お昼休みの図書室!
「おはよー鈴香ちゃん!今日はいつもどおりの時間だね!」
「舞ちゃん、おはよう。今日も元気だね…」
「…鈴香ちゃん、どったの?なんか元気ないね」
「うーん、元気はあるんだけど…ちょっとね」
苦笑して誤魔化すと、舞ちゃんは大丈夫?と心配性そうに私の顔をのぞきこんだ。
相変わらず心配性だなぁ舞ちゃんは。
「気にしないで。ちょっと気になることがあってさ…」
「気になること?」
キョトンとした表情で首を傾げる舞ちゃん。舞ちゃんはほとんど無自覚だけど、舞ちゃんはかなりの美少女だ。胸あたりまであるウェーブのかかった黒髪に、おしとやかなたたずまい。おしゃべり上手だけどかなりの天然という可愛い性格。これで二次元LOVEで三次元男子に興味ありません、なんてところがなかったら、彼氏の一人や二人余裕でできていただろう。
…いや、彼氏二人もできたら駄目なんだけどさ。
私が気になることを話す気はないと分かると、舞ちゃんはなにかあったら言うんだよと言って昨日やった乙女ゲームの話をし始めた。
「おはよう」
「おはよー天原さん!」
「あ、おはよー」
と、そこに水無月君と風斗が教室に入って来る。
「水無月君に如月君おはよう。如月君、いつも鈴香ちゃんと同じくらいの時間に来るのに、今日は遅いんだね」
「…ちょっと寝坊してな…」
「へえー、そうなんだ」
舞ちゃんがニコニコしながら風斗を見る。
そして、風斗に近づいて耳元で何かを囁いた。
「それにしても、鈴香ちゃんに挨拶するなんて何が目的?鈴香ちゃんとられると思っての行動なのかな?」
「!!!??」
すごい勢いで、風斗が後ずさった。え、なにどうした風斗。顔を赤くしてなんか必死に何かを否定する言葉を早口で言ってるし…。
思わず目を丸くしてその光景を見ていると、横から不機嫌そうな声。
「天原さん、なーに如月を見てんの?」
「え、いや別に風斗を見てたのに深い意味はないけど…って、水無月君なんか髪濡れてない?」
水滴は垂れていないけど、なんか湿ってるような…今日は晴れだから、雨で濡れたってのはないないだろうし…。
私の言葉に、水無月君は笑って答えた。
「別に大した理由じゃないよ。ただ寝ぼけて、銃持った黒づくめの男たちに囲まれちゃったってだけだよ」
「どんなうっかり!?っていうか水無月君明らかになんか変な事件に巻き込まれてるよね!?」
「いやいや、そんな事件ってほどじゃないよ。俺はただうっかり死た…あ、こっから先は銃向けられて『このことしゃべったら…どうなるか分かってますよね』って言われたから言えないや。ごめん」
「完璧に巻き込まれてんじゃん!思いっきり脅されてるじゃん!というか水無月君まさか今死体って言おうとした!?」
と、水無月君と二人で漫才をしていると、
「…な、そろそろチャイム鳴るから座ったらどうだ」
すごい不機嫌そうな声で、風斗が言った。
あ、本当だ。時間見たらそろそろチャイム鳴るじゃん。
「なに、如月、もしかして俺と天原さんが楽しげに話してるのにしっ…むぐっ」
「い い か ら座るぞ!」
なぜか風斗は水無月君の口を手で塞ぎながら席へと行く。
ポカンとして二人を見ていると、隣に立った舞ちゃんがこれ以上ないほどの満面のニヤニヤ顔をしていた。ごめん、ちょっとキモいぞ舞ちゃん。
「なんだか、まるで恋愛小説みたいだなー…」
「恋愛小説…?」
どこが?どこが恋愛小説っぽいんだ…?ギャグ小説っていうんなら、納得だけど…。
……恋愛小説?
