第18話 マイホームと男のギア
ジュウウウゥッ……!
塩を振ったホーンラビットの肉が、最高の焼き色を見せている。
溶け出したラードと肉汁が混ざり合い、パチパチと小気味よい音を立てる。そして香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
俺は喉を鳴らした。食いたい。今すぐにでもかぶりつきたい。
だが、ここで問題が発生した。
「箸」がない。
「今さらだろ」って思ったか?
違うんだなこれが。
確かにこれまでは、焼いた肉をナイフで突き刺し、そのまま口へ運んだりしていたよ。
でも、それはあくまで「栄養補給」だ。原始人のやり方だ。
目の前にあるのは塩で味付けされた、正真正銘の「料理」だ。
これをナイフで突き刺して食う?
ノンノン。それは文明人のやり方じゃないよね。
俺は人間としての尊厳を取り戻したいんだ。
せっかく文明人らしい食事にありつけるというのに、マナーを欠いては台無しだ。
計量カップで水を飲んだ時のように、何か代用品を探さなければ。
俺はショッピング画面を開く。
「キッチン用品」カテゴリには、やはり菜箸もフォークもない。
だが、俺はもう学習している。ホームセンターの真髄は、専門コーナーにある。
「アウトドア・キャンプ用品」カテゴリを開く。
あった。
家庭用の使いやすい箸やフォークではない。質も、大きさも、家庭用に比べれば一段落ちる。
だが、妙に「こだわり」を感じるギアたちが。
『チタン製・分割式携帯箸(収納ケース付)』:500 PT
『折りたたみ式 ステンレス先割れスプーン』:300 PT
『スタッキング(積み重ね)マグカップ』:400 PT
「……いちいち、ギミックが凝ってやがる」
ネジで連結して一本にする箸や、柄が折り畳めるスプーン。
日常で使うには面倒くさいし、継ぎ目に汚れが溜まりそうで洗いにくい。
だが、この「メカメカしさ」が、男の道具欲を妙に刺激する。不便さを愛でるのが、キャンプ道具というものだ。
俺は苦笑しながら、分割式の箸と、取り皿代わりの『シェラカップ(直火OKの万能カップ)』を購入した。
ドサッと届いた小箱を開け、チタン製の箸をカチャカチャとねじ込んで組み立てる。精度は悪くない。
俺はその箸で熱々の肉を一切れ掴み、シェラカップに移した。
フーフーと息を吹きかけ、口に運ぶ。
「……うまいッ!!」
塩だ。塩が効いている。
アルコールで臭みも消え、カリッと焼けた表面と、噛みごたえのある肉質。
美味い、とか、不味い、とか、そういう次元の話ではなかった。
それは、失われていた日常の味。
妻が生きていた頃、食卓に当たり前のように並んでいた、ただの塩焼きの味。
この理不尽な世界に来てから、忘れるしかなかった「人間らしい」食事の味だった。
ポロリ、と。
自分でも気づかないうちに、一筋の涙が頬を伝った。
味は、並だ。
何の変哲もない、ただの塩味の肉だ。
だが、それは、この世界で初めて味わう、「文明」の味であり、「人間」の味だった。
俺は、涙でしょっぱさを増した肉を、ただ黙々と、噛み締め続けた。
毒による痺れも、不快感もない。完璧な処理だったようだ。
腹が満たされると人心地つく。
ふう~と息を吐き、改めて周囲を見渡す。
ブロックのカマド、養生マットの寝床、そして簡易トイレ。
生活感が出てきた。だが、何かが足りない。
そう、「壁」と「屋根」だ。
広い洞窟の中で、養生マットの上に転がるのは、精神的に落ち着かない。いつ敵が来るかわからない場所で、背中や頭上がスカスカなのはストレスだ。
プライベート空間(個室)が欲しい。
俺は再びアウトドアカテゴリを開いた。狙うは一つ。
『ソロキャンプ用 ドームテント(1~2人用)』:3,000 PT
布団は売っていなくても、テントなら売っている。それがホームセンターだ。
前室があり、靴や荷物が置けるタイプ。耐水圧も十分。ポイントの残高はまだ余裕がある。
俺は購入ボタンを押した。
ドスン! と大きなバッグが現れる。
俺は説明書も見ずに(こういうのは得意だ)、ポールを組み立て、スリーブに通し、フックを掛けていく。
わずか10分足らずで、カーキ色のドームテントが立ち上がった。
ジジッ……と入り口のファスナーを開け、中に入る。
新品のナイロンの匂いがした。
養生クッションマットを敷き詰めれば、そこは完璧な「部屋」だ。
だが、ここで一つ気づいた。
出入りするたびに、紐で縛るタイプの「安全靴」を脱ぎ履きするのは、致命的に面倒くさい。それに、リラックスタイムまで鉄板入りの重い靴を履いていたくない。
俺は追加で、「園芸・作業靴」コーナーを開いた。
狙うは、ホームセンターの入り口ワゴンによく積んである、アレだ。
『EVA軽量サンダル(黒・Lサイズ)』:500 PT
いわゆるクロックス風のサンダル。
軽くて水に強く、何より脱ぎ履きが楽だ。テント周りの「つっかけ」には最高だ。
俺はそれを購入し、安全靴を脱いで履き替えた。
足指が解放される感覚。これだよ、これ。
「……ふぅ」
大の字に寝転がる。
天井の低い圧迫感が、逆に心地よい。守られているという安心感。
これが、俺の「マイホーム」だ。
汗と煤でベトついた体を、濡らしたタオル(10枚セットで購入済み)で拭うと、生まれ変わったような爽快感があった。
カマドで火を熾し、キャンプ用の箸で飯を食い、テントで眠る。
サバイバルというより、少し不自由なソロキャンプ生活。だが、それでいい。
生活の質(QOL)を上げることは、精神衛生を保つための最重要事項だ。
俺はランタン代わりの『LEDワークライト』をテントの天井に吊るし、その明かりの下で、今日の「収支決算」を行うことにしたのだった。




