魔女と世界の核 前編
〈魔女〉
魔法を長い間にわたって研究する女性を指す言葉。
具体的には、魔法使い、魔法研究職、魔道具制作職などがあたる。
第一章 魔女レーミア
大陸のほうはだいぶ落ち着いたみたいで、長い間続いていた内戦を帝国?が治めたらしい。
「すごいの、帝国、、、」
「そうだね、あんなにひどかった内戦を数か月で、、、」
ここはミシェリア島のとある迷宮。
迷宮といっても、魔物が沢山いるわけでもなんでもなく、私たち”魔女”が魔法の研究をしているだけだ。
「レーミアは帝国のこと知ってるんだっけ?」
「あんまり詳しくはないかな、、、でも、内戦はひどかったよ。」
「そっか、レーミアってよく考えたら人間だったな、、、」
「そう、最初に来たときはびっくりしたの、、、」
そう、本当に驚いた。
ある日、私たち”魔女”が一緒にやってるお店に人間が来た。
人間は昔はよく来ていたが、大陸での内戦の影響で最近は来ていなかった。
「人間、名前はなんていうんだ?」
「レーミア、かな。あと、私もおそらく魔女の類だよ?」
最初は何の冗談かと思った。
種族は確かに人間、人間なんて生きても百年、魔女と呼ばれるのは基本的に二百歳以上、人間なんかがなれるような物ではない、、、、。
「あんたが魔女ねぇ、、、それは本当なのか?」
「この島に人間が初めて上陸した時、貴方は紫の外套を羽織っていた。」
「そうだが?それがどうしたんだ?別に、、、、」
「いや、おかしいの。だって、、、その時に来た人間は大体捕まえて、、、」
この島に最初に上陸した人間という生物は主に島の領土化が目的であったため、敵対種族とみなして鏖殺していた。
「そうだったな。あの頃はピリピリしてて結構殺気立ってたんだったな、、、。あの頃に私たちから逃げたのは少女一人、だったか、、、、!?」
「貴方は、魔女リージュ。私を逃がした。」
「リージュ、そうだったの?」
「いや、、、かわいい女の子だったから、、、それに、、、」
リージュは少しだけ溜めて話し始めた。
「あの少女は、彼女の意思で島まで来れるようなもんじゃなかった、、、。」
「そう。まぁいいの。責めないの。」
そういってリージュの頭を軽く叩いた魔女はこちらを向いた。
「私はアリカル。リージュと他二人と一緒に魔法のお店をやっているの。弟子もいるけれど、、、人見知りだったりするから、あんまり会えないと思うの。」
「で、レーミア。今日は顔を見せにきてくれたってことか?」
「いや、私の呪詛を解いてくれないかなって、、、」
「呪詛、、、?見せてごらん。」
彼女の首元には確かに呪詛が刻まれていた。
「位置は、、、首の左下、、、これは、、」
リージュはアリカルに何か伝えると、アリカルは店の奥へ行ってしまった。
「ちょっと待っててね。」
リージュの口調はさっきと変わらないが、少し雰囲気が違う。
「で、、、この呪詛を解読しろと、、、」
店の奥から出てきた見たことのない顔は私の首元を覗き込んだ。
「あぁ、、、あぁ、、、?」
彼女は暫くの間、私の首元を覗き込んでいた。
「あの、、、お名前は、、、」
「あぁ、私か。フォルシアっていう。専門は”呪い”だな。」
彼女は店の奥にもう一度入っていき、暫くして戻ってきた。
「この本の、、、あったあった。これだな。」
そう言って彼女は分厚い本の一ページを見せてくれた。
「呪詛の、、、紋章ですか、、。」
自分の紋章と本に書いてある紋章を照らし合わせても一致するものはなかった。
というか、解呪不能やら崩壊やら、自分の紋章に似たような紋章の呪いが多くて、自分がどれなのか探すのも難しかった。
「で、、、私は結局なんなんですか、、、?」
「ちょっと待っててくれるか?」
そういうとフォルシアは店の奥へ店の人たちを連れて行った。
「で、レーミアの呪いはなんなの?」
「まだ詳しくはわからないが、解呪不能は確定だろう、、、」
「フォルシアでもわからないの?」
「あぁ、、、ちょっとな、、、」
フォルシアは少しうつむいて頭を掻いていた。
「えっとな、、解呪不能の呪いには理由があるんよ、、、」
そういうと、フォルシアは本棚の本を撫で、一冊の本を取り出した。
「えっと、解呪不能っていうのの説明は、、、いいか。」
「普通に解除できない呪いなの。原因はなんなの?」
フォルシアは、少し難しいんだけどね、と苦笑しながら話し始めた。
第二章 解けない呪い
「解呪不能っていうのは、大きく四つの理由があるんだよ、、、。」
「二つはわかるよ?シンプルになんの呪いかわからない、紋章がない、でしょ?」
「そうだね。あとの二つはわかる?」
「わからないの、、、というか、そもそもそれ以外にあるの?」
「あぁ、あるぞ?」
そういってフォルシアは分厚い本を開いた。
「まず、解呪する方法はあるけど、不可能の場合だな、、、。」
「そんなことあるの?解呪する方法がわかれば、、、」
「重環魔法陣の関係か、、、」
リージュは小さな声でそうつぶやいた。
「解呪に四重以上の重環魔法陣を使うからってことなの?」
「そういうこと。無理でしょ?」
「無理なの、、、さすがに、、、三重もできないのに、、、」
「四重環魔法陣ってなんですか?」
「あぁ、それはな、、、、!?」
部屋の中にしれっといたが、、、、
「レーミア、、、お前どこから聞いてた、、、」
「最初からですが?取り敢えず解呪はできないのですね、、、」
「、、もっと取り乱すと思ったの、、、というか、私ならもう少し取り乱してたの。」
レーミアは少しだけ考えているように見えたが、少し深く息を吸った。
「いえ、生きてるので。」
「どういうことなの?生きてるけど、実際レーミア、貴方は不死身で、、、」
「生きてるので、問題ないです。」
リージュはそんな会話を聞いて、少しだけ笑っていた。
「あんた、メンタル強いって言われるでしょ?」
「いえ、、、そんなには、、、」
結局、レーミアも一緒に今後の作戦会議をすることにした。
まぁ、呪いについて知られてしまったのだから仕方ないだろう。
「で、、、これから私たちは君の呪いについて調査するのだが、、、」
「わからないならいいんです。呪いが解けないってわかっただけでも十分だし、、、」
そう言っていると、隣で話を聞いていたアリカルが口を開いた。
「これは、君のためじゃないから。こいつら、馬鹿なんだよね。」
その声は、どこか笑いをこらえるような、楽しそうな、そんな声だった。
「そうですか、、、報酬とか払えないんですけど、、、」
「構わないよ。一旦は君にかかっている呪いが何なのか検証する必要があるかな、、、」
それから日々は恐ろしく早く進んだ。
呪いの効果がわかればなんの呪いか見当がつくとのことで、数日間は忙しくて自分や他人に気を使うだけの余裕もなかったが、数日もたてば研究する内容も尽きてくるようで、数時間は研究でつぶれるものの、それ以外の時間は魔女の皆さんとお話したりするようになった。
「今日の研究はこんなもんかな、、、、成果は?」
「えっと、呪いの効果が破壊系じゃないことがわかったの、、取り敢えずすぐに死んじゃう、みたいなことはないと思うの。」
「今、どの程度まで絞れてるんでしたっけ、、、」
「えっと、あとは不老不死とかそういう方向じゃない?」
不老不死の呪い。解呪不能の呪いの中で最も詳細なことがわかっていない呪い。
存在は確認されているが、効果はわからない、という話が本に書かれていた気がする。
「不老不死ねぇ、、、どうやって検証すれば、、、」
「そういえば、不老不死の呪いって具体的にどういう効果なんでしたっけ、、、」
「えっと、自然的な死、老いが無効化される呪いかな、、、」
レーミアは少しだけ考えていた様だったが、何か思いついたように俯いていた顔を上げた。
「じゃあ、こうするのはどうでしょう。私はここで働きます。」
「えっと、、一切省略せずに、内容を伝えてほしいの、、、」
レーミアという人間はとても頭が切れるようだった。
自分がここで働く代わりに、私たちはレーミアの健康状態などを計測、および老いが確認されるかを検証する。
人間の寿命は私たちよりもはるかに短いから、その計測も容易だ。
「で、、、問題は、君が魔法を使えるのかだけど、、、」
「魔法は得意じゃないです、、、魔道具作りなら、、、」
「魔道具か、、、一旦作ってみてよ。」
私はリージュに案内され、お店の中の工房に着いた。
「なんか作ってよ。どのくらいできるのかは見ておきたいから、、、」
最悪雑用にでもすればいいし、人手が足りないからありがたいんだよね、、、。
正直、期待はしていない。
なんでって、簡単な話だ。
人間は私たちよりも生きられる時間が短い。
つまり、その技術を極める時間が短いということだから。
レーミアという少女に不老不死の呪詛がかけられたとするなら、彼女は今、百歳。
どれだけ長く見積もっても、二百年。
私たちができる範囲のことは無理にやらせる必要はない。
まぁ、お客さんなんてほとんどいないから、いつも暇なのだ。
どうせいつも手は空いている。
第三章 魔道具技師レーミア
「あの、とりあえず作ってみました。」
「ちょっと見せてよ。」
無理矢理レーミアを連れてきたからか、アリカルが心配そうにこちらをみていた。
「別に何もしてないんだけど?」
「別に心配はしてないの。」
「そう言って心配してるのがこいつなんだよな。」
フォルシアもいつの間にかきていた。
「そういえばレーミアが作ったものはどこなの?」
「あ、、これです。」
その手元には小さな円盤に魔石が組み込まれたようなものがあった。
「円盤の方は、、、炎属性の重環魔法陣なの。」
「重環作れるのか、、、想像以上だな、、、。」
円盤の方には魔力を流しても反応がなかったから、魔石に魔力を込めることで発動するのだろう。
「魔石の方は、、、」
久々に解読に時間のかかる魔法陣を見た。
「何かわかる?これ。」
「ちょっとわからないけど、、、やっぱりわからないの、、、」
魔石は魔力の結晶で、自分の魔力を使って作ることが出来る。
それを利用して、魔石の中に魔法陣を組み込むことができるのだ。
「これ、、、どうやって作ったんだ?」
「えっと、、、真ん中の方から、、、順々に?」
魔法陣というのは、最悪“環”と呼ばれる、外側の輪っかの様な部分があれば成り立つ。
ただ、それでは魔力を魔法にする効率が悪すぎるので、“核”と呼ばれる魔法陣の中心の部分が必要になる。魔法陣は環と核でできている、そういうことだ。
通常、魔法陣は一~八の環と一つの核で構成される。
「この魔法陣、、、環は一体いくつあるんだ?」
魔石の中心に刻まれているのは、最も簡単な核の一つで、魔力を魔法にする効率が最も良い月心核。
そして、その核の周りに環がある。
核と環、環と環同士は、魔絲と呼ばれる細い魔力の糸のようなもので繋がっている。
核、環、それぞれが魔絲で繋がっていれば、最低限魔法陣は使えるわけだ。
「数え終わったの。全部で二十三なの、、、」
魔法陣は、環が九つ以上になると、核と上手く連動しなくなる。
理由はよくわかっていないが、魔絲による情報の連動が核から離れると難しくなり、その限界がそこなのではないか、と言われている。
「核と環を直接魔絲で接続しているのか、、、」
その影響なのか、環の位置は少しずつ捻れていき、最も外側の環は核と垂直になっていた。
「とても製品として出せるもんじゃないな、、、」
「それは同意見なの、、、」
「そう、、、ですか、、、、」
やはりこの程度の技術じゃ魔女とは認めてもらえないのだ。
別に認められたいと思っているわけではない。
昔からそういうことには関心がなかった。
でも、認められないことを好むわけではないのだ。
「これは私がもらう。一般人がこんなもん使ったらどうなるかわかんないからな、、、」
「まぁ、、そうするしかないの、、、。」
「どういうことですか?その魔道具は製品として、、、」
リージュは少しだけ溜めて話し始めた。
「これ、誰が作ったかわかるか?」
そう言って工房の棚から魔石を取り出した。
その魔石の内部には魔法陣が刻まれていた。
環が光属性であるから、おそらくライトか何かとして使うのだろう。
「えっと、、、、フォルシアさんですかね、、、。」
「理由はなんだ?」
「えっと、、、核と環の接合が少し無理がある気がして、魔道具が専門じゃないのかなって、、、」
「私が作ったよ。こう見えて私は、この店の中で二人しかいない魔道具を作れる魔女だ。」
もう一度魔石をじっくり見てみることにした。
魔石の内部に刻まれた魔法陣は光属性。
環は単環でその数が五。
核は魔力を魔法にする効率を上げるもの、、、。
「本当ですか?リージュさんが、、、調子でも悪かったんでしょうか、、、」
「いや、これが一番まともにできたものだ。」
「、、、そうなんですか、、、って!?ごめんなさい、失礼でしたよね、、、。」
リージュさんに失礼なことをいってしまって、慌てていた私。
リージュさんはそんな私を見て、微笑んだ様に見えた。
第四章 結局
「そういえば、お前の呪いは絶対解く、、、みたいなこと言ったの、、。結局解けなかったの、、、嘘ついたの。」
「別に。期待してないし、それに、、、、」
「それに?どうしたぁ?なんかこういう時っていいこと言うよな、お前。」
「なんでも?お前と一緒にいれて嬉しいだけだが?」
「、、、もういつもの五人じゃないの、、、。」
大陸との交流が活発化した。
みんなは大陸へ資源を求めて進んだ。
島はいいところだけど、魔石とかは少ないし。
みんなどこかで、島に残っていたいとは思っていたんだろうけど。
「ごめんね、アリカル。おいて行っちゃって、、、。」
「いいの、私もお店の物をまとめたらそっちに行くの。」
私は大陸へ渡った。
アリカルもその数か月後に大陸に渡ったらしい。
それからはいろいろなことがあった。
大陸で魔道具について研究をしながら旅の行商をしたり。
冒険者に護衛してもらいながら迷宮を探索したり。
なにより、国お抱えの魔道具技師になった。
別に興味はなかったが、研究材料を無償で提供してくれると聞いて。
それから三百年程が経過したころだった。
「レーミアさんお疲れ様です。研究はどうですか?」
「あ、そうそう、クォルフィ伯爵。言われてた小型の録音魔石作っておきました。」
「おぉ、一昨日頼んだばかりなのに、、、ありがとうございます。」
魔女レーミア、国のお抱えの魔道具技師だ。
まぁ、帝国は魔法の研究に力を入れていて、お抱えの魔法研究職はざっと二百。
レーミアはその中でも魔道具に特化している。という話だったが、、、
「想定以上ですね、、、貴方の技術は。」
「そうかな、、、魔道具しか能がないから。魔女としては半人前かな。」
「それなら、、、或いは、、、」
「どうしました?侯爵。また何か面倒ごとですか?」
「あぁ、、、いえ、、、大陸魔力制御計画ってご存じですか?」
「あぁ、、、不可能ですよ。」
「そう、、、ですか、、、。」
「理由も聞きます?」
「、、、お願いします。」
大陸魔力制御計画。
近年増加している魔物の被害に対応するため、大陸全体の魔力を制御、一定にし、魔物の発生を抑えたり、強力な魔物の発生を制限するというもの。
「で、大陸魔力制御計画ですけど、その中心となる魔法陣が、おそらく四重環魔法陣なんですよね、、、。それが作れないんですよ。」
「あの、、四重環魔法陣とは、、、?」
「、、、私も昔、同じことを聞きました。」
レーミアさんはそういうと、少し長い羽織物を脱ぎ、首元を見せてくれた。
「これは呪詛の紋章、私にかけられたものです。目的、呪詛者、詳しい効果は不明ですが、解呪不能であることが確定しています。」
結局私の呪詛は、呪いの情報量が多すぎるがゆえに、呪詛を説くための魔法の情報量が魔法陣に入る量を超え、現在制作できる限界である、二重複─二重環魔法陣では処理できない。
「で、、、それと魔制計画がどうかかわるのでしょうか、、、」
「この呪詛は情報量が多いです。ゆえに、魔法陣で処理できません。大陸はこの呪詛の二倍以上の情報量を持ちます、、、ここまでいえばわかりますか?」
「大陸という広大な大地の情報量を処理できる魔法陣を作ることができない、、、ということですね、、、。」
「でも、伯爵がどうしてもっていうなら、、、、」
「お願いできませんか?」
「じゃあ、、、、誠意とか見せて。」
「靴でもなめましょうか、、、足のほうがいいですか?」
「お前は実際にそういうことする人間なんだよな、、、じゃあ、、、、」
第五章 帝国魔法協会
帝国歴二七八年 帝国立組織 帝国魔法協会本部にて
「では、定例会議を始めます。最初に、本部長アリカル様。」
