い こい
私は、疲れたのだ。
日本語の通じないクレーマーへの対応に、
全く役に立たない責任転嫁が得意な上司と、
同じく役に立たない頭でっかちの部下。
全くうんざりする。
それからこの「私」であることにも。
私の取り柄は、真面目であること。
外見は地味、性格も明るくはない。
仕事はしっかりこなすが、会社では仲のいい奴なんて一人もいない。
黒い髪をひっつめて、毎日毎日仕事。
「もううんざりよ」
口に出して言うと、さらにうんざりしてくる。
じんわり目頭まで熱くなってきた。視界が滲む。
泣いたら負けな気がして、ぐっとこらえて深呼吸をする。
「はぁ……」
少し落ち着いたところで、今日の新聞に挟まれていた広告を見る。
スーパーの安売りやパチンコ屋の宣伝の広告に交じって、
手書きの小さな広告を見つけた。
「なにこれ?」
”毎日の生活に疲れたあなたに!
最高の癒しを提供いたします!!
癒しをお求めの方は下記の番号までお電話を”
「怪しすぎるわね」
住所や会社の名前は一切書いていない。
書かれているのは宣伝文句と電話番号のみ。
「まずサービスの内容がなんなのかもわからないし」
私は次の広告を手にとって、ぼんやりと眺める。
本当に、疲れた。
こんな地味な私でいたって、なにも面白くない。
あんな会社で働くのも、疲れた。
こんなに疲れているのだ。
怪しかろうが、なんだろうが、試してみたって
これ以上悪くはならないだろう。
非常に馬鹿馬鹿しい考えが頭に浮かぶ。
一度テーブルに置いた広告を、もう一度手に取る。
携帯電話で、書いてある番号にかける。
プルルルルル
プルルルルル
プッ
「お電話ありがとうございます。
あなたに癒しを提供いたします」
出た……
「あの、広告を見てお電話したのですが、」
「はい。分かっております。それではこれより
癒しの世界へとご案内いたします」
「え!?ちょっとまって!……!」
ツー、ツー、ツー……
「切れた……」
しかし何も起こらなかった。
「ふ、あはははは」
笑ってしまう。
何を真剣になっていたのか。
こんなのいたずらに決まっている。
「でもなんか、ちょっと気が軽くなったわ」
久しぶりに自然に笑った気がする。
「癒しかは分かんないけど、かけてよかったかも」
今日はいい夢が見られそうだ。
そうして、久しぶりに健やかな眠りに就いた私が目を覚ますと、
全く知らないお花畑で目覚めるのは、もう少し後のお話。