第12話 検証と準備
計画を立て、スキルと魔法を手に入れた俺は、すぐさま次の行動に移る。
そう、実行だ!
と意気込んだが、まだやることが残っていた。
ショッピング画面で追加の物資を購入するとこだ。
種芋の毒抜き処理に必要なものだ。
『厚手ポリ袋(業務用・10枚入り)』:20 PT
光と共に現れた袋を取り出し、作業に取り掛かる。
まず、購入したばかりの種芋10個と、乾燥大豆を1キロほど、それぞれ別の袋に入れる。
そこに、先日「正解」としてたどり着いたホワイトリカー(1.8Lパックの残り)を惜しげもなく注ぎ込み、袋の口を固く結んだ。
「……よし」
これで、外に出ている間に薬剤がアルコールに、溶け出してくれるはずだ。
一種の「洗浄工程」の仕込み完了だ。
作業をしているうちに、腹の虫が抗議の声を上げた。
そういえば、今朝はまだ何も食べていない。これから外に出て、いつ戻れるかわからないのだ。エネルギー補給は必須だ。
俺はホワイトリカーで処理済みのボア肉を一切れ取り出し、バーベキュー串に刺す。
そして、草焼きバーナーの強力な炎で、直接炙り始めた。
ゴォッ!!
轟音と共に、肉の表面が瞬く間に焼けていく。
十分すぎるほど火を通し、熱さに耐えながらかじる。
「……うん、食える」
薬品臭さはない。だが、やはり美味くはない。
脂の旨味が抜けきっているし、硬い。
そして何より――予想通り、レベルアップのアナウンスはなかった。
「……なるほどな」
俺はノートを取り出し、検証結果を書き込む。
【検証結果】
経験値取得条件: 同一個体からの取得は「初回摂取時」のみ。
考察: レベルを上げるには、常に「新しい個体」を狩り、食わねばならない。
腹ごしらえのついでに、もう一つの重要な検証を行う。
俺は、ボアに吹き飛ばされてからずっと鈍い痛みが続いていた右腕(L字シールドを構える腕)に、意識を集中した。
レベルアップでマシにはなっているが、古傷のように疼く痛みだ。
「……ヒール」
そう念じると、手のひらが淡い、温かな光に包まれた。
その手で、痛む右腕にそっと触れる。
すると、どうだ。
温かいお湯に浸かったときのように、光が筋肉の奥深くへ染み込んでいく。
数秒後、腕を回してみると、関節の引っ掛かりや痛みが、潮が引くように消えていた。
「……素晴らしい」
これは、スキルポイントを消費しなかったのが信じられないほどの、破格の性能だ。
これさえあれば、多少の怪我なら即座にリカバーできる。
「安全第一」を掲げる俺にとって、最強の保険だ。
腹は満たした。毒抜きの仕込みもした。回復手段も確保した。
これ以上、この安全地帯に引きこもっていても、事態は好転しない。
「……よし、行くか」
俺は火の始末を確認し、立ち上がった。
歩く要塞、再びの出撃だ。
俺は幻影の壁へと向かう中、一度だけ拠点の中を振り返った。
そこには、水、食料、簡易トイレ、そして養生布団が転がる、俺だけの秘密基地があった。
必ず、ここへ帰ってくる。
俺は決意を固め、幻影の壁の向こう側……未知と危険が満ちる通路へと、その一歩を踏み出した。
幻影の壁を抜け、一歩、外の通路へと足を踏み出す。
その瞬間、俺は自分の身体に起きた変化に、改めて驚愕した。
「……軽い」
妙に、身体が軽いのだ。
昨日まで、鉄の塊を全身に纏って引きずるように歩いていたのが嘘のようだ。
大盾の重みも、両腕の盾の煩わしさも、ほとんど感じない。
これが、レベル10の筋力(STR)と体力(VIT)の恩恵か!
「おお……! これなら、あの猪とも渡り合えるんじゃ……!」
自然と口角が上がり、気分が高揚する。
足取りも軽やかに、未知の通路へと進もうとした、その時。
ふと、違和感に気づいた。
バランスが悪い。
いつも感じているはずの、左肩への圧迫感と、右腕の重量感がない。
俺は恐る恐る、自分の左肩と右腕に視線を落とした。
「……………」
そこにあるべき、無骨なスパイクが突き出た「ショルダーアーマー」と、攻防一体の要である「L字シールド」が、ない。
あるのは、ただの作業着の袖だけだ。
「盾がねぇえええええ!!」
俺の情けない叫びが、通路に虚しく響き渡った。
慌てて踵を返し、幻影の壁の中へと転がり込む。
見渡すと、あった。
俺の勇姿を飾るはずのスパイクアーマー(肩当て用の盾)が、地面にぽつんと転がっている。
そして、そのすぐ隣には、内側が炭と脂でドロドロになり、煤で真っ黒になったL字型のシールドが、カマドの残骸として鎮座していた。
「……俺の馬鹿野郎」
思わず頭を抱える。
そうだ。こっちのL字盾を壁に押し付けて、そのL字の空間をカマドにしてたんだった。
スパイクアーマーの方は、ひっくり返して窪みに水でも張れば鍋代わりになるか……なんて考えて、結局使わずに近くに置いていたのだ。
おかげで、相棒たちは煤だらけだ。
レベルが上がって身体が軽くなったことに浮かれて、一番大事な装備構成を忘れるところだった。
左肩のスパイクは、牽制と不意の一撃用。
右腕のL字シールドは、構えれば広範囲を守れるし、いざとなれば側面で殴りつけることもできる。
この攻防一体の完成されたスタイルこそが、俺のこだわりなのだ。
これでは歩く要塞どころか、ただの「両手に小さい盾を持ったおじさん」だ。
「……すまん」
俺はタオルに純水をたっぷりと含ませ、相棒たちの汚れた顔を優しく拭ってやった。
煤が落ち、鈍い鋼鉄の輝きが戻ってくる。
「よし、よし……悪かったな」
誰に言うでもなく呟きながら、左肩にスパイクアーマーを、右肩にL字シールドを再装着する。
ガシン、ジャキッ! と小気味よい音と共に、いつもの重みが身体にかかる。
そうだ、これだ。
この全身を盾で固めているという、圧倒的な安心感。
少し恥ずかしい気もしたが、すぐに思い直す。
(……まあ、誰も見てないしな)
そう思った瞬間、ちくりと胸に寂しさがよぎった。
このツッコミ不在の一人芝居。
誰かが見ていてくれれば、「おじさん、ザクじゃんw」と笑ってくれるのだろうか。
妻が生きていれば、「またそんなガラクタ集めて」と呆れられただろうか。
「……いかんいかん」
俺はヘルメットをぺちぺちと軽く叩き、雑念を追い払う。
感傷に浸っている暇はないのだ。
「指差し確認、ヨシ。……仕切り直しだ」
今度こそ、忘れ物はない。
全身からガチャガチャと頼もしい不協和音を響かせながら、歩く要塞は、三度、未知の世界へとその重い一歩を踏み出した。




