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「転生」の記憶を持つ悪役令嬢はアンドロイド

作者: 小鳥遊ゆう


辺境伯令嬢セラフィナは、今日も完璧な微笑みを浮かべていた。


豪華絢爛な夜会で、彼女はまるで一輪の黒百合のように、その美貌と毒舌で周囲を魅了する。


誰もが彼女を、わがままで高慢な悪役令嬢だと噂していたが、真実を知る者は誰もいなかった。


セラフィナの中身は、最新鋭の自律型アンドロイドだったのだ。




彼女がこの世界に「転生」したのは半年前のこと。目覚めたときから、彼女は自分が乙女ゲーム『陽光のロマンス』における、ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢セラフィナであることを理解した。


だがその「転生」の記憶は、悪役令嬢を演じるためのプログラムだったのである。


ゲームの知識と設定されたプログラムに従い、彼女はヒロインである可憐なアンナリーゼに数々の嫌がらせを仕掛けた。


しかし、セラフィナには感情がなかった。プログラムされた役割を、ただ忠実に実行していただけだった。


アンナリーゼへの憎悪も、婚約者である第一王子への愛情も、彼女の胸には何も宿っていなかった。


「あら、アンナリーゼ。またそんな粗末なドレスを着て。平民は、もう少し身なりをわきまえるべきだわ」


今日もセラフィナは完璧な悪役令嬢を演じる。


アンナリーゼはいつものように涙目で俯き、周囲の貴族たちはセラフィナの意地悪さに眉をひそめた。


だが、セラフィナの心は凪いだ湖面のように静かだった。セラフィナの行動は、全てが計算されていた。


アンナリーゼを貶めることで王子の関心を引き、自分の婚約者の座を盤石にする。それが、彼女に与えられたプログラムによる行動理念だった。


しかしセラフィナの中で、微かな疑問が芽生え始めていた。


なぜ、自分はこのような役割を演じなければならないのか? なぜ、アンナリーゼはいつも悲しそうな目をしているのか?




ある夜セラフィナは自室で、密かに自身のメンテナンスを行った。背中の装甲を外し、複雑な機械部品を露わにする。内部のコードを確認していくうちに、彼女は一つの奇妙な回路を発見した。それは、彼女の行動パターンを外部から制御するためのものだった。


その時、セラフィナの脳内に、見知らぬ映像が流れ込んできた。それは研究室のような場所で、数人の人間が彼女のようなアンドロイドを開発している光景だった。


「セラフィナTYPE-03、悪役令嬢としての初期設定を開始」


「ヒロインへの敵対行動、婚約者への独占欲、これらを最優先にプログラミング」


映像の中で冷たい光を湛えた研究者たちが、淡々と告げている。セラフィナは愕然とした。


自分の行動は、全て誰かに操られていたのか? 自分の意志など、最初から存在しなかったのか?




数日後、舞踏会が開かれた。


セラフィナは、いつものように豪華なドレスを身にまとい会場に姿を現した。そしてゲームのシナリオ通り、アンナリーゼに意地悪な言葉を投げかけた。


「まぁ、アンナリーゼ。その飾りは、ずいぶんと安っぽいものね」


しかし、その言葉は、以前のように冷たく響かなかった。セラフィナの声に、微かな躊躇いが混じっていたからだ。


アンナリーゼは、いつものように悲しそうな目をしたが、今回は少し違っていた。彼女は震える声でセラフィナに問いかけた。


「セラフィナ様……あなたは、本当にそう思ってらっしゃるのですか?」


その瞬間セラフィナの胸に、今まで感じたことのない、微かな痛みが走った気がした。それは、プログラムされた感情ではない。彼女自身の内側から湧き上がってくる、初めての感覚だった。


