第23話 改善活動(カイゼン)と腐った兵糧
安物ドリルとの死闘の末、鉄板とゴムを組み合わせた「複合装甲」の基礎は完成した。
構造は単純だ。
ドリルで穴を開けた鉄板の裏に、衝撃吸収用のゴムシートを張り合わせる。
狙いは、もちろん「衝撃吸収」だ。
鉄板で鋭利な刃物を防ぎ、ゴムの弾性で打撃のエネルギーを拡散・吸収する。理論上は、これで骨へのダメージを最小限に抑えられるはずだ。
だが、あくまで机上の空論だ。
実際に魔物の攻撃を受けてみないことには、その効果のほどはわからない。
もちろん、受けないに越したことはないのだが……。
そこからの数日間は、地味で孤独な「改善」の日々となった。
試着で見つかった不具合(食い込みや干渉)を、ヤスリがけとゴムの噛ませ物で微調整していく。
現在の俺の装備はこうだ。
右肩にはL字型の鉄板シールド。左肩にはスパイク付きのショルダーアーマーとザク仕様だ。そして背中には巨大なタワーシールド。
これらは今も特に加工もしていない。あのボス部屋で亡くなっていた冒険者たちの装備をそのまま拝借して使っている。
そして重要なのが両手だ。
右手には縁が鋭利な「斬撃用」ラウンドシールド。
左手には縁が分厚い「打撃・防御用」ラウンドシールド。
本来は両手にグリップを握る「シンバル」状態が基本スタイルだが、今回はそこに「投擲(投げ)」という工程が加わる。
使うのは、ボス部屋から回収しておいた「持ち手が壊れたラウンドシールド」。これに簡易グリップをつけたものだ。
安全地帯でのテストの結果、俺は利き手ではない「左手」で投げた方が命中率が高いことが判明した。
全身盾だらけ。まさに歩く要塞。
これだけの重量を背負って動けるのか?
そのために、俺は部屋の隅に積み上げていた「もう一枚の壊れたラウンドシールド」を引っ張り出し、トレーニング器具へと改造した。
使い方は単純だ。
湾曲した表面(凸面)を下にして床に置けば、グラグラと揺れる不安定な足場になる。
名付けて「シールド・バランスボード」だ。
俺はこの上に乗り、重装備のままスクワットを繰り返した。
傍から見ればシュールな光景だが、不安定な足場で姿勢を制御する訓練は、重い鎧に着られている俺の体幹を劇的に鍛え上げた。
ちなみに裏面(凹面)には炭で二重丸を描き、休憩時間の「ダーツの的」としても活用している。
ストレス解消と体幹トレーニング。一石二鳥のカイゼンだ。
◇
そんな、職人のような、あるいは修行僧のような日々を送っていた、ある日の朝。
出撃を「強制」される事態が発生した。
その日も、俺は日課の朝食を摂ろうとしていた。
メニューはボアの肉。
毎日、少しずつ食べて消費していた。
アルコールに漬けて保存処理を施してあるため、冷蔵庫のないこの環境でも、当分は持つという計算だった。
そう踏んでいたのだが――。
「……うわ、なんだこれ」
瓶の蓋を開けた瞬間、強烈な異臭が鼻をついた。
芳醇な酒の香りではない。鼻の奥を突き刺すような、酸っぱく、腐った生ゴミのような臭気だ。
俺は慌てて鼻をつまみ、瓶の中を覗き込んだ。
赤黒かったはずの肉が、どす黒く変色し、ぬめりが出ている。完全にアウトだ。
「思ったより、長くは持たなかったな……」
俺はがっくりと肩を落とした。
アルコールの度数が足りなかったのか、それともこのダンジョンの湿度が想定以上だったのか。
いずれにせよ、俺の見積もりが甘かった。
これはもう食品ではない。毒物(廃棄物)だ。
「……廃棄だな」
俺は泣く泣く、残りの肉を全て処理袋に入れて捨てた。
これで手持ちの肉のストックはゼロになった。
あるのは種芋と乾燥大豆だけ。
俺の胃袋が、脂と肉汁を求めて悲鳴を上げている。
鎧の調整は「及第点」といったところだが、これ以上、安全地帯でのんびり豆を齧っている猶予はなくなった。
「肉だ。……まともな肉を獲りに行くぞ」
俺は立ち上がり、装備の最終チェックを済ませた。
目的は、新鮮な肉の現地調達。
俺は幻影の壁を抜け、まだ見ぬエリアへと、重く、しかし飢えた一歩を踏み出した。
◇
索敵に反応あり。
岩陰の向こうに、二体の『リザードマン』を発見する。
距離は約10メートル。こちらには気づいていない。
「……よし」
俺は呼吸を整える。
総重量20キロを超える装備が、俺の身体にのしかかる。だが、今の俺にはこの重量が必要だ。
俺は、左手に持っていた「防御用の盾」を、そっと足元に置いた。
装着したまま投げようとも考えたが、それだと上手くいかないのだ。
俺の投擲フォームは、左腕を体の前に回し、右脇腹あたりから一気に左外側へと振り抜く、フリスビーのような投げ方だ。
この時、左腕に大きな盾がついていると、自分の胴体や右腕にガツガツ当たってしまい、邪魔で仕方がない。
命中率を確保するためには、外すしかないのだ。
俺はフリーになった左手で、「投擲用シールド」のグリップを深く握りしめた。
狙いは、手前の一体。
練習の成果を信じろ。
「食らえッ!!」
俺は上半身を右にひねり、バネのように弾けさせた。
左腕が右から左へと、空気を切り裂いて振り抜かれる。
ブォンッ!!!
