表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EXECUTION!  作者: 弥塚泉
6/9

exe.2-3

どうも。弥塚泉です。

ヨルムンガンド編の起承転結でいう転ですね。

いよいよバトルが近づいてきました。ご期待に添えれば良いのですが…。

感想、評価、助言、等々、お待ちしております。

 翌日の昼間、ミズガルズのはずれ。夜崎は切り立った崖の上で待っていた。

「ああ、待ちかねたよ」

「時間には遅れていないはずだが」

 レニエンスはいつも通りの無愛想な返事をする。

「まあね。けどあんたらの前に不届き者が七十ほど来たからあたしにしてみればやっとかいってな気分なんだよ」

「前置きはいい。情報を言え」

「せっかちな男だねえ。こんな奴と一緒にいて疲れないかい?ハティ」

「は?」

「自分の名前も忘れちまったのかい?あんたを呼んだんだよ。ハティ・フローズヴィトニルソン」

「……そういえば初めて会ったとき、フェリンの頭を撫でていたな。あれは耳を確認するためか」

 フェリンは面食らったが、レニエンスはどこか納得したように頷いた。

「どういうこと?」

「そっちの処刑人は可愛くないねえ。そうだよ、あたしがあんたらがお探しの『ミズガルズの大蛇』ヨルムンガンドだよ」

 夜崎を馬鹿にするようにレニエンスは鼻を鳴らした。

「探す手間が省けたな。お前に聞きたいことは一つだけだ。フェンリルの居場所を知っているか」

「フェンリル?」

 夜崎は探るようにフェリンを見たがふっと笑って「まあいいや」とレニエンスの方に目を戻した。

「教えてやらないでもないけど……一つ、条件がある」

「えっ?」

 聞けばすぐ答えてくれると思っていたフェリンは声を上げたが、レニエンスはピクッと眉を上げただけだった。ある程度予想していたらしい。

「この町にトールって男がいる。そいつからミョルニルを奪ってきてほしい」

「ミョルニルというのは?」

「あいつが持ってるハンマーだよ。トール単体でも相当な力があるけどそのミョルニルがとんでもない破壊力でね。巨人を一撃で殺してきたっていうし、あたしも腹に一撃食らったけどありゃとてもじゃないけど勝てない」

「それを奪ったお前はどうする」

「どうもしないさ。あたしはあれで殺されるのが嫌なだけだからね。海の底にでも沈めようか」

 レニエンスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「他に頼りもない。罠なら返り討ちにするまでだ」

「ありがたいね」

 レニエンスの言葉を聞くと夜崎は笑った。鋭い洞察力を持つレニエンスでもその笑顔の意味は図りかねた。



 夜崎からトールの家の場所を聞いた二人はさっそく下見に向かった。トールは一人で来たわけではないようで、長家のようなところに仲間たちと住んでいた。とはいえ、トールはそのうちの一件を占有しているため、周りの住人たちをなるべく多く出かけさせてトール自身の注意を少し逸らせばミョルニルを強奪できそうだ。しかし、周りの住人たちはどうとでもなるだろうが、トール本人は夜崎曰く一筋縄ではいかないらしい。

「問題はどうやって注意を逸らさせるかだな」

 宿に戻ってきて作戦会議。二人は膝を突き合わせて向かい合っていた。

「あ、はいはーい。それならわたしに任せて」

 フェリンは授業を受ける生徒のように手を上げた。

「実はわたしにはスゴい能力があるんだよ。見てて」

 フェリンは立ち上がって目を閉じたかと思うと「はいっ」とすぐ目を開けた。

「じゃあレンくんは立ち上がって後ろを振り返ってみてください」

 気分はすっかりマジックショーの手品師だ。レニエンスが立ち上がって意外と近くにあったフェリンの顔から目を逸らすように振り返ると、そこには振り返る前と同じくらい近くにフェリンの顔があった。レニエンスが後ずさると後ろのフェリンにぶつかり、

