第10話 生存計画
ぐっすりと眠れたのは、レベルアップによる体力回復と、毛布一枚の温かさのお陰だろう。目覚めは、昨日までの疲労困憊の状態とは比べ物にならないほど爽快だった。たかが毛布一枚。だが今の俺にとっては、最高級の羽毛布団に等しかった。
だが、頭は妙に冷静だった。
夢の記憶は、まだ頭の片隅にこびりついている。だが、今はそれよりも優先すべきことがある。生き残るための、具体的な計画だ。
昨日の俺は、スキルポイントや新たな拠点作りの計画に、少し浮かれていたかもしれない。
俺は目の前のステータスウィンドウを食い入るように見つめた。レベル10、スキルポイント9。そして取得可能なスキルのリスト。
【身体強化(小)】
【シールドバッシュ(初級)】
【棍術(初級)】
【索敵(初級)】
【鑑定(初級)】
【工作(初級)】
【罠設置(初級)】
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「シールドバッシュ…」
これだ。盾を多用する俺の戦闘スタイルに、これ以上なく合致するスキルだろう。必須スキルだ。
だが、焦ってポイントを割り振る前に、まずは頭を整理する必要がある。
俺はショッピング画面を開き、検索窓に打ち込んだ。
『コクヨ キャンパスノート A罫』:10 PT
『ゼブラ ボールペン Z-1』:10 PT
光と共に、学生時代に見慣れたノートとボールペンが、ビニール包装された状態で現れた。合計20ポイント、200円相当か。文房具は良心的な価格設定らしい。
俺は包装を破り、新品のノートの最初のページを開いた。
まずは、現状の把握からだ。
カリカリ、とボールペンを走らせる。自分のステータス、レベル、スキルポイント。そして、取得可能なスキルの一覧も、忘れないようにメモしていく。記憶だけに頼るのは、あまりにも危険だ。
また、レシートの裏にマジックで書き残していたレベル1のパラメータも書き写しておく。
書き出したリストを眺めながら、今後の課題を整理する。
【当面の課題】
ミノタウロスの存在:
この先の通路に進むには、あいつを何とかしなければならない。理想は倒すことだが、Bランクのボアを一撃で屠る化け物だ。今の俺のステータスで勝てるとは到底思えない。となると、避けてやり過ごすのが現実的か?
戦闘経験の欠如:
そもそも、俺はまだ一度も自分の力で魔物と戦っていない。レベル10になったとはいえ、あのブルータルボアにすら勝てるかどうか怪しい。ミノタウロスどころか、ボアより弱い魔物を見つけて、自分の実力を試す必要がある。
退路の確保:
もし戦って勝てないと判断した場合、この安全地帯まで全力で逃げ帰らなければならない。敵の位置を事前に察知できるようなスキルがあれば、生存率は格段に上がるはずだ。『索敵(初級)』は、そのためのスキルか?
食料の安定確保:
ボアの肉はまだ残っているが、いずれは尽きる。長期的に食料を確保する手段を見つけなければ、ジリ貧だ。
メモを書き終え、ペンを置く。
やるべきことは山積みだが、道筋は見えてきた。
まずは、武器と、食の安定。
俺は再びショッピング画面に向き合った。
ダメ元で、検索窓に「武器」「剣」「槍」と打ち込んでみる。
『該当する商品はありません』
『園芸用ハサミ』『剪定ノコギリ』などがヒットしました
「…だよな」
やはり、完成品の武器は売っていない。
ならば、食料はどうか。「野菜」「果物」と検索する。
『該当する商品はありません』
『野菜の種』『果樹の苗木』などがヒットしました
やはり、このギフトの鉄則は変わらないらしい。
「完成品は売らない。だが、それを作るための材料と道具は売る」
「…なるほどな」
つまり、武器が欲しければ、素材を買って自分で作れ。食料が欲しければ、種を買って自分で育てろ、ということか。
望むところだ。
俺は、物置小屋でオフグリッドの完成を夢見ていた、ただのDIY好きのおっさんだ。
作ることは、むしろ得意分野だ。
俺はノートの新しいページを開き、最初の武器と、最初の農園のプランを練り始めた。
スキルポイントをどう使うか。どの素材を、どの道具を買うべきか。
腹の底から、武者震いのようなものがこみ上げてくる。
恐怖ではない。
長年眠っていた、モノづくりの魂が燃え上がる音だった。
一度ノートを閉じ、満足げに息をつく。
だが、ふと冷水を浴びせられたような感覚が走り、俺の手が止まった。
違和感の正体を探るべく再びノートを開き、自分が書きなぐった『果樹の苗木』という文字を見た瞬間、俺は乾いた笑いを漏らした。
「ははは……俺は、ここに何年いるつもりなんだ?」
桃栗三年柿八年だぞ? ここに定住して農業でも始める気か?
