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異世界小間物屋(鈴音商会)営業中  作者: アルタ
新江戸時代 商品番号2番
10/27

1 暗闇にアストロ灯 ON

 新江戸の鈴音商会に戻ってきたのは、出発してから半月ほど後の夜だった。


 虹を生み出す猿の納品のために異世界に移動した私は、ノエルさんという軍人に出会った。火のオーラをまとった彼はどこか怖い。けれど、戦って勝ち取っていくことが日常である様や、どこか自分を見失いかけている様が園山さんを思い出させる人だった。

 あの世界を離れた後、どうしても気になって再度訪れたのだけれど、銀色の月光を帯びた風呂敷は時計の針を前に進めることしかできないらしくて……数年後の世界にトリップしてしまった。勿論彼と再会できたのは嬉しい。話も楽しかった。けれど、私の場所はそこにはないということをまざまざと見せつけられるようで、少し寂しい。


 新江戸の町を見渡す。最近チラホラと設置され始めた異国風の街灯のほのかな明かりが、大通りに立ち並ぶ商家をやわらかく照らし出していた。夜更かしを始めた町並みは、まるでいつまでも眠れない私のよう。過ぎて欲しい時間は過ぎてくれず、もとの世界の時間軸からは自由になれない。

 ――この世界はこれだけ私を孤独にするのに離してくれない。



「なんだか飛び降りそうな顔してるな」

 不意に声をかけられて飛び上がるように驚くと、振り向いた先に物部さんがいた。しばらく店を閉めっぱなしにしていたので、心配してくれていたらしい。大きな手でがしがし頭を撫でられると、頭がぐらぐらする。

「し……仕入れに……行って、ああ、もう。脳震盪のうしんとう起こしちゃいそう」

「わはは、すまんすまん。この前買った菓子が評判良かったから、嫁さんからまた買ってこいって言われてな」

 あと、園山が不機嫌そうに眉を寄せてこの店を見ていたから、と彼は続けた。彼の担当地区がちょうど鈴音商会を含むエリアなのだそうだ。つくづく私は園山さんとすれ違う。


 ひとつため息をついてから、家の中の食材を空っぽにしていたことを思い出した。これから夕飯を食べに行く旨を告げると、物部さんもついてくると言い出す。仕事はいいのかと突っ込むと、彼は「町民を護衛するのも仕事だ」と建前を述べた後、

「それに、鈴ちゃんの行きつけの店なら絶対美味いだろうし」

と本音を付け足した。意外とグルメなのだそうだ。

「美味しい上に安いですよー」

 にこりと笑って付け足せば、「早速行こう、行こう」と物部さんはウキウキと背中を押した。


 石畳を照らす街灯は、時々油を焦がすようなジジジジ……という音をたてて黄色がかった光を足元に投げかける。色とりどりの端切れで作った巾着を揺らしながら歩くと、影が2つも3つもできて幻想的だ。カラコロと響く下駄の音もまた趣き深い。

「そういえば、園山に聞いた」

 肌寒い……そんなことを思いながら私は「何を?」と問う。あの人が私のことについて上司に何を話すことがあるのだろう。

「婚約者だった」

「まあ、昔は」

 過去形ですけどね。

「なんで出て行くのを止めなかったんだ?」

 その表情は、さっきまでの気のいい親分の顔とは違って、真剣で嘘を許さないような迫力があった。


 ――止まってはいけない。


 そう心に言い聞かせながら私は言葉を紡ごうと口を開く。

「それは……」

 それは、園山さんをこの小さな村に繋ぐなんて出来ないと思ったから?

 それは、自分に自信がなかったから?

 それは、このままだったらダメだと思ったから?

 それは、捨てられたと思ったから?

 それは、戻ってきてくれる信じてたから?


「前を向いて進もうとする人を止めるだけの理由が私にはありませんでした。そして追いかけなかったのは、私の中で全てが終わってしまったからだと思います」

 あのときの私には、足手まといになってでも追いかける選択肢が残されていた。けれど、不安になって、とどまることを選んだ。その時、私の中で園山さんとの縁は切れたのだ。

「あいつとやり直そうとは思わないのか?」

「ないわ」

 あまりに私がきっぱり答えるものだから、物部さんは「新江戸の娘っこは、こんな子供でも潔いもんなんだな」と笑った。私がまだ彼に未練を残しているようであれば、仲を取り持とうと考えていたのだそうだ。


 道を照らす明かりが黄色からオレンジ色に変化して、ゆっくりと浮かび上がったのはコールタールを塗りこんだ黒い壁に朱色の格子。華やかな声が聞こえる。艶やかな着物を着た遊女の影が障子に写った。どう見ても遊郭が並ぶ通りに入っていく。物部さんが身体を強張らせるのが分かった。きっと予想外だったに違いない。

 朱色の灯篭には店の名が刻み込まれ、高い塀は広く招き入れるが、外に出ることを許さない。道は緩やかな傾斜を描き、何度も何度も微妙な角度をつけて折れ曲がる。そうすることで通う人々を目立たなくするのか、あるいは区切りをつけているのかは分からないのだけれど。

 すれ違う人が怪訝な視線でこちらを見た。客を取っているようには見えない少女と、白い詰襟の屈強な警察官。けれど、人ごみに紛れるようにして歩けば、彼らはすぐに興味を失う。


 道を照らす明かりがオレンジ色からやや白みがかってきた。ギラギラと輝くような明かりが乱立し、喧騒もひときわ大きくなってくる。

 そんな中心部にあって、けれども明かりが眩しすぎて逆に死角となった店と店の間に、私は立っている。ここに隠れた名店への入口があるのだ。通常、花町の人間が昼に利用するため、夜にたどり着こうと思うと、あるアイテムが必要なのだが。


 私は薄く紅を引いた唇をほころばせて、ポーチから懐中電灯を取り出した。手のひらにすっぽりと収まるくらい小さなそれは、漆黒の筒に真紅のスイッチが一つついたもの。普通の懐中電灯はほのかな薄明かりを提供するのだが、これは違っていた。


 スイッチを入れた瞬間現れたのは、更なる闇。

 闇で照らすそのアイテムを私は「アストロ灯」と呼ぶ。

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