夢の中の鈍感君
ああ、またこの夢か。
目を開けるとどこか分からない豪華な部屋の一室。
私…いや、シセリアはそこに立っていた。
「…よし」
当然、この声は私が出したものじゃない。
シセリアは気を引き締めるためそう言い、鏡の前に立った
『…うわあ…』
思わず、そんな声をあげていた。
いやだって…、鏡に映る姿が…。
水無月君の金髪とはまた違った、亜麻色というのだろうか、そんな色の腰まであるロングヘアー。
瞳は綺麗なサファイアみたいな青に、肌は透き通るように白くて、きれいごとだ。
外国の人の綺麗さとかはよく分からないけど、これだけは言える。
すごい美人だ。この人。
「…」
シセリアは鏡を睨み付けるように見てた。
なにやって…あ、そっか、自分の姿に変なところはないのかチェックしてるのか。
彼女が着ているものは、ドラマや映画とかでしか見たことのない、ドレスだ。
桜色のシンプルなもので、ワンポイントのように胸元にリボンがある。お姫様にしては、そこまで豪華じゃな…あ、よく見たら、ドレスがキラキラ光っている。なにか宝石をちりばめたような、そんな輝きだ。
私が鏡に映るドレスを観察していると、コンコンとノックされた。
途端に、体に走る緊張。
え、なにこれ。私別に緊張してないよ?…もしかして、このシセリアさんが緊張した?今。まさか私とシセリアの感覚が一緒だとか、そんなことはない…よね??
「どうぞ」
心なしか、シセリアの声が少し緊張しているように思える。
あー…やっぱりさっきの緊張は彼女か…。
ってことは、やっぱり彼女と感覚を共有しているのか…。
そうして考えている内に、扉が開いてノックをした人物が入ってくる。
服装は前見たときと違うが、レインだということは一目で分かった。
「失礼します」
キリッとした顔つきで、レインは腰を深く曲げて一礼する。
途端に、私は…いやシセリアはそわそわと落ち着かない気分になった。
「よく来たわねレイン。とりあえず、そこに腰かけてちょうだい」
「はい」
シセリアが指差したのは、赤いソファアだ。二つのソファアが、向かい合うように置かれている。
シセリアはそれの真ん中に座り、レインがその対面に座る。
そわそわと、なにかを期待するような気持ちは今だに続いている。
「そういえば、キースはどうしたの?彼も呼んだはずだけど」
キース?
新たな登場人物の名前に首を傾げていると、レインがそれが…と言いにくそうに口を開いた。
「今城を脱走中らしくて…。なんでも、すぐに欲しいものがあるため、少し遅れるだろうけど、話は少し待っていてほしいと…」
「そ、そう…」
なんだか、ガッツしたい気持ちになった。
このシセリアさんは、どうしたんだろうか。そわそわした気持ちもまだあるし…。
「ところで…レイン?」
「はい、どうかなさいましたか?…もしかして、またなにか事件を起こしたのですか?」
「違うわよ。というか、またってなによ…」
ふて腐れたようにシセリアがそう言うと、レインはならよかったです、と言った。
「って、そうじゃなくって、レイン!」
「?」
少し強く名前を呼ぶと、レインは首を傾げた。
シセリアはわざとらすく咳払いをすると、座り直したりドレスの皺をのばしたりして、なにかのアピールを始める。
…アピール?
そういえばさっき、鏡で念入りに自分の姿をチェックしてたけど…もしかして…。
その時、私の読みを確信付けるようにシセリアが棒読みで言った。
「そ、そういえばレインって、シンプルなドレスが好きなんだっけ?」
当たった!
やっぱり、シセリアはこのドレス姿を見てレインになにか言ってほしいんだ!
このドレスがシンプルなのは、レインの好みに合わせたからでもあるのか…なるほど。恋する乙女だなぁ。
さて、レイン君はシセリアの意思を汲み取って、誉めてあげれるのかな…?
「あ、はい。たくさんリボンやフリルがついているのも好きなんですが、なんとなくシンプルな方がいいんですよね」
ニコニコとそう言い、それ以上なにか言う気はなさそうだ。
駄目だこいつ!さっぱり分かっていない!
シセリアの気分が一気に沈んでいく。今ばかりは同情するぞシセリア…!
というか、いつの間にシセリアはレインのことが好きになったんだろう。前夢で見たときは、そんな気配なかったと思うけど…。
「…レイン」
「? どうかなさいましたか?」
「…私の今日のドレス、どう?」
あ、正攻法でいった!
