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どうも。弥塚泉です。
バトルへの過度の期待はおやめください。
感想、評価、助言、等々引き続きお待ちしております。
窓の外が黒く塗りつぶされた頃。ドアが開いて、男が告げる。
「時間だ」
結局、この瞬間までフェリンが外に出ることはなかった。二週間と少し、壁を削り続けた成果は手首がやっと壁に埋まる程度のものだった。レニエンスは少し前から剣を抱えてともすれば眠っているんじゃないかと思うほど深く鉄格子に身を預けている。
「レニエンス・ビヘッド。聞こえなかったのか?さっさとそいつを出せ」
「ああ」
レニエンスは返事とともにようやく立ち上がる。それと入れ替わるように男が倒れ伏す。
「おかげで決心がついた」
「ちょっ…」
驚いたのはフェリンだ。
「どうしたの!?」
「なにがだ?」
レニエンスは事も無げにこちらを振り返る。
「その人…」
「安心しろ。気絶させただけだ」
「させた、って…」
「お前は昨日訊いたな。欲しいものはないか、と」
「う、うん…」
「考えていたんだが」
普段のレニエンスと比べると少し歯切れが悪い。意識して見てみると顔はこちらを向いているが微妙に目を逸らしている。不思議に思いながらも、フェリンは黙ってレニエンスの言葉を待った。
「俺は旅の道連れが欲しい。どれだけかかるかわからん旅の道中、お前のおめでたい話を聞いているのも悪くない」
「おめでたいって…」
なんだか期待が外れたような気持ちだ。どんな期待かは自分でも分からないが。
「旅の道はお前に任せる。襲われるようなことがあれば守ってもやろう」
鉄格子がバラバラになってあたりに散らばる。その犯人は不敵な笑みで告げてくる。
「行くぞ」
「君って…」
「ん?」
「案外カッコいいんだね」
複雑な気持ちの意趣返しに皮肉を言ってみる。
「ふん…」
いよいよ限界らしいレニエンスはきびすを返して、それでも皮肉を返してきた。
「知っている」
「ねえ、こんなことしてるけど何か考えはあるの?」
「無い」
「………」
「考えが必要か?」
「当たり前でしょ。このままじゃいつ追っ手が来るかっておちおち旅なんかしてられないじゃない」
「俺が追い払う」
「それじゃキリがないでしょ?わたしに考えがあるの」
「俺はどうすればいい」
「…聞かないの?わたしが何を考えてるか」
「興味がない。言ったはずだ。旅の道はお前に任せる」
「ふーん、じゃあとりあえず…」
言いかけたところでフェリンが倒れる。
「おい!!大丈夫か?」
「うーん、ちょっと…大丈夫じゃないかも。とりあえずわたしの服とか、取りに行きたいかな。そしたら…大丈夫だから」
「分かった」
レニエンスはそこまで聞くとフェリンを背負って走り出す。
「ねえ」
「苦しいなら喋るな」
「わたし…やっぱり化けものなの」
「………」
「本当に必要なのはね。勾玉のネックレス。あれが、わたしを抑えてくれるんだ。人間のままで、いさせてくれる。ううん、人間のふりをさせてくれる、って言った方が正解だね。だってあれがないだけで…こんなにも、苦しい。今にも…私に戻っちゃいそうだもんね…」
「喋るな。もうすぐ着く」
瞬間、レニエンスの目前の壁が吹き飛んだ。
「ちっ…」
苦り切ったレニエンスの前に壁を割って現れたのは大きな斧。この監獄で壁を壊すようなことが出来るのは一人しかいない。危険を察知し、フェリンを壁によりかからせておく。錆の浮いた刃から柄、割れた壁の向こうへと視線を走らせると予想に違わずこのタイミングで最も会いたくない人物の姿があった。
「ドミニア・ハック……」
「愚かだな、レニエンス・ビヘッド。今日はどういう気の迷いだ?怪物狼の娘を逃がそうとするとは」
「なんの気の迷いでもない。俺はこいつを道連れに旅に出ることにした。なにか問題があるか?」
それを聞いたドミニアは忍び笑いを漏らす。
「その小娘を売り飛ばすのか、バラバラにして楽しむのか、珍しいところで惚れたのかと思っていたが、旅に出る?人の首を切ることしか出来ないお前が、死刑囚だけでは足りないか?」
