紙を指差すと、鈴さんはいたずらっ子のように笑う。

「これはね、奥さんがキレやすいとぼやく職人さんが作ったスペアなんですよ」

 キレるくせが一度ついたら、堪忍袋がゆるゆるになっていけねぇや、と口を尖らせる職人と二人で赤や黄色の糸で『組紐』を作ったのだそうだ。綺麗な模様のそれをプレゼントすると、何も知らない奥さんは大喜び。勿論「これでちったぁ堪忍袋を締めなおせ」という本当の願いは伏せてある。以来、ジョークの混じったプレゼントとして密かに人気なのだそうだ。

 ちなみにオーダーメイドもできるらしい。ちょっと怒りっぽい上司用に、鋼鉄のワイヤロープで作ってもらおう。

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