父の幻影
シン・ホマレは子どもの頃を思い出していた。
目の前には少年が年上の少年に殴られていた。
たまたま通りかがったシン・ホマレに凄みのある少年が前に立ちはだかった。
「何見てる、消えな」
殴られている少年は知っている子だ。
助けようと前に出たところ、肩を掴まれた。
「ホマレ、調子に乗るな」
「大変だ!ホマレ!誰かが沖の方へ流された!」
サスケ・イッセイに呼びかけられてハッと目を覚ました。
ゲイルがびしょ濡れで波打ち際に倒れている。
「ゲイルは?」
「助けに行こうとして、途中で戻ってきた」
モナカ・パピコが勢いよく海に飛び込んでいった。
ゲイルはシン・ホマレの処置ですぐ息を吹き返したが、気分は優れなかった。
この海岸で自分はまだ何もなしえていない。
シン・ホマレとモナカ・パピコが歩いているのを苦々しい思いで見つめた。
「それで溺れていた人は誰だったの?」
「名前はジョセフィーヌ、ただの一般の乗船員、腫物の除去手術が長引いで私たちと一緒に遭難することに」
「彼女は泳いでいて溺れたのね、ゲイルの処置をしたらすぐ向かうつもりだった、間に合うと思ったのに」
シン・ホマレは波打ち際で再び、父の姿を見た。
父は前に見たときと全く同じSSランク級の装備を身に纏い、じっとこちらを見ていた。
「ホマレ?どうしたの」
突然、何もない波打ち際を見つめるシン・ホマレをモナカは気味が悪そうに見つめた。
「今の見た?父がいた!立ってこっちを見てた!」
「長いこと寝てないんでしょ」
「・・・ちょっと休んでくる」
「ハーフエルフの人に教えてもらった」
ロン少年は傷薬を作って見せて父ライアスに自慢した。
ライアスは親としての威厳が少し傷ついた気がした。
ため息をついているライアスとロン少年の様子を警戒しながら、ハーフエルフのシャオは洗濯物を取り込んでいた。
船の残骸が干すのに丁度よかった。
「おい、少し肌が荒れているな」
夫に触れられる。
「ありがとう、大丈夫」
「水をとってくるよ」
「ねぇ、いつになったら指示をしてくれる人がくるの?きっともう救助はこないわ」
「そのうち誰か来るだろう」
何でもないように夫は応えたが、その表情は楽観的とは言えそうにない。
シャオはいら立ちを隠そうとしなかった。
「私たちみんなから無視されている。もっと進んで交流を持たないと」
「そんな必要ない、指示なら俺が出す」
シャオはため息を飲み込み洗濯物を畳み始めた。
「ねぇ、頼んだものあった?」
シャロンはリクに尋ねた。
「目の前に立つな、影が差す、本が読みにくい」
「ねぇ、いいからー」
「分かってる、虫よけの薬だろう」
「それ効くの?」
「効果は抜群だ」
「いくら?」
「金じゃ駄目だ」
じっっと物欲しそうな顔でシャロンを見つめた。
「…何よまさか」
「5000で」
「さっきお金じゃ駄目って言ったじゃない」
「商談はもう終わりだ、貸しにしといてやる。いつか返してくれるだろ、その体で」
シャロンは薬を投げ返すと足早にその場を去った。
リクは満足げな笑みを浮かべ袋に薬をしまった。
「ねぇ櫛を貸してくれない?道具袋を調べられるだけ調べたんだけど見つからないの」
シンシアは眩暈がしてふらついた。
モナカ・パピコは彼女を気遣い横に座らせた。
「あー疲れた、妊娠しているし」
「私は服を整理している、手伝って」
「あなたもしかしてさそり座?」
モナカ・パピコは図星だった。私の術は役に立たないという人がいるけど、そんなわけないわとシンシアは上機嫌で手伝いだした。
「水が足りなくなっている、どうしよう」
ソウタとサスケ・イッセイは困っていた。
「計算するともう二日と持たない、みんな救助が来ないと知らないから好きなだけとっていく。みんなが気が付いたら面倒だぞ」