「うわっ」

 ぐらりと傾いて「ひぁっ」と鳴いたフェリンを下敷きにした。すると目の前のフェリンもその場で後ろ向きに転んだ。鏡に映したような二人のフェリン。

「これは…」

「わたしの必殺技!だよ」

 目の前のフェリンも口が動いてはいるが声は後ろからだけする。

「決めた場所からちょうど反対のところに分身をつくるの。それで挟み撃ち」

「かと相手に思わせて、必殺の一撃を当てやすくするわけだな」

 レニエンスが振り返ってフェリンの言葉を繋げる。

「こちらのお前は実体のない幻だ」

「そうだよ」

 タネを割られてむしろ嬉しそうに笑う。それがあまりに嬉しそうだったのでレニエンスも釣られて口端を上げる。

「確かにこれを使えばトールというのがどんなやつだろうが確実におびき出されるだろうな」

 レニエンスはちょっと考えて話しだした。

「よし、では決行は明日の夜だ。周囲の人間を追い払うのに騒ぎを起こしてミョルニルまで持って行かれたら意味がないからその部分において俺たちが直接工作することはしない。連中が寝静まったのを見計らい、トールが自宅に一人でいるのを確認してからお前がさっきの術…」

幻月げんげつね」

「幻月を使ってトールを家から引き離す。その間に俺がミョルニルを奪い、そのまま夜崎に渡してくる。あまり長く手元に置いておくと復讐される恐れがあるからな」

 レニエンスが話終わってもフェリンは口をぽかんと開けたまま固まっている。レニエンスはようやく自分の台詞の量を認識し、

「指示は随時与える」

 と言った。


 レニエンスの作戦は結果から言えば成功だった。というよりも。

「上手くいきすぎじゃないか…?」

 最悪の場合、ミョルニルを持ったトールと戦う覚悟もしていた。なのに現実はレニエンスの筋書きを少しも裏切ることなく進行し、一昨日と同じ場所で夜崎にミョルニルを渡すべく走っていた。

「やあ、早かったね」

 一昨日と同じように夜崎が出迎える。違うのは時間と台詞だけだ。

「まさかこんなに早くミョルニルを持ってきてくれるとは思わなかったよ」

 ミョルニルを受け取ろうとした夜崎の動きが止まる。レニエンスが柄を離さなかったために二人でミョルニルを掲げるような形になった。

「約束だ。フェンリルの居場所を教えてもらおうか」

「用心深いねえ。そんな焦らなくても教えてやるよ」

「………」

 夜崎がにやりと笑みを浮かべるもレニエンスは眼前を睨みつけたまま表情を崩さない。これは本気みたいだねえ、と呑気なことを考えながら夜崎はレニエンスの問いに答える。

「アームスヴァルトニル湖にあるリングヴィって島だよ。あいつはしばらく前からずっとそこにいるよ」

 それを聞くとレニエンスはゆっくりと手を離した。

「確かに聞いた。あとは好きにするがいい」

「もちろん、そうさせてもらうさ」

 そう言うと夜崎は何気ない仕草でミョルニルを海に放り投げ、自らも後を追うように身を投げた。軽い仕草で投げたはずのミョルニルは天高く上がり、夜崎は海に落ちて、どちらも見えなくなった。レニエンスが呆然としているとすぐに海が吼えるような地響きが聞こえてくる。一際大きな音が鳴ってそれは現れた。海を割って現れたその姿をレニエンスはこれ以上なく見開かれた眼に映した。話には何度も聞いた『ミズガルズの大蛇』。

「これがヨルムンガンド………」

 ヨルムンガンドはレニエンスを一瞥したあと、唐突に空に向かって口を開け、ぴったりのタイミングで落ちてきたミョルニルを飲み込んだ。

「なっ…!?」

 これにはさすがのレニエンスも声を漏らした。確かに海の底だろうが地の果てだろうが、あのトールは取ってきそうだ。だがヨルムンガンドの腹の中のものを取ることはできない。それはすなわちヨルムンガンドに喰われることを意味するのだから。ヨルムンガンドは首を町の方向に向けた。

