3 暗闇にアストロ灯 (OVER)
「火事で全部なくしたから、江戸に出てきて商売をはじめたんですよ」
泡を立てて弾けていくビールを口に含むと、少し苦い。その苦さを噛み締めながら、あの日のことを話し出す。
ぽつり、ぽつりと雨が降るように言葉が紡ぎだされる。火事のこと、風のこと、残された人のこと。
村人の中には逃げ遅れて亡くなった人も多かった。両親を亡くした私には、村の人達が親代わりのようなものだったから、辛くて、あの時どうしたらいいのか分からなくて、戸惑ったり、寂しく思ったこともあったけど、
「私は火事で“何もかも”なくして初めて、園山さんのような勇気が出たんです」
園山さんが火事に巻き込まれなくて良かったと心から安堵することもできた。だから、恨んだりなんてしていない。
「だから、大丈夫」
大丈夫、泣かずに話すことも出来るから。自分に言い聞かせるように呟くと、ぐっと唇を噛んだ。
一瞬、しーんとしてしまった場を破るように、給仕がやってきて料理をテーブルに置く。
「へい! チキンホイル焼きお待たせしたかよ、コノヤロー」
じゅわっと肉の焼ける香ばしい香りが辺りに漂った。そしてその香りを辿るように顔をあげると、見慣れた顔があった。
「あれ、不動さん……ここでバイト?」
「鈴、おかえりー。そうそう、ここでバイト中。出張お疲れさん。まあ、美味いもん食え。そして俺のバイト代が上がるよう祈っててくれ! あと、土産。期待してる!!」
最後にハートマークが付きそうな勢いで不動さんが話しかけてくれる。あのときの記憶を振り払ってしまえという精一杯の優しさが心に染みて、少しだけ微笑んだ。それを確認してから不動さんは、物部さんと園山さんに向き直る。
「あと、そこの警察の人」
ビシッと指差した先は園山さんだ。
「あ? 俺に文句でもあるのか?」
「有る」
不動さんはテーブルに置かれた灰皿を下膳用のお盆に載せ、
「タバコは吸うんじゃね―よ」
と、園山さんが取り出したタバコも没収した。酔った勢いも手伝ってか、火事の話で大人しくなっていた園山さんの機嫌がみるみる悪化していく。警察の人に喧嘩を売ってしまっては、あとあとまずいかもしれない。
「タバコは俺の勝手だろうが!」
「タバコなんぞ吸ったら肺が真っ黒になんだぞー。俺みたく病弱な奴にしわ寄せくんだぞー」
……うん、不動さん、私、あなた以上に健康な人みたことないです。
「あの二人、そりがあわんのだろうなぁ」
物部さんは楽しそうに眺めながら、「もっとやれ!」と木製のビールジョッキを掲げた。この人はいつも止めようとしないですよね。警察なのに。
しかし、確かに不動さんと園山さんは、外見も中身も対照的のようだと思う。
例えば、今日の服装も詰襟を比較的キッチリ着ている園山さんに比べて、不動さんは着流しの上に店員用のエプロンを申し訳程度に引っ掛けているだけだ。公務員とフリーター、サラサラストレートへアーとクルクルくせ毛。あ、直情型なのは似ているかも!
半ば現実逃避のように、二人の言い合いをスルーしていると、不動さんは頭をぼりぼりかきながら、ぼそっと呟いた。
「鈴の前では吸うな。こいつ、火事が死ぬほど嫌いなんだ」
……言い当てられて、思わず口元に手を当ててしまった。
タバコ程度なら大丈夫だと思っていたのだけれど、入口でも私は無意識のうちに園山さんがタバコを吸おうとするとさりげなく邪魔していた気がする。火をつける前のタバコなら問題なかったから、自分でも気づいていなかった。
「わりぃ……さっき話に聞いたばかりだったのに」
園山さんは一気に酔いが覚めたようで、しおしおと項垂れるようにして謝罪の言葉を口にする。すると、不動さんがにやっと笑った。
「分かればいーっての」
「でも! お前の態度は気にくわねェ」
ビシビシ火花が飛び散りそうな「馬が合わないだけの」喧嘩を横目に、物部さんはもう飽きたのか
「鈴ちゃん、ささ身のしそ巻揚げ食べる?」
と勧めてくる。
「物部さん、あの二人いいんですか?」
「いーの、いーの。どっちもそんなに馬鹿じゃねーだろ」
いざとなったら拳で黙らせる、と笑顔で返されて、思わず笑ってしまった。
とりあえず、大量の料理を注文したので食べようということになる。
物部さん、園山さん、不動さん、私の4人でテーブルを囲った。
「って、なんでおめぇが座ってんだ!」
「お前がうるさいから腹減ったんだよ、食わせろ」
園山さんと不動さんは相変わらずだ。ここのお店は、今の時間帯そんなに混み合っていないので構わないだろう。半分忘れていたけど、物部さんと園山さんも仕事中なのだ。
そして2回目の乾杯が行われ、今度は不動さんが語りだした。……もういやだ、この人たち。何で静かに飲めないのよ。
「俺的には、この『闇を片手に持つ者』が集う酒場ってのが気に入っていたりするんだよなー。異世界の魔法のようだろ? でもって、ここは完全紹介制の『一元さんお断り』の店。飯は美味いし安いし、鈴の店が異世界レシピを流すから珍しい料理が食べられるし。従業員も客もどこか影を背負っているから下手な詮索はされないし、こっちもしない。その辺も小粋っていうか……(以下略)」
給仕の域を越えて、現在ビール3杯目。店の良さをがっつり語った彼は最後に付け足した。
「良い店だけど、この辺は時々治安が悪いのも事実なんだよ。ま、見回りがてらまた来てくれ」
その日、アストロ灯が2本売れたのは…………言うまでもない。