「えっと、、、定例会議を始めるの。今回の議題は、魔制計画についてなの。」
「そのことですが本部長、魔制計画はさすがに無謀なのでは、、、」
「それなの、私の知り合いに、ちょっと面白い子がいるの、、、、」
レーミア、貴方なら、四重環魔法陣が作れるかもしれないの、、、
貴方が見せてくれた捻じれ魔法陣は今は円形状魔法陣という名称で浸透してるの、、
貴方は魔法陣に情報を詰めるのがうまいの、、、、
だから、貴方なら、、貴方しか、、ないの。
「リーベル侯爵、レーミアって知ってるの?」
「えぇ、存じております。ただ、そんなに抜きんでた人間という印象は、、、」
「あの子は地味だから、仕方ないの。」
「では、つれてまいります。他に誰か、、、」
「じゃあ、、彼奴らもつれてきてもらうの、、、」
「彼奴らというと、、、、あぁ、いつもお話に出てくる方ですね。」
「よろしくお願いするの、、、楽しくなりそうなの、、、。」
侯爵は人脈が広く、数日もすれば魔法協会の本部には五人の魔女が集まったの。
「みんな久しぶりなの。」
「久しぶり。」
「で、魔制計画って、、、正気?」
「レーミアはちょっと焦りすぎなの。今は昔話に花を咲かせたい気分なの。」
「それはそうだね、、、。島の話でもする?」
その日は、魔法協会の来賓室で一泊した。
夜まで島の話をしているリージュとフォルシア、アリカルを横目に、フェリアと私は来賓室に置いてあったお茶を飲みながら魔制計画について話していた。
「で、、、魔制計画って、具体的に何をするんです?」
「アリカル様から説明がまだでしたね。ご説明いたします。あ、あと私にはタメで構いません。立場は皆さんの方が上なので。」
「でも、君のほうがおそらくたくさんの魔法を使えるよ?」
「そんなことはないと思います。まだ上級魔法くらいしか使えませんし、、、」
「私は中級魔法も使えないよ。」
「そう、、、なんですか。だからアリカル様はあなたを不遇だとよく仰るのですね、、、。」
「そうなの。レーミアはもっと評価されるべきなの、、、、」
私はとても悲しかった。
レーミアが久々に私の工房を訪れた。十二年ぶりだった。
彼女が立体魔法陣−二重環−重環重複を魔石内部に刻む方法についての論文を作った時、彼女は論文を私に渡し、発表して欲しいと言った。
その研究はレーミアが発表するべきだ、と言った私に、
「魔法もろくに使えない半人前以下の魔女の論文なんて誰も見ないよ。」
と。私はあの論文を発表したこと、今も、、、、
「あなたがあの論文を発表するべきだった、、、」
「いいよ。私はアリカルが立派になって嬉しいよ。」
「そうじゃないの、、、、」
「あの立体魔法陣によって、今まで難しかった崩壊病の治療ができる様になったの。」
「それが?別に崩壊病程度じゃ、、、」
「崩壊病で一年に死んだ人間、平均で千人なの、、、」
「で、、?」
「それを救う発明だったの。私はその功績が認められて魔法協会の本部長になったの、、、。」
「そう。別にそれがどうとかないでしょう?」
「あなたが、、、あなたが発表するべきだったの。」
「私は、、、魔法も使えない魔女。魔女にとって魔法は必須だよ、、、。」
「だから仕方ないって、そう言いたいの?」
「そうだけど。」
「紅茶淹れましたよ。」
フェリアはそう言ってお盆に乗ったカップを机に移した。
「そうなの、久々にあったのにこういう話題は良くないの。」
「そうだね、お茶でも飲みながらゆっくり話そうよ。」
その夜はいつもよりも長く感じた。
第六幕 魔制計画
「ようやく起きたの、大丈夫なの?良く眠れたの?」
「まぁ、ソファでも意外と眠れることがわかったよ。」
アリカルはそう言って今日の予定が書かれた紙を手渡した。
「そっか、今日から本格的に、、だよね。」
「そうなの。」
「本当にやるんだね、、、冗談だと思ってたけど、、、」
魔制計画実行委員会が立ち上げられたのはその日の午後。
その日の夜には一回目の会議が始まった。
「結局なんにも決まらなかったの、、、」
「そう気落としするなよ、まだ一回目だろ?」
「そうですよ、アリカル様。」
「リージュ、、フェリア、、、って、レーミアとフォルシアは?」
「フォルシアはさっき呪いの急患が入って、相手してるぜ?」
「レーミア様は、、、どこでしょう、、、。」
魔法協会本部の中にある工房を借りることができた。
魔制計画を実現する方法はなんとなくわかっている。
「魔力を全て一箇所に集約、再分配する。」
言葉にするのは簡単だが、正直難しい。
範囲を大陸全土にするためには最低でも三重環魔法陣、下手すれば四重環魔法陣が必要になる。
「どうしたもんか、、、」
とりあえず小規模なものを作って、実現できることを示して、、、
「あぁ、、、もう面倒で、、、やんなる。」
そもそも三重環魔法陣自体作れるかわからない。
四重環なんてどうやって作ったらいいか、、、
「小規模なものなら、普通の魔法陣で、、、」
「やっぱりここだったの。」
「アリカル、、、どうしたのさ、急に。」
「別に?で、レーミア、一体何を思いついたの?」
「何って、別に何も、、、」
私、知ってる。レーミアはこういう時大体、、、
「何を思いついたの?」
「えっと、、、魔制計画なんだけどね、、、、」
アリカルと過ごした時間は大体百年?
やっぱり隠し事は難しい。
「そう、、、確かにその方法なら現実的なの、、、でも、、」
「そう。範囲拡大が問題になる、、、」
「一旦小規模なものを作るの、、私も手伝うの。」
「そうだね。よろしく頼むよ。」
試作機が完成したのはその日の夜だった。
「ようやくできたの、、、」
「この規模でこれだけ苦戦すると思わなかったね、、、」
情報量自体は少ないのに、魔力を分配する魔法陣の複雑さが異常で、苦戦した。
「これ、魔法陣が魔力に耐えられるかも不安なの、、、。」
「一つの魔法陣に複数の強化をかけないとか、、、核は一つなんだなんだけど、、」
「一つの魔法陣に核を二つ入れるのは無理なの?」
「無理じゃないかな、、、核がいくつもあると、魔法が内部で分裂して発動した覚えがあるんだよね、、、。そもそも、核を増やしても環に入れられる情報量変わんなくない?」
「そうだったの、、、環に沢山情報を入れるのが必要だったの、、、」
魔法において、環というのは一つの文章のようなものだ。
効果、対象。その情報は環の中で完結させなければならない。
ただ、環というものにも詰められる情報量が限られてくる。
ゆえに、らせん状にして入れられる容量を増やしたり、そもそもの情報量を減らしたり、環と環の間をつなぐ魔絲を利用して情報を詰め込んだりしている。
「何重環魔法陣作ればいいんだろ、、、、」
「私は四だと思っているの。」
「そう、、、やっぱり厳しいね。」
「この話辞めたいの、、、流石に気滅入っちゃうの、、、」
「そうだね、じゃあ、試作機は明日の会議で見せる感じで。」
アリカルはその後、ご飯を食べに誘ってくれて、魔法協会の食堂で一緒にいろいろなものを食べた。
アリカルは仕事があるから、と夜遅くになるのに、スープとパンに手をつけてすぐにどこかへ行ってしまった。
「アリカル、、、自分のこと大切にできないタイプだからなぁ、、、」
何かと不安ではあるが、昨日と比べて寝床がマシになったことと、お腹いっぱい食べたことですぐに眠ってしまい、気づいた時にはだいぶ日が登っていた。
「アリカル、もう会議って始まってる!?」
「いや、大丈夫なの。だいぶ急いでるみたいなの、、、」
「久々に結構寝ちゃってたからね、、、。」
「まぁ、確かに結構寝てたの、、、、リージュが頬をつねって遊んでたの。」
「ちょっと絞めてくる。ここで待ってて。」
「、、、リージュ、レーミアは出て行ったの、、、」
「ありがとう、助かったぜ、、」
「誰が助かったの?」
「あぁ、レーミアの頬をつねってたのがバレてな、、、!?」
「そうなんだ。で、どうだった?私の頬は。」
「、、、柔らかかった、、、です、、、。」
少しだけ腹も立ったが、、、、
「ちょっ、、、いたいぃ〜〜」
「仕返しです。頬をつねって遊ぶのはいいですけど、許可くらいはとってください。」
「うぅ、、わかったよぉ、、。」
会議が始まるまで時間が少しあったので、フォルシアを誘って魔法協会の所蔵庫の探索に出かけた。
「当たり前だが、、、めっちゃ本あるな、、、」
「それはそうだろうね。魔法協会本部はおそらくこの大陸で最高峰の魔法研究施設だよ。」
「そっかぁ、、、というか、古代言語久々に見たな、、、」
「大陸に人間が入って来る前に住んでいた人間の言葉だよね。」
「先住民族の言葉ってことだな。」
どうやらこの時代の人間はこの言葉を読めないらしく、読めるのは私のように長生きなものと、古代言語について研究している学者くらいらしい。
「にしても、先住民は本当にこれで会話できてたのかね。」
「それは時々思うな。単語少ないよね、、、まぁ、主に記録用なんじゃない?」
「あぁ、それで形状とかは単語としてあるのね、、、。」
おそらく古代は後世に何かを伝えるために言語を使っていたのだろう。
「レーミア、これ見て。」
「何?って、これ私が書いた本じゃん、、よくあったね、こんなもの。」
「アリカルが作ったことになってるけど?」
「あぁ、これね、、、」
第七章 魔女の研究
「私が作った論文の数は大体二百個。まぁ、内容はピンキリだね。」
「そんなに!?でも、レーミアの作った論文ってあんまり見ないような、、、」
「じゃあ、質問を変えるね。魔女の中で一番論文が多いのは誰?」
魔女の中で論文が一番多い、、、。
私も比較的あるが、それでも数百年かけてできたのは九十個ほど。
一番多いのは、、やっぱり、、、
「アリカルなんじゃない?」
「そうだね。魔女アリカル、論文の数は二百八十以上だよ。」
「魔法協会のこともあるのに、、、大変だね、、、!?」
「気づいた?協会と研究の両立なんてとてもできたものではない。」
「それに、研究の内容も途中から魔石に関するものが多くなったような、、。ほら、魔法陣の重環に関する研究の第一人者って言われるけど、本部長になる前は戦闘魔法の研究が主だったよね。」
「そうだね。」
「もしかして、、、、」
「想像の通りだよ。」
「アリカルの研究のどれだけが、、、?」
「魔石に関するものは大体私のもの。でも、私が発表しても見てくれる人はいないから。」
「あぁ、、、お前ってやつは本当に、、、」
フォルシアは少しだけ怒ったような顔をしていた。
「魔女が論文を作る意味って何かわかるか?」
「自分の研究を世に広めるため?」
「そうだ。魔女っていうのはみんな、、とは言わないが魔法が好きで、だからこそ自分の研究に誇りを持つ。他者の研究には敬意を示し、そこから多くを学ぶ。」
「そうだね、そういう時代もあった。」
「、、、確かに、今の時代では魔女というのは戦闘用の魔法が使えれば尊敬される。」
「私は名ばかりの魔女。私の研究なんて、ガラクタ同然だよ。」
「だから、、、お前には何を言っても無駄だな、、、。」
フォルシアは少し呆れたように言った。
「自分の研究は大切にしろ。魔法が使えないならなおのことだ。」
「なんでさ。私の研究なんて誰も見ないのに。」
「お前から研究をとったら、魔女として何が残るんだ?」
「さぁ、、なんだろうね、、、、」
「というか、フォルシアの研究もあったよ。」
「なんの研究だ?あぁ、これか、、、。」
その本のタイトルは“解呪不能の呪いに関する考察”だった。
「解呪不能ねぇ、、、」
「そ、あんたの呪いは結局解けないよ。情報量が多いし。」
そう言ってフォルシアは私の首元に手を当てた。
「いいよ。別に解く気もないし。」
魔法協会本部の所蔵庫というものはいろいろな本を収蔵していて、見飽きない。
フォルシアと一緒に研究論文を読んだり、みんなの論文を読んだり、、
「フォルシアさん、レーミアさん、、、会議まであと少しです!」
「フェリア、、って、もうそんな時間!?」
「ちょっとやばいな、、とっとと行くぞ。」
「まだこの本読めてないんだけど、、、」
「明日も来ればいいだろ。付き合ってやる。」
「、、、そうだね。」
フォルシアらしくない言葉に少し笑みが溢れた。
「何がおかしい、、私だってたまにはこういうこと言いたい。」
「いや、なんでもないよ。行こうか。」
試作機も完成したし、会議でみんなに見せて反応を見る。
魔制計画はとても大規模な計画となる。
初期の案は今後の計画に大きな影響を及ぼすだろう。
「こんな案が通るのかね、、、。」
「通らないことを前提に案を作ってるって話じゃないの?」
「そんなことも言ったかもね、、、」
「今は違うのか?」
「あんまり変わんないけど、、、いや、それは嘘になるかも。」
昔は自分の研究に自信が持てなくて。
公爵とか周囲の人に研究を見てもらって。
そのうち、周囲の人は私の研究をすごいって言ってくれて。
でも、それでも、私はやっぱり半人前以下の魔女だから。
「アリカルが私の研究を発表して、それが認められた時、私じゃないのに、ちょっと嬉しくなれたから。アリカルも私のことすごいって言ってくれたし。」
「皮肉なもんだな、、、」
「そうかな。私はこれでも今は楽しいよ。」
「フォルシア、レーミア、会議はまだ始まってないの。」
会場の扉の前にはアリカルが立っていた。
「よかった、間に合ったんだな、、、」
「こんなギリギリって、、、もう少し時間には気を配ってほしいものなの、、、。」
アリカルは少し呆れたような顔をしたが、少しだけ笑みを溢した。
「どう?魔法協会本部所蔵庫は私の全てなの。」
「全てって、、大袈裟な、、、」
レーミアは苦笑いをしながら会場に入っていった。
フォルシアはその場で立ち止まってこちらを向いた。
「私は碌な研究もできないような魔女で、正しいと思うことを結局できないまま、、、楽な方へと逃げてばかりなの。」
「本当に皮肉なもんだな、、、魔法とか、世の中っていうのは、」
「本当にその通りなの、、、。」
第八章 試作一型
「今回の会議の前に、自主的に試作機を作ってきてくれた人がいたの。」
一回目の会議からそう日も離れていないし、その試作機も結構なクオリティだったからだろうが、会議に出席していた魔女や貴族は驚いていたように見えた。
「会議で試作機を見せることになるよね。多分」
試作機が完成したとき、彼女はそういった。
「そうなの。試作機は見せるべきだと思うの。」
私は、フェリアが持ってきてくれた紅茶をカップに注ぎながら答えた。
「制作者はアリカルってことにしておいて。」
彼女はいつも通り、というようにそう言った。
「なんでまた、そういうの、、、。」
「私なんかが作った物を見せたらおこがましいでしょう?」
また、いつも通り、というように、そう言った。
「そんなこと、、、、」
言いたいことはあっても、それが喉に閊えて言葉にならない。
「一つ質問をよろしいでしょうか。」
「何なの?クォルフィ伯爵。」
「この試作機を作った人間はだれなのでしょう。」
「それは、、、、」
レーミアのほうを見た。
何も知らないかのような顔で魔導書を読んでいた。
「私なの。」
「嘘ですよね。」
「、、、、そうなの。なんでわかったの、、?」
「この試作機に使われている材料、おそらく竜の類の骨ですね。」
「そうなの、、、それがどうしたの、、、?」
「レーミアさんの工房に置いてあったんですよ。確信しましたよ。あの竜の骨には特徴的な黄褐色の斑模様がありましたから。」
「正解なの。クォルフィ伯爵、、、」
レーミアは表情を一切変えずに本を読んでいた。
「レーミア、これは貴方のほうが理解してるの。」
「アリカルさぁ、、、どうしてすぐに認めちゃうかな、、、いいよ、ちょっと待ってね。」
魔女レーミアというおそらく多くの人が聞きなれない魔女は壇上へと上がった。
「きっとみんな驚くの。」
「そうだな、あんなやべえのが眠ってたなんてってな。」
レーミアは少しだけ息を整えて話し始めた。
「では、この試作一型についてご説明いたします。」
アリカルが構造についてちゃんと説明できるように、原稿のようなものは作ってあったので、それを読みながら、随時注釈することにした。
まぁ、内容なんて簡単なものだ。
全体に配置した魔法陣で魔力を吸収し、中央の制御装置へ魔力を転移させ、それを再分配し、もう一度魔法陣から放出する。
魔法陣の構造は難しかったが、それ以外は特に難しいことはない。
「以上で説明を修了します。質問などありますか?」
「では一つ良いですか?」
「構いませんが、、、まぁ答えられないこともないわけじゃないのでご了承ください。」
「効果範囲はどの程度でしょうか、、、」
