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The snow of the nostalgia  作者: 藤咲紫亜


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6/6

番外編―心―

 ごめんなさい……

 

 ありがとう……





 ごめんね……


 大好き……








 青い短冊を持つ手が震えた。


 深呼吸を3回ほどして教室に入っていくと、精一杯尋ねた。



「瀬川……嵐士君?」


「ん?」



 目的の人物は、サラサラした髪が印象的な男の子だった。




 高校に入学した新入生には、特殊なイベントがある。


 新入生同士で二人一組になって、学校で肝試しをすると言うものだった。


 何も春先に肝試しなどやらなくてもいいものをと思う生徒も、やはりちらほら居るのだが。


 担任から新入生一人一人に渡された短冊には、ペアになる人物の名前だけが書かれている。生徒はそれ以外に何の手がかりも与えられずにペアの相手を探す。


 相手を探す期間に一週間。


 その期間中にペアの相手を見つけられなかった場合、膨大な量の課題を先生がたから賜る事になる。


 必然的に、新入生は躍起になってイベントに参加せざるをえなくなるのだった。





「あぁ……もしかして、三条さんじょうさん?」


「は、はいっ。」



 ふっ、と、少年は柔らかく微笑んだ。



「同級生なんだし、『うん』でいいと思うけど?」


「え、あ、はいっ、あ、じゃなくて、うん。」


「初めまして、俺は瀬川嵐士。気軽に下の名前で呼んで。」


「じゃあ、嵐士君……私の事も下の名前で呼んでくれる?」



 少年は、ん、と驚いたように瞬き一つして筆箱から短冊を取り出した。


 そして、むぅ、と考え込むと。



「えっと……むらさきさんじゃないよね、まさか。」


「ゆかりですっ。」



 やはり読めてなかったか、とため息をつくと。



「へぇ、“むらさき”って書いて“ゆかり”って読むんだ。可愛い名前だね。」


「かっ……。」


「ほら、緊張しなーい。肩の力を抜いて~。」


「う、あ、はい……。」



 クス、と彼は笑った。


「“ゆかり”。これからよろしく。」



(い、いきなり呼び捨てにされてしまった……。)






 けれどその瞬間、彼の自分を呼ぶ声が好きになってしまった。









――― 初めて会った時は、何も変わった所が無い、そこら辺にいる普通の女の子だと思ったよ。



 小柄で、少しとろくて、特に目立つ特徴も取り柄も無くて。



 でも、君は明らかに“普通の女の子”じゃなかった。―――






「顔色悪いね。もしかして肝試しは苦手?」



 夜の校舎に入った時、嵐士君は心配そうに尋ねてきた。



「……うん。夜だと昼よりはっきり見えちゃうし、危ない人も多いから。」



 それに、いつもなら万が一の事があっても彩が駆けつけてくれる。


 しかし、今はその彩の助けも期待できない。


 今は隣に居る少年と二人っきりなのだから。


 ちらりと隣を見ると。嵐士君は不思議そうな顔をして自分を見下ろしていた。



「まぁ、危ない人が多いのは分かるけど、はっきり見えるって……?」



 例えば、貴方の隣で笑っているおかっぱの女の子とか。



(なんて言えなぁぁぁぁいっっ!!)



 そんな発言をしたが最後、嫌われる。



(嫌われたくないなぁ……。)



「ううん、何でも無いの。」



 こういう時、「見えない」女の子ならどう反応するんだろう。


 考え込んでいると、目の前に手が差し伸べられた。



「手、握ろうか。少しは怖くなくなるんじゃない?」


「え、う、うん……。」



 あ、髑髏(どくろ)



「?」


「ううん、何でもないのっ!」



 少年の身体をすり抜けていく浮遊物についつい目が行ってしまう紫であった。




(……落ち着く……。)



 手のひらから伝わる彼の体温が温かい。



 大丈夫。


 私は一人じゃないんだ。




 目的地の3階の図書室(図書室に、イベント達成のバッジが置いてある)を目指して校内を歩いていた二人だったが、2階の渡り廊下に入る直前、紫が突然立ち止まった。



「紫?」


「ここ、やめよう?」


「どうして?」



 だって、“いっぱいいらっしゃる”んだもの。


 その数は、紫が『素知らぬフリ』できる限界を軽く超えていた。


 昼間もなかなか集まりやすい空間だったが、夜になるとここまで密集地帯になるとは。



「なんか、気分が悪いの。1階から行かない?」



 3階の渡り廊下は、あいにく現在改装中だった。



「遠回りになるよ?」


「うん……。」


「……そっか、なら仕方ないね。一階まで下りようか。」



 一階の渡り廊下にもそれなりに『居た』けれど、二階に比べればかなり少なかった。



 ふよふよ、と淡く光る小さな猫の姿をした霊体が紫達の前に漂ってくる。


 害意の無い、弱い霊体のようだ。


 人懐っこい雰囲気から、(どこかでペットとして飼われていたのかな)と紫は思った。



「そうそう、紫。俺ちょっと訊きたいことがあったんだけど。」


「え、何?」


「紫ってさ、見えてるでしょ。『こういうの』。」



 嵐士君は、まさに目の前に浮かぶ子猫の霊を指差して言った。






(え。)