「あっ!」
「?」
しまった!そうだ!恋愛小説…!
「どうしたの?」
「いや、実は図書室から借りた本、昨日まででだったのを忘れてて…しまったなぁ」
「持ってきてはいるの?」
「うん…。しょうがない。昼休みに行くか…」
本当最近いろんなことがあったから、本なんてすっかり忘れていたよ…。
うちの学校は少し厳しくて、本の返却期限を過ぎて返したら反省文を書かなければいけない。反省文を書かなければいけないなんて、面倒くさくって仕方がない、
しょうがない。昼休み筆箱も持っていって図書室で反省文書いてすぐに出すか…昼休みは新作乙女ゲームの情報チェックしたかったんだけどなー…。
昼休み開始のチャイムが鳴ると同時に、筆箱を持って図書室に直行する。
そして、司書さんに本を返し代わりに原稿用紙一枚もらう。
一日過ぎたから一枚だけだそうで、これが五日六日…一ヶ月二ヶ月過ぎたら何枚になるのか、考えたくもない。そう考えると、すぐに気づけてラッキーだ。舞ちゃんには感謝だな。うん。
「さて…と」
適当な所に座り、シャーペンを取り出す。
昼休みが始まってすぐだからなのか、図書室に人はいない。集中してできそうだ。
ガラッ
と思ったら、すぐに人が来た。
あ、でも入ってきた人は一人だけだからうるさくはしないだろうから大丈夫か…な!?
失礼だとは思ったが、思わず入ってきた人を凝視してしまった。
「これ、返します」
「はい、確かに受けとりました」
短くそう言って、司書さんに本を返した人は、男性だった。上履きの色が違うから同学年ではないっぽい。
それにしても、綺麗な人だ。クールなかんじの風斗や、無邪気なかんじの水無月君とは違うかっこよさが、その人にはあった。
もちろん、夢の中に出てくる優しげなレインや陽気なかんじだったキースって人とも違う。
儚げ、という言葉が恐らく彼に一番相応しい言葉だろう。
人形のように整った顔に、色素の薄い髪。切れ長の瞳は綺麗なオールドブルーの瞳。本当、綺麗な人という言葉しか出てこない。
その人は、なにか本でも探しているのか辺りをキョロキョロしながらこっちに歩いてくる。
そして、まあその人のことをじっと見つめていれば当然だけど、
「…」
「…あ」
目が、合った。
しかも、すぐにそらされるかと思った視線は、じっと私を見つめている。
え?何?私の顔になにかついてたりする?
首を傾げていると、その人は険しい顔して何かを呟き、顔を横に振って図書室を出ていった。
「………え?」
今…何て言った?
私の見間違いじゃなければ、今あの人…
シセリアって、言ったーー?
「っ!」
気がついたらその人を追って図書室を出ていた。筆箱とか、反省文とか、そんなものは頭の片隅にもなかった。
ただただ、あの人が何故シセリアという名前を知っているか気になった。もしかしたら、あの夢のこと、運が良ければあの犬のことも知っているかもしれないとも思った。
「…いない…」
廊下に出たけど、誰もいなかった。
舌打ちしたい気分だ。ほんのわずかな情報でもいいから、ほしかった。
…仕方がない、誰かにあの人のことを聞いてみよう。
あんな綺麗な人だ。結構有名な人かもしれない。
そのためにも、早く反省文を書き上げて提出しないと…。
私は溜め息をついて、踵を返して図書室へと入る。
正直、なんであんなに夢のことを気にするかは自分でも分からない。
ただの夢のはずなのに、ただの夢だと感じない。
私がシセリアという人物となって物事を見るかもしれない。
あるいは、あの夢を見てから変なことが起こったからかもしれない。
そのどちらか、あるいは両方ともが理由かもしれない。
でも、そういうのはちょっとどうでもいいと思う。
私はただなんとなく、
ーーあの夢がなんなのか知りたいだけだったーー
、