「今の状態では魔法協会本部内が限界です。今の技術力で出せる限界量でも、大陸の二万分の一でしょう、、、。あと、魔法陣の強度も心配になります、、、」
「ありがとうございます。」
そうだ、、、まだ効果範囲が小さすぎる。
魔制計画は大陸全体の大気中の魔力量を大体同じにして、魔力による災害を防ぐことを目的としている。魔物の異常発生、魔法植物の大量増殖、他にも様々な魔法災害がある。
大陸全体の中で魔力にムラがあると魔力による災害は完全に防げない。
そう考えると、一つの制御装置で大陸全体を賄うことになる。
そうなると、、、、
「確実に環の情報量は多くなるだろうな、、、」
環というのは魔法陣の一部分を指す言葉で、魔法の効果、範囲を決めるものだ。
一つの術式は環の中に入れなければならない。
そのため、魔法の情報量が多くなる場合は、環に入りきらないため現段階の魔法技術では作ることができない。
大陸全体を範囲にしようとしたら凄まじい量の情報を環に入れなければならない。
「あの、質問いいですか?」
「はい、構いませんよ。」
「なぜアリカル様がやったことになっていたのですか?」
「あぁ、これは、設計がアリカル様だからです。私はその設計のもと作っただけなので、アリカル様が作ったことにしました。そのほうが構造とか突っ込まれにくいとも思ったので。」
「そうですか、ありがとうございます。」
会議はなんだかんだで終わり、試作品をもとに魔制計画の制御装置を作ることが決定された。
「アリカルさぁ、、、なんでそう簡単にぶっちゃけちゃうかなぁ、、、」
「それは本当にごめんなさいなの、、、私はあなたが正当な評価を受けて欲しくて、、、」
「お心遣いは嬉しいけど、、、、」
まぁ、終わったことはなにを言っても仕方がないだろう。
「ちょっと今日は疲れたね、、、、」
「そうなの、、、あ、本部の近くに美味しいスイーツ屋さんあるの。」
「そう、一緒に行く?」
「そうするの、、フェリアも連れていっていいの?」
「構わないよ。フェリアを探しに行こうか。」
第九章 妬まれ者
魔制計画の会議が数回ほど行われ、だいぶ構想がまとまってきた。
そして、課題も見えてきた。
「今の所の最重要課題は、制御装置の魔法的構造、制御装置の防備、そして魔力収集散布用の魔道具を設置する場所の三つなの。」
課題に対処するべく、それぞれの課題に数人の魔法研究職で対処することとなった。
「まず、どの課題に誰を配置するか決めるの。」
そういうと、アリカルは会議に出席している全員に紙を配布した。
「私はこれで行こうと思っているの。何か意見や質問がある人はいるの?」
「えっと、質問よろしいでしょうか?」
「なんなの?」
「この魔女レーミアという者を最大の課題である四重環魔法陣に充てた理由はなんでしょうか。アリカル様やフェリア様、リージュ様などたくさんの優秀な魔女の皆様がいらっしゃるのに何故、、、」
「簡単な理由なの。レーミアが四重環魔法陣を作れる可能性が一番高い魔女だからなの。」
「、、、それはどういう、、、」
試作品を発表した会議の後、アリカルの発案で喫茶店へ行った。
「なぁ、今後どうするんだ?アリカルの研究について」
「そうなの、、、流石に本当のことを言うと私の立場が、、、」
「あの、、、なにがあったんですか?」
そういえば、フェリアはこのことについて知らないのか、、、、
「私の研究は、穂天度がレーミアのものなの。」
「それはどういう、、、」
アリカルは包み隠さず全てを話した。
フェリアは、少し驚いていたようにも見えたが、わかってくれたようだった。
「確かにそれは問題ですね、、、本当のことを言うとアリカル様の立場は確かに危うくなります。ですが、今後レーミア様のお力をお借りする時に口実がありませんものね、、、」
フェリアは少し考えていたが、何か思いついたように口を開いた。
「では、こうするのはどうでしょう。えっと、、、、」
「理由を説明するの。まず、私の研究の殆どの試作品を制作したのはレーミアなの。レーミアは、魔法に関する知識は少ないけど、魔石の加工技術は凄まじいの。」
「あぁ、そう言うことですか、、、構造はアリカル様などが考えて、その制作を魔女レーミアが行う、、、と言うことですね。」
「その通りなの。後、レーミアは魔法が使えないけど、魔女としては崇敬に値すると思ってるから、様くらいつけてもいいと思うの。」
「それは申し訳ありません、、。」
会議によって、私は四重環魔法陣の制作チームに配置されることが決定した。
「あの魔女レーミアとやら、少しアリカル様に贔屓されすぎでは、、、?」
「噂ではレーミアはアリカルの幼馴染らしいぞ。それでか、、、?」
「気に食わねぇ、、、、、」
工房に戻ってしばらくすると、戸を叩く音がした。
「申し訳ねぇんだが、俺に剣を拵えてくれねぇか?」
戸を開けるとガタイの良さそうな男がいた。
「剣ですか、、、具体的にはどのような、、、」
「俗に言う魔剣というやつだ。この辺の剣を使って作って欲しい。効果は、、強ければいい。」
見ると、そこには上質な剣が三本ほどあった。
「まぁ、魔剣は作ったことがないのですが、、、やるだけやってみます。」
私がそういうと、その男は「頼んだぞ、二日後に来る。」と言い残し、去ってしまった。
「相当反感買ってますね、、、」
「フェリアもそう思う?」
上質な剣を使わせたのは、もし魔剣化が失敗し、剣が破損したときに、言い草にするつもりだろう。
「じゃあフェリア、私は作業するから、この部屋の外に出てくれる?」
「手は多いほうがいいのでは?」
「少し考えがある。二日後の朝、この部屋の前で立っててくれない?」
「はぁ、、わかりましたけど。」
あれから二日が経ち、私は約束通りレーミア様の工房の扉の前に立っている。
工房には凄まじい強さの結果が張られており、とても入れそうにはない。
「嬢ちゃん、レーミアに用事かい?」
「まぁ、そんなところです。ただ、朝から強い結界が張られていて、工房の中に入れそうにないんですよね、、、。」
「そうなのか、、入れないのか?」
「はい、、、、この結界はおそらく、アリカル様が作った簡易結界装置によるものです。その効果が切れる一日半の間、その効果範囲内への出入りはできません。」
「そんなものがあるのかい、、出入りは確実にできないのかい?」
「はい、、、アリカル様曰く、この装置は遥か古代のものらしく、そもそも結界の種類が現代のものとは違うのです、その解析ができない以上、この結界は破壊する事も、中に入る事もできません。」
「そんなもの、どうやって作るんだい?」
「作り方は簡単なのです。とある場所で採取される特殊な鉱石には、魔力を込めると周囲に強力な結界を張るものがあります。これはおそらく、古代の遺跡がなんらかの要因で鉱石となり、遺跡にかけられていた魔法を引き継いでいるから、と言われています。で、その鉱石の効果を増幅させただけの装置なので、制作は簡単なのです。」
「要するに、古代の遺跡が鉱石になって、その鉱石で強い結界が張れるってことでいいか?」
「左様に。にしても、、どうしたものか、、、」
そんな会話をしていると、工房の結界が解けた。
「解けましたね、結界。」
「そうだな、、」
男は結界が解けると、工房の扉を叩いた。
「一昨日の俺だ。例のものはできたか?」
すると、工房の中から足音が聞こえ、扉が開いた。
「まぁ、作ってみましたよ。三本ほど。」
扉を開けたレーミア様の手には魔剣が三つほどあった。
「、、、効果は、、、」
「三本とも炎属性、水属性、風属性の中級魔法を纏えるように、あと剣の強化もしてある。」
「、、、まぁいい。お代はこれでいいか?」
そう言って男はほぼ空同然の小袋を投げつけた。
「いや、お代はいいかな。別に。特にすごいことはしてないし。」
「そうか、、、、」
男は少し驚いたように、そして少し気に食わないように剣を受け取り、帰っていった。
「よかったのですか?」
「まぁ、よかったんじゃない?」
にしても、まぁ妬まれるよな、、、、
「ぽっと出の魔女がアリカルに贔屓されてるってなれば、ねぇ、、、」
「そうですね、、今後レーミア様を対象として色々面倒ごとをふっかけてくるかも、、」
「どうしようかねぇ、、、」
まぁ、どうしようかと言ったところでどうすることもない。
妬まれようが、反感を買おうが、例え虐げられようが、すべきことに変わりはない。
「どうせ魔制計画を受けた以上、頑張っていくしかないし。」
「それもそうですね。レーミア様には期待していると、アリカル様も仰ってましたし。」
「そういうのプレッシャーっていうんだよなぁ、、、本人に言ってないだけマシか。」
「本人には言わないほうがいいって、私も言ったはずなの?」
「アリカル様!?申し訳ありません、、、」
「謝るのは私ではないの。レーミアは昔からプレッシャーとかかけられるの嫌いなの。」
「レーミア様も申し訳ないです。」
「大丈夫だよ、別に。」
そういえば、アリカルに聞きたいことがあったんだ、、。
「フェリアって、アリカルの弟子にあたるんだよね?」
「そうなの。優秀な私の弟子なの。」
「フェリアってやっぱり優秀?」
「そうなの、なんて言ったって、結界式魔法陣の発案者なの。」
「フェリアってそんなすごい人だったんだ、、、丁寧語使お、、」
「私の弟子は超すごいの。世界一なの。」
俗にいう弟子馬鹿か、、というか、アリカルが誇らしくすることか?
私は弟子を取るつもりなんてなかったの。
ただ、フェリアがあまりに優秀だった、私は彼女にある種魅了させられたのかもしれない、そう思うようになったの。
四重環魔法陣を作る際に問題になることに、魔石の強度と大きさがあるの。
元来の魔法陣は、魔石の内部に魔法陣を刻印することで、魔法を発生させていたの。
魔石の内部に作ることで、魔力が伝わりやすいからなの。
ただ、大規模な魔法陣を刻印しようとすると、大きな魔石が必要になるの。
それに、魔法陣があまりに大きく、流れる魔力量が多いと、魔石がそれに耐えきれずに割れたり、爆発したりと、魔石に魔法陣を刻印するのは少し難があったの。
だからこそ、結界式魔法陣に精通した人間が近くにいる必要があったの。
第十章 親睦会
四重環魔法陣の制作メンバーが決定して数日。
アリカルの工房で親睦会が行われることになった。
「私も行かなきゃダメ?」
「当たり前なの。レーミアは最重要な人物なの。」
「そう、、、まぁいいや、メンバーって言ったって、昔の顔馴染みじゃんね。」
「それは、、、、そうなの。」
「仕組んだ?」
「仕組んでないの。」
アリカルはそう言ってアリカルの工房へ行くように促した。
「仕組んだ?」
「仕組んでないの。」
アリカルの工房に連れてこられたのは親睦会の準備のためだった。
「他に人は来ないの?」
「まぁ、親睦会やるって伝えたのはレーミアだけなの。」
「ドッキリとかその類ってことか、、、」
なんとなく事情もわかったので、準備に取り掛かることにした。
「これは、、、壁に貼り付けろってこと?」
「そうなの。昨日つくっておいたの。」
そこには、魔法陣制作チーム親睦会と書かれた大きな布があった。
「こんなもの作るって、、、暇なの?」
「べ、、別にそんなことはないの。私が余裕のある大人なだけなの。」
「ふーん、、そういうことにしておいてやろう。」
「なんか釈然としないの、、、」
部屋の装飾は数時間ほどで終わった。
「あとは何を準備するんだ?」
「親睦会で振る舞う料理とかなの。まぁ、それは私がなんとかするの。」
「そう、私も手伝うよ。どうせ暇だし。」
そう答えると、アリカルは「覚悟しておくの。」と言い、戸棚から大きな木箱を取り出した。
「それは?」
「レーミアにも馴染み深いものだと思うの。」
そういうとレーミアは木箱を開け、中身をこちらへ見せた。
「あぁ、、、、覚悟決めたわ、、、」
「すごいですね、、、この料理、、、」
「私たちがもともと住んでいた島の料理でね。お祝いの席で食べるんだ。」
親睦会当日、アリカルの工房の机には沢山の料理が並んだ。
どれも昔よく食べていた島の食べ物だ。
親睦会に来たメンツは、私、アリカル、リージュ、フォルシア、フェリアと、、、
「なんか顔馴染みばかりなのだけど、、、」
「それは、、、まぁ、、、一旦スルーなの。」
アリカルはそう言って話題を逸らした。
「で、、、親睦会って結局料理を食べるだけなの?」
「いや、色々考えてあるの。」
そういうとアリカルは外套のポケットから何かを取り出した。
「それは?」
アリカルの手元には小さなネックレスがあった。
「クイズ大会の景品なの。魔法に関するクイズを出題して、正解数が多い人にプレゼントなの。」
ネックレスには魔石が嵌め込まれていて、魔法陣が刻まれていた。
おそらく、魔力の循環を発生させる魔法陣だろう。
「クイズ大会か、、、楽しそうなもんじゃない。」
「そうですね、やりましょうか。」
私はお酒をあまり飲めないのだが、親睦会となるとみんなお酒を飲み始める。
途中からみんな酔い始め、クイズ大会は私の圧勝で終わった。
「そっか、フェリアも一応お酒飲めるんだね、、、」
「エルフなので、、、こう見えても、大人です、、、、」
エルフという種族の寿命は凄まじい長さだと聞く。
フェリアも私たちより年下と言うだけで、人間からすれば十分長生きなのだろう。
みんなが泥酔して特にすることも無くなったので、残った料理を食べることにした。
「やっぱり懐かしいね、この味は。」
昔のことを思い出す。このケーキは、島で取れる実を酒につけて、乾燥させた豆や香辛料と一緒に生地に練り込み焼きあげたものだ。
私はこれが好きで、誕生日の時にはアリカルが一緒に作ってくれた。
実を酒に漬けるのは重労働で、アリカルくらいしか手伝ってくれなかっただけなのだが。
アリカルの工房の中はあまりに静かで、みんなの寝息と私の咀嚼音が聞こえるだけだった。
「これからどうしよう、、、」
お皿は一通り洗って、することもなくなったのでアリカルがため込んだ魔導書を読んで時間をつぶすことにした。
胴に少し異和を感じて瞼を開いた。
見ると、私の胴には薄い毛布が絡まっていた。
「相変わらず気が利くの。」
「あぁ、アリカル、おはよう。よく寝れた?」
「まぁ、、、みんなまだ寝てるの、、、」
「そうだね、アリカルが最初に起きた。」
アリカルは暫くの間眠そうにしていたが、何か思い出したようにこちらを見た。
第十一幕 四重環魔法陣
親睦会から二日がたった。
四重環魔法陣制作チームはアリカルによって集められた。
「で、今日の要件なの、、、」
親睦会の後、みんながまだ寝ていたとき、アリカルは私に相談があるといった。
「四重環魔法陣の政策に関してなの、、、ちょっと課題が多すぎるの。」
「そうだね、チーム内で課題をだれが処理するか考えるべきじゃない?」
「それはそうなの。役割分担なの。」
アリカルは、基本的に何でもできるし、この中だとおそらく一番魔法陣の制作方法を確立できる可能性が高いだろう。
リージュは、特に何ができるなどはないが、魔力操作、観測に関してはこの中で秀でているところがあるから、そういったところにつけたい。
フォルシアとフェリアはなんだかんだ仲がいいし、そこは同じにするとして、、、
「フォルシアとフェリアで結界魔法陣での高度な魔法陣制作についてやるのは問題ない?」
「問題ないの。そこは確定でいいと思うの。」
「問題は私とリージュと、アリカルか、、、」
「そうなの、まぁ、私が四重環魔法陣は作るの。」
「私も手伝う?」
「問題ないの。私だって一人前の魔女名乗ってるんだからこれくらいはやってみせるの。」
「わかった、じゃあ私とリージュで魔法陣の強化を担当するね。」
「お願いするの。このことはみんなが起きたら伝えるの。」
「そうだね、それでいいと思うよ。」
アリカルによって集められた魔女たちは少しだけ疲労をまとっていた。
「研究報告会にするけど、、、問題ないの?」
みんな特に反応がない。おそらく問題はないだろう。
「じゃあ、私から行くの。」
アリカルはそういって、紙に転写魔法を使った。
「こんな感じで四重環魔法陣を作れないかと思ってるの。
四重環魔法陣が実現不能とされている理由について、魔法陣の構造の複雑性と、情報量や魔力に魔法陣が耐えられないことがあげられる。
「複雑な構造だけど、、、こんな感じで重環魔法陣を合成することで作れないかと思ってるの。これはレーミアの高度な魔法陣制作技術にかけたものなの。」
「なんかすごい面倒なこと持ってきた?」
「、、、そんなことはないはずなの。」
一通り目を通したが、アリカルの研究はやはり見やすいというか、、、
「アリカルはやっぱすごいね、、、わかりやすいわ。だいぶ。」
「そんなことはないの。質問とかあるの?」