「肉も無くなりつつある」
「こうなったら、井戸でも掘るか?」
シン・ホマレは二人に相談され困惑した。
「私に聞くな!やめなー」
シン・ホマレはその場から立ち去ろうとすると、二人はついていく。
「この水全部隠しておこう、そしてケルベロスがいたな。あいつに見張らせよう」
「鼻が利くなら水を探させるのもいい、ホマレどうする?」
「やめなー私に聞くな」
二人は失望し、なんでと聞いたがどこかにいってしまった、返事はなかった。
二人をから離れたシン・ホマレの脳裏に父親と話した記憶が鮮明に蘇った。
※
「それで何があった」
父親は興味深そうに顔を腫らした幼いシン・ホマレに尋ねた。
まるで取り調べを受けているようだ。
「知っている子が殴られて」
「彼らは最初から殴ってきたのか?」
「いいえ」
父はため息をつくと、立ち上がった。
「私は小さな村の子どもを癒したことがある、魔物に襲われてな。事態は深刻だった、パパに決断を迫られたんだ。パパは決断し処置をした、その子は癒されることなく死んだ」
「・・・」
「そのあと私はすぐ勇者のパーティに戻り、みんなで一緒に村を出た。町につくとすぐ酒場に行き、大道芸人の話を聞いて笑い転げていた。一晩ぐっすり眠った、体力も気力も全快だと自覚できた。こんなことがなぜできると思う?ミスしてもなぜ平気でいられると思う?」
「・・・」
「それはアビリティだ、お前は決断したり選んだりするな。誰かを助けようなどとは思うな、ミスを経験値として蓄積するアビリティがお前にはないんだ」
「なぜ僕を助けた?」
シン・ホマレは自分に話しけられていると気づき顔を上げた、ゲイルがいた。
「ちょっと無視するな」
「後にして」
「あの時、僕は処置なしでも自力で回復できた、呼吸さえ整えばなんてことなかったんだ」
「・・・」
「無視するな、大丈夫だったと言っているだろう」
「君は溺れて流されたとも考えられた、診断する必要があった」
「女性を助けるべきだったのに」
非難がましい目でゲイルはシン・ホマレはを見つめた。
「助けられなかったのは君も一緒でしょ」
「人を助けて英雄気取りってわけかよ、僕だって人をまとめることができる。一体何様だ・・・ちょっと目を逸らすなよ」
シン・ホマレは森の方を凝視していた。
また父親が立っていた。
森の方へと歩いていく。
シン・ホマレはその後を追って歩き始めた。
「おいどこに行く?おい!」
ゲイルの声は全く届かなかった。
シン・ホマレは全力疾走で森の中へ入った。
すぐそこに父親が背を向けて立っていた。
一歩、また一歩と近づいていく。
父親はピクリとも動かない。
もう一歩で手が届く。
肩触れようと手を伸ばすと、父親が振り向いた。
険しい表情をしていた。
シン・ホマレは圧倒され、後ずさった。
「お父さん?」
父親はゆっくり元の方へ向き直ると、何も言わず森の奥へ入っていた。
また脳裏に昔の記憶が蘇る。
※
「お父さんが・・・ホマレ聞いている?」
振り向くと母親がいた。
「お父さんが家を出ていったわ」
「すぐ戻ってくるわ」
「今回は違う、あなた何とかして」
「もうずっと冷戦状態よ、お母さんの友達に頼んでよ」
「もう誰もいないわ、あなたはわかっていない」
「何が?」
「お父さんがどれだけのプレッシャーを感じているか」
「わかっているわ」
「今あの人は身だしなみを整えることすらできないのよ、お願いだからいってあげて」
「ごめんけど、いけない」
その時、母親の表情が夜叉のごとく変わったのをシン・ホマレは感じた。
「いけないと言った?よくそんなことが言えるわね、いいから連れ戻して」
口調がかなり荒くなった。
シン・ホマレは何か諦めたように聞いた。
「どこに行けばいいの」
「アーリアのダールイの酒場」