 3秒ほど、紫の思考回路は停止した



 とりあえず、さっきの嵐士君をプレイバックしてみる。






“紫ってさ、見えてるでしょ。こういうの”




“コウイウノ”




(……………へ?)




「嵐士君……? まさか……っ。」


「やっぱりそうか。普通の人にしては器用に避けてるなぁ、と思ってね。俺も実は霊感体質なんだ。」



(な、なぁっっっ!?)



 それでは、自分の今までの我慢はなんだったのか。

 

 泣いてしまいたい、と紫は思った。



「まぁでも、今の俺にはぼんやりとしか見えないんだけど。こいつだって、悪意が無いって事は分かるけど、何の霊かは分からないし。」


「え……。」


「昔の俺は、もっと霊感が強かったんだけどね。紫と同じくらい、見えたんじゃないかな?」


「弱くなったの?」


「うん、だから二階の渡り廊下も“いっぱい居るなぁ”とは思ったけど、一体一体の細かい姿形は見えないから、紫ほど驚かなかった訳。」


「霊感って、弱くなるの?」



 嵐士君は、少し考えて答える。



「さぁ、人によるんじゃないかな。俺の母親も昔は結構な霊感体質だったらしいけど、結婚してからは霊感はほとんど無くなったって言ってたし。俺みたいに、小さい頃はよく見えてても大人になるにつれてだんだん見えなくなってくる人もいるし。」


「そうなんだ……。」


「ねぇ、紫。こいつは何の霊?」


「え、あ……子猫。」


「そっかぁ……早く成仏できるといいな、お前。」



 嵐士君はそう言うと、優しげな瞳で目の前の霊体を見て、撫でるように手を動かした。



 小さな猫は、喉を鳴らしてその手に額をこすり付けるような仕草をしてみせる。



 そして、消え入るような声でミィ、と鳴くと、一瞬だけ強い光を放って消えた。



「……消えた。」


「成仏したんだよ。嵐士君に撫でてもらって。」


「喜んでた?」


「うん。」



 嵐士君は、無邪気な笑みを見せた。



「そう。なら……よかった。」






 その時。




 二人はほぼ同時に、渡り廊下の奥の方を睨んだ。


 教室棟から理科棟に続く渡り廊下。


 自分たちが居る教室棟側とは反対側の、闇に包まれた理科棟の中に。





 何か恐ろしいものが、居る。


 それが自分たちを見つけた。

 そんな気がした。






 ぞわり、と身の毛がよだった。



 現れたのは、膝くらいまでありそうなほど長い髪を持った女。




「紫、教室棟へ逃げよう!」


「うん!!」




 身を翻して駆ける二人の後を、人外のスピードで女は追ってくる。



「二手に別れよう! 紫は西側、俺は東側に!」


「う、うん、分かった!!」




 指示された方向へ、必死で走った。









――― 俺はあの時、東側に走っては行かなかった。


あんなトロい子が逃げ切れるとも思わなかったし、もし何かあっても、自分の方が大事にならずに済むだろう。そんな気持ちで。―――






(嵐士君……どうしたんだろう……先に帰っちゃったとかは無い、よね?)



 校門の傍で待っていた紫だったが、あまりにも彼が現れないので不安になり、恐る恐る校舎に引き返していた。


 自転車置き場を通りすぎようとした時。




「紫。」


「ひっ!!」



 後ろから声をかけてきたのは彼だった。



「何て声出してんの。」


「嵐士君! 大丈夫!?」


「心配してくれなくても平気だよ。俺達を追いかけてた女の人、地縛霊みたいだね。校舎からは出られないみたい。」


「そう、なの…。」


「これじゃ、図書室まで行くのは危ないね。課題出されてもいいから帰ろうか。」




 苦笑しながら呟く少年に、紫は答えた。



「貴方は、帰らないの?」


「……え?」


「貴方には帰りたい場所とか無いの?」


「紫?」


「嵐士君は動物霊か人間の霊かも見分けがつかないのよ。“女の人”なんて分かるはずないじゃない。」




 フッ、と艶やかに笑んだ嵐士の指が紫の首に伸ばされる。



「生意気な小娘だ、殺してやろうか。」




 その声は、嵐士のものではない。


 粘りつくような、女の醜い声だ。



「大人しくだまされておけば楽に死ねただろうに。」


「嵐士君は私を殺したりしない…だって嵐士君は優しいもん!私は嵐士君を信じてる!」




 女の狂ったような笑い声が校舎に響く。



「愚かな小娘……他人など信ずるに値せぬ存在である事、死んで後悔するがいい!!」



 首に回された指に力が込められる。



「うっ……く……」




(苦しい……!)