暫くたっても返答がなかったためアリカルは私とリージュに発表するように促した。
親睦会翌日、私はリージュの工房に呼ばれた。
「で、、、なにからはじめようね、、、」
「そこだよね、、、、」
正直な話、四重環魔法陣、特に今回作る魔法陣の強度を上げる方法が今までと違いすぎて何から取り掛かったらいいのかが全く分からなかった。
魔法陣の強度は、魔法陣が刻まれている魔石の強度に依存する。
魔性計画で使う四重環魔法陣は、結界式の魔法陣であるため、結界を強くすればおそらく強度は上がるのだろうが、、、
「取り敢えず、結界式重環魔法陣の結界の強度を変えて崩壊した魔力の量をしらべよう?」
「そうだね。じゃあ魔力量の計算は頼んだよ。」
「あいわかったよ!」
実験の結果、結界の強さと魔法陣の強さには確かに相関関係があることがわかった。
「でも、思ったより強化が弱いというか、、、」
「そうだよな、、これだと大陸中の魔力に耐えられるだけの魔法陣を作ろうとすると、すさまじい結界魔法を作らないとだけど、、、」
リージュの計算によると、結界の強さを凡そ十倍にしたとき、魔法陣の強さは凡そ二倍となる。強さが凡そ二倍となった魔法陣でも、耐えられる魔力量は七千Ms程度だった。
Msは魔力の単位で、一Msが一立方cmの魔石が含有する魔力量だ。
「大陸全体の魔力量ってどのくらいだっけ、、、」
「確か前に計算したとき、、、なんだっけ、、、」
リージュはそういうと外套のポケットから手帳を取り出して頁を捲った。
「あったあった、大体ねぇ、一・七EMsだね、、、」
「、、ってエクタだから、、、」
「あんまり使わない単位だよな、百七十京だな。」
つまり、この魔力量に耐えるために結界は、、、
「ねぇ、リージュ、、、結界は何倍の強さに、、、」
「いや、計算するまでもないよね、、、無理だよ。」
「、、、どうする、、、?」
「、、、どうしようか、、、」
結界による魔法陣の強化が厳しいことがわかった。
それによって、現在ある方法での強化が厳しいことがわかった。
「って感じです。」
「なんか、、、大変かもしれないの、、、」
「結界魔法陣じゃないとだめなんだっけ、、、」
「四重環魔法陣を刻めるだけの大きさの魔石が用意できないの、、、」
さて、、、どうしたものか、、、
結界魔法陣のほうは問題ないらしく、重環魔法陣までなら余裕で刻めるようだった。
「一番の問題は、魔法陣の強度なの。」
「そうよね、、、あてもないよね、、、」
「ちょっといろいろ探してみるかも。」
先に息抜きでもしようかな、、、
最近は研究詰めしていたし、新しい手法を得るときは案外魔法以外のことをしているときだし、、、リージュと一緒に行けそうな場所、、、
「リージュ、ちょっとお出かけしよう?」
「いいけど、、、研究はいいのか?」
「こういうのはなんか全然違うことしてる時のほうが思いつきやすいんだなぁ。」
アリカルに相談した結果、しばらくの間は四重環魔法陣の作り方もわからないし、今のうちに息抜きしておいた方がいいという話になり、私とリージュは一日休暇をもらえることになった。
第十二幕 魔女の休日
「休日をもらったはいいけど、何する?」
「することなんて特にないよね、、、本当に何しよう、、、」
リージュの工房ではフェリアとフォルシアが結界魔法陣の研究をしていた。
「いっそフェリア達の手伝い、、、」
「それはダメです、休日くらいゆっくりしてください。」
「そう、、、」
することは特にないので、気軽に外でもほっつき歩くことにした。
「どこ行く?この辺っていうと、、、何があるんだ?」
魔法協会の周囲には都市が広がっている。
行商が盛んで、魔法の研究が盛んで、交通が少し弱くて町の中に最近できた馬車鉄路は、或る時は輸送人数に耐えきれずにぎゅうぎゅう箱詰め、或る時は隣町の空気を隣町へお届け。
「町の中はやっぱり人が沢山いて落ち着かないね、、、」
「相変わらず人混み苦手よね、、、あ、そうだ。」
リージュは何かを思いついたように外套から手帳を取り出した。
「ここ、魔制計画の中央制御装置の建設予定地なんだけど、行ってみない?」
「大丈夫?森の中だけど、、、」
「まぁ、大丈夫じゃない?それよりもさきに、、、」
リージュはそういうとお団子を纏めていた杖を引き抜いてすっと腕を伸ばした。
「フォルシア、フェリア、結局ついてきてたのね、、、」
「、、、ばれちゃったか、、、」
そういったのはフォルシアだった。
「なんで見つかったんでしょう、、、」
「案外わかるもんなんだよ、、というか、君たちもお休みもらったの?」
「アリカル様に頼んでまいりました。アリカル様曰く、あの辺りはまだ魔物も多いので気を付けるように、、、と。」
「そう、ありがとう。じゃあ、行こうか。」
そういうとリージュは手帳に挟まっていた地図を広げた。
この町の近くに、大陸の凡そ真ん中に当たる平地があり、そこが制御装置を建設する予定地だ。
「まだあまり整備されてないって、話ですけど、大丈夫なのでしょうか?」
「多分大丈夫よね、私がいるし。」
リージュは魔法の研究は人並みといったところだが、魔術の才は凄まじく、大陸で指折りの魔法使いとして畏怖され、崇敬されている。
「それもそうだね、行こうか。」
建設地といっても、今はまだただの森の中といったところだろうか。
特に変わったところは見られないし、特別感も特にない。
「ここに制御装置ができるんですね、、、」
「そうだね、見た目とかって決まってるの?」
「まだ特には決まってないの。ただ、みんなでそういうのも話したいなって思ってるの。」
「そうだね、それはまたいつか話そう。」
森の中は本当に静かで、まるで誰もいないようだ。
「フェリアはこういう場所好きなんだっけ?」
「はい。リージュ様はこういった場所よりも賑やかな場所の方が好まれそうですが、、」
「そんなこともないぞ?レーミアと一緒に過ごしてた頃は毎日静かだった。」
そう、島での生活はとても静かだった。
時々くるお客さんに対応する以外は基本的に資源集め。
資源が乏しかった島ならではといった感じだろうか。
「そういえばレーミアは、、、」
「見てませんね、、、、、」
フェリアはそう言うと周囲の魔力を探知し始めた。
「近くに魔力の反応が一つあります、地下ですかね、、、。レーミア様達は、、、」
「あいつは魔力探知に引っ掛かんないよ。」
「そうなんですか?」
リージュ様は私の質問を聞くより先に走り始めた。
恐らくレーミア様は魔物と戦っているのだろう。
私はリージュ様の後を追いかけた。
第十三幕 魔法の使えない魔女
「フォルシア、無事?」
「なんとかね、、というかレーミアは大丈夫!?怪我とか、、」
「多少は、、、まぁ大体は大丈夫。」
この街やその周囲の森は大きなカルデラの中にできている。
そのカルデラとなった火山は未だに活動を続けている。
その熱によって地中に気体が発生する。
この森の一帯はその気体が地中に大きな穴を作っている。
「で、私たちはその穴に落ちた、、、と。」
「そう、ドリーネって呼ばれることが多いかな。」
ドリーネの中は魔物の巣になっていることが多い。
「フォルシア、早く戻ったほうが、、、」
「そうだね、じゃあ、、、、!?」
その日、二人の魔女は暗闇に浮かぶ二つの紅い宝石を見た。
「レーミア、あれって確か、、、」
「レリージュ・ハイメス、、紅い翔爪って別名もある。」
レリージュ・ハイメス
中型の魔物だが危険度はドラゴンに匹敵するとも言われる。
魔法に対する耐性はそこまでないが、物理攻撃はほとんど効かない。
毎年百人前後の死者を出し、指定魔法生物として討伐対象になっている。
「レーミア、、、どうするの、、」
「それはこっちが聞きたいかな。もうどうしようもないってのが感想?」
この生物にあった時、それは死を意味するといっても過言ではない。
「フォルシアってどうせ、魔法使えないでしょ?」
「、、お互い様だな。」
「そうだな、、、いや、そうじゃないかもな。」
レーミア、一人の魔女であり、特殊な呪詛をかけられたもの。
呪詛をかけたものも、呪詛の効果全てもわかっていない。
ただ、私の体は魔力によって崩壊しやすくなっている。
魔力というのは力だ。
もちろん体が耐えられない量の魔力が流れれば身体は崩壊する。
ただ、通常はそんなことは起きない。
人間の体は魔力に耐える力が強いからだ。
「ただ、私は違んだよね、、、」
レーミアという魔女にかけられた呪詛は、様々な効果を持つ。
故に情報量が多くなり、解呪は不能である。
そして、その呪いは少なくとも、不老不死である。
そして、魔力に耐える力を大幅に削ぐ呪詛でもあるのではないか、と。
「フォルシア、この手帳、持っておいて。」
「これってレーミアの研究日記だっけ、、、」
「ここには私の全てが詰まってる。」
この手帳は私の研究内容、今後行いたい研究など、私の研究の全てが詰まっている。
この手帳は結構大事なものだし、あんまり人に持たせたくはない。
ただ、そんなことを言えるような状態ではないのだ。
目の前の魔物は牙を此方へ向け、既に攻撃の準備は整っているようだ。
「フォルシア、先に行って。」
「嫌だ。お前を殺すわけにはいかない。」
そうだよな、優しいフォルシアはそういうと思った。
「じゃあ、どっかいって、、、」
魔法を使うのは二十年ぶりだろうか。
風属性魔法の初級魔法。
フォルシアは魔法が全く使えない。
故に、このくらいの強さの魔法も、彼女を吹き飛ばすには容易だった。
私は魔法を使えないんじゃない。
魔法を使うと体が崩壊するだけだ。
もちろんある程度弱い魔法なら、体は崩壊しない。
その限度は、中級魔法。
ただ、そんな魔法が、毎年百人ほどの死者を出す様な魔物に通じるはずもない。
魔法耐性があるとはいえ、上級魔法ほどの強さがなければその体は貫けない。
「身体の崩壊もあるし、、」
魔法二発以内で仕留めなければこの魔物は私を喰い、陸へ上がる。
フォルシアが襲われるのは時間の問題だ。
「まぁいいや、、、終わらせるよ。全部。」
正直悔いがないわけではない。
でも、私は少し長く生きすぎた気がしている。
不老不死というのはそういうものだと理解していた。
でも、少し甘かったと。
そう気づくのが少し、、、、いや、だいぶ遅かったんだ。
「私はちょっと失いすぎてね。死ぬのは怖いけど、他の人を守るためだったら死んでもいいと思ってるよ。古い友人はみんなそっちにいるからね。それに、、、」
私は信じている。呪詛という、私を縛り付ける物を。
「無属性魔法 フォーン・メルト・レー」
第十四幕 無属性魔法
「あの、、、一つ尋ねたいのですが、、、まずいんですか?」
走りながらだったので正しく伝わったかは怪しかったが、リージュ様はこう答えた。
「フォルシアは、呪詛の才があるが、魔法は使えない。レーミアは、呪詛によって魔法を用いると自らを滅ぼすことになる。」
リージュ様は走っていても息が切れず、さすがといったところであろうと思った。
ただ、その言葉には少し疑わしいところがあった。
『魔法を用いると自らが滅びる呪詛』なんて聞いたこともない。
「まぁ、リージュ様が言うのだからそうなのでしょう、、、」
リージュ様があまりに速く走るものだから、脳に酸素が回らなくなり、考えることもできなくなったが、それが仲間想いなリージュ様らしいと、そう思えてしまう。
「絶対、助けましょうね。」
「フェリアが言えることじゃないと思う。それに、私が言いたかったよね。」
「すみません、、、」
リージュ様が走る足を緩めた。
私もそれに続いて走り足を緩めると、地面に伏したフォルシア様がいた。
「フォルシア様!?生きてますか!?」
「あぁ、、、、レーミアが、、、」
リージュは朧な言葉を汲んでくれたらしく、フェリアに私の手当てをさせ、自分自身はドリーネの中へ潜って行った。
「フォルシア様、大丈夫ですか?」
「だいぶね、、、って、こんなことしてる場合じゃないんだった。」
少しだけまだ痛む体中の節々を堪え、ふらっと立ち上がると、フェリアが右側にぴったりとついて、こちらを見た。
まるで、無理はするな、と目で訴えるように。
「レーミアは私しか助けられないの。」
「、、、わかりました。では背負ってあげます。」
そういうと、フェリアは私を軽く背負い、痛いところはないか気遣った後、リージュを追うようにドリーネへ潜った。
「レーミア!お前、また無茶しやがって、、、って、聞いてねえか。」
予想通り視線の先にいたのは人間の形ではない何かだった。
少し先に目をやると、比較的大きな魔石が2つ地面に落ちていた。
「生きては、、、いるな。さすがフォルシアだな。」
そんなことをつぶやいていると、ドリーネの中に足音が響き始めた。
その足音は徐々に早くなっていく。
「リージュ様、レーミア様は、、、!?」
思わず息をのんでしまった。
リージュ様やフォルシア様の対応からかんがみるに生きてはいるのだろうが、、、
「これが、魔法で崩壊する、崩壊呪詛だよ。」
リージュ様が言っていた”呪詛”についてフォルシア様が説明してくれた。
「呪詛の効果はいろいろだけど、この崩壊系の呪詛は、見つけるのが難しいの。」
「症状によっては気づかないことがあるくらいにね。」
「リージュが言ってるように、気づかない人もいるんだけど、逆に、レーミアみたいに、魔法を使うと崩壊しちゃうのもいる。基本的には、物事への耐性を大幅に下げて、それによって崩壊って感じ、、、かな。」
「レーミア様は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫。レーミアには崩壊してもある程度生命は保てるように呪詛をかけてある。」
フォルシア様がそういって笑っていたのに少し違和を覚えた。
「呪詛って、フォルシア様はなんだと思います?」
「なんだろうねぇ、、、毒かな。」
「それは、呪詛が人を殺すからですか?」
「それもそうだし、毒って、うまく使えば薬なんだよね。」
「そうですね、現に、、、」
しばらくの間、レーミア様は肉塊と臓物と骨格がぐちゃぐちゃになって混ざった半個体のような見た目になっていたが、しばらくするとレーミア様はフォルシア様の手によって元のように戻った。
「フォルシア、ありがとうね。」
「礼を言わないとなのはこっちかな。」
「というか、皆さんは慣れてるんですか?」
「フェリアは初めてか、ちょっと酷だったかもね。まぁ、慣れたね。」
「慣れたんですか、、、、」
知っている人があんな姿になる様子は何度見ても慣れる気がしない。
レーミア様は、その後無茶をするなと様々な人に怒られていた。
アリカル様もそのことをレーミア様にきつく言っていたが、去り際にレーミア様にベタベタしていた。レーミア様は少し嫌がっている様に見えたが、、、
レーミア様を見送り、工房の中はアリカル様と私だけになった。
「レーミア様って魔法使えたんですね、、、てっきり使えない物だと、、、」
「属性魔法は負荷が大きくて、無属性魔法くらいしかまともに使えないの。」
「無属性魔法って、、、ありましたっけ、そんなの。」
「特殊魔法って言えばわかるの?」
特殊魔法、確か、属性魔法に分類されない魔法の総称だ。
比較的数は多いが、属性魔法に比べて威力は劣る。
そもそも、無属性魔法は攻撃に適さない。
「特殊魔法ですよね、無属性魔法に該当しない魔法の、、、」
「それなの。無属性魔法は、魔法を撃つときに体にかかる負荷が一番小さいの。」
「それでレーミア様は無属性魔法をお使いになられるのですね。攻撃とか、、、」
「あいつの無属性魔法を舐めたら痛い目見るの。レーミアの無属性魔法はその領域を超えているの。と言っても、魔法を使うのは仲間を守る時くらいなの。」
「そうなんですか、、、」
無属性魔法を攻撃に転用するなんて聞いたこともない。
「後で本人に聞いてみよ、少し興味が湧いたから。」
第十五幕 補助魔法陣
「で、今日一日色々あったわけだが、何か思いついたか?」
「魔法陣の強度でしょう?少しだけいいことを思いついたよ。」
そういうと、レーミアは手帳から一枚紙を契り取り、絵を描き始めた。
「これが、私が出会ったレリージュ・ハイメスなんだけどね、、、」
そう言って描いたレリージュ・ハイメスに円や線を描き始めた。
「簡略化するとこんな感じだよね。」
「まぁ、そうだな、それがどうしたんだ?」
「あいつに物理が通らない理由は、自身で強化魔法を発動してるからじゃん。」
「そうだな、、、って、魔法に強化魔法を発動させて魔法陣を強化しようっていうつもりか?」
「そうだよ、で、強化魔法を組み込む方法なんだけど、、、」
レーミアに説明されて初めて気づいた気がする。
