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異世界小間物屋(鈴音商会)営業中  作者: アルタ
新江戸時代 商品番号2番
13/27

4 暗闇にアストロ灯 (UNDER)

「不動~。客が来てるぞ」

 やはりというか予想したとおり、翌日、園山は分厚い書付を片手に店にやってきた。

「立ち入り検査だ。手洗い、消毒は欠かさずやってマスカ」

 保健所か貴様は。

「美しい手デス」

 うっとりと眺めるように手を出したら、この茶番に耐え切れなくなったのか、

「美しくなんかねぇ! チョコレートがベッタリついてるじゃねぇか」

園山は俺の手を思いっきりはたき、顔を貸せとばかりに奥をアゴで指した。よくこれで公務員試験通ったよな。あ、あれか。筆記試験で先行逃げ切りか?


 やたら整った顔立ちを眺めつつ奥の従業員室に案内すると、園山は手近にあった椅子をつかんで2つセットする。

 客席エリアと違って、こちらは装飾もそっけない。木製衣装箱とちゃぶ台が申し訳程度に転がっている状態だ。

「鈴のこと教えろ……と言っても、教えてくれなさそうだな」

 椅子に腰掛けてそいつは肩をすくめる。そりゃそうだろ。

「怪しい奴に鈴の個人情報はあげません!」

 空いているほうの椅子に腰掛けて、たもとに隠し持っていた安いチョコレートを口に入れると、園山は顔をしかめた。こいつ甘いモンが苦手らしいな。よし、あとで大量にお菓子調達しておこう。



「怪しいってか。……あのな、俺は鈴の元婚約者だった。」

 鈴がいないからか、タバコを取り出して火をつける。どこか香ばしいような、苦いようなニオイが広がった。

「俺は小さな村の出身だ。なんでも自分は出来ると思いこんでいた自分にとって、あんな村でせせこましい人生を送るなんざ真っ平だったんだ。だから、鈴との婚約を一方的に解消して出てきた。」

 何のつてもない。何の職も技もなくて、あるのは身一つだけ。待っててくれなんて言える訳もない。

 江戸に出てきて立身出世などまともな手段では無理だった。ついてきてくれとも言えなかった。


「あんた、鈴のこと好きだったのか? 好きだったなら、手紙の一つもよこせばいいものを」

 まるで彼が鈴のことを無理矢理諦めたかのように言うので、俺は不思議に思う。相手に迷惑かけてでも、好きなら一緒にいたいと素直に言えば良い。寄り添っていれば、自分が辛いときも、相手が辛いときも、二人でなんとかなるかもしれないだろうに。

 ガリッと音を立てて二口目のチョコレートをかじると、園山は少し考えたあと「少し違う」と答えた。


「あのときの俺は、足手まといはいらないと思ったんだよ」

 自分の世話くらい自分でできる。女にはわからないだろうし、引き止められたくもない。思えばそう理由をつけて、自分の弱さを隠そうとしていたのかもしれない。

「けれど、ようやく足場を築いて……ふとこのままで良いのか不安になった」


「罪滅ぼしというわけか?」

 鈴から火事の話を聞いて、彼女がかわいそうに思ったのだろうか。置いてきてしまった罪悪感を消すために、今更ながら彼女と一緒にいたいとでも言うのだろうか。

「そう、かもしれない」

 園山はどう言葉にしていいのか分からないといった風に言葉を引き継ぐ。


「あのとき連れ出していれば……なんて後悔は今更したって仕方がない」

 血にまみれている手に、1滴の血が滴り落ちたところでたいした違いはないのだ。けれど、手が汚れ続けることに慣れるものでもない。鈴の顔を見て、ふと、昔に戻ったような懐かしい気持ちが蘇ってきた。それは自分が犯した罪さえもなかったような錯覚を起こした。

「新江戸で警察なんてやってりゃ、守ろうと思っても零れ落ちることばかりで」

 だから、彼女が幸せに生きていてくれるなら、彼女を助けることができるなら、無力な自分が許されるのではないかという気がするのだと、目の前の男は語った。


 コイツも相当不器用な奴だな、と俺は思う。

「あんたアストロ灯なしでもこの店に入れるだろう?」

 急に変わった話題に、園山は一瞬驚いたようだったが、すぐに頷いた。

 アストロ灯が照らしだす闇は、単なる暗闇ではない。あれは、異世界の魔法アイテムだ。闇が闇を引き寄せるように、この店に集まった心の闇を見つける。人には言えない秘密、憎悪、人を殺した記憶……そういう黒い気持ちがないとここには入れない。

 そう思うとだんだん嫌~~な気分になる。俺も素で入れるからだ。

 お綺麗な過去なんて持ってない。俺は汚い人間だ。


 勿論、鈴にも闇はある。でも、鈴のは自分の罪じゃねぇから、アストロ灯を使わなければここに入ってくることはできない。あいつにはずっと、そのままの……羨むばかりの綺麗な心でいて欲しい。


「何を聞きたいんだ」

 だから個人情報は教えられないが、このクソ真面目な青年に免じて、当たり障りのないことであれば教えてやっても良いだろう。

 灰皿を差し出すと、園山はポンポンと灰を落とし、手もとの書類に目をやった。


「これなんだが……」

 差し出されたのは、分厚い書付だ。よく見ると、鈴の村が焼けたときの被災者リストだ。ちなみに、このリストには通りがかって火事に巻き込まれた俺の名前も載っている。被災者の列に混ざってジャガイモスープを食ったからな。

 園山の少し骨ばった指が、あいうえお順に並べられた名前をたどっていった。


「ねぇんだ」

 ――鈴の名前。


 園山は眉間に皺を寄せて不満そうな顔になる。

「助かった奴らの名前はこれで全部のはず。だが鈴の死体も見つかってねェ」

 なあ、鈴に一体なにがあったってんだ?

 あの日。

 あの火事の晩。


「その謎が解けない限り、鈴は心を開いてくれないと思うんだ。」

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