運命の旅
第九章 人は何を捨て、何を得るのか
■ 序章 ──新たな決断
「火葬にするべきだ」
シン・ホマレはそう断言した。
しかし、ガルマやモナカ・パピコは渋い顔をする。
「土葬では駄目なのか? せめて、彼らが生きた証を──」
「イノシシの立場になって考えなー」
シン・ホマレは冷たく言い放つ。
「ちょっと土を掘り返すだけで、ノーリスク・ハイリターンで肉が手に入るのよ?」
「……」
「何度でも戻ってくるわ。そして、放置すれば腐る。悪臭が漂い、病が広まる」
「だが……」
「明日、日没を待って点火しなー」
命令とも取れる口調で、それだけ言い残し、シン・ホマレは寝床へと戻っていった。
■ 生き残るために必要なもの
翌朝。
海岸では、ガルマがスペル書を広げ、書き直せないか試行錯誤していた。
「アーリア語の発生源を突き止められるかもしれない」
「それって、スペル書のルーン文字の反応を見ながら移動するってこと?」
「そうだ」
ガルマはうなずく。
「これは探知機だ。君もここから出たいだろう?」
モナカ・パピコは微笑んだ。
火葬には消極的だったが、別の希望を感じていた。
■ 荒れる海岸
「独り占めするな、許さないぞ!」
「離れろこの野郎!」
ソウタとリクが、袋を奪い合っている。
「お前は食いすぎだ!」
「自己中め」
海岸にいた遭難者たちが、二人の争いを見てざわめき始める。
「二人とも、やめなー! 何があった?」
シン・ホマレが割って入った。
ソウタがリクを指さし、訴える。
「こいつが瓶詰めと缶詰を独占してるんだ! もう食料は残っていない!」
「これは俺が船内で見つけたんだ」
海岸の空気が一変した。
「どうやってだよ?」
リクが、シン・ホマレとソウタが運んできた椅子にどかっと座り込む。
その瞬間──
ナイフが空を裂き、リクの顔のすぐ脇に突き刺さった。
「……ッ!」
全員が息を呑む。
「ハンティングの開始だ。」
仁王立ちしていたのは、ドラッガー師だった。
■ 記憶に眠る“狩人”
「昨日のアレの正体はキバシシの子どもだ」
ドラッガー師は静かに語る。
「体重は40㎏程度。だが、すぐ近くには母親がいる」
「母親……?」
「体重100㎏超えだ。気が立ってる。子どもに近づく者を容赦なく攻撃するだろう」
「背後に回り込まれたら、鋭い牙で致命傷を負う。だから、囮が必要だ」
作戦はシンプルだ。
二名が囮となり、母キバシシを引きつける。
その間に、子キバシシを仕留める。
「……敵の得意フィールドである森の中で、ナイフ一本で仕留める?」
リクは半笑いで言った。
「大した作戦だな」
モナカ・パピコはドラッガー師の道具箱を見て驚く。
「……すごい。どうやって船内に武器を持ち込んだの?」
「見ろ」
道具箱を開くと、50音順に世界各国の武器が並んでいた。
「……」
海岸に驚嘆の声が上がる。
■ 過去と現在の交錯
ドラッガー師の脳裏に、昔の記憶が蘇る。
──会社員だった頃。
「冥府より天に昇りし安らぎを求め、癒しの光源を賜りし汝の名は?」
会社の勝手口の窓を少しだけ開き、コードネームを告げる。
「こちらはDG-13、営業部長に何か言われた男だ。好きな果物はグレープフルーツ」
「作戦は成功だ。14時にまた連絡する」
「了解、オーバー」
──現実。
ドラッガー師は、自分が“何者なのか”を、まだ捨てきれていなかった。
■ それぞれの想い
「あんたも狩りに行くの?」
シン・ホマレが、モナカ・パピコに尋ねる。
モナカ・パピコは手頃なナイフを装備していた。
「なぜ行く気になったの?」
「アレの正体を知りたいのよ」
「……」
「それに、ガルマがスペル書でリピート音声の発生源を探すって」
「ハンティング目的じゃないのね」
■ 森の決断
「スペル書を展開する」
「木に登るのか?」
モナカ・パピコは木の上からスペル書を取り出した。
──その直後、森の中に轟音が鳴り響いた。
「何かが……こっちに向かってくる」
「……ッ」
緊張が走る。
ドラッガー師は戦慄した。
■ 燃え上がる船
夜。
追悼式が始まる。
左にゲイル、右にソウタ、中央にシンシア。
かき集めた遺品から、乗船チケットの名前を読み上げる。
「シモーネ・H・スラー、ローザイル国デイル村出身。ドレスのデザイナーでした」
「アルスとビアンカ、結婚予定だった二人。今も魂が結ばれているでしょう」
船に火が放たれる。
その場にいながら、サスケ・イッセイは陰で丸薬を取り出していた。
■ 幻影の男
シン・ホマレは、一人で海を眺めていた。
「……?」
ふと、森の方を見上げる。
そこには、かつての勇者と共に旅をした父の姿があった。
(……あり得ない)
目を離し、もう一度見ても、そこには誰もいなかった。
■ 帰還者と、新たな戦いの始まり
ドラッガー師が、キバシシを引きずって帰還した。
「……!」
その顔は、自信に満ちていた。
──だが、その影には、未だ戦いの火種が残っていた。
「この島に、何かがいる」
シン・ホマレは確信していた。
生き延びるために、次にすべきことは──
この“遭難”の謎を解くことだった。