レリージュ・ハイメスという魔法生物は、体内に魔石が二つある。
一つは、自身の生命活動及び、魔力の貯蔵のため、もう一つは自身に強化魔法をかけるためだ。
「この二つの魔石って、リンクしてると思うんだよね、、、」
「体内の核となっている魔石と体に強化をしている魔石が連携しているってことか?」
「そう、で、魔石を魔法陣の核に置き換えて、、、、」
そこに描かれたのは、今までの魔法陣とはまるで違う魔法陣だった。
「まだ、発動できないし、なんだったらこれでうまく行くかもわかんないけど、こんな感じにすれば、行けたりしないかな、、、」
「、、、、案外いけるかもな。やってみるか。話はそれからだ。」
と、いう感じで魔法陣の制作が始まったのだが、、、、
「ダメだな、これだと魔法陣自身の効果が発動できてない、、、」
「レーミア、こっちは多分追加した魔法陣の方が発動してないっぽいぞ?」
元々あった魔法陣の効果を阻害せず、後付けした魔法陣を発動させるのも大変だった。
漸く両方とも効果が発動したかと思えば、二つの核が連動しておらず、後付けした魔法陣だけが強化されていたり、全然違う場所が強化されたり、、、
「ちょっと難しいかもね、、、」
「でも、レーミアのおかげでどうすればいいかはなんとなくわかったんだ。一歩前進しただろ。」
「そうだね、リージュはいつも楽観的で、、、」
「楽観的言うな、ポジティブ!」
「そうだね、リージュはいつもポジティブだよ。」
四重環魔法陣制作チームの二回目の報告会が始まった。
「四重環魔法陣の生成方法に関してなんだけれど、大体ができたの。」
「早いねぇ、、、もう生成できそう?」
「できるの、ただ、すぐに崩壊することが課題になってくるの。」
「で、魔法陣の強化必須と、、、強化の方は、できるかもしれない程度?」
「前よりは前進したぞ?レーミアのおかげでな。」
「リージュも頑張ってくれたし。結界魔法陣の方は?」
「私たちはもうすることない気がする。」
「私も同意見です。もう特にすることがないです、、、」
フェリアが結界魔法陣の人員を他の課題に割くことを提案し、アリカルがそれを飲んだ。
「じゃあ、フェリアには私の手伝いを頼むの。」
「わかりました。フォルシア様は、、、」
「魔法陣の強化の方に行ってもらうの。」
「わかったよ。ってことで、リージュ、レーミア、よろしく。」
「よろしく。じゃあこれで解散?」
「そうなの。これで報告会を終わるの。」
会議の終了とともに、私はリージュとフォルシアを呼び止めた。
「フォルシア、リージュ、ちょっといいかな。」
「いいけど、立ち話もなんだし、、私の工房、は散らかってるから、フォルシアの工房行こうぜ。」
「別にいいけど、面白いものはないよ?」
「じゃあ、移動ってことで。」
フォルシアの工房に入るのは久々といったところだろうか。
昔から色々なものを収集してきていて、やはり久々に行くと興味を引くものが多い。
「これはなんだ?」
「大陸北部の先住民族に伝わる楽器だよ。ここをこうすると音がなる。」
リージュはそんな状況にテンションが上がっているし、久々に持ち物を説明できるらしく、フォルシアも相当楽しんでいる様子だった。
「あの、そろそろ本題に入りたいんだけど、、、」
「レーミアこれ見ろ!すごいぞ!くるくるするんだ。」
「本当だぁ!くるくるしてる!じゃなくてだな、、、」
「これは、大陸南部に伝わる伝統的な玩具だな。」
「へぇ〜そうなんだぁ!、、、ってそうでもなくてな、、、」
ちょっと手に負えそうにないので落ち着くまでしばらく放置し、その間に伝えたいことについて軽くまとめることにした。脳内の構想をそのまま話しても伝わりにくいだろうし。
「お前ら〜、ちょっとは落ち着いたか?」
「まぁ、一通り見たしな。」
「一通り紹介しましたしね。」
結局一通り見たのね。通りで時間がかかったわけだ。
「で、集まってもらった理由なんだけど、今までに私たちがやってきたこと、今後やろうとしていることのフォルシアへの共有と、私がちょっと思いついたことがあって、それについて討論を交わしたいと思った次第、どうせみんな暇でしょ?」
「暇ではないといえば嘘になるが、、まぁいいよ。情報共有は重要だし。」
軽く今までにあったことを共有すると、フォルシアは相変わらずぶっ飛んでるな、と笑っていた。
「で?やりたいと思ってることってのは?」
「それがね、補助魔法陣についてなんだけど、、、」
今までの補助魔法陣は、環の部分に直接くっつけていた。
これによって、魔力の循環を作ることができ、一つの魔法陣内にある二つの核が連動すると考えたからだ。ただ、それによって環が分断されるのが問題だった。
「で、魔絲ってあるじゃん。あっこに核をつければいいかなって。」
「魔絲って結構繊細だよ?そんなことできるの?」
「そこは、、、えっと、、、頑張る?」
「疑問系って、、不安は残るけど、確かに魔法陣が変化する可能性が少ないし、魔絲で共有はしてるから、一応連携も取れそうだね。まぁそもそも、一つの魔法陣の中に二つも核があって動くのかって思ったかな。実際に動いたの?」
「あんまうまく行ってないんだよね、、、これはリージュが作ったやつだけど、、、」
レーミアはそういって小さな結界魔法陣を見せた。
「強化の範囲が付属の魔法陣のみになってるね、、、、連携が難しいのか、、、」
「なんとかならんもんかねぇ、、、」
「なんか呪詛みたいだよね、二つのものを縛り付ける感じ。」
「呪詛、、ねぇ、、、、」
魔法に呪詛を用いる発想はなかったし、実現可能かもわからないが、試してみる価値はあるだろう。
フォルシアは、呪詛関係の仕事があるらしく、少し話した後に荷物を繕い、出かけてしまった。
主のいなくなった工房に留まるのもなんなので私たちは解散して各々活動することにした。
第十六幕 百万
「で、アリカル様はどうやって四重環魔法陣を作ろうとしていらっしゃるのです?」
「詳しいことはまだ説明してなかったの。」
四重環魔法陣が今までに作れていなかった理由はいくつかある。
一つ目は、作ったとしてそこまで利用できないからである。
確かに解呪などには使えるが、そもそもの話、情報量の多さゆえに解呪できない例はとても稀で、数百年に一度いるかいないかのレベルである。
また、四重環になる程情報量の多い術式はそもそもの話作れるはずがない。
今回のように範囲指定で術式が長くなることはあるが、周囲数十kmを範囲にしても通常の魔法陣で処理できるのだ。相当広い範囲に効果を付与しようとしなければ四重環なんて普通は出てこない。
「で、研究もされてなかったわけだけど、作り方自体はなんとなく思い描けてるの。」
「そうなのですね、、、それが前に報告会で言っていた重環魔法陣の重複とやらですか?」
「そうなの、技術自体はレーミアくらいしかできる人間がいないだろうけど、普通の魔法陣二つを重複させて重環魔法陣ができれば、いけるかなって思ってるの。」
「で、その実験をしようと、、、そもそも重環魔法陣を四つ重ねるのではダメなのですか?」
「それも考えたの、、、」
魔法陣の重複は魔絲を核から切除し、同時に環の部分を別の核へ移植する方法で行う予定だ。
この動作は魔法陣への負荷が少々大きすぎる。
そして、魔法陣から核を切除する実験を何度か行った結果、重環魔法陣も通常の魔法陣も、切除時にかかる負荷はそこまで変わらないことがわかった。
なら、重環魔法陣を重複させて四重環魔法陣を作った方が良いだろう、と考えたのだ。
「まぁなんとなくはわかりました。」
「で、、これから何の実験をするんですか?」
「えっとね、四重環魔法陣は、正直細かすぎて、私じゃ手に負えないの。」
「制作が不能ということですか、、、レーミア様ならできるのですか?」
「多分できるの。あの子、手先は器用なの。」
「では私たちは何を、、、」
「魔制計画を思い出して欲しいの。まだ着手してない場所があるの。」
着手してない場所、、、そんなものあっただろうか、、、
「制御装置はできてきてるし、防犯面も任せてある、、、あとは、、、」
周囲の魔力を吸収し、均等になるように魔力を放出する装置の場所も調べてもらってるし、、、
「いや本体の魔道具できてねえじゃねえかよ!」
「そうなの。」
「あっ、すみません声を荒げてしまい、、、」
「私は最近まで存在を忘れてたの。配置決めてる人から、効果範囲どのくらいですか?って聞かれなければ怪しかったの。」
「まぁ、思い出したなら問題ないでしょう。というか、一つ質問なのですが、そもそもの話、中央の制御装置で一括で吸収、放出しちゃダメなんですか?」
「良い質問ですねぇなの。」
そういうとアリカル様は掌の上に魔力を込めた。
「魔力って、空気中に長い間滞在するとどうなる?」
「空気になって消滅してしまいますね、、、」
「じゃあ、転送させた場合は?」
「消滅はしませんね、、、魔力が消滅しないように遠距離を運ぶためには、転送地点を決めるう必要があるから、周囲に魔力を放出する機構は別で必要だ、と。」
「そういうことなの。魔力の吸収の方も同じ理由なの。転送だと魔力が飛散しないの。」
と言っても、魔力を吸収したり、放出したりする機構を作るのはそう難しいことではない。
「量産っていうと話は変わる気がしますね、、、」
「そうなの、数が大体、、、百万個?」
「凄まじい数ですね、、、流石に多すぎやしませんか?」
「確かに作るのが大変なの、それに壊れたりしたら直すのも一苦労なの、、、」
「じゃあ、頑丈で量産しやすいものを作らないとですね。」
中央の制御装置も問題だが、百万を超える数の機構を作るのも相当な問題だ。
「何人で作るんです?」
「二人なの。」
「えっと、、、なんて?」
「二人なの。」
「いや、、、人いましたよね?結構。」
「終わったら加勢してもらうことになってるけど、今は二人なの。」
「じゃあ、設計は今のうちにやんないとですね、、、」
「そうなの。頑張るの。」
魔法が発達した現代でも、設計は紙の上で行われることが多い。
私は、結界魔法が得意なので、結界上での設計が主だが、周囲の人に合わせて紙で設計することもしばしばと言ったところだろうか。
アリカル様は、結界の技術は私よりも上だというのに、設計は紙の上で行うことが多い。
理由はおそらく、アリカル様の発明した魔法の一つ、転写にあるのだろう。
転写というのは、紙に思い描いた形や文字、絵を写す能力だ。
どうやら作れる色は茶色一色のみらしく、濃淡は変えられるということだ。
「転写魔法ってどんな原理なんです?」
「えっと、炎属性魔法の応用なの。」
私にも習得できるか聞くと、アリカル様は少しだけ笑って、やり方を教えてくれた。
私はいまだにそれを習得できない。
やはり、魔力の制御技術がまだまだなのだろう。
「たのもーう!アリカルいる?」
「いるの。レーミアなの。何をしにきたの?」
「魔法と呪詛の関係性について何か知ってることないかなって、、、」
「そうね、、、所蔵庫にそんな内容の本はなかったと思うの。ただ、、、」
「ただ?どうしたの?」
アリカルは魔法生物に関する書類を戸棚から引っ張ってきた。
「この魔物だね。」
「ラング・ユゼ・マージナ、、、聞いたことがない魔物だね。」
アリカルが開いたページには、魔物の名前一覧が書かれていた。
「そうだね、この魔物は普段は人里に姿を見せない。基本的には森の中にいるの。」
「具体的にはどのあたりに、、、」
「えっと、魔法協会本部の南西のスロードフォス近郊の森だったと思うの。」
「わかった。ちょっと行ってくるよ。」
「待って、リージュも行かせるの。」
呪詛を扱う魔物は聞いたことがないが、おそらくその体の核となっている魔石に何かあるのだろう。
呪詛と魔法の関係に関する手がかりが見つかったのだ。
呪詛というものは、複数のもの、事象を一箇所に縛り付ける力が強い。
その力を用いることで、二つの魔法陣の核を一つに縛り付ける。
そうすれば、二つの魔法陣の核を強制的に連携させることができるのではないか。
「正直、呪詛の方は詳しくないんだよね、、、どうしようか」
アリカルの工房からの帰り道に少しだけ考えていたが、私は少し呪詛に疎い。
呪詛がわからないわけではないのだが、魔石の中に呪詛が込められていたとして、気付けるかは怪しい。フォルシアは今、仕事でいないし、、、
「どうしたもんかなぁ、、、、」
そう考えていると、アリカルの工房の方から足音が聞こえた。
振り返るとそこには、フェリアがいた。
「フェリア、どうしたのそんなに慌てて、、、」
「いえ、レーミア様って魔術にはお詳しいですけど、呪詛に詳しいイメージがなくて、私の友人に呪詛に詳しい者がいて、紹介しようかなと、、、」
フェリアは人のことをよく観察し、気がきく者なのだな、なんて思っていると、それがフェリアには微妙そうな反応に見えたのか、
「差し出がましかったですよね、、、すみません、、、」
なんてしょんぼりし始めた。
「別にそんなことはないよ。フォルシアは今、仕事だし、私は呪詛に疎いわけだし。紹介してよ、フェリアの友人。あ、友達一人だと気まずくなる?フェリアもついてくる?」
「あぁ、いえ、彼奴なら多分、すぐに打ち解けますよ。」
「そう?まぁいいや、で、友人さんはどこにいるの?」
そうきくと、フェリアはついて来てください、と言い、歩き始めた。
大陸中央に位置するこの街、ドーダヴァルーハは魔法研究を行う人が非常に多い街だ。
街の中心に位置する魔法協会本部の周囲には、国のお抱えとなった魔法研究者の工房が多く存在し、その近辺には魔石や魔物の素材などを取り扱う店が立ち並んでいる。
「ここがその人の工房?」
「はい。彼奴は腕は一流なんですけど、面倒な仕事は引き受けない主義で、、ただ、、、」
「ただ?どうかしたの?」
「彼奴、ちょっと変わってて、呪詛の仕事はどれだけ面倒だとしても受けるんですよね、、、」
「呪詛が好きってことね、、、、」
少し変わり者なのだというのは、フェリアの口調やら面倒くさそうな表情やらから感じたが、それだけ呪詛が好きなのだと分かれば、心強いというものだ。
「フェリアはその子の大切に思ってるんじゃない?」
「えぇ、まぁ。手はかかりますけど、私はああいうタイプ好きです。」
そう言いながらフェリアが工房の扉を開けると、机の上に伏した人が見えた。
「し、、、死んでる!?」
「生きてます。フェリア、どったのさぁ?」
「レミス、仕事だよ。」
「えぇ〜、、なんの仕事さぁ、、、」
「呪詛と魔法の関係について調べるために、ラング・ユゼ・マージナという、呪詛を使う可能性がある魔物を調べようとしている人がいて、その人に同行してその魔物が呪詛を使うのか、また何故呪詛を使えるのか調べて欲しい。無理かな、、、」
「、、、いいよ。やったげる。」
レミスという魔女は周囲を見渡し、こちらと目が合うと近寄ってきた。
「貴方が依頼主?名前は?」
「レーミアと言います。今は結界魔法陣の強化について研究してます。」
そういうとレミスは少しだけ不思議がったような様子を見せた。
「魔法陣の強化と、呪詛に何の関係があるのさ、、、」
「フェリア、説明してもらってもいい?」
「まぁ、軽く説明してあげましょう、、、」
おそらく私が説明するより、フェリアが説明した方が彼女にとってわかりやすいだろう。
「あぁ〜ね?なんかわかったわ。魔法陣に呪詛を組み込んで、強制的に魔法陣内で連携を取らせようと、、、確かに魔法陣に呪詛紋章を刻めば、、、、ちょっとよくわかんないから、実物を見に行きたいね。で、ラングなんちゃらを探すんでしょ?わかった。準備もあるし明日の朝出発でいい?」
「お願いできる?」
「任せておきなさい!魔女レミスは呪詛に生きる魔女なんだから!」
「よかったです、レミスが仕事を受けてくれて、、、」
「あ、紹介ありがとうね。今度お礼でもさせてよ。」
「別にいいのに、、、まぁいいです。本部の近くのスイーツ屋さん美味しかったので、また連れて行ってください。」
「よかろう、奢ってあげようじゃないか。」
フェリアは、まだ仕事が残っているらしく、アリカルの工房へ向かって行った。
翌日、工房へ向かうと、工房の扉の前でリージュとレミスが待っていた。
「レーミア、私達は準備できてるから、荷物まとめてきな。」
「できるだけ早く、お願いするよ!」
「あぁ、荷物は昨日まとめてあるから、、、」
工房の扉の鍵を開け、扉の右にある戸棚に昨日入れて置いた鞄を取り出した。
「じゃあ、行こうか。」
ルートについては、昨日のうちに考えておいた。
街の中では馬車鉄道を使い、街の外れまで来たら徒歩で移動する。
スロードフォスはこの街からだいぶ離れた場所にあるらしく、徒歩で移動すれば二週間以上かかると言うが、リージュの魔法を使えば、一週間もかからないだろう。
