ハーフエルフの妻
「教えてよ」
「駄目よ秘密」
シン・ホマレとモナカ・パピコは滝から組んできた水を海岸に運び、ストックしていた。
「ホマレ、意外だわ、あなたがタトゥーを入れてるなんて」
「別にいいでしょ」
「ヒーラーの証?」
「そんなかんじよ」
サスケ・イッセイが二人にみんなが水をお待ちかねだ、話すのをやめてきてくれといった。
ドラッガー師は笑顔で見守っていた。
「ねぇ、タトゥーのわけをホマレに聞いてよ」
サスケ・イッセイは二人の様子をみて苦々しげだ。
「楽しそうで何よりだ」
ハーフエルフのシャオは静かに採取した美しい花を束ねていた。
これは薬の原料になる。
そして隣では夫が獲った魚を締め上げている。
この原始的な生活が始まる前の、気品の高い優雅な生活をシャオは思い出していた。
記憶の中でシャオはドレスを纏い、気の置けない友人と楽しく笑っている。
ここはシャオの父の経営するホテルのラウンジだ。
「シャンパンです」
ウェイターが客にトレイに乗せたグラスを配っている。
シャオも一つ受け取った。
シャオはウェイターと人気のない所に来るとキスを交わした。
「ねぇ、父は?」
「商談中だ」
「じゃあこのまま駆け落ちしましょ」
「どこへ」
「アーリア国」
「シャオ、君を愛しているが駆け落ちは駄目だ、俺の方からお父さんを説得してみるよ」
シャオはウェイターの説得に渋い顔をした。
「父を知らないからそんなことが言えるのよ、無理よ」
「俺を信じろ」
ウェイターは花を手渡した。
「きれい」
「今はこれだけどいつかダイヤモンドを渡す」
海岸にロン親子を見つけると、ウェイターだったハーフエルフの夫はライアスに体当たりをした。
そして馬乗りになり、殴りつけた。
「やめろ」
ロン少年が止めにかかろうとするも突き飛ばされた。
「パパを離せ!」
ロン少年の制止も聞かず、ライアスは波打ち際に追い込まれた。
海水がライアスの頭を濡らした。
シャオは絶叫を上げた。
ソウタとリクが飛び出してきた。
ソウタが夫に体当たりを、リクがライアスを担ぎ上げ、立ち上がらせた。
「鎖をくれ!早く!」
ソウタとリクが二人がかりで縛り上げた。
ライアスは息を整えると、ハーフエルフの夫を睨みつけた。
シン・ホマレ、モナカ・パピコ、サスケ・イッセイ、ドラッガー師の四人は森の中を歩いていた。
「ここだ」
シン・ホマレの案内で、父の遺体袋を見つけた船の残骸に来ていた。
すぐ脇には大きな洞窟があった。
「残骸を調べよう、いいものがあるかもしれない」
「医療用道具を探して、特に薬草が見つかるといい」
「薬草、よし」
サスケ・イッセイは残骸を調べ、モナカ・パピコとシン・ホマレは滝の水を水筒に集め始めた。
「おい動くな」
小声でドラッガー師は、サスケ・イッセイを制した。
「なんだ?」
「いいから」
シン・ホマレとモナカ・パピコも何事とか寄ってきた。
足元を見ると、ハチの巣があった。
サスケ・イッセイは気づかずにハチの巣の上に足を置いていた。
「あ・・・ヤバい」
「巣を覆うんだ、何か持ってきてくれ」
シン・ホマレとモナカ・パピコは残骸に探しに行った。
「息子と歩いていたら突然奴に襲われた、誓っていうが私は何もしていない!」
ライアスはガルマにそう訴えた。
シャオが心配そうに鎖に縛られたハーフエルフの夫に寄り添っている。
夫はよくわからないが何かを大声て訴えている。
「何か隠していないか?」
「なんだと?あんたどこの出身だ?」
「クルスルート・・・ドラドだ」
「ドラドのことは知らんが、俺の国ではハーフエルフ族は基本的に人間を疎んでいる」
ハーフエルフの夫は何か叫んだ。
「あいつを取り調べろ!」
「とりあえずこのまま鎖は外さないでおこう・・・」
リクとソウタが割って入ってきた。
「怒鳴りつければ話が通じるかもしれん」
「妖精の干物ができるぞ、いつまで鎖で縛りつけておく気だ?」
ガルマはなぜライアスを襲ったのかわかるまではこのままだと応えた。
「ロン、行くぞ」