さて、今度こそちゃんと誉めれるかレイン!
「?綺麗なドレスだと思いますが…」
それがどうかしましたか、?という言葉が聞こえてきそうだ。
シセリアの気分がさらに下がっていく。そうだよね、こんなあからさまなのに、気づかれないって悲しいよね…。
「あのね、レイン。そうじゃなくてさ…」
「すいませーん、遅れましたー!」
その時、軽い声とともに勢いよく扉が開いた。
「遅いですよ、キース殿」
ため息混じりにレインが言う。
入ってきたのは、レインやシセリアと同じくらいの青年だ。なんとなく、無邪気な雰囲気があるので少年と呼ぶ方が正しいかもしれない。
クセの強い猫っ毛らしか、髪は所々はねていて、瞳は鮮やかな深紅。彼もまた、中世のヨーロッパみたいなものだが、堅苦しいものとは感じられず、むしろ軽く感じた。…彼の雰囲気とか、そういうのもあるからだろうか。
少年は、爽快な笑みを浮かべながら、ソファアのレインの横に座る。
「いやあ、ごめんごめん。ちょっと探し物してたら遅くなってさ…ごめんな、二人とも」
「まったくです。キース殿はもう少し時間を守るべきだと思います」
…なんか、すごい。
真面目なレインと、軽そうな、どうやらキースという名らしい少年ら二人が、あまりにも真逆なタイプすぎて、すごいとしか言いようがない。
「シー姉も、ごめん。お詫びにこれ買ってきたから許してよ」
「あ、これはシセリア様が食べたがっていたケーキじゃ…まさかこれを買いに行って遅れたんですか…?」
「うん、まあね。いやあ、兵士たちから無事に逃げるの、結構苦労したよ。あいつらってばしつこくってさあ…」
「というか、他人に買ってきてもらうという選択肢はなかったのですか?」
「それじゃあつまらないじゃないか。ね、シー姉もそう思うよね?…シー姉?」
「…シセリア様?」
ずっと黙っているシセリアを怪訝に思ったらしく、二人がじっとシセリアを見つめる。
…今シセリアの胸にあるものは、レインにドレスを着た自分についてなにも言われなかったという気持ちと、ドレスのことを言おうとした途端にキースが空気を読むことなく入ってきたという二つの気持ちがある。
つまり、怒りという気持ちがあるわけで。
「うにゃあああっっ!!」
「「!?」」
怒った。
「し、シー姉…?」「シセリア様…?」
突然立ち上がって叫んだシセリアを、二人は呆然とした様子で固まる。
そんな二人を無視し、シセリアは腰に手をあて、二人を指差しながら怒りのこもった口調で言う。
「レイン!あなたはとりあえず気づきなさい!こっちが頑張ってアピールしてるんだから!そしてキースはもう少し空気を読んで部屋に入ってきなさい!!」
分かった!?と問うと、二人はコクコクと何回も頷いた。
それを見たシセリアは、よしと呟いき、荒々し腰を下ろし、そしてキースが買ってきたというケーキを食べ始める。
「で、私が二人をここに呼んだ訳、だけど…」
ゆっくりと味わらず、やけ食いするようにケーキを食べるシセリア。
目の前の二人は、若干まだ呆然としながらも、わずかに真剣な顔をする。
というか、切り替えはやっ。心なしか、部屋の雰囲気も真剣なものへと変わってるし…。
「シフォンが、コソコソと動いてるらしいわ」
誰ですか、シフォンって…。
シフォンケーキみたいな名前の人物に首を傾げていると、レインが緊張した面持ちで、シセリアに尋ねた。
「それって…シフォン殿が…」
「うん。レインの考えは当たっていると思うわ」
いや、シフォン殿が…で切らないでよ。なんかすごい気になるじゃん!
「…シー姉、その話は本当か?」
「うん。情報源は信用できるところだから、間違いないと思う」
シセリアが頷くと、キースは難しい顔をした。そのまま、他のことを尋ねてくる。
「それ、他の騎士には?」
「言っていないわ。もう少しハッキリしたら言おうと思うの。それで、二人を呼んだ訳だけど…」
シセリアが二人を真っ直ぐ見つめる。
…他の騎士って、なんだろ…。
「シフォンの動向を、探ってほしいの」
今日の夢は、そこで途切れた。
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