気づかない変化
「あの夫婦が国外を出たらしい」
「おおっ!チャンスじゃん。ずっと身を潜めて待ってたかいがあったなぁ」
その部屋には、二人の男女がいた。
明かりが一つだけのためか、全体的に薄暗いが二人は特に気にした様子もなく、コーヒーがはいったカップを傾ける。
「まあそう焦るな。何事も焦りは禁物だぞ」
女が、中性的な口調でそう言う。
男の方は分かってるよと、陽気に答えた。
「でも、なるべく早くしような。余裕を持ちすぎてゆっくりしてたら、あの夫婦が帰ってきてしまうかもしんねーだろ」
「無論、それを視野にいれてきちんと計画を遂行させるさ」
ならいいけど。
男はそう答え、コーヒーを一口飲む。
が、口に合わなかったのかすぐに顔をしかめて角砂糖を二個ほど、コーヒーの中に入れた。
スプーンでかき回しながら、男はなにか思い出したようで、そういえばと話を始めた。
「もう一人の騎士が、もうすぐ姫さんとこに行くらしいぞ」
「ああその話か。これで、騎士が姫の周りに二人いることになるのか」
女は面倒くさそうに顔をしかめた。
対照的に、男は楽しそうだった。
「すげえよな。何も覚えていないはずなのにさ。この調子だと、他のやつらもあつまってくるんしゃないか?」
「可能性は高いな」
女は短く返し、だが、と言葉を続ける。
「その前にやることをやればいいだけさ」
「…そうだなー。じゃあ早速始めようぜ?あいつらの力が覚醒しない内に、さ」
「…」
女は答えず、無言で返す。
男はそれを肯定と受け取ったらしく、走って部屋を出た。
一人のこった女は、コーヒーを一口飲み、
小さく呟く。
「七人の騎士と姫…か」
放課後。
舞ちゃんに、私と如月君の仲が何もなかったことを理解させ、帰路につく。
それにしても、変な勘違いされたなあ。
幼馴染みだからといって、少女漫画とか、乙女ゲームみたいな関係になるわけないだろうし、そもそも如月君は私のことをなんとも思ってないだろう。
と、考え事をしながら歩いていると、
「ふぎゃっ」
転んだ。
しまった、ここ段差があったんだっけ…。すっかり忘れてたわ。
「てて…」
膝からは血が出ているが、大したことはなさそうだ。
家に帰ってばんそうこを貼っとけばなんとかなるだろう。
それにしても、周りに誰もいなくってよかったわ…。
フゥ、と軽く息を吐き、立ち上がろうと足に力をいれようとした、次の瞬間。
『何、してるんですか』
「…え?」
目の前に、一人の青年がいた。
優しげな顔立ちの青年だ。着ている衣服は中世のヨーロッパで着てるようなものだが、彼に似合っていたからなのか、特に違和感は感じなかった。
彼は、翡翠色の瞳で、優しく私を見つめていた。
どことなく、この顔には見覚えがあるような気がする。…気のせいなのかな。
「っていうか、君は…えっと、誰、ですか?」
あれ、さっきまでこの道誰もいなかったよね…いつの間に…。
『…また、転んだんですか?』
彼は呆れ気味に、だけど、優しさも感じられるような、そんな口調と声で言った。
っていうか、また?
『まったく、貴女はもう少し周りに注意をはらったほうがいいですよ。我々がいつもそばにいるとは限らないんですから』
「え、あの…私たち、どこかで会いましたっけ…?というか、あなた誰?」
『ほら、早く立ってください。座り込んだままだとみっともないですよ』
駄目だ、この人話を聞いてない…。
スッと私に手を差し出した青年は、どこか呆れたように、けれど優しく微笑む。
そして、そのまま、
フッ
「!?」
消えた。
え、ちょ、なんで!?まさかあの人…幽霊!?
いや、もしかしたら私が幻を見てたとか?こんなキャラがいたらいいなっていう、そんな隠れた願望が幻として現れて、しかも幻聴までプラスされたとか!?
…うん、きっとそうだ。夢みたいなものだ。今のは。うん。
よしっと、ひとまずこの出来事は忘れて、帰ってゲームしよう。うん。それが一番だ。
私は立ち上がり、早足で家路を急ぐ。
いつの間にか、膝の怪我が治っていたなんてことに気づかずに。
、