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―彩―

 視える事は怖いかい?


 でもね。

 それは神様が選んだ人間にしか与えない特別な力なんだよ。

 その力に誇りをお持ち。



 あや……





 5年前に亡くなった祖母は、生前よくその言葉を繰り返していた。


 誇りを持てと言われても、当時の自分には到底無理な事だった。


 人は異端を嫌う。


 自分たちと少し違うだけで、異常だとわめく。


 大人の世界でもそうなのだから、子供の世界ならば尚更の事。


 その煩わしさに、霊力を宿す藤ノ宮の血を恨んでいた時期さえある。





(私は……)




 冬空に吐く息の白さに、昔の自分を想う。




(私は、こんな霊感ちからなんてほしくなかった……。)




 そう。




「彩ーっっ!」



 必死で走る余り頬を赤くした少女が、こちらに駆けてくる。




(あの子に会うまでは。)



 滅多に人に見せない微笑を浮かべて、藤ノ宮彩はその少女を見る。



「おはよう、ゆかり。」





 裁きの日が来てしまった。


 今日は…クリスマス。






 神が一つの魂に与えた最後の猶予期間が終わる。


 灰は、灰へ。

 塵は、塵へ。

 魂は、還るべき場所へ。



 また一つ、歪められた次元が正される。


 否。


 正さなければいけない。

 




 けれど。




 まだ、ためらいが残っている。


 彼と言う存在を本当の意味で失った時、彼女の心が壊れてしまわないか。


 彼女を悲しませたくはない。


 彼の魂をこの手にかける事になれば、憎まれてしまうかもしれない。


 けれど、このままの状態を引きずってしまえば取り返しの付かない事になる。



 彼も、彼女も。





 別れは、「彼」が「彼」で居られる内がいい。


 彼の魂と誇りが穢されぬ内に。





「これでいいのよね…ツクヨミ。」


 青い空に白く浮かんだ月が、相変わらず静かに自分を見ていた。

 








 放課後、紫は彩の教室に行く準備をしていた。


「……え? ごめん、よく聞こえなかった。今、なんて言ったの? ……行かなきゃいけない? どこに? ……何? 聞こえないよ! どうして? 嵐士君の声、だんだん遠くなっていくみたい……ねぇ、何で? 見えてるよ。見えてるの! 嵐士君は私の目の前に、すぐ近くに居る! なのにどうして声が聞こえないの!? ……分からない……途切れ途切れにしか聞こえてこないの。 どこかに行っちゃうの? でも、また戻ってくるでしょ?」



(だって……これまでも何度か嵐士君、そんな顔してどこか行っちゃいそうになっても、絶対帰ってきてくれたもん!)



「いつもみたいに、帰ってきてくれるんでしょ!?………私の声……聞こえないの? ……返事して……冗談だって行ってよ! 嫌だ、嵐士君……消えちゃやだ!!……雪が見えるの……嵐士君が居なきゃ、怖い雪が見えるの!! 逝かないで……嵐士君、逝かないでぇ……っ。」



(空っぽ。)



 彼が居なければ、こんなに自分は空っぽなのだと思い知る。



「嵐士君……私、知ってるよ。嵐士君自身、多分、気づいてなかったでしょ? …嵐士君は私を……」



(生き残ってしまった私を。)



「心のどこかでずっと……恨んでた。ごめんね、私だけ……終わらせるよ。」



 今まで何度も自分の命を絶とうとしたのは、彼を亡くした悲しみが大きすぎて抱え切れなかったから。


 逃げたかったから。




 でも、もう逃げない。


 やっと分かった。



 自分が何をしたいのか。




(終わらせるから、私も。)






 だから、連れていって。






(ずっと一緒に居たい。)






 零れた涙が右手のカッターの刃に落ち、きらりと光った。

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