俺は自嘲する。目的は脱出だ。
……しかし、背筋を嫌な予感が撫でていった。
俺は今、「長くて一ヶ月」という短期決戦を想定している。だが、その想定が甘かったら?
もし、年単位で閉じ込められるとしたら?
「いや……まだそうと決まったわけじゃない」
俺は首を振って、ネガティブな思考を振り払う。
まずは、あの壁の外をしっかり探索しなきゃだめだ。
状況が揃えば、自ずと目処も立つし、精度の高い予測も可能になるだろう。
品証部の仕事と同じだ。憶測で動くな、現物を見ろ。
俺は気を取り直し、ノートの新しいページに、改めて思考を整理し始めた。
【武器について】
作る?いや、待て。
俺にはスキルポイントが9ある。そして、取得可能なスキルに『シールドバッシュ』があった。両手には、頑丈な円形の盾が二枚。この盾の側面で殴りつければ、それ自体が強力な鈍器になるはずだ。スキルで威力が補強されるなら、下手な自作武器よりよほど頼りになるだろう。
結論:新たな武器は作らない。ポイントは温存。まずは『シールドバッシュ』を習得し、盾で戦う。
【食料について】
これが一番の問題だ。ボアの肉は有限。次にいつ手に入るとも限らない。
野菜作り(栽培)は長期的な課題として保留するとして、短期的に、腹を満たせるものはないか。
そうだ、忘れていた。
俺はショッピング画面を開き、「農業・園芸」カテゴリの中をスクロールする。
あった。
『種芋(男爵)』:1個 10 PT
ジャガイモだ。これなら、毎年自宅の庭で家庭菜園として育てている。勝手知ったる作物だ。
もちろん、商品ページには赤い文字でデカデカと注意書きがある。
※注意:園芸用です。農薬処理が施されているため、絶対に食用にしないでください。
普通なら、絶対に手を出さない。
だが、園芸用の種芋で問題なのは、表面に塗布された農薬だ。
対処法なら知っている。
まず、ホワイトリカーに長時間漬け込み、その後、純水で何度も洗い流す。これで表面の薬剤を落とす。
その上で、皮を「剥く」のではなく、贅沢に「切り取る」。
厚さ1センチほどごっそり削ぎ落としてしまえば、浸透した薬剤も、皮付近の毒素も、芽も、まとめて除去できる。
歩留まりは最悪だが、背に腹は代えられない。食えないよりは万倍マシだ。
俺は覚悟を決め、種芋を10個、100ポイント分ポチった。これで当面の炭水化物は確保できるはずだ。
さらに、家畜のエサの項目も確認する。
『家畜飼料用 乾燥大豆 10kg』:300 PT
これも同じだ。洗浄すればタンパク源として利用できるかもしれない。これも購入リストに入れておく。
胡麻やスパイスの種をどうこうするのは、後回しだ。今は生き死にに関わることだけを考える。
俺はノートに、やるべきことをリストアップし、優先順位をつけた。
◎(最優先): スキル習得『シールドバッシュ』『索敵』
〇(優先): 種芋・乾燥大豆の洗浄処理、実戦訓練(弱い魔物を探す)
△(保留): 拠点作り(資材購入)、栽培を目的とした農園化
×(不要): 自作武器の製造、香辛料作り
「よし」
ペンを置き、ノートを閉じる。
やるべきことが明確になった。まずはスキル習得だ。
俺はステータス画面を開き、迷うことなく『シールドバッシュ(初級)』を選択した。
そして、もう一つ。
俺は『索敵(初級)』に意識を向けた。
攻撃スキルの次は、探索スキル。地味だが、俺にとってはこれが一番の命綱になるはずだ。
勝つことよりも先に、まずは死なないこと。
生きてさえいれば、再起は図れる。逃げて、隠れて、泥水をすすってでも生き延びる。
それが、50年生きてきた俺の、しぶとい生存戦略だ。
俺は取得ボタンに意識を向け「さあポチるぞと」と唸ったのだった。