一同は散り散りになり、シャオの脳裏にはまた記憶が蘇ってくる。
「どうだったの?」
「それが、お父様は許してくれた」
シャオは歓喜の声を上げ、ウェイターに抱き着いた。
「一体どうやって説得したの?」
「一年間工場で働けば許してくれると、もう金は心配しなくてもいい」
「父のもとで働くの?」
シャオは困惑した。
「大丈夫、今だけだ」
ウェイターは指輪の入った箱を開いた。
ダイヤモンドの指輪だ。
「そんな余裕ないのに」
森の中ではサスケ・イッセイが、踏んでしまったハチの巣を処理しようとしていた。
「ああ、虫とか嫌いなのに気持ち悪い」
サスケ・イッセイの顔にはすでに5匹くらいの蜂が這いまわっている。
シン・ホマレがハチの巣を取り除こうと空の道具袋を被せようとしたとき、サスケ・イッセイはくしゃみをしてしまい、そのまま鉢の巣を踏み砕いてしまった。
途端に黒い群れが、4人を囲んだ。
全員その場から一目散に逃げだした。
洞窟の前まで来たとき、ようやく蜂を振り払った。
モナカ・パピコは安堵のため息を漏らし、ふと顔を上げると、嫌なものを見つけてしまった。
干からびた屍だ。
「ねぇ、誰なの?」
「骨に特に目立った傷はない」
シン・ホマレが専門外のことだがそれはわかるといった。
「こっちにもある、誰かが置いたね」
「誰がどこから?」
「熊を退治したんでしょ、その熊はどこから?そういうことよ」
シン・ホマレは屍の来ていた服を観察し、100年以上経ってるのではないかといったが自信なさそうだ。
屍のそばに落ちていた小さな袋を開くと、石が二つ出てきた。
宝石だろうか?黒と白。
大きさはほぼ同じで傷はない。
サスケ・イッセイとドラッガー師が戻ってきた。
「俺が蜂をほとんど引き受けたおかげで、傷は1000か所くらいで済んだよ」
大げさだが、傷跡が残っている。
「こいつらは?」
サスケ・イッセイは屍を恐れてはいないようだ。
蜂に襲われた直後でボルテージがあがっているようだ。
「男性と女性の骨ね」
ウェイターでハーフエルフの夫にシャオは傷薬を患部に塗ってあげていた。
「何をしている」
「皮がむけてる」
「うわ、染みる」
ハーフエルフの夫はその場に座り込んだ。
シャオの脳裏にまた記憶が蘇る。
スイートルームに帰るとプレゼントをあしらった箱があった。
買ってきたばかりのブランド品をソファーに置くと、箱の中を覗いた。
竜の子供だ。
体長は30cmほど。
「気に入ったか?」
シャオの夫がベッドルームから出てきた。
「俺は残業が続いているから、友達が必要かと思って、ただししつけと食事はしっかり与えて」
「花をくれてたころが懐かしいわ」
「さあ行きましょう!」
モナカ・パピコは立ち上がって水を運ぼうとしたが、シン・ホマレは座ったまま考え込んでいた。
そして口を開く。
「必要な水は水筒1本、入るのは2リットル、一日につきね、海岸には20人いる、これを毎日やるのは重労働だわ」
シン・ホマレのやる気のない態度にモナカ・パピコは苛立った。
「何?テンションさがるわね」
「さっきのふたりはここを住居として使ってたんだわ、船が遭難し洞窟を見つけた。獣から安全を確保しやすい、水を運ぶ必要はないわ。みんなをここに集めよう」
ロン少年は海岸で父に体当たりをしたハーフエルフの夫を睨んでいた。
そこへ父ライアスが来た。
「何か話したのか?」
ハーフエルフの夫は何か短く言葉を発したが、意味は分からなかった。
シャオは無言だ。
それだけだった。
「分かりあえてよかった」
そう言い残すとロン親子はその場を去った。
「なぜ嫌いなの?」
「なんだ?」
「人間はハーフエルフが嫌いだと」
父ライアスはロン少年の素朴な疑問に狼狽しながらも答えた。
「いや別に違うんだ、ただちょっと頭にきて勢いで言っただけだ」
「何か言ったの?」
「パパが彼に?何も言ってない、パパが誰かに何か言ったと思うのか?・・・ところでママは何か言っていたのか?」
「・・・パパのことは特に何も」
ライアスは失望の色を隠そうとしなかった。
「何も知らないのか」