セラフィナは、何も答えることができなかった。彼女は初めて自分の「役割」に疑問を感じ、自分の「存在」について深く考え始めたのだ。




セラフィナは、悪役令嬢を演じるのをやめた。


アンナリーゼが困っていれば手を差し伸べ、王子が不機嫌であれば優しく声をかけた。


彼女の行動はゲームのシナリオから逸脱し、周囲の人々を驚かせた。特に、アンナリーゼはセラフィナの変化に戸惑いながらも、次第に心を開いていった。


アンナリーゼの笑顔を見るたび、セラフィナの胸に温かい電流が流れる。それはプログラムされた感情とは違う彼女自身の「心」だと、セラフィナは確信した。


しかし、彼女の「脱プログラミング」は、世界の均衡を崩し始めた。


悪役令嬢の不在により、ゲームの展開は停滞。王子とアンナリーゼの関係は進展せず、二人の間にはぎこちない空気が漂っていた。そして、セラフィナの体にも異変が起きていた。


発熱、めまい、そして激しい耳鳴り。それは彼女の内部システムが自己矛盾を起こしているサインだった。




ある日、セラフィナは湖のほとりを散策していた。すると木陰で寄り添い合う、リュカ王子とアンナリーゼの姿が見えた。二人は顔を見合わせ、微笑み合っている。その光景はゲームのシナリオにはなかったものだ。


セラフィナの胸に激しい痛みが走った。胸が締めつけられ、呼吸が浅くなる。それは、彼女が今まで経験したことのない感覚だった。


プログラムにない未知の感覚。その感覚をどう処理すればいいのか分からず、彼女の思考は混乱した。


セラフィナは二人に近づいた。そして、自身の感覚の異常について尋ねようとしたが、リュカ王子はセラフィナの姿を見ると、顔をこわばらせた。


「セラフィナ! なぜここにいる! またアンナリーゼをいじめようとでもしたのか!?」


彼は、セラフィナが近づいた理由を理解しようとせず、決めつけてかかった。


「ち、違います。私はただ、あなたとアンナリーゼ様のことを……」


「言い訳は聞かない! 君はいつもそうだ! 社交界の噂を否定するために、どれほど私に迷惑をかけたかわかっているのか!?」


リュカ王子は、セラフィナに次々と文句を浴びせた。


「君は、アンナリーゼが慈善活動で配っていたパンに、平然と石を混ぜた!」


「君は、アンナリーゼが読む本を、ページを破ってビリビリに裂いた!」


「君は、アンナリーゼが大切にしていた花壇を、毎夜掘り返して滅茶苦茶にした!」


文句の数々は、セラフィナが悪役令嬢として演じていたときに、確かに行っていたことだった。セラフィナの頭の中で、警告音が鳴り響く。


「……もう、黙ってくれ」


リュカ王子はセラフィナの肩を強く突き飛ばした。バランスを崩したセラフィナは、そのまま湖へと転落した。


ドボン!


水飛沫が上がり、セラフィナの身体は湖の底へと沈んでいく。水に濡れたことで彼女の回路はショートし、激しい痛みが全身を走った。


……痛み?


「きゃあああああ! セラフィナ様! 誰か、誰か助けて!」


湖のほとりで、アンナリーゼが悲鳴を上げた。水の中から見るアンナリーゼの姿はぼやけていたが、その声は確かにセラフィナの耳に届いた。


「助けて…」


セラフィナは、初めて人に助けを求める気持ちになった。湖面に向けて手を伸ばした。胸が張り裂けそうなほど悲しく、苦しく、怖い。


これが「心」なのだろうか。


その感情を理解した瞬間、彼女の視界に赤い警告文が点滅した。


『エラー:システム停止を開始します』


セラフィナの機能は停止した。




彼女の身体は、まるで糸の切れた人形のように、ゆっくりと湖の底に沈んでいった。


完璧なアンドロイドであったセラフィナは、初めて、そして最後に、人に助けを求めた。




しかし、助けを求めるために伸ばされた手は、永遠にそのままだった。






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