「ねぇ妊婦さんが苦しんでるみたいだよ!」
ロン少年に呼ばれたモナカ・パピコは急いで向かうと、サスケ・イッセイとライアスに運ばれているところだった。
「どうしたの?」
「気を失った」
「とりあえずテントに」
呼びかけてみるも、薄く目を開けた。意識はあるみたいだ。
「水を」
サスケ・イッセイが取りに行った。
「ないぞ」
顔色を失った。
「盗まれた」
モナカ・パピコはドラッガー師とガルマの三人で話し合った。
「何で盗まれたの?」
「わからん、一か所に置いとくべきではなかったな」
「今更言ってもしょうがない、森に行くか」
「危険よ」
「水がないと知れ渡ればパニックだ、盗まれたと言われればきっと荒れ狂いはじめる」
ピタリと空気が止まった。
「私が行こう」
ドラッガー師は自ら志願した。
「君らはここにいてくれ、水を見つけるコツは心得ている」
シン・ホマレは森の中で叫んだ。
「お前は何だ、どこにいる?」
また脳裏に記憶が読みがえってきた。
「どうやら2日前から不在のようです」
アーリア国のホテル担当者は告げた。
「馬車を借りて国外への移動は不可能です、アーリア国内にいるかと思われます」
シン・ホマレは父親が借りていた部屋を物色したが、精神安定効果のある薬草がどっさりと置いてありげんなりした。
「その言いたくないのですが、ダールイの酒場で騒ぎがありまして、警備兵ともめられまして」
「それで?」
「あの状態で馬車を貸し出す業者はおりません。私どもの商会の情報網によりますと、酒場内にて強制転移魔術を受けて」
見下げるような態度の担当者にシン・ホマレはいきり立った。
「父は勇者のパーティメンバーのヒーラーよ」
「失礼しました」
机の上に財布があるのを見つけた、中身は入れっぱなしだった。
「警察に行かれてはどうでしょうか」
「どこにいるのよ?」
シン・ホマレは森の中で父親の後ろ姿を追っていた。
いくら追っても追いつけなかった。
ほんの10メートル先なのにすぐに見失った。
再度発見したとき、駆け寄った。
すると体が急にふわりと軽くなった。
崖から落ちたのだ。
木の幹につかまりぶら下がっていると、手が伸びてきた。
「手につかまれ」
ドラッガー師だ。
這い上がることができた。
「大丈夫か?」
サスケ・イッセイは妊婦にわずかな水を差しだした。
「これを飲んで、赤ちゃんのためにも」
「ありがとう」
礼を言うとシンシアは水を飲みほした。
「くそっ水泥棒め」
サスケ・イッセイは苦々しげな表情だ。
「ホマレも戻ってこない、誰も見てない。でも水はみつけてくる、ドラッガー師もいるから」
シンシアはかなり弱気だ。
「水のために怪物と戦い、命を落とすのね」
サスケ・イッセイは励ますように陽気に言った。
「ナイフを装備したドラッガー師のほうが圧倒的に強い。道具袋にナイフが100本だよ。2~3本でいいのに」
「助けはいつくるの?」
「すぐくる」
根拠のない希望的観測だがそう言ってくれるサスケ・イッセイの言葉がシンシアには響いた。
「みんな私のことを避けてるの、子どもは魔物みたいなもの。面倒を起こすだけ」
「俺は気にしないよ」
ソウタがガルマに報告をしに行った。
「妖精族の人が水を持っていたぞ」
ハーフエルフの妻、シャオにガルマが詰め寄る。
「これをどこで手に入れた?」
シャオの持っていた水筒を取り上げ重ねて質問した。
「これを、どこで、手に入れた?」
「言葉が通じないんだ、無理よ」
モナカ・パピコがガルマを制した。
夫のハーフエルフが駆け寄ってきた。
ガルマを威圧してくる。
「おい冷静に、話し合いたいだけだ。これはどうしたの?」
水筒を指さすと夫は右を指差した。
リクだ。
呑気にしている。
モナカ・パピコが険しい表情で向かおうとしたのをガルマが止めた。