「って感じなんだけど、リージュは大丈夫そう?」
「ちょっと距離がなぁ、、、あ、レーミアが前作ったやつ持ってきてよ。」
「あぁ、飛翔板?ちょっと待っててね、、、」
飛翔板とは、私が前に作った風属性魔法を応用した魔道具である。
薄っぺらく言って仕舞えば空飛ぶ板であろうか。
「前回からさらに進化し、小型化に成功しました!」
「おぉ、今まではこの二倍くらいあったもんな、、、」
おそらく私が持ってきた板に不思議さを覚えたのだろう。
レミスは「なんです?それは」とでも言いたげな表情だ。
「これはね、魔力を通すことで浮遊する板です。」
「そんなものを作れるんですね、、、」
「まぁ、レーミアは大陸一の魔道具技師だと思ってるから。私は。」
大陸一なんて、そんな大それたものではない。
ただ普通の人間よりも少しだけ魔道具が作れるだけだ。
「じゃあ、行こうか。」
馬車鉄道の椅子はどこか魔力のような物が循環しているのか、立ち上がるのが非常に億劫に感じられ、街の外れが近づき徐々に建物が少なくなってくるとその億劫さは大きくなった。
「じゃあ、ここからは徒歩だね。」
「どのくらいあるんだっけ、、、その、、」
「スロードフォスですよね。あのあと、フェリアに事情を聞いてきたので大体は理解しました。たし
か、ここからなら南西に六百kmですね。」
「そうだね、街道に沿えばだけど。」
「、、、って、山越するつもりなんですか!?」
スロードフォスは森深い場所にある街で、人口はそこそこ多いが、交通の便が圧倒的に悪い。
「そうだね、そのためにリージュの魔法を使おうって思ったわけ。」
「まぁ、最悪飛翔板あるし、なんとかなるかな、、、」
レミスは少し心配そうな表情だった。
無理もないだろうが、、まぁリージュの魔法を見ればその心配もなくなるだろう。
第十七幕 大陸南西部 スロードフォス
スロードフォスまでの道のりは凄まじく長いが、街道が整備されていないわけではない。
大陸北部から南部へ、ドーダヴァルーハを経由して向かう、大陸縦断街道という物があり、それである程度近くまでは向かえる。
この街道は大陸の重要な街道であり、まだ整備されていない箇所もないわけではないが、他の街道と比べれば大分整備されている方だ。
「そうなんだ、、レーミアは詳しいんだ、この辺のこと。」
「まぁ、レミスよりはこの辺りに住んでるの長いから。」
「レーミアって人間でしょ?別にそんな、、、」
まぁ、言われるだろうとは思っていた。
「見えるかな、私の首元に紋章あるでしょ?」
「呪詛紋章、、、不老不死、魔法崩壊、後は、、情報量が多いため解呪不能、、、」
「わかるんだ、、、すごいね、、、」
「まぁ、私は呪詛の鑑定が主なので。」
レミスの話曰く、呪詛系の研究をしている人の中でも向き不向きがあるらしい。
レミスは呪詛の鑑定が得意だが、解呪にはあまり向かない。
逆にフォルシアは呪詛の鑑定はあまり向かないが、解呪は得意らしい。
「フォルシア先輩はやばいです、仕事で数回一緒ですけど、あの人の解呪能力は凄まじいです、、」
「そうだな。解けなかったのは、、レーミアのやつくらいか、、、」
「レーミアにかかってる呪詛は相当やばいですよ、、、」
レミスがそう言うのだ、これだけの呪詛は相当珍しいのだろう。
「まぁいいや、じゃあ行こうか、、、スロードフォスに。」
スロードフォスまでの道のりはまだまだ長い。
呪詛と魔法の関係も気になるが、、、それに関してはこの長い道のりで妄想に耽ることにしよう。
第十八章 呪詛を操る魔物
スロードフォルまでの道のりも残り半分ほどになった。
途中、野宿を挟んだり、レミスが川に落ちたりと色々なことがあったが、なんだかんだここまでくることができた。
「えっと、、、ここからあとどのくらい街道沿いに進むんだっけ、、、」
「えっと、後数kmですね。そこからは、、、」
「はいはい、レーミアわかったから、、、」
街道がスロードフォルに再接近するところからは、リージュの魔法で移動する予定だ。
確かその辺りに昔、骨董店が、、、
「あったあった、あの場所だよ。」
「了解、ちょっと待ってて、準備する。」
そういうとリージュは魔力を練り始めた。
「光属性魔法 イーフィア・ルミネイス」
「光属性魔法 ラング・ルミネイス」
瞬間、空の魔力は赤髪の少女の両の手に集う。
して、その魔力は其の者の背に純白の翼と、黄金の輪を授けた。
「光属性複合魔法術式 リージュ・マールド・ルミネイス」
私の目に映った彼女は、昔のようにどこか神々しく、その姿に神を重ねるのは無理もなかった。
「すごいですね、、、この魔法、、、」
「そうだね。これがリージュが全てを懸けて生み出した魔法だよ。」
島にいたころ、魔女の皆は魔法の研究に勤しんでいた。
誰かのためではない、自分自身のためだ。
昔の私たちは、魔法に魅せられていた。
より美しい魔法を、そうやって研鑽を重ねていた。
リージュの魔法は常に美しく、繊細で、それでいて壮大だった。
「レミス、飛行系の魔法って使えない?」
「まぁ、使えないことはないのですけれど、、」
「じゃあ、自分で飛んでいっといて、、、一応これ渡しとく。」
リージュさんはそう言って私の方へ何かを投げた。
「これは、、、飛翔板ですか?」
「そう、一応持っておいて。」
「あの、、、レーミアはどうするんです?」
「あぁ、、、」
そういうと、リージュさんはレーミアを抱えた。
「こうやって持っていく。何年ぶりだ?」
「これ、、、何年振りだっけ、多分百年はやってもらってない。」
「リージュの魔法はやっぱりすごい早さだね。」
「あれからも鍛錬してたしな。」
空を飛ぶ鳥たちが隣に並んで、私の食んでいた干し果物の欠片を執拗に追うので、鬱陶しくなり一度に食べ切ってしまった。
「なぁ、私の分はないのか?」
「鞄の中。ちょっと鳥に取られちゃってダメ。」
「そうか、、、レミスの様子は?」
そういえばレミスもいたのだった。
「レミスはね、、、やっぱちょっと疲れてるかも、、、」
「そうか、じゃあ一旦休憩入れるか。」
リージュはぽっかりと穴が開いたような湖の傍らに舞い降りた。
「はい、おりられる?」
「まぁ、大丈夫だよ。」
レミスは体力も魔力も限界といった感じで大分疲れていたようだった。
「レミス、大丈夫?食べる?」
「あ、ありがとうございます、、、少し魔力を帯びてる?」
「あぁ、これね、、、」
この干し果物はただの干し果物ではない。
レーミアが特殊な製法をとって作っているため、やや魔力を帯び、
「すごいですねこれ、、、ちょっと不思議な感じです。」
「そうだよね、まぁ、特に何か変わるわけではないらしいんだけど、、、」
「、、、魔力の流れ方が、、、」
レーミアさんは気づいていないみたいだけど、この魔力、流れ方がおかしい。
もしも、レーミアがこの果物に特殊な方法で魔力を帯びさせたなら、この果物に帯びている魔力は、この果物を中心に循環するか、レーミアと強い力で結ばれている可能性が高い。
しかし、この果物はそのどちらでもない気がする。
空から魔力が出ているというか、、、
「本当に不思議な呪詛だ、、、私は今、本当に胸が高鳴っているよ、、、」
「どうかした?嬉しそうな顔して。」
「あ、いえ、果物おいしいです。」
その後も、レミスの魔力が切れたり、飛翔板がうまく起動しなかったりといろいろなことがあったが、なんだかんだで山を越え、スロードフォル郊外の森の中まで来ることができた。
「さすがにこの先へ飛んでいくと注目を受けそうだから、歩きかな。」
「そうだね、レミスは体力もちそう?」
「なんとかって感じ、、、ちょっとさすがに疲れた、、、」
森の中、方向すらわからず、リージュが微かに見た屋根の群れの向きへ唯々歩みを進めるというのは、矢張り徐々に不安が勝つもので、レミスは周囲をきょろきょろと見渡しはじめ、唯一方向が分かっている筈のリージュも少し不安そうな表情になってきた。
「、、、なんか開けてない?」
「本当ですね、、、」
森の先に木々の密度が下がって光がよく届く場所を見た。
その場所へ向けて歩みを速めると、木々は急になくなり、瞬間に視界を光が満たした。
そして、視線の先に、森の中に埋め込まれたような町があった。
第十九幕 スロードフォル
森の中に埋まった街、人はスロードフォルと呼ぶ。
まぁ、街の名前が少々長いのでフォルと呼ばれることも多い。
「で、、この街の周囲にいるんだっけ?」
「そうだね。じゃあ、情報収集から始めようか。」
呪詛を使う噂が立つほどの魔物ということは、年に何人かは目撃して、そのうち何人かが呪詛に罹っているのだろう。
「、、、レミスは?」
「もう聞きに行ったよ。」
「あの、すみません。呪詛を使う魔物ってご存じだったりしません?」
「あぁ、詳しいことはわからないが、、、呪詛対策本部に行けば何かわかるかもしれないな。」
「、、、呪詛対策本部、、、わかりました。ありがとうございます。」
「皆さ〜ん、呪詛の対策本部?みたいなのがあるらしくて、そこに行けばわかるかもです。」
「そう、、でそれはどこにあるの?」
レミスはしばらくの間思い出そうとしていたが、聞いていなかったことだけを思い出したらしい。
「まぁいいや、そんなに大きな建物なら、町中をほっつきまわってたら見つかるでしょ。」
リージュはそういったのち通りに面した店に入り、何かを注文して戻ってきた。
「ほら、スロードフォル名物、、らしい、ナッツブレッドだよ。」
「そんなものがあるのか、、、」
作り方はどうやらそう難しいものではないらしく、パンに砂糖と牛乳を煮詰めた物をはさみ、そこに沢山のナッツをかけたものらしい。
「こういうシンプルな料理って、素材大切そうだよね。」
「この店は結構人気らしいから、いいの使ってるんじゃない?」
食むと生地は軽い触感を生み、挟んであったクリームは味覚にまとわりつく様で、それでいてどこかしつこくない。ナッツも良い触感を刻んでいる。
「意外とおいしいな、、買いこもうかな、、、」
「やめなさい、路銀そこまで持ってきてないんだから。」
「リージュさんよぉ、私は旅をするときはいつも、路銀と別に食べ物用に金貨を数十枚は持ってきているのだよ。」
金貨数十枚というと、都市の郊外の一軒家が買えるほどの金額だ。
「お前の食欲は相変わらずだな。」
「リージュも大概でしょう?」
のんびりと歩いて、喋って、食べて。
そうこうしていると、通りの先のほうに人だかりができているのを見つけた。
「なにしてるんだろうね。」
「あの人たち、、、魔力の制御がうまいですね、何かの魔法の研究所かもですね。」
レミスの予言通り、そこは探していた呪詛対策本部だった。
「こんなところだったんだ、というか、教会みたいな建物だね、、、」
「そうだね、、というか、元々教会だったのかもね。」
そんな話をしていると、後ろから声をかけられた。
「そう、ここは元々教会。呪詛の対策をするから建物を貸してほしいて言ったらこの町の領主さんが貸してくれたんだ。」
聞き馴染みのある声だった。
「フォルシアじゃん、、何をしてるの?」
「あぁ、この町では今、謎の呪詛が蔓延している。」
「その対策を命じられたと、、、大変だね。」
「そうなんだよな、、、アリカルもつれてくればよかった、、あいつは魔法に関する知識量だけは本物だからな、、あいつよりも魔法に詳しい人間はそういないだろうよ。」
アリカルは魔法に関する知識量はすさまじく、特に魔物や魔法は世界に存在するものはほとんど把握しているといわれるほどだ。
アリカルは今までに聞いたり、見たり、戦ったりした魔物を纏めた本を作り、自分の手帳と一緒に保管している。
過去にはそれを辞書として出版する話もあったが、アリカルが自分だけのものであるという強い意識を持っていたため中止になったのだ。
「ねぇ、こんな魔物ってこの街で見られてない?」
アリカルの辞書に書かれていた、ラング・ユぜ・マージナの模写をフォルシアに見せた。
フォルシアは、少し待っているように私に言って、対策本部の前にいた住人であろう人たちに聞き込みをしていた。
「最近、目撃数が上昇している魔物らしいな、、、これがどうしたんだ?」
「フォルシア、対策本部の力でこの魔物の回収を頼めない?」
「回収ねぇ、、、まぁ頼んでみるけど、、、生きた状態のほうがいい?」
「いや、生きていないほうが助かる。」
「そうか、、、珍しいな、普通は生きていたほうが良いんだけれど、まぁわかった。」
そういうとフォルシアは、対策本部の建物の中に入っていった。
第二十幕 徘徊
フォルシアに斡旋してもらい、宿は比較的安く、良質なところに通してもらった。
「三人部屋なんて珍しいね。」
「たしかに、二人部屋か一人部屋か、、四人部屋も結構見るか、、」
「そうね、四人部屋は冒険者のパーティーとかが泊まることが多いかな。」
リージュはやはり冒険者などとかかわりが多いからか、そういったことはよく知っている傾向にある。リージュの異様なサバイバル能力もそこからだろう。
「他の人と一緒に宿泊、、、やっぱなれないな、、、」
私には家がない。
ただ、宿泊できる場所がないわけではない。
私は普段から、工房で寝泊まりをしている。
ゆえに、他の人と一緒に寝るということに余り慣れていないのだ。
「どうしよう、、、どっか行こうかな、、、」
夜でもやっているお店はないわけではないし、対策本部に行けば何かしらやっている人はいるだろう。私だって魔女の端くれなわけで、手伝いだってできないわけではなかろう。
「すみませーん、誰かいますか?」
「呪詛の急患ですか?って、、レーミアか、、、」
「フォルシアはこの時間までお仕事?」
見たところ、いつ急患が出てもいいようにしているのだろう。
「休んでる?ちゃんと。」
「いや、そうでもない。まぁ、なんとかやってるよ、、、」
前に多少疲労に効くネックレスでも作っただろうか、、、
疲労は感じにくくなるが、実際のところ体にかかっている疲労は変わらないので、少し面倒なものを作ってしまったと、カバンの奥底に、、、
「あった、、、これ着けときな、疲労感は軽減されるけど、実際に疲労が軽減されてるわけじゃないから、それだけ気をつけな。」
「わかった。ありがとうね、というか、宿はどうしたのさ、、、」
「やっぱ居辛くてね、、、」
フォルシアはどうやら暇しているようで、私が居座ってもいいかと尋ねると、少しだけ嬉しそうな顔をして、それを少し隠して、そして受付から椅子を持ってきて差し出した。
「で、フォルシアは一体どうしてこんな仕事してるのさ、、、」
「まぁ、そもそも選ベルだけの仕事はないしね、、、」
そういったフォルシアだったが、原因は別のところにあるかのような、そんな瞳でどこか遠くを見ているように見えた。
「あんたは、呪詛で苦しんでる人とか見ると、ほっとかないよね。」
「それはよくいわれるかな、私自身、自分のいいところだと思ってるけど、悪いところでもあるかなって思う。魔女っていうのは大変だね、、」
「いいんじゃない?私はそういうフォルシア、結構好きだよ?」
私がそういうと、フォルシアは少しだけ嬉しそうな顔をしたが、その後、私の頭を軽く叩いた。
その顔はかすかに赤らんでいた。
「照れてる?無理もないよね、普段こういうこと言われないだろうし、、、」
フォルシアはどこか大人びているところがあり、島の中では、というか今でも、みんなのお姉さん感が強く、そう親しくされることは少なかった。
彼女自身は、頼られることは好きだし、別に仲良くしているし、別に大きな問題じゃないといっていたが、その表情が微細な孤独さを含んでいた、と知ったのは最近になってだ。
「で、急患ってそんなにくるのか?」
「くるにはくるんだよ、、、本当に時々だけれど、、」
そもそもの話、こんな時間に出かけている人なんてそこまでいないだろう。
本当にフォルシアが居る必要があるのか、身をそこまで削る理由があるのか、私は量る事が出来ないが、私がフォルシアの立場だったらやっているかもしれない、と思うと、そんな大変なことはやめて、自分の体を労ってあげて、、、なんていえないわけである。
「なんか食べられるものでも作る?」
「そうだね、お願いする。座りっぱなしも疲れるし、、」
私は正直、料理があまり得意ではない。
というか、魔女自体魔法の研究をしすぎて、他のことが苦手な傾向にある。
ただ、フォルシアの場合はむしろ逆で、魔法の研究をすっぽ抜かして料理をしたり、野原に出て草木の模写をしたりと、意外と多趣味である。
ただ、研究にも勿論熱心で、魔法が使えない魔女ながらもその実力は評価されているといって差し支えないだろう。研究分野が、魔法と関わりの薄い呪詛だから、というのもあるだろうが。