「貴様に理解させようとは思わん。俺は行く」
剣を持った左手を握り締め、一歩前へ進む。
「知らないとでも思っているのか?お前に動いてる奴は斬れない。死刑囚に対する態度を見ていれば分かる。首を落とす前にお前はいつも死刑囚と会話し、動かないよう言い含めているんだろう?」
「斬れないわけではない。相手が苦しい思いをするだけだ。死刑囚を俺に任せる奴らも苦しませずに逝かせてやろうと思ってここに送ってくるんだろう。どのみち、相手を苦しませるのは俺の本意ではない」
レニエンスはついに右手で剣の柄を握って、言う。
「さあ選べ。抵抗し、醜い傷を受けてから死ぬか、一瞬で旅立つか」
「ふん、はったりを。自らの胴体に別れを告げよ!」
叫びながらドミニアは斧を横に薙ぐ。が、レニエンスの姿がない。そのことを確認した瞬間に天地がひっくり返り、目の前にレニエンスがいた。一瞬遅れて悲鳴をあげかかるが、そこで喉に当たる冷たい感触に気づく。そして同時に思い知らされる。自分は今間違いなく断頭台にいることを。死。その単語が唐突に強烈に意識される。
「いやだ…」
声がかすれる。レニエンスに聞こえたか分からない。それではいけない。このままでは死ぬ。
「死にたくない…」
「死にたくて死ぬ奴などいない」
生存本能がようやく機能し始め、やっと会話が成り立つ。
「なんでもする…だから命だけは…」
「ふん…貴様は俺たちに関わらなければそれで良い。そうすれば俺も無益な殺人はしない。だが今後俺たちに余計なことをしたときは」
そこでレニエンスの声により一層の凄みがかかる。
「情けがあると思うなよ」
「大丈夫か」
気絶させたドミニアを空いていた部屋に放り込んで戻ってきたレニエンスが声をかける。フェリンを置いてきて三十分ほど経つ。 体調が悪化していないか心配だったのだが、もはや限界を迎えていた。フェリンの長い髪の中に、ちょこんと狼の耳がはみ出していたのだ。
「………」
「駄目だね。やっぱり狼に近づいた方が楽なんだ」 笑みを浮かべたつもりなのだろうか、失敗して引きつったような顔になっている。
「お前の持ち物はすぐそこの押収品倉庫にある。勾玉も…」
「もう駄目なの」
レニエンスの言葉を遮って、フェリンは首を振る。
「この姿になったらもうネックレスをしても元には戻れない。進行を止めるしか」
「なぜ止めない?」
レニエンスの口調にはかすかに苛立ちが混ざっていた。
「ここで諦めるのか」
「だって…こんな耳が生えてるんだよ?」
「耳がどうした。耳など俺にも生えている…だが」
レニエンスはフェリンの肩を掴んで、しっかりと目を見る。
「俺は処刑人だ。お前は違う。なのにお前は俺を受け入れた。知らんだろうが、俺と5分以上話したのはお前が初めてだ」
「そんなのっ…わたしだけじゃないよ。きっと外に行ったら、ちゃんと君のことを見てくれる人なんかいっぱいいるよ」
「お前も、だ」
「え?」
「お前だって世界の全てを見てきたわけじゃないだろう?世界を探せばその力を抑えることが出来る人間がいるかもしれない。その姿のままでも受け入れてくれる奴もいる。少なくとも」
レニエンスは一瞬目を逸らしかけたがぐっとこらえ、顔を真っ赤にしながらも真っ直ぐフェリンの瞳に伝える。
「俺がその一人目だ」
「…っ……!」
フェリンが口を開くが声にはならない。代わりに瞳からこぼれる涙はレニエンスが気持ちを理解するのには十分すぎるものだった。
「だから、こんなところで諦めるな。俺たちが見たこともないものを見に行こうじゃないか。お前は俺に話を聞かせてくれ。俺は…お前を守ってやる」
「うん……うんっ…!」
レニエンスに溢れる想いを伝えるようにフェリンは何度も頷く。
彼らの旅が始まるのはもう少し先の話になりそうだった。
バトル描写難しい…。
期待を裏切ってしまった方、なんとこの先もう一回バトルがあります。そちらの方は迫力満点ですから!
と、未来の自分へハードルをプレゼント。
切りがいいところですが、まだ終わりません。
もうちょっと続いていくので、また読んでいただければと思います。
では、次回。