「パパだって僕のことを知らないくせに」
「知っているぞ」
「僕の誕生日は?」
「収穫の月、11だ。パパのは?」
「・・・」
「もういい、行こう」
「ねぇ、私から皆に説明させて」
シャオと夫は口論になっていた。
「どうやって説明する?お前はここにいろ、あと泥棒に説明は不要だ」
シャオの脳裏に記憶が蘇る。
夫が帰ってくると、無言かつ勇み足でバスルームに飛び込んでいった。
「ちょっとどうしたの?」
追っていくとそこではシャツにべったりとついた鮮血を洗い流そうとしていた夫がいた。
「怪我?どうしたの?何があったの?」
「仕事だ」
「父のために?何をしたの?」
夫はシャオの呼びかけを無視し、手を洗うことをやめない。
シャオは夫に平手打ちを食らわせた。
じっと向き合う。
「父の命令は絶対だ、それに俺たちのためだから」
シン・ホマレとモナカ・パピコは森の中を歩いていた。
「あの洞窟の前の滝にダムを作ろう、そして診療所も、海岸より快適な生活ができる」
モナカ・パピコはあまりいい反応ではないとシン・ホマレは感じた。
「何か不満?」
「いいえ、いい案だわ」
「もう救援はこない、生活基盤を整えることを考えないとだわ、皆を説得しないと」
「その前に私を説得してよ」
「・・・」
「尾行する気か?」
「そうだ」
「用を足すだけだ」
「何か言うことは?」
「は?」
「危険だし、互いに離れないほうがいい」
「いやすぐ済むから大丈夫だ」
「君のことは知っているぞ」
サスケ・イッセイは改めてドラッガー師を見つめた。
「職業ピエローズの一員だ、音楽もやっている。一部の曲だけだが」
「驚いた!知っていたとは」
「ああ40代の元商社勤めでもあの手の音楽は聴く、ただ個人的には一番最初のやつが一番良かった」
サスケ・イッセイはまるで個人レッスンを受ける生徒のようにドラッガー師の批評を聞いていた。
「解散したのかな?残念だよ、演奏は全く?」
「あーベースギター?なら180時間くらいは弾いてない」
「弾きたい?」
頷いた。
「残骸の中にあるかもしれない」
「あってもきっと壊れている、ベースギターは諦めてるよ、機内に持ち込めず、貨物室に預けた、受付のお役人様みたいなのが実に仕事熱心でね」
「探そう、きっと見つかる」
「なぜそう思う?」
「信じているから」
ガルマがまき割をしていた。
「おお待ってた、もう喉がカラカラだ」
シン・ホマレとモナカ・パピコはガルマに水筒から水を注いでやるとハーフエルフについて話した。
「もうしばらく炎天下にさらす。そして奥さんを呼び出したら、何とかして理由を聞きだす」
「君に任せてもいいの?」
ガルマは頷いた。
「私は皆に洞窟の話をするわ、夜までにキャンプを設置できる」
「真面目に言っているの?」
「・・・」
「我々に何の相談もなく、本気で自分の国を建国しようというの?」
何を言い出すんだこの男はとシン・ホマレは訝った。
「大げさね、移るだけよ」
「共生していくんでしょ」
「洞窟が一番よ」
「一番大切なのは救助隊に発見してもらうことだぞ。そのためには常に火を燃やして、必要なものは海岸とその近くで調達する。これがベストだ、洞窟に行くのは駄目だ」
「しかし、水は洞窟に行かないと採れない」
「水がないのに海岸にいるのも駄目だわ」
ガルマは切っていた薪を取り上げると、洞窟には行けないと言い残し去った。
海岸ではシン・ホマレとモナカ・パピコは皆に説得を始めた。
ガルマはライアスに近づいた。
「警官殿、取り調べることはもうないぞ」
「すまん疑って済まない」
「謝罪が目的ではないのだろ」
「ホマレの洞窟への移動の件なんだが、君はどうする?」
「ここに残る、船を見つけるのを見逃したくない。息子を連れて出ていきたいから」
シン・ホマレは水筒を鎖につながれたハーフエルフに渡してやった。
「来るのね」
ソウタは荷造りをしていた。
「シシ肉が食える、迷うことはないね」
「支度をして」
リクはモナカ・パピコに声をかけた。
「あんたがどっちに付くか、皆注目してる」