「やっぱり料理は上手くなれそうにないかな、、、動作が魔道具作る時のそれだもんな、、」
「魔道具を作ることも料理も、動作自体は大して変わらないかな、あとは意識なんじゃない?」
「そういうものなのかな、、。」
他愛もない会話と共に厨房の中には沸騰音と仄かに良い香りが漂っていく。
「できたよ、フォルシア、、、というか、受付の方にいなくてよかったの?」
「問題ないよ。受付には私が魔法を張って、、、!?」
フォルシアは何かを感じたのだろう。
私はそれが何かわからなかったが、おそらく急患か何かなのだろう。
フォルシアの表情はそれまでの穏やかなものから変わり、少し緊迫したような、そんな表情に。
そして、私に、料理は残して保温しておくように言って、すぐに出かけてしまった。
「とりあえず魔道具使って、、、」
保温は魔道具でなんとかすることができるし、私がここにいる意味はそこまでない。
「待ってたほうがいいかな、、、どうしよう、、、」
なんて考えていると、対策本部の方が出てきたようで、
「あなたは、、、、フォルシア様のお仲間さんですか?」
「昔からの友達だと思って頂いて構いません。ここを任せても良いですか?」
「えぇ、、構いませんが、、、」
フォルシアが向かった先を魔力探知で調べ、そちらへ向かった。
呪詛を操る魔物の仕業である可能性が高いから、どのような呪詛なのか知りたかったのだ。
「生命活動に異常は、、、なし、、、呪詛の内容は、、、またですか、、、、」
この町の呪詛に罹る率は異常に高いが、その中でも、感覚系の呪詛が圧倒的に多い。
感覚系の呪詛は主に、盲目、難聴、言語使用不能などが挙げられる。
そもそもの話、罹る可能性の低い呪詛なので、私も解呪経験が少ないが、この街に来て沢山の感覚系呪詛を解呪した影響でだいぶなれた。
「フォルシア、患者さんの容体は?」
「レーミア、、来たのかよ、、、。容体は問題ない。解呪はこのあと行う。」
フォルシアによると、呪詛は感覚系で、今回は言語使用不能らしい。
「周囲に魔力反応は、、、、」
人里が近いこともあって魔物は少ない。
ただ、一つだけ、異様に人里に近く、森へ帰っていくような、そんな動作をする反応があった。
「なるほどね、、、、」
やはりアリカルが言っていた呪詛を使う魔物は実在するらしい。
「アリカル、お疲れ様。」
「本当お疲れ様だよ、解呪って結構疲れるんだよ?」
呪詛対策本部に戻ったアリカルは、私が保温しておいたご飯を食べながらそう溢した。
アリカルがこういうことを言うのは少し珍しい。
弱音をはいたり、愚痴を言ったりすることが少ないアリカルは、頼り甲斐がある一方で少し心配になるというか、抱え込む癖があるから、、、、
「じゃあ、私はこれから、呪詛の患者さんの容態とかまとめる仕事あるから、、」
「了解、私はなんかすることある?」
「じゃあ、、、まとめるのを手伝ってもらおうかな。」
対策本部からみた空はすでに明るくなりかけ、森の木々の間から陽が見えていた。
第二十一章 調査開始
宿に戻ると、リージュはすでに起きていた。
「どうせどこかに行ってると思ったけど、、、案の定だったな。」
「そうだね、フォルシあのところにいた。」
「そう、、レミっすはまだ寝てるから、部屋に戻るなら気をつけてね。」
「わかった、まぁ、朝ごはんかな、先に。」
「レーミアもか、、、私も朝ごはんそろそろ食べようかな、、、」
フォルシアと資料を作っている間に少しこの街について話していたが、斡旋してくれた宿屋の近くに近くの美味しい定食屋さんとやらがあるらしい。
なんでも、森の中で取れる野菜や果実などを使った料理が人気らしい。
「行ってみる?意外と美味しそうだけど、、、」
「じゃあ、行ってみようかな、、、朝ごはんにはちょうどいいでしょ。」
フォルシアが言っていた定食屋というのは、看板が少し目立たず、見つけるのに少々てこずった。
「ここか、、、こじんまりした感じだね、、、」
「レーミア、こういうところの方が案外おいしかったりするんだぜ?」
リージュが扉を開けると、そこには若い店主がいた。
「おすすめはある?」
「おすすめ、、、これですかね。」
そう言って店主はメニューの右上を指した。
特にこだわりがあるわけではないので、リージュも私もそれを注文した。
「では少々お待ちください、店主は奥ですので、、、」
「あなたが店主ではなかったのですか?」
「あぁ、、店主は呪詛によって耳が聞こえなくなってしまって、、、フォルシア様という魔女の方に治していただいたのですが、店に立つ気分じゃないらしく、、、、」
「そうですか、、、お話を聞くことは可能ですか?」
「聞いてまいります。ついでに注文も伝えておきます。」
どうやら店に立っていたのは店主ではなく、店主の息子らしい。
この店の店主は三日前に呪詛に罹り、その日のうちに解呪された。
ただ、その影響でか、家の奥から出てこないらしく、この店では息子が注文を聞き、それを店主に伝え、店主が料理を作り、息子が配膳する、という形をとっているらしい。
「いろいろ大変なんですね、、、」
「そうですね、、、あぁ、少し待っていてください、料理は持ってきますので、、、親父!?」
店の奥から出てきたその男は、料理を持ってきて私たちの前に置いた。
「話を聞きたいんだったか、、、何を聞きたいんだ?」
「呪詛に罹った時間の周辺であったことと、呪詛の内容を詳しく、、、お願いできますか?」
「あぁ、、、わかった。食べながら聞いてくれ。」
店主さんはそういうと、少しだけためらったようにも見えたが話し始めた。
「まず、呪詛に罹った辺であったことだが、、、覚えてねえんだよな、、、表に商店があるだろ?その店の商品の入ってた箱が倒れちまってな、それを起こすのを手伝ったくらいしか心当たりがないんだが、、、流石にそれなはずは、、、まぁいい。呪詛の症状だが、、俺は耳が聞こえなくなった。それ以外は特にないな、、、。」
「そうですか、ありがとうございます。あと、ご馳走様でした。美味しかったです。」
「嬢ちゃん食べるの早いなぁ、、、まぁいいや、ゆっくりして行ってくれ。」
そういうと店主さんは店の奥へと戻ってしまった。
「リージュ、このあとは表にあるっていう商店に行くよ。」
「わかった、ちょっと待っててな、食べるから。」
リージュはそういい、少し急ぎ気味にご飯を食べていた。
リージュが食べ終わるのを待ち、店の外に出ると、ポツポツと雨が降ってきていた。
「降ってきましたね、、、」
「まぁでも、すぐ止むんじゃない?」
雨は降っていたが、雲はそう多くなく、空を見れば青空が見えている場所もあった。
「商店?とやらに行って、話でも聞いて、、、宿に戻ろう?多分レミスも起きてるでしょ。」
「そうだな、で、、商店ってのが、、、、」
周囲を見渡すと、青果店のようなものが通りを面したところにあることに気づいた。
「あそこじゃない?多分そうでしょ。」
「雨に打たれるのもやだし、お店入っちゃおうぜ?」
お店の中は雨のお陰か少し薄暗くなっていた。
「あの、、ごめんください〜い。」
「なんだい?あぁ、雨が降ってきてたのね、、、」
奥から出てきた老婆はそう言って屋外に出していた果物の入った籠を屋内に取り込んでいた。
「私たち邪魔になりますかね、、、」
「大丈夫よ、問題ないわ。雨が止むまでゆっくりしていくといいわ。」
そういった老婆の額には包帯が巻かれていた。
「その包帯はどうしたんだ?」
「前に、呪詛に罹って、目が見えなくなってしまって、その時に転んでしまった時のものよ。」
老婆は、人生何があるかわからないからねぇ、と笑っていた。
「レーミア、呪詛は、、、って、、、」
リージュは、果物の品定めをしているレーミアの姿を見た。
「レーミア、何をしているんだ?」
「干す用の果物の品定めだよ。リージュも干し果物好きでしょ?」
「そうだな、、どんな果物がいいんだ?」
「そうだね、、まぁ、直感で選んでる。」
「直感って、、、」
そんなことを話していれば通り雨も用事を済ませたらしく、外は少し地面が湿気りところどころ斑に水たまりができてはいたが、すっかり晴れていた。
「で、、、私を放って二人で朝食デートですか、、、」
「今度はレミスもつれていく?」
「多分、朝起きられないでしょ、、、」
「なんだと~!!」
宿に戻った後、少しの間荷物を纏めたり、部屋の中に忘れ物がないか確認していたが、リージュが椅子に座ると、レミスも、私もその手を止めそちらを向いた。
「で、、、呪詛に関する話をしても、、、大丈夫か?」
「問題ないよ、、というか、それが本題だよね。」
「そうだね、、、で、、外出している間にわかったことを纏めなおそうかなって。」
呪詛による効果はどうやら一つではないこと。
呪詛の効果は、基本的に感覚を失わせたりするものであること。
「あと、呪詛を使っているのが魔物だとしたら、その魔物は使う呪詛を選んでいる可能性が高いよ。というか、十中八九そうだろうね、、、」
「どうしてそう思うの?」
フォルシアと一緒に患者の資料を作っているときに、過去の患者の資料も見せてもらった。
その中には凡そ三百の人について書かれていたが、かけられた呪詛と、その時の状況が一致する傾向にある部分があった。
「まず、、、自分が不利な時、その時はほぼ一〇〇%盲目だったよ。」
「自分が逃げやすいようにってことか、、、で、他の時は?」
「他だと、、、街の中だと言語系と盲目系が多かったかな。聴覚系は、、あんまり使われないのよね、、そこがよくわからないんだよね、、、」
「でも、それだと今朝あったことは反しないか?」
「た、、、確かに、、、、」
今までの傾向から推測するに、青果店の店主が盲目になったのはわかる。
ただ、定食屋の店主が難聴になったことに説明がつかない。
「別に、例外もあるって感じじゃないんですか〜?」
「いや、それはないはず、、、」
もしや、魔物がかけていると思っていた呪詛は、人間の手によるものだったり、、、
「まずは、魔物が呪詛を使えるかですよ!それがわかんないと話になんないです!」
レミスの言う通りだ。魔物が呪詛を使えるのかどうか、どうやって使っているのか、それを知るためにここにきたのだ、それを優先するのは当然の責務といったところだろう。
「フォルシア〜、魔物の捕獲って結局できた〜?」
「あぁ、レーミアか、いいところに来たな。さっき捕まえたところだ。」
フォルシアに案内され、対策本部内を少し進むと、倉庫のようなところに出た。
「この魔物だな、、、あっているか?」
アリカルの本の模写と見比べても、差はほとんどない。
おそらくこれがその魔物、“ラング・ユゼ・マージナ”なのだろう。
「で、、、これを解剖するんだよな?」
「そうだね、解剖は私、やったことないんだけど、、、」
「私も無理かも、、、呪詛専門だし、、、」
やはりレミスも解剖は無理だったか、、、となると、、、
私はリージュの方に視線をやった。リージュも気づいたようで、やっぱりそうなる?と言うような表情を見せたが、やる気はあるようで、
「ふっふっふっ、この私、リージュに任せておきたまえ。」
といってやる気満々で解剖を始めた。
「で、、これが魔石なんだけど、、、、すごいねこの魔石、、、」
その魔物の魔石は、脊椎に埋め込まれるかのようにあり、その数は十以上だった。
「これは、、、どういう原理で連携をとっているのか、、、って、そうだった。」
レミスに呪詛はあるのか、と問うと、レミスはありますね、と言った。
レミスの解析によって、この魔物は、盲目の呪詛、言語不能の呪詛が使えることがわかった。
「あれ、、?難聴は使えないの?」
「使えなさそうな感じあありますけどねぇ、、、」
「そう、、まぁいいや、で、、これらがどうやって連携しているのか、、、」
リージュが脊椎を外すと、その脊椎の骨の間から何か液体が垂れてきた。
「リージュ、ちょっとそれどこかに集めて置いて。」
「あ、わかった、、、これでいい?」
「うん。私は少しこれを調べているから、リージュは解剖を続けて。」
「了解した。」
魔物の脊椎には、髄液と呼ばれる特殊な液体が入っている。
アリカルに前に教わったことがある。
髄液というのは、本来紫色から黒色をしている。
「不思議だねぇ、、、」
この魔物の髄液は、吸い込まれるように澄んだ赤色だった。
血液と混ざったのかとも考えたが、この魔物の血液はやや黒みを帯びた色をしていた。
「血液と混ざってもない、、体液も、、関係ないか、、、。となると、、、」
やはりこの赤色は、髄液そのものの色となる。
「なんか特殊なんだろうなぁ、、、」
中身を調べていると、気になるものが含まれていた。
「これは、、、なんだ?見たことない物だな、、、」
体液などの液体の調査は、基本的に内部の物質を離合させて行う。
「魔石、、、いやちょっと違うか、、、。」
主成分は、魔力、、、ただ魔力と違う何かも感じるような、、、
「まぁいいや、詳しいことは後で調べるとして、、、」
大体今調べられることはないので、リージュの元へ戻ることにした。
「リージュ、何かわかったことはあった?」
「そうだね、、、この魔物自体はそこまで強くなさそうだぞ?あとは、、、」
リージュが何かあったか、、、と思い返していると、レミスは“もっと大事なことがあるでしょ!”とリージュにツッコミを入れていた。
「えっと、魔物の解剖中に、体内からこんなものが、、、」
「これは、、、」
そこには、小さなネックレスのようなものがあった。
見たこともないが、魔力が通っているのはわかる。
「効果は、、、、特にないのか、、、シンプルに魔石を装飾品として使おうってだけかな、、、」
そう言ってそのネックレスを手にとった時、少しだけ違和感を覚えた。
「なんで術式がないのに、魔力が循環しているんだろう、、、」
そのネックレスの魔石には魔力が循環していた。
魔力の循環は本来、何かしらの魔法が刻まれていないと起きない。
今回の魔石も、術式は書かれていなかったから、循環は起きないはずだ。
ただ、この魔石には循環が、、、、
「レミス、この魔石、もしかして呪詛の類がかかってない?」
「察しがいいですね、、、」
レミスはそういうと、このネックレスの説明をし始めた。
「このネックレスには、強制魔力循環の呪詛がかけられてます。」
「なんか、別に何ともなさそうな呪詛だね、、、」
「実際そうですね、、その場所を中心に魔力を循環させるだけなので。」
「そうなの、、、まぁいいや、私それもらっていい?」
「別に構いませんけど、、、これ、魔物の口の中にあったんですけど、、、」
「大丈夫、洗えば大丈夫。」
魔力を強制的に循環させるということは、これを利用すれば、私にも魔法が使えるかもしれない。私が魔法の使えない理由は、私が魔力の制御をするからだ。
勝手に、制御をしてくれるのなら、私でも魔法を使えるかもしれない。
「まぁ、そういう希望を見たっていいじゃんね、、、」
魔物の解剖は大体終わり、表に戻ると、フォルシアが暇そうに本に挟んだ栞を弄っていた。
「フォルシア、仕事は無いの?」
「今は、特にないのよ、、、レーミアはどうしたのさ、何かわかったような顔して、、、」
フォルシアには話して問題ないだろう。
呪詛と魔法には関係があること、あの魔物は呪詛を使えること。
「それと、、、あの魔物の呪詛に、難聴はなかったよ。」
「つまり、、、難聴以外はその魔物の仕業、難聴は他の原因があるのか、、、」
フォルシアは少しだけ面倒そうな顔をした。
「魔物が原因だということがわかったとして、難聴のほうがどうしようもないとな、、、」
原因がまだわからないところが大きいのだ、フォルシアが困っているのも無理はない。
「フォルシアは何が原因だと思う?」
「まぁ、一番自然なのは、誰かが呪詛をかけている、、、数が数だし、集団でかけているのかもしれないな、、まぁ、そうだと面倒なんだが、、、」
「人がやっているとして、、、誰がやっているんだ?」
「いや、それはレーミアが一番わかるはずだよ、、、」
確かにフォルシアが言っていることは正しいのだろう。
帝国のことを魔女の中で一番昔から知っているのはおそらく私だろう。
「そうだね、、、帝国か、、、じゃあ少しお話をしてあげよう。」
帝国があるこの大陸は、昔、多くの国がしのぎを削って争っていた。
ある者は大陸の支配をもくろみ、ある者は君主の盾となりその身を滅ぼし、ある者は戦場の功を求めんと欲するばかりに命を落とす。そんな時代だ。
そんな時代に、大陸に上陸してから数か月で大陸を支配した者、それが現在の帝国の主の祖先である。私も凱旋を遠目から見ていたが、相当な支持を得ていたようだった。
