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どうも。弥塚泉です。
客観的視点というのはやはり大事なもので、そのほとんどが言われて初めて気がつくことだったりするんですよね。
と、いうわけで感想、評価、助言、等々お待ちしております。
港町ミズガルズ。横に長い大陸の終わりに位置しているという辺境な土地であることや、またヨルムンガンドが居着いてからはその脅威から、町の外から人間が来るのは稀なことだった。以前は大陸の果てを見てみたいという観光客がいないこともなかったが、今ではヨルムンガンド討伐を掲げてやってくる命知らずたちに取って代わっていた。そんな風だったからこの町にはまともな定食屋というものはすっかり寂れており、朝食を兼ねたレニエンスたちの昼食は居酒屋ですることになった。ちなみにこの町の店はほとんど酒を置いているので、未成年でも入ることができ、売ってくれることもあるくらいである。
「おじさーん!もう一杯!」
フェリンは杯の山の向こうから陽気な声を上げていた。向かう席には苦々しい顔のレニエンス。最初に酒を勧めたのはレニエンスだからだ。仕方なく居酒屋で昼食を取ることにした二人だったが、酒のつまみばかりのメニューに辟易していたフェリンを見かねてレニエンスがアルコール度数の低い炭酸飲料のようなドリンクを飲ませてやったのだ。するとフェリンは一杯で酔っ払ってしまい、次から次に酒を注文し始め、現在にいたる。ちなみにレニエンスは一杯も酒を飲んでいない。無理をすれば飲めないこともないが彼はアルコールに弱いのだ。酔いで味覚も麻痺しているのか、フェリンもちゃんと食べているのでレニエンスがそろそろ出ようかと腰を上げかけたとき、二人の席の横にやってきた人物がいた。目を向けたレニエンスが最初に得た情報はその人物が女性だということだ。その女性は長身とメリハリの効いた身体とを紫で縁取った黒地に金蛇の刺繍が入った和服で身を包んでいたのだが、胸元を限界まではだけさせて服を着ているというよりも肩に引っかけているだけだったからだ。彼女が手に掴んでいる酒瓶をちらりと見てレニエンスは一応「何の用だ」と訊いた。
「そんな警戒しなさんな。何も捕って食おうってんじゃないんだからさ」
そこでフェリンの方に顔を向ける。
「あたしは夜崎夢乃っていうんだ。ここではユメノ・ヨルサキっていった方がいいのかな。まあともかくお嬢ちゃん、あんたなかなかいける口みたいだからあたしと飲み比べしないかい?」
「ことわ…」
「いいれすよ〜」
間髪入れず断ろうとしたレニエンスの言葉を遮ってフェリンの呂律の怪しい声が了承してしまった。
「うんうん。素直な子は好きだよ、あたしは」
言いながら女性はぐるぐるとフェリンの頭を撫で回す。
「待て。そいつは酔って正常な判断が出来ていない。この約束は無効だ」
「レンくんの言葉が分からない〜」
歌い出したフェリンにちらりと目線を振って言うレニエンスに夜崎は不満そうに唇を尖らせる。
「まったく…無粋な男だねぇ」
「無粋で結構。分かったら消えろ」
知らない者には冷たく感じられるレニエンスの反応が夜崎には面白いらしくにやにや笑いへと表情を変えながら、両方の手のひらを見せる。
「分かった分かった。要するにあんたは意味もないのにおかしな奴とは呑めないって言いたいんだろ?」
「そうだ」
実際には彼女に関わりたくないからだったが、結論は夜崎の言う通りだったので頷く。「だったら」と夜崎はしたり顔でもったいをつけた。
「あんたら、地元民でもないのにこんなとこにいるってことはヨルムンガンドに用があるんだろ?飲み比べであたしに勝ったら情報をやるよ。飛びっきりのね」
レニエンスは真偽を確かめるように夜崎を見ていたが、埒が明かないと思って直接訊いた。
「保証は」
「そこはあたしを信じてもらうしかない…と言いたいところだけど会ったばっかりで信用もなにもないね。まあちょっとばかし信用を上げることならできないこともないけど」
そう言って「野郎ども!」と居酒屋中に呼びかけた。
「今夜七時からここで飲み比べ大会を開催する!あたしに勝った奴にはヨルムンガンドの倒し方を教えてやるよ!」
「ああ?どうせそこら辺に転がってるガセじゃねーのか?」
そんな声が上がる。
「こそこそ騙すんならまだしもこんなのの賞品にするんだ、ガセなら袋叩きになるだろうね。あたしはあんまり頭のいい方じゃないけどそんくらいは知ってるさ」
振り返ってにやっと笑う。
「これでどう?」
「………」
レニエンスは黙って考えている。情報の正確性は先ほどの行動で多少信用した。レニエンスが考えているのはそうではない。ヨルムンガンドの情報は確かに欲しいがレニエンスが酒を飲めない以上フェリンを出すしかない。が、自分たちはヨルムンガンドを倒しにきたわけではないからここで無理をする必要もないのだ。
「レーンくん」
レニエンスが黙っているとフェリンが抱きついてきた。
「わたし、出てもいい?」
「そうは言うがな…」
「わたしのことなら心配しなくてもいいよ。危ないと思ったらやめるって」