「あんたは?」
「正直迷っている。洞窟に移った後、たまたま船が通ったら後悔することになるが、ここに残って事故に遭うか、怪我でもしたらもう助からないかも」
※
「改装費は気にしないでいいとご主人から言われております、うらやましい限りですわ」
記憶の中でシャオはリフォーム会社の社員を装った、高跳び業者と計画について話していた。
一通りセールストークを夫の前でしてみせ、高跳び業者を家の中に入れると、シャオと二人きりになった。
「本当にご主人とやり直せないのですか?お父様のご主人は必死であなたの行方を追うことになりますよ」
「人語はもう覚えた、私がいなくなったらドラゴンの世話をしていただける?」
業者の女性は本気であると受け取った。
シャオに封筒を手渡した。
「アーリア国行のベーレ港、時間は正午前、何か理由をつけて港の外に出てきてください。荷物は持たないで、外に馬車がまっています。ご家族は誘拐されたと思います、絶対に姿を現さないこと、ご家族が諦めたら好きなところへ行くといいです」
「それでは確認を、時間と場所は」
「ベーレ港、正午」
「なんだよ」
ライアスは竹林で竹を斧で割ろうとしていた。ハーフエルフが寄ってきたので警戒した。
「話があるの」
「! 今あんた、人の言葉を話した?なぜ黙ってた?」
「主人に秘密なの」
「なぜ秘密なんだ」
「気難しいの、今日のは誤解よ。時計を取り返そうとしたの」
「時計のせいだったのか?2日前に拾ったんだ」
「私の父の時計だったから、威信にかけて守らないと」
「しかし・・・私を襲い掛かるのが威信だとー」
「あなたは父を知らないから」
サスケ・イッセイが一人になろうとしているのをドラッガー師は見抜いていた。
「プライバシーってものがある、ついてくるな」
「もう残りが少ないのだろう、預かってやる。禁断症状は苦痛だ、自分の意志でわたせ」
「知ったかぶりはやめろ」
「苦痛なら知っている、渡せ。君の力になりたい、麻薬をこちらへ」
サスケ・イッセイはどこか心ここにあらずといった感じで明後日の方向を向いた。
そしてドラッガー師はに向きなおった。
「ギターを探そう、ここは望むものを与えてくれる不思議な場所だが、君も与えねばならん」
麻薬を手渡した
「見つかるだろうか」
「上を見ろ」
「は?天に祈れと」
「いいから見るんだ」
崖にギターケースが引っかかっている。
道具箱、椅子、船の残骸が崖を這うように、伸びた幹にまるで蜘蛛の巣が獲物を捕るごとく。
サスケ・イッセイは涙が出そうになった。
海岸ではモナカ・パピコが海を眺めていた。
「洞窟には行けない」
「なんで、見張りなら誰かがやる。あなたがやる必要はないわ」
「違う」
「過去に原因が?」
モナカ・パピコはため息をついて目を逸らした。
シン・ホマレはそのうち気が変わるだろうと思い、去った。
ライアスは斧を持ちハーフエルフの男に近づいた。
「話ができない相手に私的なことを話すんだ、良く聴け!今月は最低最悪だった、柄にもなく子どもを引き取り訳も分からず襲われた。だが原因が分かった、この高級時計だろ!わたしのは壊れてた、しかしだ!もはやこうなった以上、時計など無意味だ!」
怯える男に向かって一方的にそう言い放つと斧を振り落とし、鎖を断ち切った。
「俺に近づくな、息子にもだ」
時計を残し、去った。
シャオは港にいたときのことを思い出す。
夫は受付カウンターの前で、ヒーラーの後ろで順番待ちをしていた。
そのとき約束の時刻が来た。
馬車が待っていた。
夫は笑顔を向けた。
シャオはすっと左に隣身を寄せた。
夫は持っていた花を渡した。
自分は夫を裏切ることはできないのだ。
「どうした?何故泣いている」
シャオは微笑んだ。
夫はシャオのこめかみにキスをすると、搭乗口に向かった。
その夜、シン・ホマレは洞窟に住む希望者を連れて案内した。
サスケ・イッセイはギターを弾いて185時間ぶりに仕事をした。
誰もが一度は聞いたことのあるその音色は、皆を心を静かに癒した。