その6 【ロリババァとの午後はおだやかに】
コケーッコッコッコッコッ!
ニワトリ(幻想)が元気に走り回る縁側で、オレは茶をしばいている。
「婆さんや、茶をもう一杯持ってきてくれんかのぅ。」
「Tira… nira-thal… lu-ri?」
……
手招きしてルーシェルを手の届く場所へ座らせる。
這ってくるその胸元に手が吸い込まれそうになるのを必死で抑えつつ仕切り直す。
「婆さんや、茶をもう一杯持ってきてくれんかのぅ。」
『だから、何やってるのかって聞いてるの!』
触れなきゃ意味が分からんのは何とかならんのか!
『がんばって言葉覚えるしかないわね。』
厳しい現実を突きつけられてしまった。でもそれしか方法がない……よな?
「Siron… thal-en… mirun-talen… viera-lu!」
そう言ってルーシェルは奥の部屋へと走っていく。
だからさ、手を離すと意味が分からんのだって!
しかし……なんだこの家は!
外見だけじゃなく、この部屋だけなんで畳なんだよ!
他の部屋、LDKって言えばいいのか?そこには見たこともない家電らしきものが置いてあったりするけど、
この部屋は見慣れたものにリスペクトを受けたような、意味不明な物ばかりじゃないか!
やけにカラフルで見たこともない形をしてはいるが、あれって盆栽……なのか?
白い布に落書きされてるアレは掛け軸のつもりか?
こんなもの、どこで覚えたんだ。
そうしてると、ドタドタとルーシェルが帰ってくる。
婆さんや、もう少しおとなしく動けんのかね。
「Tira… nira-wael… siron-lu!」
満面の笑みを浮かべているが、言ってる意味は全く分からん。
手に持ってるのは太めの鎖?あれは……ブレスレットか何かかな?
正直、おっさんのオレが付けると痛々しくて見てられない状態になるぞ?
「ala-wael… nira-lu… siron-lu…」
何かを呟きニヤニヤしながら近づいてくる。はぁ……それを付けろって事か?
諦めモードで左手を差し出す。
が、違うといわんばかりの表情で手を振り払い、それをオレに巻き付ける。
カチャン
「……って首輪かよこれ!」
『聞こえた!実験成功!!』
?!?
ルーシェルの左手首には、さっきまで無かったミサンガのようなアクセサリーが付けられている。
「何これ?」
『テレパス持ちは不完全な子が多いの。で、これは補助的なもの。
作ったのはいいけど誰も使いたがらないんだよね。かわいいと思うんだけどな。』
そりゃこんなゴツイ鎖型の首輪なんて誰も喜ばんだろ!
『大丈夫、似合ってるよ!』
……神様、この状態でもオレの思考は駄々洩れになるんですね(泣)。
『少し注意点があってね、
距離は少し離れてても大丈夫だけど、わたしが視界に入ってないと思考は飛ばないから気を付けて。
それと、このセットでしか機能しないから壊さないでよ?
最後に、わたしでないと外せないからよろしく。』
なるへそ、それはずっと着けてろって事だな。
『そうなるね。』
「お前!オレをペットかなにかと間違えてないか!!」
『なによ?飼ってあげようっていうのに不満があるの?オスのくせに生意気よ!』
ぐぬぬぬぬぬ!
認めたくない!認めたくはないが、今のオレはこいつの力無しじゃ生きていく事が出来んのも事実!
だがしかぁし!ルーシェルの目を見つめオレは言う!
「ゴメンナサイ。」
『うん、サーガはいい子。よしよし。』
「髪が抜けるから頭をなでるな!」
……というわけで、不本意ながら完全に主従関係が確立された。
離れても機能するのは約5m弱、彼女が視界内にいなければオレの思考は飛ばないが、逆は問題なし。
接触していれば彼女が視界にいなくても大丈夫。
彼女のしゃべる言葉は理解できるが心の声は聞こえない、
そして、オレの心の声は彼女に駄々洩れ。
これはアレか?何かの罰ゲームか?
『サーガ―!喉乾いたでしょ?こっちおいでー。』
距離の制限はあるが、彼女の声は視界内にいなくても理解できる。
へいへい、今行きますよっと。
リビングと思しき場所に行くと、ルーシェルはシスター服からゆるい大きめのシャツに着替えていた。
胸元がハート型に開いていて、自分の武器をちゃんと理解しているあざとい系である。
少し顔が赤いのは気のせいか?
家に帰り安心したのか、やたら笑顔がかわいく不安がよぎる。……が、こっちもつられて楽しくなってしまう。
『ここが見えてると、鼻の下が伸びてサーガが嬉しそうだからこれにした。これもかわいいでしょ?」
……確信犯かよ。
そこをロックオンしてしまうのは男の悲しい性、仕方ないだろ?
それより、シャツに”I'm a lemon”と書かれている事にドン引きだ……。
「すごく似合ってる、ぴったりだと思うぞ。」
『えっ?これ”わたしはガラクタ”って書いてあるの????』
やはり思考が駄々洩れなのは考え物だ。
テーブルには透明の液体が入ったコップが置かれている。
『サーガが飲んでもたぶん大丈夫!おいしいよ。』
たぶん、って言ったか今。恐る恐る一口。微炭酸の刺激とレモン?の香り。これは……
「酒か?」
『ピンポーン!正解!ちょっとキツメだから気を付けてよ。』
酒である事は分かるがこれがキツイ?こんなんじゃいくら飲んでも酔えんぞ?
顔が赤くやたら上機嫌なのはこのせいか!
『サーガお酒強いんだねー。凄いじゃん。』
やたらくっついてくるのも酒のせいだろう。
外はもうすっかり日が暮れている。
『ハハハ!よく見たらメッチャ不細工じゃん!ウケる!』
……コノヤロウ。
コップを置き、ため息まじりに笑う。
久方ぶりの晩酌は、どうやら長くなりそうだ。




