悲しい過去(1)
モナカ・パピコは森で見つけた果実を背負い、海岸を歩いていた。
潮風が頬にあたり気分がよかった。
服と本が落ちているのが気になり、歩いていくとブーツにタバコまである。
屈みこんでよくよく観察していると声をかけられた。
「その本、面白いぞ」
リクが海岸から全裸で上がってくるのに、モナカ・パピコは辟易した。
「寒そう」
「そう思うならこっちに来て温めろよ」
「誰にでもそう言ってるんでしょ、慣れてる感じ」
モナカ・パピコは足早にその場を去った。
リクは見送ると昔の記憶が蘇った。
「よかったわ、リク」
モーテルの一室、リクは女とベッドの上で裸で絡み合っていた。
「愛してるよ」
息を整え、耳元でそう囁くと、女もニッと歯茎を見せて笑った。
リクは女の下唇をなぞった。
「なあ今何が欲しい?」
「何もいらないわ」
リクは再び絡み合おうとしたが女が止めた。
「ねぇ仕事があったんじゃないの、時間は大丈夫?」
リクは時計を見て我に返った。約束の時刻まで少ししかない。
「しまった、まいったな、君には敵わない」
「いいからもう行って、私ルームサービスでも取ってるから」
「クリームソーダでも飲んでな、戻ったら俺が君をデザートにする」
女はクスリと笑ったがすぐに能面のような表情になった。
リクが落としたカバンから札束が転がり落ちたからだ。
バツの悪そうな顔でリクは札束を拾い集めた。
「見苦しくてすまない」
森の中でリクは自分のネグラにしているところにまで、あとすこしというところで足を止めた。
普段とは違う、違和感を感じた。
警戒しながら歩を進める。
ガザガサと音がする。荷物を漁っている人物がいた。
「何をしている?俺の荷物だぞ」
ゲイルがいた。すべての袋、トランクは開けられて、中身が丸見えになっていた。
「しみるわよ」
シン・ホマレはガルマのたんこぶに消毒薬を振りかけた。
「何があったの?」
ガルマは覇気のない顔で説明し始めた。
「信号の発信源を探索してたんだ、花火が海岸と森、両方上がったのをしっかり見たうえで、スペル書を開き、魔術を発動させた。そして目の前が真っ暗になった」
「背後から殴られたと?それでスペル書は?」
「もう使い物にならなくなってた」
そこまで言ったとき、ガルマの目に強い意志をホマレは感じ取った。よほど悔しいのだろう。
「犯人探すのはやめなー」
「絶対に見つけ出す」
この男には何を言っても無駄だろうなと思ったそのとき、シャロンがゲイルを肩を貸して救助を求めに来た。
「助けて」
ゲイルは顔が腫れていた。
「何があった?」
「リクだ」
シン・ホマレは消毒薬をゲイルに振りまいて治癒にあたった。
「こんなのかすり傷だ、ダメージを受けた内に入らない」
強がりをいっているのだと見え見えだ。
「かすり傷の人だらけの日だわ、消毒薬が大分減ったわ、なんでこうなったの?」
「妹、シャノンが喘息なんだ、だから薬を探していた」
「それは知らなかったわ」
「皆には内緒にしていたんだよ、格好悪いからって黙っていたんだ」
ホマレはため息をついて話の続きを促した。
「何日か前に薬が切れたが、僕のカバンに数か月分の予備が入ってた。そして僕の本があいつのカバンに入れていたのを見たんだ」
「本?」
「本を持っているなら予備薬も持っているだろう、今日は特に症状が酷い」
シャロンを見ると具合が悪そうだ。
「もし発作が起きでもしたら危ない」
リクは海岸で手紙を読んでいた。
ホマレはリクにかまわず荷物を漁りだした。
「どこにあるの?」
「何だ?」
リクはホマレの行動を気味が悪そうに見ている。
「急にどうしたんだ?」
「シャロンの喘息用の薬よ、どこなの?それにアンタ、シャロンの兄を殴った」
「あいつは泥棒だ、俺の物を盗もうとしたんだ」
「アンタの物?人の荷物から拾ったものだ!」
いきり立ったホマレにリクは反論した。
「洞窟の国では何でも共有しあうのが当然の文化なのかもしれん、だが海岸では拾った者に所有権がある」
「立ちなー」
「立ってどうする」
「立ちなー!」
「いいだろう!」
リクは立ち上がった。そこへモナカ・パピコが入ってきた。
「どうしたの?」
二人は冷静さを取り戻し、ホマレは海の方へ去った。
リクの脳裏に昔の記憶が蘇った。
ホテルのモーテルで女と金について大いに揉めていた。
「これ商売に使うお金なの?」
「後で説明する、今は時間がない」
女は興味津々だ。
「遅れたら仕事にならない、これは俺の全財産だ、18万G」
女は目を丸くした。
「アーリア国山中にかつて魔族が支配した跡の採掘所があって、一口30万Gで噛ませてもらえる、投資したら3週間ほどで2倍になる」
「30万G?それじゃ足りない」
「サマトで出資者を見つけた、3週間後には36万Gだ、ジャンヌこれはチャンスだ」
リクが服を身に着ける間、ジャンヌは何やら思いを巡らせているようだ。
靴を履き、鏡面の前でネクタイを結ぼうとしたときジャンヌが口を開いた。
「もっといい方法があるわ」
「どんな?」
「12万G出す、そして山分け」
リクは呆れながらも笑顔でどうやって工面するのか訊いた。
「主人よ」
リクは鏡の中で、自分の笑顔が消えるのをみた。