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どうも。弥塚泉です。
タイトルが『EXECUTION!』だったり、主人公が処刑人だったりしますが、残酷な描写がないのが売りですね。
感想、評価、助言、等々ももちろんお待ちしております。
とある港町のはずれ。そそり立つ岩壁の上から荒れ狂う波を見下ろす二人の姿があった。
「うっわー…超荒れてるよー」
怖がっているのか面白がっているのか分からない台詞を言うのはフェリン・ディスペル。翡翠色の長い髪は風に飛ばされないようにいつもよりきつく縛ったバンダナをものともせずに暴れている。
「現実逃避はよせ。今回の戦いで一番の苦労役はお前だぞ」
傍らで髪の代わりにコートを翻させているのはレニエンス・ビヘッド。紅い瞳は波の向こうを睨みつけている。
「うえー。やだなあ…レンくん代わってよ」
「お前…」
「準備できたぜ!」
レニエンスの言葉を威勢のいい声が遮る。
「いよいよだな」
「………」
「なんだ、さっきまでの元気はどうした」
「だ、だってぇ…」
フェリンの固く握った拳は微かに震えていた。
「手を出せ」
言いながらレニエンスは自分も手を差し出す。
「…?」
恐る恐るといった感じのフェリンの手をがしっと掴む。
「俺にはまったく恐れがない。もしこれが勇気と呼ばれるものなら、お前にやろう」
フェリンはしばらくポカンとしていて、やがてくすっと笑った。
「レンくんってたまーに優しいよね」
レニエンスは鼻を鳴らしながら赤い顔を逸らす。
「お前はすぐに調子に乗るからな」
「いつも一言多いんだから」
「で、いけそうか」
「うん」
二人は海の底から来る恐怖を待ち構えた。
二人で刑務所を後にして、未だ力が戻らないフェリンを背負ったレニエンスはとりあえず町に向かっていた。フェリンが捕らわれた刑務所は町外れにあったため、騒ぎは町まで伝わっていない。その間に旅の資金を調達し、さっさと逃げ出そうと考えていたのだ。
「レンくん…?」
寝ぼけた声が背中から聞こえてきた。刑務所から町までは結構距離がある。肉体的にも精神的にも疲労していたフェリンはうたた寝をしていたようだ。
「………」
しかし、レニエンスはフェリンの呼びかけに答える様子もなく黙々と歩き続ける。
「レンくん?レンくんってばー…」
「なんだ」
まったく諦める様子がないフェリンにレニエンスはぶっきらぼうに返事をする。
「なんで返事してくれないの?」
「今した」
レニエンスの返事は短い。
「さっき四回も呼んだのにしてくれなかったよ」
「三回だ」
「やっぱり聞こえてたんじゃん」
「誰を呼んでいるのか分からなかった。お前が変な呼び方をするからだ」
「今ここにはわたしとレンくんしかいないのに」
レニエンスはまだフェリンの呼び方が気に入らないようだったが話が進まないと思い、鼻を一つ鳴らして「で、何か用か」と続きを促した。
「迷わずまっすぐ歩いてるけど何か考えがあるのかなーって」
「いいからお前は体調を戻すことだけ考えていろ」
「重いから?」
「その通りだ」
「うわ、ひっどーい。わたし重くないもん!」
「冗談だ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるよ!だいたいレンくんは―」
とりあえず今のところはレニエンスの望んだ通り、楽しい道中である。
フェリンを背負ったレニエンスが立ち止まったのは大きな館の門前だった。目の前とはいえ視界に収まりきらないほどの館なのに豪邸と形容するのが躊躇われるのは、館が持つ雰囲気が暗く感じられるからだ。けれども注意して見ると黒系統が多用されているのが分かる程度で基本的には他の館と変わるところはない。しかし、この館の雰囲気とその前でレニエンスが立ち止まったことからフェリンにはだいたい察しがついていた。そしてレニエンスから振り返って告げられた言葉はその通りのものだった。
「ここは?」
「俺の家だ」
レニエンスは門や扉を開けてずんずん進んでいき、広間に入ったところで黒いスーツを着た老執事に迎えられた。後ろについてきているフェリンを見ても驚きを見せないのはさすがビヘッド家の執事。
「レニエンス様」
「やつは」
「書斎でございますが」
「暇か?」
「書類の整理をされております」
「暇だな」
レニエンスは勝手に決めつけるとさっさと階段を上がっていき、迷うことなく扉を開けた。その向こうには大きな窓を背にして、手前の机には紙の山脈を創造している男が座っていた。レニエンスがノックもなしに、見たことのない娘をつれていきなり書斎に入ってきても上目遣いにこちらを見た以外に目立った反応はなかった。そこでレニエンスから切り出すことにした。
「金が欲しい」
端的な言葉にレニエンスの父は目を通していた書類を置いて、レニエンスの方を見た。
「何のために」
「旅をする」
レニエンスはその視線を真っ直ぐ受け止めて言う。
「お前が今まで仕事で稼いだ金などたかが知れている。足りない分はどうするつもりだ?」
「借りる。この旅が終われば、それを返せるまで働こう」
「ちょっと、レンくん!?」
「お前は黙っていろ」
「くっくっ…あはははははは!」