「でもね、フォルシア、それだけじゃないんだよ。」
英雄の活躍によって、生き場所を失い、財を失い、命を失い、主を失った人間がいた。
「十、二十じゃなくて、幾万という単位でね。」
「そうだよね、、、ありがとうレーミア、少しあたってみる。」
「そう、がんばってね。私は、、、ちょっと調べたいことがあるのよね、、、」
「そう、、、そっちも順調みたいだね、、」
「課題山積みは順調といえるのか、、まぁいいや。」
この近くに魔法を研究できそうな施設がない以上、どこかで部屋を借りて、私が持ってきた研究器具を適当において臨時の工房にするしかないだろう、、、、
「いつもの工房の方が使いやすいけど、、まぁ仕方ないか、、、」
取り敢えず宿屋に戻ってどうするか考えることにした。
第二十二幕 工房(仮)
宿屋に戻って、しばらくの間受付嬢と駄弁っていると、解剖を一通り終えたリージュとレミスが帰ってきた。何故かフォルシアを連れて、、、
「レミス、リージュ、解剖お疲れ様。で、フォルシアはなんでここに、、、」
「あぁ、理由を話さないとね、、、」
フォルシアはそういうと、外套のポケットから、四つ折りにされた紙を取り出した。
「呪詛対策委員会で、呪詛の原因の一つが判明したって言ったら、効率的な対処方法を探すために新しく研究できる場所を貸し出そう、って話で。領主様が結構それに乗り気なの。で、色々支援を受けてて、そこなら魔法の研究ができるんだよね、、、」
フォルシアはお見通しなのだろう。
「そうだね、私も丁度、いい感じに研究できる場所を探してた。」
フォルシアは、「決まりだね。」というと、詳細について話すと言って手招きした。
フォルシアについていくと、街の中央から少し外れた場所にある煉瓦造りの建物についた。
「ここがその建物?だいぶ古くない?」
「いや、そんなこともないよ。この建物、元々は魔女が住んでいたらしくて、ある程度研究に使えるんじゃないかって領主様が言ってた。」
フォルシアはそう言って扉を開けた。
煉瓦造りの建物の中は、昔に取り残されたようで、数十年前までここに暮らしていた魔女の生活の化石のようで、開かれた魔導書、机の上に乗った魔導書、今にも奥から人が出てきそうな扉、、、、
「状態よく残ってるもんなんだね、、、」
「そうだね、それに研究にもうってつけって感じ。」
フォルシアは、私にこの工房の一角を貸す代わりに、この建物の中の掃除や、研究環境の整備を手伝ってほしい、と言っていた。
「まぁ、掃除は嫌いじゃないし、研究できるならそれでいいよ。」
それから数日間、煉瓦造りの建物の中の掃除をし続けた。
はるか昔の本、暮らしていた魔女が研究していたであろう資料、魔女が好きだったのか館の中からたくさん出て来る茶葉の数々。
「ここに住んでいた魔女さんは相当お茶が好きだったんだね、、、」
「お茶が好きというか、おそらくやることがなくてお茶を入れてた感じだろ、、、私もわからなくないんだよな、、そういうの。」
確かに、魔女というのは暇を持て余すものだ。
魔法の研究を気ままにやって、時々入る仕事も無難にこなす。
私みたいな魔女の端くれならなおのことだ。
「そうだね、、、私もわからなくないよ。」
建物の中の掃除は数日で終わり、その後数日かけて研究器具の搬入をした。
「、、、これで全部?」
「そうだね、お疲れ様、レーミア。」
「フォルシアもお疲れ様、、、ってわけで、研究できる場所ができたわけだし、、、、」
この煉瓦造りの建物は三階建てで、一階は呪詛対策チーム用に、二階は私やフォルシア個人での研究のために、三階は誰かが泊まれるように整備した。
こんなところに宿泊する人がいるのか、と聞くと、フォルシアは微笑しながら、私はこう見えて、寝るところがないからねぇ、と言っていた。
ただ、三階にはベットが五つ以上あったような、、、まぁいいか、、、、
「それよりも、研究だよ研究、、、、」
ようやくまともな研究環境が整ったのだ、ラング・ユゼ・マージナの髄液から出てきた魔石に近しい何かについて調べておきたい。
「ただ、、、これが呪詛のものだったとしたらわかんないし、、、、」
そもそも宿屋からここまでの距離も結構あるし、、、
「徹夜は覚悟するべきか、、、」
取り敢えず、前に髄液を離合して出てきた結晶を取り出すことにした。
「なんだろうこれ、、、触れはするんだけど、何も感じないというか、、、」
何も感じないというよりは、何も観測できないと言った方がいいだろうか、、、
触れているのに触れている感じがしない。
親指と人差し指で挟んだそれに力を込めると、二つの指はくっつかないのに、その間に何かがあるような感じはしない。
「、、、これなんなんだ、、、本当に、、、、」
この物質が何かが結局わからないまま、周囲は暗くなり、人の声もしなくなり、街の明かりも消えていった。相変わらず物質の見当はつかない。
「大分頑張ってるね、レーミア。」
「あぁ、フォルシア?起きてたんだ、まだ。」
「そうだね、対策本部の方は、今他の人に任せてるから、久々に自分の研究ができるってわけ。」
「そう、大変なんだね。」
フォルシアは、何かつまめるものでもあった方がいいでしょう?とクッキーを持ってきてくれた。
「今日はどのくらい作業するの?」
「今日明日どころか、、、明後日まで行くかもね、、、」
「ちゃんと寝なさいよ?レーミアってばいっつもそうなんだから、、、」
確かに、研究しがいのありそうなものができると、いつもこんな感じかもしれない。
「あ、、そうそうフォルシア、これが何か見当つかない?」
「これ、、、って見たことない、、触っても感覚がないというか、、、、」
レーミアは少しだけ考えた後、何かを言おうとしたが、流石にそれはないか、、、というような表情をして、もう一度考えていた。
「なにか心当たりがあるんだ。」
「流石にないとは思うけどね、、、まぁ、、、試してみてもいいかも、、、」
そういうと、フォルシアは私に少し待つように言って、自分の研究室に戻って行った。
「フォルシア、それは何?」
「あぁ、これはね、呪詛をかけるための道具だよ。」
「それって大丈夫なの、、?危なくない?」
私がそう言ったのを聞いてだろう、フォルシアは少しだけ笑っていた。
「呪詛っていうのは、単に危険ってだけじゃないんだよ。」
フォルシアは呪詛をかける道具とやらを取り出しながら話し始めた。
「魔法で人は殺せる?」
「殺せるね、簡単に。」
「じゃあ、魔法で人を救うことはできると思う?」
「できるでしょ。実際今できてると思うよ。」
魔制計画は、魔法を使って魔法による災害を食い止め、人々を救っていると、そう言えるだろう。
「そうだね、レーミアの思っている通り、魔制計画もその一つだね。」
「なんで思ってること言い当てられるんだよ、、、」
フォルシアは笑って誤魔化したが、再度話し始めた。
「呪詛もそれと同じ。確かに人を不幸にするし、人の命を奪う。でも、人を救うこともできる。」
呪詛で人を救う、、、そんなことがあっただろうか、、、
「レーミアはよくわかるんじゃない?貴方の崩壊は、私の呪詛で致命打にならないようにしてある。呪詛や病気に対抗する手段として、呪詛を活用することもあるものなんだよ。」
そう言い終わった頃にはレーミアがいう道具というものはほとんど組み終わっていた。
「で、、その呪詛を刻む道具で何をするのさ、、、」
「いやね、少し気になったことがあって。」
フォルシアは、私に魔物の髄液が含有していた結晶を使ってもいいか尋ねた。
「全部はダメだけど、、、まぁ、三分の一くらいなら、、、、」
フォルシアは、それで十分だと言って、その結晶の欠片を切り取った。
「で、、それを使って何をするの?」
「呪詛を刻むよ、私にね。と言っても簡単なものだけど、、、」
フォルシアはそういうと、羽ペンのようなものを取り出した。
そして小さな黄金色のお皿に自らの血液を垂らし、そこに何か液体を入れた。
「それは何をしてるの?」
「呪詛紋章を書く準備だよ。呪詛紋章は、呪詛をかける人の血液と術水を混ぜた物、、業界ではこれを紋章水っていうんだけど、これで紋章を書いて、、、、」
と、そう話している間にも書き進め、話終わる頃には紋章は八割方できていた。
「で、そこに、神力の宿っている石を使って神力を通すんだけど、、、今回は、、、」
と言ってフォルシアは、その結晶を紋章にくっつけた。
「結晶が、、、溶けてる!?」
「溶けているというよりは、使用されている、かな。」
ようやく分かった。この結晶の正体は、、、、
「これって、神力の結晶ってこと、、、?」
「そうだね、、、、こういう結果になったって事は。」
「そう、、、この事実って相当やばいんじゃ、、」
「そうだね、、国一つ滅ぼせるくらいには。」
このことはフォルシアと私の間の秘密となることになった。
取り敢えず結晶の正体が分かったが、愈々まずいことになってきた。
「いや、、本当に口が裂けてもいえねえ、、、」
「レーミアも?私もだよ、、もうなんか、本当に無理、、安心して寝れない、、、」
そんな状態が数日ほど続いたが、フォルシアの仕事は比較的早く片付いたため、フォルシアは先に帰還することとなった。私たちもここでできることはもうないので、それについて、帰ることにした。
「神力の結晶、帰ったらアリカル様に伝えるべきだと思うんだよね、、、」
「やっぱりそうだよね、、じゃあ、そうする手筈で。」
私とフォルシアがコソコソ何かを話しているのを見てか、レミスが後ろから盗み聞いていたらしい。
「神力の結晶って、、、やばくないですか?」
「レミスもそう思う?、、、ってレミス!?」
「なななな、なんのことを行っているんですかぁ⤴︎?」
「いや、すみません、二人が何を話しているのかな、、と。」
まぁ、レミスも流石にことの重大さには気づいていたようで、これは他者には言わないことを誓ってくれた。そして、こうも続けた。
「今まで呪詛に使っていた石は、神力を含有するんだけど、量は本当に少ないって言われてるの。」
「そうなんだ、、なんでそんなことがわかるんだろうね、、、」
「普通に観測できないからなの。後、普通に見た目が石だし、、、」
レミスは一呼吸置いて話し始めた。
「純度の高い神力の結晶ができたということは、それだけ高威力な呪詛をかけられるということだよ。即死級の魔法なんて余裕だろうし、世界を滅ぼすようなものも、、、」
「そうだよね、、この鉱石、扱いはどうするべきだとレミスは思う?」
「アリカル様に聞くのが一番ですよ、、、」
「そうだね、やっぱりそうするのが一番だよね。」
レミスに結晶のことはバレてしまったが、それ以降は特に何もなく、数泊したのちドーダヴァルーハに到着することができた。
そして、リージュは工房へ戻り、私とフォルシアとレミスでアリカルに会いに行った。
「アリカル、戻ったよ。」
「意外と早かったの。フォルシアも一緒なの、、、」
「そうだね、一応終わったよ、、、」
アリカルは側近にお茶を淹れて菓子を出すように言い、私たちを席につかせた。
「じゃあ、報告でもしてもらおうと思うの。」
みんなが一気に暗い雰囲気になった。
私は、持参した魔道具を使い、周囲に音が漏れないようにした。
「いい知らせと悪い知らせと良い知らせと悪い知らせ、どれが聞きたい?」
「じゃあ、悪い知らせは最後に聞くことにするの。」
「では、、、、」
取り敢えず、アリカルの言っていた魔物は呪詛を使うことがわかったこと、その理由もなんとなく分かったことを伝えた。
「十分すぎる成果なの。で、、悪い話ってのはなんなの?」
「えっと、、、、、」
私が躊躇っていると、レミスが話し始めた。
「魔物名 ラング・ユゼ・マージナの髄液には神力が含有されていることを確認、および離合の技術を用いることでその結晶が発生することを確認しました。」
いつものレミスとは違い、真面目というか、少し怖いというか。
事の重大性は相当なものだろう、、、
「そう、、、ではその事実は無かったことにするの。みんなには理解して欲しいの。」
「分かってるよ。これが世に出ると凄まじいことになるのは確かだしな。」
「アリカル様のご命令に従う形で。」
「私も、リージュとレミスと同じかな。私みたいなのが増えてほしくないし。」
アリカルもリージュもレミスも、大体終わったかな、という感じで菓子を口に運び始めた。
「あの、、、アリカル、後一つ。」
「なんなの?悪い知らせのもう一つ?」
「そうだね。陰で呪詛を使って何か企んでる連中がいるかも。」
「、、、、分かったの。それも調査するの。」
報告会は概ね想定通りに終わり、結晶は無かった物になった。
無かったものになるものは意外と少なくない。
私が出会った中でも三つ、噂に聞くものも含めると七つ。
「まぁ、そういうことで、、、四重環魔法陣作るか、、、、」
「そういえばそうでした、、、忘れてた、、、」
レミスは一通り仕事が終わり、この依頼はなんだかんだ楽しかったと言って帰って行った。
「で、、レーミア?呪詛をどうやって魔法陣に使うのさ、、、」
「フォルシア、呪詛紋章を結界に刻める?」
「、、、できるのかな、、まぁ、やってみる、、、」
フォルシアが書いた紋章は、数秒間ほどはその姿をとどめたが、その内崩れ始めてしまった。
「やっぱり常に魔力が循環してる結界じゃ厳しいか、、」
「何か策があるんだね?」
こういう時に一切動じないレーミアは、こうなることを予想している事が多い。
「じゃあ、、、魔石に刻んでくれる?私が魔石を構築する中で、呪詛紋章を入れて欲しい。」
「それなら多分できるはず、、、、」
入れる呪詛は共有呪詛、二つのものを強制的に一つにする可能性を秘めた呪詛だ。
基本的には、二人の人間にかけて、その二人に共通性を持たせる。
片方の痛みはもう片方に共有され、片方の魔力はもう片方に共有される。
「これを、魔法陣に組み込んで、二つの核をなんとかしようってこと。」
フォルシアの話曰く、核が対象だと、少しわかりにくいという話だったので、私が持っていた魔石を二つ使って、それらにその呪詛をかけてもらうことにした。
「どう?これでうまく行ったんじゃない?」
「そうだね、、確かに魔力が共有されてる、、、」
この魔石を核にして、結界式魔法陣を作ることで、四重環魔法陣は作る事ができるのではないか、、
「漸く希望が見えてきたね。」
「そうだな、これもレーミアの努力のおかげだな。」
フォルシアにはそのあとも協力してもらい、呪詛をかけた魔石を三十個ほど作ってもらった。
そして、漸く、、、、
「できた、、、できたよリージュ!漸く補助魔法陣が上手く活動してるよ、、、、」
「本体側も問題ないな、これで漸く作り始められそうか?」
「そうだね、、、四重環魔法陣も大詰めだね。」
補助魔法陣は呪詛を用いた核の強制共有で、四重環魔法陣は重環魔法陣を重ねることで、、、、
「なんだかんだ無茶苦茶なことしてるね、私たち。そう思わない?リージュ。」
「そうだな、、、でも、将来私たちが作ったものが、世界中の魔力を統べると思うと少しだけわくわくしてるんだよな。」
「そうかな、、私は、昔の奴らこんなもんしか作れねえのかって言われそうで怖い。」
リージュは少しだけ笑いを零した。
私も、少しだけ笑ってしまった。
「漸く余裕が出てきたって感じかな。」
「そうだな、、、愈々、大詰めだな。」
「そうだね、、、」
第二十三章 魔法陣制作
「じゃあ、レーミアには魔法陣の制作を頼むの。」
「分かった、アリカル。制御装置に魔力を送る方はできたの?」
「なんとかって感じなの、、、正直疲れたの、、、」
アリカルとフェリアは、私たちのいない間に、制御装置に魔力を送ったり、周囲に魔力を放ったりする機械を二人で作り終えたらしく、、、また凄まじいものだ。
「魔法陣制作なんだけど、フェリアに手伝ってほしくて、、、、」
「結界式魔法陣で私に右に出るものなんてそうそういませんし、高度な技術が必要になるでしょうし、私は偶々暇ですし、、、良いですよ。」
「珍しく生意気なこと言うじゃん。」
「すみません、偶にはこう言うことを言ってみたいのです。」
フェリアもやはり変わった子だ。
フェリアの協力によって、魔法陣の生成は少しずつ進んでいった。
建設中の世界時計の中は、昼は暑く、夜は寒く。
そんな中、魔石から展開される結界に魔法陣を描き、魔石を嵌め込む作業は地獄のようだった。
「これで、大体半分ですかね、、、、」
「まだまだ長いねぇ、、、」
ここからさらに立体魔法陣も加わって、複雑性は圧倒的に増す。
「頑張って作業しないとね。」
「そうですね。」
なんて、そんな話をしている最中だった。
「魔制計画は一旦中断!?どうしてです?」
少ししけった風がはらりと部屋を抜けた。