その1 【野生のオス、異世界で拾われる】
「ハァ、ハァ、ハァ……
どこだ、ここは!
まだ街が見えんぞ!」
自称動ける中年デブ男、佐川 勝(45歳・独身)は絶賛遭難中である。
リストラされたのち、都市伝説好きのオレは人知れず剣山へとやってきたのだが、滑落して気を失っていたらしい。
かなりの高さから落ちたようで、あちこち傷だらけだが、骨折のような大きなケガは無さそうだ。
荷物の大半は失ってしまったが、たぶんラッキーである。
「こんなに……遠かったか?……」
どれほど時間がたったのだろう。
舗装されていない道らしき場所までたどり着いたオレは、再び意識を手放した――。
振動と風を感じる。
どこか運ばれているような感覚だ。
誰か救急車でも呼んでくれたんだろう、ありがたやありがたや……
いや、待てよ?なんで全身に風を感じるんだ?
そんなことを思っていると動きが止まり、ガタッと一段降りた感覚がした。
誰かが近づく気配がするが、怖くて目が開けられん!
「Tena sira valen-lu...」
?!?!?!?!?!
な、なに?今の何語?オレ、外国人に攫われた????
「Haa... melin soron lata-ne... haren talu...」
……まったく意味が分からん。
薄目を開けて声がした方を見てみると、シスターの様な恰好をした女の子がブツブツと何かを言っている。
妙に艶っぽいシスターだな、何かのコスプレか?
「Haa... tena viera-ri?」
そういって彼女はオレの手首を掴む。
「Viera-lu noren… os-thal siren-lu… nira-sor-el?」
『野生のオスって初めて見たんだけど……ちゃんと生きてるよね?』
!?!??!?!
野生のオス?初めて見たぁ?この娘は何言ってるんだ???
突然掴んでいた手を放し、女の子が叫ぶ!
「Ha!? Nira nira nira! Sorin tala-vie?」
ドゥクン!ドゥクン!ドゥクン!!
ビビった!なんだ突然!!!
それに頭の中で声が聞こえた気がするぞ!
彼女もキョロキョロ周りを見渡していたが、
「Haalu…」
そう言って彼女は再びオレの手首を掴む。
「Lu… nira-salun lu… Tena-lu valen-lu… tala-valen-ri?」
『しかし不細工よねぇ、これでも生かしとかなきゃダメなんでしょ?』
悪かったな!ほっとけよ!!
そう思いながら薄目を開け彼女を観察してみる。
長い黒髪で大きな赤い瞳、美人というよりかわいいが少し勝つ整った顔立ち。
確かにオレのことを不細工だといえる容姿をしているのは認めてやる。
それよりもだ!
なんだそのたわわに実った二つのメロンは!
そうか!
コレは夢だ!
ココは欲求不満が爆発したオレの夢の中だ!
「Liru…」
『……ちょっと』
耳から聞こえる言葉は相変わらず意味不明だが、頭の中で声が響く....
「Haalu! Nira viera-mind-ri? Lu… sorin tala-valen!」
『驚いた!あなたテレパス持ちなの? だったら状況を説明しなさい!』
「いや、状況って言ってもこっちが聞きたいくらいで………」
ヤバい!こんなカワイイ年下の娘に叱られるとか!妙な癖に目覚めそうじゃ!
そう思いながら起き上がろうとした時、彼女の手が離れる。
「Tena-lu virelu mela-ri?」
ん?また分からなくなったぞ?
「あの……何言ってるか分からないんだけど…」
彼女も首を傾げる。
さっきは伝わった……よね?
「Lu… nira viera-mind-ri?」
彼女はそう言うと、またオレの手を掴む。
「Lu…Tena lu… valen-ri?」
『もしかして、これなら分かる?』
おお!分かる!分かるぞ!
「Tala-valen lu… viera-melun-ri? Sorin tala-run-ri?」
『会話できるってことは、そこそこ知能のあるオスってことよね? どこから逃げ出したの?』
ん?知能がある?逃げ出した?
そりゃ社会から逃げ出した不適合者かもしれんが、オスってなんだよオスって!コンプラ違反だぞ!
「Kompla? Sorin-ri」
『コンプラ? なにそれ?』
……おや?
もしかして……口にしてない事まで伝わってる!?
「Sira-nel tharen… telas-miren nira-lu. Viera-lu soren… os-thal ven.」
『自覚のない不完全なテレパス持ちってことよね、まぁオスなんだからこんなもんでしょ。』
「Lu… sorin tala-run-ri!」
『で、どこから逃げてきたの!』
彼女はジト目でオレを見る。
....夢じゃ…ない……のか?
佐川 勝(45歳・独身)。
人生の折り返し地点をとっくに過ぎた自他ともに認める不細工なメタボボディのおっさんである。
……
……
どうやらオレの寿命は、もう少し短くなりそうだ。