完全に酔っ払って判断力を無くしているのかと思っていたが、わりとまともに話を聞いていたようだ。レニエンスは納得したわけではなかったが、しばらく沈黙した後「分かった」と返事をした。もし本当に潰れてしまったら自分が連れて帰ればいいし、そもそもそうなる前に止めることもできるだろうと考えたからだ。
「じゃ、また会おうか」
二人の話がまとまったのを機に夜崎は身を翻しながら別れを告げる。
「どこ行くのー?」
「あたしは一晩に九軒はしごすると決めてるのさ。今夜はここで飲み明かすから七時までに八軒潰してくるよ」
夜崎は片手をひらひらと振りながら去っていった。
「うわー。すっごいねぇ〜」
その夜、件の居酒屋には客が外にまで溢れかえっていた。しかしレニエンスは別のことを気にしていた。
「ヨルサキが来ないな」
時刻はもうすでに九時になろうかというところである。そんなレニエンスの呟きに応えるように立て付けの悪い扉が音を立てた。
「待たせたね」
夜崎は悪びれるどころかまるで遅れてなどいないような態度で悠々と一番奥の席に陣取り、にやっと笑って説明を始めた。
「さっさと飲みたいだろうがその前にあたしのルールに従ってもらうよ。参加者は店から出るほどだ、無法じゃいくらでもイカサマできるだろうからね。昼間にも言ったことだけどあたしに勝った奴にヨルムンガンドの情報をやる。けどあたしが情報をやるのは一人だけだ。そいつが一人占めしようが居酒屋中に広めようが構いはしないけどあたしが言うのは一人だけだよ」
「それじゃあ二人勝ったらどうなるんだい?」
驚いたことに女性も参加しているようだ。甲高い声が上がった。
「一人より多く勝ったらそいつらの中で一番飲んだ奴に教える。要は今夜ここに集まった中で一番になればいいってことさ」
なかなか上手い、とレニエンスは思った。これだけ人間がいればお互いに目をつぶって酒の数をごまかすかもしれないが、勝者が一人となればそんなことはできない。ここに集まるような連中がそんなことをすれば必ずどちらかが裏切るからだ。それに酒を袖口に捨てて数をごまかそうとしても、周りの目が気になってできないだろう。なにせ四方八方に人間がいるのだ。夜崎はすでに顔が赤く、先ほども若干足がふらついていたが案外頭が回っている。
「守ってもらうルールはそんだけだよ。じゃ、呑もうか!」
翌朝の七時。件の居酒屋はまさに死屍累々といった惨状で、レニエンスがフェリンを背負い、夜崎を抱えて居酒屋を出る時にも足の踏み場がなく、居酒屋の入り口を出るまで酔いつぶれた人間を踏んで歩くしかなかった。店の中の人間はフェリンとレニエンスと夜崎の体重が乗っても起きないくらいにつぶれていたが、外の人間は引き際を心得ていたらしく、店の外には酔いつぶれた人間の姿がなかった。夜崎は自分が負けた時のことは考えていなかったようで酔いつぶれたあとは当然ながら寝てしまい、ヨルムンガンドの情報を聞くことができなかったので仕方なくレニエンスは夜崎も連れて行くことにしたのだった。
「うう…ん…?」
その日の深夜、フェリンはようやく目を覚ました。真っ暗な視界から、しゃり…しゃり…と音がする。気になって窓の方を見ると月光を反射してぎらりと光る剣が目に入り、思わず悲鳴が、
「起きたか」
「へ?」
喉まで出かかった悲鳴は間の抜けた声に変わった。
「とりあえずそこの水でも飲んだらどうだ」
「あ…うん」
枕元に置いてあったペットボトルの水を飲むと少し意識がはっきりしてきた。レニエンスの声を聞いたのと目が暗闇に慣れてきたのもあって、落ち着いてみると先ほどの剣はレニエンスのものだったことが分かった。
「ずっとここにいてくれたの?」
なんとなくそんなことが気になって訊いた。
「外に出てもやることがない」
「でも…」
「なんだ?」
途中で言葉を切ったフェリンを促すレニエンス。
「ううん、ありがと」
素直な感謝にレニエンスはやはり「ああ」と言ったきり黙って研ぎ終わった刃を白布で拭きはじめた。フェリンが急に口をつぐんだのはレニエンスが退屈しながらも部屋に残っていてくれたのが分かったからだ。外に出てもやることがないというのもその通りだろうが、そう言った時にレニエンスは剣を研いでいたにもかかわらず傍らの白布はすでに汚れていた。彼が清潔に保っている白布を使うのは必ず刃研ぎのあとである。恐らく部屋に残ったはいいものの娯楽を知らない彼は剣を手入れすることしか思いつかなかったのだろう。当然、手入れにそんな長時間かかるわけもないからフェリンが起きるまで刃を研いで、拭ってと繰り返していたわけだ。そうまでして彼が部屋に残ったのは自分たちを気遣ってのこと…というのは不確定なフェリンの願望だが。
「気分は?」
剣を納めて聞いてくるレニエンス。
「ん…まあまあかな」
「そうか。じゃあもう少し休んでからだな」
「どこか行くの?」
「俺たちはまだヨルサキに用があるだろう」
夜崎さん登場です。
彼女は案外簡単にビジュアルが出てきましたね。性格は未だにつかみきれていませんけど。
それと伏線ってほどではありませんが、レンの剣の手入れの仕方は一応exe.1-2で描写しています。
では、次回。