 空いている両手で首に食い込む指を外そうと抵抗してみるが、全く歯が立たない。




「…ぁ……ら、し…く…」




(嵐士君…!)




 届いてほしい。


 私は、貴方を信じてる。




(こんな悪霊なんかに、嵐士君は負けない!!)




 抵抗するのをやめて、両手で相手の頬を包みこむ。


 そしてそのまま、瞳の奥を見つめた。



(そこに居るんだよね、嵐士君。)



 そこできっと、彼も苦しんでいる。



 最後の力で精一杯囁いた。



 貴方の声が。


 何の縁もない子猫の霊に向けた、優しい眼差しが。




「すき……。」






(だから、負けないで!!)





 途端に首を絞める力が弱まり、紫は嵐士の手から解放された。


 その場に崩れ落ちて咳き込む紫の前で、嵐士の姿をした女は頭を抱えて苦しみだす。




「お前は……愚かだ。愚かで浅はかだ。」


「……人を信じる事が愚かだとか……浅はかな事なら、私は愚かでも浅はかでもいい!」



「……たわ、ごとを……。」


「貴方は……可哀想な人……なんだね……」




 紫は立ち上がり、目の前で苦しみ続ける人物に歩みよった。






――― 意識と意識のせめぎ合いの最中、突然、暖かい柔らかさに包まれた。


 彼女の腕が、優しく自分を抱く。


 それはまるで、刹那の幻のように思えた。―――








『救われてしまいなさい。』




 貴方も、救われてしまいなさい。


 私が全てを許すから。





―――これは、“祓い”じゃない。

 祓いは死者の魂を地獄へ導く。




 これはもっと、“祓い”よりも高度な。


 魂を天へ導く力。






―――“浄化”。






「うーん、これって役得なのかな?」



 後ろに回された手で背中をポンポン、と叩かれ、紫はハッと我に返った。



「もう大丈夫だよ。ありがとう。」


「ご、ごめんなさい!」



 抱きついた状態から焦って離れた自分を見て、嵐士君はいたずらっぽく笑った。



「いやー? 俺的にはラッキーな展開だったかも。」


「?」


「俺も好きだよ。紫の事。」


「え……えぇ!?」


「何だ、告白じゃなかったの? てっきり…。」


 














 そんな事もあった。




「ありがと……」



 彼は、“彼女”の記憶を抱いて、愛しげに呟いた。


 彼の魂は闇の底へと真っ直ぐに堕ちていく。





『悪霊祓いで祓われた霊魂は、天界へは行けない』




 地獄に落とされても護りたい人が居た。


 こうなる事は分かっていた。

 だから、あとは祈るだけだ。

“彼女”の幸せを。



 そのためなら。


「俺のこと、忘れてもいいから…。」





 苦しませてごめん。


 ずっと俺との思い出を大事にしていてくれて、ありがとう。






 もう、手放すよ。


 何度もそうしようとしたけど、結局できなかった。






 君を解放しよう。



 今度こそ。





 俺から。

 呪われた記憶から。





 そうすればきっと。

 君はまた、あの頃みたいに笑うようになるから。




 太陽のように暖かい光を放つ笑顔で。









―――『救われてしまいなさい』―――




 それは、“彼女”の声だった。


 腕の中の彼女の記憶から、その声は響いてきた。




―――『救われてしまいなさい』―――



 その声は闇の中に広がり、幾千の光となって少年の魂を包む。


 落下していく速度が弱まり、やがて完全に止まる。




(何だ?)

 


―――『救われてしまいなさい』―――






――― 嵐士君。―――






「紫?」




 鋭い光を放つ塊が闇の中に生まれる。


 その光の中から現れたのは、“彼女”の姿。




 淡い燐光を纏い、両手を広げて微笑んでいた。





――― 嵐士君。―――




「どうして……。」





 

――― 迷わないで。―――


――― 私はここに居る。―――


――― 貴方の全てを許すため。―――




――― 貴方と再び出会うため。―――






 差し伸べられた彼女の細く白い手を、一瞬の躊躇いの後、掴んだ。









 まるで、そう。







 彼女と共に居る事を選んだ、あの雪の日のように。

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