プロローグ 春、輪島邸にて
「お初にお目にかかります。高柳家から参りました燈子と申します」
どうぞよろしくお願いしますと燈子はお辞儀をし、紅色をした布ばりの床に目を落とす。実家とは違う家の造りに気後れしそうになるのを抑えるつもりが逆に鼓動が早鐘を打ちそうなところをこらえる為に、口を結ぶ。
(しっかりしなくては!)
ー今日、私は輪島様の家に嫁入りするのだ。ー
静寂の空気が流れたかと思うと、この部屋まで案内してくれたエミリーさんはワオ!と驚いた様な声を上げた。
それに続き輪島家の当主様が
「とりあえず顔を上げて」
と言われ従う。
初めて見るその人は燈子が出会った誰にも似つかなかった。
白い肌に、高い鼻、栗色の髪と淡褐色の瞳。
その美しい顔と目が合ったかと思うとはあーっとため息を吐かれた。
ため息を吐きたいのはこっちだ。
(ああ・・・。ここでも私はダメなのね)
灰色の雨雲が渦巻く。
それでも嫁いだからには誠意を見せようと
「一生懸命良き妻になる様、努めたいと思いますのでよろしくお願いします」
と一言添えたつもりだったが彼から返って来た言葉はまさに受け入れがたいものだった。
「あの、燈子さん。俺、婚約した覚えもないんだけど
「え!?」
(嘘!確かにお父様に言われたはずなのに?)
突然の言葉に燈子は動揺した。
これには側にいたエミリーもまあ、どうしましょうと困り顔だ。
(どうしよう。どうすればいいの?)
初めて来たハイカラな館。
初めて関わる海の向こうの人達。
ただでさえ燈子にとって初めての事ばかりなのに。
無論、実家からは出戻るなの体で送り出されてるからそれはできない。
戸惑っているとエミリーさんと輪島様は海の向こうの言葉で意見し合って、ますます小さくなってしまった。
目の前には密かに憧れていたハイカラな空間や家具もたくさんあるのにー。
(やっぱり私の居場所はここではないみたいね)
と俯く。
言い合う二人の後ろの窓から見える桜は美しく咲き乱れていて、まさに春爛漫だ。
彼らでしか分からない言葉で話されてはもうお手上げだ。
仲裁はとうに諦めたが燈子は思うのだ。
(ここじゃなかったら、私の居場所はどこにあるの?)
と。
つい先程までしっかりしなくてはと思っていた決意は揺らぎ、燈子はまだ外が雪舞う頃の事を思い返していた。
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