『3年1組の田中君、田中君。至急異世界まで来てください』
『3年1組の田中君、田中君。至急異世界まで来てください』
それは日本史のテスト中、唐突に流れた校内放送だった。
「ふぇ??」
俺の口から思わず変な声が出る。
頭が良く無い俺は日本史が大の苦手だ。
だからこのテストも半分諦めながらも必死で解いていたんだ。
集中しすぎたせいで、耳がお留守になっていたのは否めない。だから、聞き間違いだと思いたかった……が、教室の空気は凍っていた。
どうやら俺以外にも聞こえていたらしいことから、聞き間違えでは無いようだ。
一瞬の間の後、視線が俺に突き刺さる。
待て。早まるな、クラスメイト諸君。このクラスには「田中」が二人いる。
一人目は俺、田中ケンジ。良いように言えば、大人しいとか、物静かとか、そんな感じ。
二人目は、俺の斜め前の席で変なポーズを取ってる暗黒田中。……間違えた、田中コウジ。
悪いやつでは無いけど、拗らせていて、比べれば目立つ方の田中だ。
だから頼むから俺を見るな。暗黒を見ろ。あいつは常日頃から「右手がうずく」とか言ってるんだ。異世界いじりも本望だろうが。
俺が「あっち、あっち」と暗黒を指差すと、コウジの方に全員の視線が移動した。
「あ、そっか。あっちも田中か」
「暗黒でしか認識してなかったわ」
なんてコソコソ話してる声が聞こえてくる。やめてやれ。
「コウジーよかったなー異世界だってよー」
からかうように飛んできた声を聞いても、コウジは気にした様子もなく、それどころか右手を高くあげて「解き放て!!」と言い出した。
何も出ないとは思うが、出たとしてもここで解き放たないで欲しい。
そんな空気を戻すように、教師がひとつ咳払いをした。
「お前ら静かにしろー。田中は解き放つ前にテスト解け」
とんでもない内容の放送に眉を顰めていた教師も、ただのイタズラだろうと切り替えることにしたらしい。
先ほど廊下を早足で駆けていく別の教師も見えたし、このイタズラ放送の犯人もすぐに捕まるだろう。罰則は停学あたりだろうか。くだらないことをする奴もいるもんだな。南無南無。
そうして、もう一度集中しなおそうと……した時だった。
『あー、重ねて連絡します。3年1組の地味な方の田中君。……あ、やべ。平均的な方の田中君。至急、異世界までお越しください。勇者召喚とかじゃないんで。時給でるんで』
おい、今地味って言ったよな??あと、言い換えるなら大人しいにしろ。心に突き刺さるわ。
あと時給が出る異世界って何だ。コンビニか。
暗黒田中から、俺に視線を移した教師が口を開く。
「……田中、お前いじめられてたりするか……??」
「先生、地味で平均な田中って言われて真っ先に俺を見るの、ちょっと悲しいです」
「すまん」
いや、まあ。仕方ないとは思うけど。だってもう一人の田中は地味では無いもんな。暗黒だもんな。
しょうもない誰かのいじりだと思い、校内放送のことは気にしないようにしようと思った時だった。
ガガガガガッ!!
