第15話 跳ねる食料と鋭利な角
翌日。
出発の準備を整えながら、俺は今日の探索目標を反芻していた。
スケルトンしかいない通路には見切りをつける。骨はもうこりごりだ。
目標はもちろん、お肉ゲットだ!
ジュウジュウと焼けた、骨付きのモモ肉にかぶりつく!
その光景を想像しただけでヨダレが出そうになった。
「……いかんいかん」
俺は首を振り、妄想を振り払う。
まだ獲物も見つけていないのに、捕らぬ狸の皮算用だ。
俺はヘルメットの顎紐を締め直し、気合を入れる。妄想していいのは、ここまでだ。
俺は幻影の壁を抜け、昨日とは違う、別の分岐路へと足を踏み入れた。
ここからは、現場(危険地帯)だ。
「索敵」
スキルを発動し、神経を研ぎ澄ます。
数分歩いたところで、ピクリと反応があった。
この感覚……スケルトンのような冷たく乾いた気配じゃない。もっと小さくて、温かい。
生き物だ。
「……当たりか?」
俺は慎重に、岩陰からその正体を覗き込んだ。
いた。
体長50センチほど。茶色の毛並み。長い耳。
ウサギだ。どう見てもウサギだ。
どうやら索敵スキルである程度、対象の性質や種類が分かるらしい。まだ二種類目だから確定じゃないが、直感がそう告げている。
ただし、額から鋭利な一本の角が突き出ている点を除けば。
「……ホーンラビット、ってやつか」
ファンタジーの定番雑魚モンスター。
だが、今の俺には「極上の肉塊」にしか見えない。
骨じゃない。肉だ。食える!
「よし……やるぞ」
俺は両手の盾を構え、ジリジリと距離を詰めた。
気づかれないように背後から――
ガチャリ。
不運にも、狭い岩陰で体勢を変えた際、両手の盾が触れ合って金属音を立ててしまった。
ホーンラビットの長い耳がピクリと動き、瞬時にこちらを向く。
愛らしいつぶらな瞳と目が合った。
「……チッ、バレたか!」
逃げられる!
そう思った俺は、慌てて駆け出した。
だが、予想は裏切られた。
ウサギは逃げなかった。それどころか、強靭な後ろ足で地面を蹴り、弾丸のようにこちらへ突っ込んできたのだ。
「速えっ!?」
スケルトンとは比較にならないスピード。
俺は慌てて盾を構えるが、ウサギは直前でジグザグに跳躍し、俺の視界を撹乱した。
盾の隙間、死角からの特攻。
ズブリッ!
「ぐあぁぁぁぁっ!!?」
右太ももに、焼けるような激痛が走った。
あの一本の角が、作業着のズボンを貫通し、俺の肉を深々と抉ったのだ。
小さいからと侮っていた。こいつは、獲物を狩る側の生物だ!
「この、野郎ぉぉぉッ!!」
激痛が、俺の中の野性を引きずり出した。
俺は突き刺さったまま離れようとするウサギに対し、左腕のシールドを振りかぶり、太い側面で殴りつけた。
ガッ!!!
鈍い手応え。
ウサギが空中に弾き飛ばされる。
逃がさない。俺は痛む足を踏ん張り、追い打ちをかけるように左手の円形盾を突き出した。
「スキル……『シールドバッシュ』ッ!!」
ドゴォッ!!
会心の一撃。
空中のウサギに盾が直撃し、その小さな体を地面に叩きつけた。
グシャ、という嫌な音がして、ウサギが痙攣し、動かなくなる。
「はぁ……はぁ……っ、ぐぅ……」
勝った。
だが、代償は大きかった。
俺は壁に手をつき、右足を見る。ズボンが血で黒く染まっている。動脈は逸れたようだが、深く刺さっている。痛い。熱い。
「……ヒール」
俺は震える手で傷口を覆い、魔法を唱えた。
淡い光が傷を包み込む。痛みが徐々に引いていき、傷口が塞がっていく。
だが、破れたズボンと、流れた血は戻らない。
そして何より、「死ぬかもしれない」という恐怖が、遅れてやってきた。
「……鎧だ」
盾だけじゃダメだ。
足元がお留守だった。もし、動脈をやられていたら、ヒールが間に合わずに死んでいたかもしれない。
俺は震える足を引きずりながら、絶命したホーンラビットの耳を掴んで持ち上げた。
ずしりと重い。肉の重みだ。
こいつは、俺の血肉になってもらう。そうでなきゃ割に合わない。
俺は痛む体を引きずり、拠点へと帰還した。
激痛と、それを乗り越えた安堵感で、意識が飛びそうだった。