その時、扉の向こうから笑い声が聞こえ、長身の女性が姿を現した。腰まで伸びた艶やかな黒髪がレニエンスの親類であることを感じさせる。
「面白いことを言うようになったじゃない、レン。良いわよ、あんたの旅の資金はあたしが貸したげる。無利子無催促でね」
「セシス…」
楽しそうな彼女をレニエンスは訝しげに見る。
「何が目的だ?」
「失礼な弟だね。姉の厚意は素直に受け取っときなさい」
「論理的、合理的が大好きなお前がそんななんの得にもならないことをするはずがない」
姉とは対称的にどんどん不機嫌になっていくレニエンス。しかし彼女はそんなレニエンスの扱いなど簡単だといった様子で指を振る。
「そんなに言うなら言ってあげるけど。あたしはあんたのことが大嫌いだった」
「べつに好かれようとは思っていない」
「まあ聞きなって」
彼女はまた指を振った。
「ここで大事なのは嫌いだったってとこ。今日あんたがその娘をかばうようなセリフを言ってるのを聞くまではそうだったのよ」
かばったわけではない、とレニエンスは思ったが、口に出すとまたセシスの話を長引かせることになる。だから黙っていた。
「もちろんあんたはかばったなんて思ってないだろうけど」
黙っていたのに長引いてしまった。
「かばったってのはあたしの言葉足らず。正確に表現するのはあんたにもできないだろうからこれは無理からぬことだね」
「何が言いたい」
大人しく話を聞いていては終わるものも終わらないと思ったレニエンスは結論を聞くことにする。
「前の大嫌いだったあんたと、今の大好きなあんたの違いはその子がいるかどうかだけ。つまりそれは、その子があんたを変えたってことに他ならない。旅っていうのはその子とするんでしょ?その子があんたをもっとマシにしてくれるんならあたしは喜んで手を貸すよ」
セシスはぱちりとウィンクして話を締めくくった。
「まあいいだろう。手を借りよう」
レニエンスは不承不承といった感じで頷いたが、どちらかというと思わぬ評価に照れくさいようだ。
「話は終わったかな?」
割り込むような咳払いののちに皮肉ったような調子の声を出すビヘッド父。
「ああ、ごめん。父さんの仕事取っちゃったよ」
言いながらセシスはまったく気にしていない様子だ。そんな彼女の様子に彼は一度鼻を鳴らして、鋭い視線をレニエンスに向けた。
「お前がどうなろうが私は知らない。が、どうしようもなくなったときに介錯ぐらいはしてやろう」
「分かった。…行ってくる」
レニエンスはそれだけ言うとコートを翻して出て行ってしまった。困ったのは置いていかれたフェリンだ。こうなった以上出て行くしかないのだが、挨拶していくべきか、それとも紹介もされていない自分が挨拶するのは不自然かとおろおろしているとセシスが声をかけてきた。
「世話の焼ける弟だけど、よろしくね」
「は…はいっ!」
それを行って良しと取ったフェリンはそそくさとその場を後にした。
「そもそもレンくんにはもーちょっと気遣いとかそういうのが必要だと思うの。だからね、たとえば…」
フェリンはまだ置いていかれたことに対して不満を並べ立てていた。もっとも、本人はそのつもりのようだが話は四方八方に飛び火して、レニエンスは適当に頷いているもののまったく終わりが見えなかった。
「わたしが甘いものが食べたいって言ったらさりげなくケーキ屋さんに連れて行ってくれるとか」
「ああ」
「わたしがもう歩けないって言ったら黙ってお姫様抱っこしてくれるとか」
「ああ」
「わたしがレンくんって言ったらなんだいリンって返してくれるとか」
「嫌だ」
「なんで!?」
「そんなことよりも」
レニエンスは流れが変わったのを機に一気に話題転換を図った。
「行き先は本当にミズガルズで合っているんだろうな?」
二人はもうかれこれ一時間も電車に揺られている。
「合ってるってば。ヨルさんはあそこがお気に入りなんだから」
フェリンがヨルさんと呼ぶのはヨルムンガンドのこと。二人の旅の行き先を考えたとき、レニエンスはフェリンの狼化を止められる方法を探そうと言ったのだが、フェリンは会ったことのない父親、フェンリルに会いたいと言ったので、ひと悶着あったもののフェンリルに会いに行くことになった。が、どこにいるかは想像もつかないというので、彼女なら行方がわかるというフェンリルの妹、ヨルムンガンドにフェンリルが行きそうな場所を教えてもらおうということになったわけである。しかし実はヨルムンガンドについては行方が分かるというのは正しい表現ではない。彼女はミズガルズという港町が気に入ったらしくしばらく前からはずっとその近郊の海に留まり、町の外の人間には『ミズガルズの大蛇』と呼ばれているくらいなのだ。その物騒な二つ名は噂話には疎いレニエンスですら聞いたことがあったので、彼の不安はヨルムンガンドに会えるかどうかということよりも、ヨルムンガンドとの邂逅が穏便に済むかどうかというところにあった。
主人公たちの愛称はレン、リンですが、某金髪の双子とは関係ありません。ボーカロイドは好きですけど私はサイドテール派ですから。
今回は会話が楽しかったです。こんなにほのぼのした話が『EXECUTION!』名乗ってていいんでしょうか。処刑という意味だけでつけたわけではないので、いいですかね。
では、次回。