第17話 塩と本格カマド
不格好に切り分けたホーンラビットの肉が、ホワイトリカーに漬かっているのを眺めながら、俺はショッピング画面をスクロールしていた。
解体作業そのものはうまくいったが、やはり道具と環境が足りない。
盾をまな板代わりにするのも、地面で作業するのも、衛生管理上好ましくない。
何かヒントはないかと、サイトのカテゴリを隅々まで見ていく。
その時、ふと「防災用品」のカテゴリが目に留まった。
「……そうだな。こっちなら、食料があるかもしれない」
簡易トイレがあったのだ。保存食があることを期待したい。
軽い気持ちでカテゴリを開いた俺は、次の瞬間、息を呑んだ。
そこは、俺が渇望していた品々で溢れかえっていた。
『7年保存フリーズドライ五目ごはん』
『水だけで作れる! わかめご飯』
『長期保存可能! パンの缶詰(チョコ味)』
『非常用調味料セット(食塩・胡椒・醤油粉末入り)』
「……すげえ……」
まさに宝の山。これさえあれば、毒抜きの手間も、不味い魔物の肉に頼る必要もない。人間らしい、文化的な食生活が送れる。
だが、その歓喜は、商品の横に表示された価格を見て、一瞬で氷点下まで凍りついた。
『7年保存フリーズドライ五目ごはん』:1,200 PT
『非常用調味料セット』:1,000 PT
「……は?」
桁がおかしい。これ10食じゃなく、1食分でだ。1食2~3万円相当の価値になる。
なんだこの値段設定は。富士山の山頂価格か?
どうやら、このギフトは「完成された食料品」、特に保存性が高く、すぐに食べられるものや、味を劇的に改善する「嗜好品」を、足元を見た特別価格に設定しているらしい。
「……やってられるか」
今日は断念だ。こんなものに手を出していたら、ポイントがいくつあっても足りない。
だが、この発見は無駄ではなかった。
「贅沢品(セット品)」がダメなら、「実用品(単品)」のカテゴリで探せばいい。
俺は頭を切り替え、「漬物用品」のコーナーを覗いてみた。
梅干しの壺や漬物石が並ぶ中、それを見つけた。
『漬物用 粗塩 1kg』:300 PT
高い。塩1キロで3,000~5000円相当。現実世界の10倍近い。
だが、1回分で1,000ポイントもする調味料セットに比べれば、遥かに良心的だ。
塩は生命維持に必須のミネラルであり、肉の保存(塩漬け)にも使える。何より、これでようやく「味」のある食事ができる。
「……よし」
俺は迷わず、粗塩をポチった。
ついでに、豆や芋を効率よく洗うための『プラスチック製ザル(3個セット)』(50 PT)も購入。
塩が手に入ったことで、俺の思考はさらに現実的な方向へとシフトした。
この生活は、長引くかもしれない。
いつまでもL字盾をカマドにするのはマズい。金属は熱しすぎると「焼きなまし」になって強度が落ちたり、変形したりする恐れがある。防御力の低下は、即ち死だ。
それに、小さなスキレット一つでは、まとめて調理(作り置き)ができない。もっと大きな鍋やフライパンが必要だ。
しかし、「家庭用品」カテゴリには普通のフライパンは売っていない。
ならば、「アウトドア」だ。
俺は覚悟を決め、大規模な投資に打って出ることにした。
『コンクリートブロック(基本)』 30 PT x 10個 = 300 PT
『インスタントモルタル 500g』:100 PT
『ステンレス クッカーセット(鍋・フライパン)』:800 PT
合計1,200ポイントの追加投資。
クッカーセットは、中型の鍋と、その蓋がフライパン(直径20cmほど)になるタイプだ。家庭用に比べれば小さいし薄いが、スキレットよりは面積がある。何より、鍋があれば後で豆も煮られる。
これで安定した調理環境が手に入るなら安いものだ。
ドサドサと現れた資材。
俺はまず、拠点(居住エリア)の入り口近くに、買いたてのブロックを並べた。コの字型に積み上げ、水で練ったモルタルで固定し、しっかりとしたカマドを組み上げる。
DIYで鍛えた腕が鳴る。水平器はないが、目視でレベルを確認し、通気口も確保する。完璧だ。
モルタルが乾くのを待つ間に、仕込みの仕上げだ。
数日前からアルコールに漬けておいた種芋と乾燥大豆をザルにあけ、純水で念入りに洗い流す。
アルコールの匂いと、溶け出した薬剤が抜けるまで、何度も、何度も。
ホーンラビットの肉も、そろそろいいだろう。
新設したブロックカマドに炭を熾し、クッカーセットのステンレス製フライパンを乗せる。
だが、すぐに肉を乗せたりはしない。
これはテフロン加工じゃない。いきなり焼けば焦げ付いて台無しになる。
もちろん、サラダ油なんて便利なものはない。
だが、代用品ならある。
俺は解体時に切り分けておいた、ホーンラビットの「白い脂身」を数切れ、熱したフライパンに放り込んだ。
チリチリ……。
熱で脂身が溶け出し、透明な液体――獣脂が滲み出てくる。
フライパンの表面が油でコーティングされ、テラテラと輝き始めた。
準備完了だ。
そこに、血抜きと臭み取りを終えた兎の赤身肉を並べる。
そして、ついに、待ち望んだその瞬間がやってきた。
パラリ、と。
白い結晶が、肉の上に振りかけられる。
塩だ。
ただの、塩。
だが、今の俺にとっては、世界で最も価値のある調味料だった。
ジュウウウゥッ……!
肉の焼ける音と共に、香ばしい匂いが立ち上る。
それは、ただの獣の匂いや、アルコールの焦げる匂いではなかった。
塩が肉の旨味を引き出し、溶け出した脂と絡み合う芳醇な香り。
「……料理の匂いだ」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
まだ口にしていないのに、身体が「これは美味い」と確信して反応している。
毒の心配?
いや、血抜きとアルコール処理の工程は、ボアの時に確立した。手順通りにやったなら、結果も保証されるはずだ。
俺は焼き上がりを待つ間、高鳴る鼓動を抑えきれずにいた。