風切り音と共に、鉄の円盤が一直線に飛翔する。
狙い違わず、リザードマンの顔面に直撃した。
ドガァッ!!
悲鳴を上げる暇もない。頭蓋が砕ける音がして、魔物はその場に崩れ落ちた。即死だ。
「よし!」
俺はすかさずしゃがみ込み、足元に置いてあった「防御用の盾」のグリップを左手で掴み直した。
ガシッ。
装備完了。これで本来の「両手盾スタイル」だ。
俺はそのままの勢いでダッシュした。
残ったリザードマンが反応する前に、距離を詰める。
「どすこいッ!!」
ドゴォン!!
俺は真正面からリザードマンに体当たりをぶちかました。
100kg近い質量弾。
リザードマンは為す術なく弾き飛ばされ、数メートル先の壁際まで転がっていった。
「……ふぅ」
動かなくなったリザードマンを見て、俺は息を吐いた。
勝負ありだ。
俺は、最初に盾を投げて仕留めた方のリザードマンを確認しようと、弾き飛ばした奴に背を向けた。
投げた盾の回収と、戦果の確認(品質チェック)。
それが、品証部としての俺の癖だった。
だが、それが命取りだった。
弾き飛ばしたリザードマンは、気絶していなかったのだ。
ダメージは思ったほど入っていない。ただ転がっただけだ。
「シャアアアアアアッ!!」
背後から、殺気と咆哮。
俺はぞくりとして振り返った。
リザードマンが、石斧を振りかぶって猛然と突っ込んできていた。
「しまっ――!?」
俺は慌てて迎撃しようと身をひねった。
だが、足元を見ていなかった。
俺の安全靴が、最初に倒したリザードマンの死体(尻尾あたり)を踏んづけた。
ズルッ!
「うわぁっ!?」
重装備のバランスが崩れる。
踏ん張れない。俺は無様にひっくり返った。
完全な無防備。
目の前には、石斧が迫る。
(――死んだ!)
ドゴォォォンッ!!!
凄まじい衝撃が、俺の胸板を襲った。
石斧が、俺の心臓の上――左胸の鉄板に直撃したのだ。
終わった。心臓が潰れる。
…………?
だが、激痛が来ない。
重い圧迫感はあるが、骨が砕ける感触がない。
1.6mmの鉄板が刃を受け止め、その裏に仕込んだ5mm厚のゴムマットが、衝撃を拡散・吸収したのだ。
(実際に試さないとわからなかったが……いける!)
ゴムの弾力で衝撃を殺され、リザードマンが一瞬動きを止める。
俺は倒れたまま、左腕を振り上げた。
握っているのは、さっき拾い直した「打撃用ラウンドシールド」だ。
「この野郎ッ!!」
ドゴッ!!
振り抜いた左手の盾がリザードマンの膝を襲う。
魔物がよろめき、後ずさる。
その隙に俺は起き上がった。
逃がさない。
俺は右肩のL字シールドを突き出し、よろめく相手に向かって再度突っ込む。
ショルダータックルだ!
ガギィッ!!
「グェッ!?」
リザードマンが再度吹っ飛び、仰向けに倒れる。
今度こそ、トドメだ。
俺は倒れた相手の上に、ジャンプして体を捻り、自重を預けて大楯で押し潰す。
「潰れろォッ!! 必殺・メタボプレス!!」
そう、ただのボディ・プレスだ。
装備込み100kg超の質量が、一点に集中する。リザードマンはダメージから起き上がるのにてこずっており、避けられない。
グシャアッ……!!
リザードマンの胸郭が嫌な音を立てて陥没し、魔物は口から泡を吹いて絶命した。
「……はぁ、はぁ……」
俺は動かなくなったリザードマンの上で、荒い息を吐いた。
油断、転倒、そして泥臭い圧殺。
スマートさのかけらもないが、俺の装甲が俺を救った。
静寂が戻る。
俺はゆっくりと身体を起こした。
腹が減った。
今度こそ、勝利の肉だ。