「待て!!」

 レニエンスは叫ばずにはいられなかった。

「貴様、まさか町を襲う気か!?」

 ヨルムンガンドは答えない代わりに口を歪ませた。夜崎とは似ても似つかないはずのその顔は夜崎が口端を上げるさまを想起させた。

「く…っ」

 ここにいても問答にすらならない。それよりフェリンはまだ町にいるはずだ。レニエンスは町に向かって走り始めた。


「なんだこれは……」

 レニエンスを出迎えたのは変わり果てた町だった。建物には融けたような後がちらほら見え、人間が何人か倒れていた。レニエンスがまだ息のあった人間に話を聞くと、ヨルムンガンドは直接町を襲うようなことはしなかったという。その代わり、町全体を覆うような毒を吐き、町を壊滅状態に陥れた。町の医者も毒に冒され、奇跡的に難を逃れた者も治療法が分からずに右往左往しているらしい。気休めだとは思ったがその男を病院まで運んだ後、とりあえずトールの家に向かった。すると、家の中から鈍い音が聞こえた。ほとんど意識することもなく扉を蹴り開けて、トールに拳を振り上げられるフェリンを目にした瞬間、レニエンスの腕が走っていた。

「ぐ、あああああああああ!!!!」

「レン…くん」

 レニエンスの意識を戻したのはトールが先のない肩を押さえて苦しげに吠える声ではなく、小さく名を呼ぶフェリンの声だった。

「………」

 レニエンスは答えない。放心したように自らが斬り落としたトールの腕を見ている。激昂したトールが片腕でレニエンスに殴りかかってきたが、傍らにいた老人がトールの頭を押さえた。

「落ち着け。お前の腕なら問題なく治せる。それよりはこの少年の話を聞こうではないか」

 トールは納得いかないようだったが、なぜか頭を押さえられているだけなのに振り払うことができないらしい。諦めてあぐらをかいた。老人はトールに腕を傷口にくっつけさせ、一言二言呟くとトールが腕を支えなくても落ちなくなった。本当にくっついたようだ。しかし、レニエンスはそんな非現実的な現象を目にしても驚いた素振りもなく老人を見続けていた。老人はその視線に今気づいたかのように「ああ」と言ってレニエンスの方に向き直った。

「わしの名はオーディン。トールの父じゃ」

 それを聞くとレニエンスは事情話し始める。無関係な老人に聞かせるべきか迷っていたのだろう。

 話を聞き終わるとオーディンは唸った。

「それでは主らに罰を受けさせるのも問題じゃのう。主らも被害者なのだからな」

「はぁ!?こいつらは俺のミョルニルを盗んだあげくヨルムンガンドに食わせやがったんだぞ?」

「騙されていたのだから仕方あるまい。お前など騙された回数は数えきれんくらいだと思うが?」

 オーディンに諭されるとトールは口を閉じた。

「しかしこうなった以上、主らにもヨルムンガンド討伐を手伝ってもらわなければならぬな。いや、討伐までいかなくとも追い払うまではやってもらいたいところじゃな」

「分かった。これから策を考えよう」

「待てよ」

 立ち上がろうとしたレニエンスをトールのぶっきらぼうな言葉が止める。

「なにも一から考える必要はねえよ。お前が用意するのはヨルムンガンドをぶっ飛ばせる力とヨルムンガンドの好物だけでいい」

「すでに策を持っているということか?」

「俺たちだって無策でヨルムンガンドに挑むほど馬鹿じゃねえ。俺の次に力自慢の奴にヨルムンガンドを釣り上げさせて、そこを俺がミョルニルで叩くっつう作戦だった。だから足りねえのはミョルニルに代わる決め手と、あとはより食いつきの良さそうな餌だ。一応どでかい牛の頭を持ってきてんだが、てめえら少しとはいえヨルムンガンドと話したんだから好物くらい知ってんじゃねえか?」

 レニエンスは少し考えてから口を開いた。

「奴は酒が好きだ。だから餌についてはできるだけ強い酒を造り、それに牛の頭を浸けたもので充分だろう。決め手となる力については…すぐには思いつかない。思いついたらまた来る」

「また来るってお前こっから出たら毒に冒されて死んじまうぞ」

「ここは大丈夫なのか」

「わしには少し心得があっての」

 オーディンが意味深に笑う。

「分かった。だがそれなら話が早い。ミョルニルと同じ形の鎚はないか」

「はあ?」

「今はないが造ることは可能じゃ」

「ならそれを使ってやってほしいことがある」

今回の見どころはやっぱりヨルムンガンド登場のところですね。弥塚の描写が足りないかもしれないですが、迫力を感じていただければ嬉しいです。



次回のバトルもお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