俺の横から、まばゆい光が溢れ出てきたのだ。
「うわ、何これ!!」
なんか知らんが魔法陣が浮き出てるし、しかもやけに薄い
インク切れの油性マジックで描いたみたいに線がカスカスだ。
「うおっ!」
「た、田中! 足元!」
「ケンジ! ついにお前も『目覚める』のか!?」
クラスメイトが騒ぎ、暗黒田中が目を輝かせる。違う、俺は目覚めたくない。W暗黒田中は嫌だ。
カスカスな魔法陣が、チカチカと蛍光灯みたいに点滅した後、そっからゆっくりと何かがせり上がってきた。
それは、金髪碧眼の女神……なんて姿ではなく。
ヨレヨレのスーツを着て、目の下に真っ黒のクマを貼り付けた、冴えないオッサンだった。
手には「異世界転送管理局」と書かれた、シミだらけのバインダーを持っている。
「……あー、どうも。担当の者です。田中ケンジさんで、お間違いないですね?」
「は、はあ……」
オッサンは、俺の顔を見るなりホッとしたように息をついた。
「いやー、よかった。座標ズレてなくて。この魔法陣、先代が経費削減で導入した廉価版なもんで、たまに変なとこと繋がっちゃうんですよ」
おい。そんなガバガバな転送で人さらいしようとしてんのかコイツ。
現実からかけ離れすぎた光景に、一周回って冷静になってしまう。
「で、お呼び出ししたのに何故来ていただけないんです?? お迎えに来る羽目になったじゃないですか」
「ちょ、ちょっと待ってください。そもそも転移とか俺、無理ですし! ! ていうか何なんですか!」
「え?? 左手に封印されし力をお持ちでしたよね??」
「お持ちでないです。あと多分それ俺じゃ無いです。あっちの田中です」
「……あー。まあ、どちらでもいいか。とにかく来ていただけますか」
適当に返事をしてきたオッサンは、バインダーをめくり一枚の書類を俺に突きつけた。
【異世界短期アルバイト】
職種:魔王城・備品の棚卸し
資格:うるさく無い者
時給:700G
備考:魔王のもてなしあり
「こんなに嬉しく無いもてなしあります?」
「そう言わずに。向こうではそこそこ良い暮らしができます。あと賄いも出ますよ。昨日は『スライムの和え物』でした」
「絶対食いたくねえ」
賄いの内容にドン引きしていると、教師が恐る恐るオッサンに話しかけた。
「あ、あの……うちの生徒なんですが……授業中ですし、親御さんもご心配されるでしょうし……」
「ああ、ご心配なく」
オッサンはニヤリと笑った。
「いわゆる『ウラシマ方式』です。まあ、逆ですけど。向こうで三日働いても、こちらでは三分も進みませんから!! 三分だけ彼をお貸しいただけましたら大丈夫です」
「それ、俺だけ三日分の疲労抱えてテストの続きやれってことじゃん」
「若さでカバーしてください」
無茶苦茶だ。絶対に行きたくない。
「さて、同意書にサインを。あ、三文判でいいですよ。なければ拇印で」
「押すわけないでしょ!!」
俺が抵抗すると、オッサンはチッと舌打ちした。
「困りますねぇ。こっちも人手不足なんですよ。勇者一行が思ったより早く進軍してて、来週には魔王城に来てしまいそうなんです。その前に棚卸し終わらせないと、天界にどやされちゃいます」
なんだその生々しいファンタジーは。
そもそも棚卸しいるか?? なんだ、天界が補填でもしてんのか??
俺が固まっていると、斜め前から怨嗟の声が飛んできた。
「……なぜだ……なぜ俺ではない……! 俺の右手に宿りし『黒龍』の力が、奴ごときに劣ると言うのか……!」
暗黒田中が本気で悔しがっている。
いくらでも代わってやりたい。いや、むしろ代わってくださいと土下座したい。
「えーと、あなたが左手の力がある田中さん??」
オッサンがバインダーを確認した。
「あー……なるほど。うるさそうだからダメですね。不採用です」
「不採用!?」
暗黒田中が膝から崩れ落ちた。異世界からお断りされるとか、あいつ立ち直れるのか。
「さあ、ケンジさん! 行きましょう! 時給発生してますよ!」
「いや、だから行かないって!! 先生、助けて!!」
「田中……日本史落としたら留年リーチだが……特別に追試を認めてやるからな」
「いや、止めろよ!!」
先生の諦めた顔と、オッサンの「ほらほら」という手招き。
クラスメイトは「行け行け!」の大合唱。もう誰もテストに集中していない。
…くそ。味方が誰もいない。
「……分かりました。行きます。行きますけど!!」
俺はオッサンを睨みつけた。
「全額、日本円で支給してください!! あと賄い、スライム以外でお願いします!!」
「交渉成立です!!」
オッサンは俺の手を掴むと、カスカスの魔法陣に引きずり込んだ。
「代わりにコカトリスの丸焼きにしてもらいましょう!!」
「うわあああ!! 絶対食いたくねええええ!!」
俺の悲痛な叫びは、チカチカ点滅する光の中に虚しく消えていった。
……留年、しませんように。
あと、コカトリスはせめてタレじゃなくて塩でありますように。
お読みいただきありがとうございました。
続きになるお話も公開中です!
「暗黒田中「解き放て!!」教師「うわぁぁ!!なんか出たぁ!!」」
https://ncode.syosetu.com/n2285lj/
連載ではこんなお話しを書いてます↓
興信所の者ですが!!〜異世界でもお仕事してたら、獣人副隊長に執着されてしまいました
https://ncode.syosetu.com/n7955lf/
長編では異世界恋愛謎解きものを書いています。よろしければこちらもどうぞ!!