「まて、泥棒はきっと警戒している。だが時間を置けばブツの在りかに静かに戻る。その時をまちぶせにしよう」
リクは茂みの中に箱を埋めて作った道具箱にタバコを取り出そうとしたところを、モナカ・パピコとガルマに取り押さえられた。
「話せ、触るんじゃない」
「水をどこへやった?」
「エルフのとった魚と最後の水をトレードした」
「最後?」
道具箱を見たが、水はなかった。
落胆した二人はその場を去ろうとした。
「まて、これをやるよ」
リクはバッジを投げ渡した。
「あんたが取り締まってくれるみたいだからな」
モナカ・パピコを鎖で縛りあげたあの男のバッジだ。
シン・ホマレが数日間、付きっ切りで処置を施したあの男のバッジ。
モナカ・パピコがリクにボウガン代行を依頼させたあの男のバッジ。
シン・ホマレがとどめを刺すことになった、あの男のバッジ。
呪いがかけられてるような気がした。
ドラッガー師は葉の上にたまった雨水を水筒に集めていた。
「勇者が必要だ、みんなを率いるリーダー」
「それ私に言ってる?」
シン・ホマレはドラッガー師の提案に失笑した。
「無理ね」
「何でそう思う?」
「アビリティがない」
「みんなはそうは思っていないぞ」
「私には無理だわ、ミスしたらきっと魔力が暴走して取り返しがつかないことになるわ。裸で暴れまわるかも」
「それで、なんであんたここにいる?」
「狂ったの」
「正気だよ、狂った人間は自分を狂ったと思わない」
「それで、ここにいるのはなぜだ?」
「ある人を追いかけていた」
「遭難者か?」
「多分違うけど、追いかけた。追いつけたのにいない」
「私がヒーラーとして同じことを言ったらどう思う?」
「幻覚をみたというわね、原因は睡眠不足、過労、トラウマ」
「では仮に幻覚として、そうではなかったとしたらどう思う?」
「それは困まるわね」
シン・ホマレは苦笑いをした。
「私は自分を弱者だと思っていた、しかしここは特別な場所だと思う。皆あえて触れないようにしているが、全員がきっとそう感じている。君のも幻覚かもしれない、だがすべての事象に理由があるとしたら?」
「ありえない」
「言い切れるのか?私はこの森の中で、主に出会った。主は素晴らしかった」
「・・・」
シン・ホマレはいつの間にかドラッガー師の話にのめり込んでいた。
「さて行くか、水を集めないとな」
「私も行く」
「いや一人で行く、君は幻覚と決着をつけるんだ」
そしてドラッガー師は一呼吸置くと、シン・ホマレに言った。
「リーダーは終着地点を見抜いていないといけない」
シン・ホマレは警察の捜査協力にて、教会地下で父親と再会した時のことを思い出していた。
※
「発見された時は泥酔状態で意識がありませんでした、死因は心停止ですね」
棺を開けると一目で父親だと理解できた。
「父です」
夜も更け、暗闇の中、焚火の炎を見つめていると涙があふれ出てきた。
すぐ背後で音がした。
松明を手に森の奥へ向かった。
そこには滝があった。
新鮮な水がいくらでも流れてくる。
辺りを見渡すと船の残骸があった。
なぜ森の中に船の残骸があるのかはもう疑問に思わなくなっていた。
目を引いたのは父の棺おけだ。
シン・ホマレは記憶がまた蘇ってきていた。
※
「申し訳ありませんが、規則ではこちらを乗せることはできません」
「何が規則よ!勇者のパーティだった父の遺体よ!みんなのために戦ったのに拒絶する気?」
カウンターを叩き、乗船の案内係に噛みついていた。
すぐ後ろにいたハーフエルフの男に嫌な顔をされたのに気づいた。
気を取り直すと声を潜めて案内係に言った。
「光栄だと思って引き受けてよ・・・そこにサインするだけよ、何とかしてくれない」
半ば懇願半ば圧力で説き伏せる気でいた。
「この服装をみて、この格好のまま父の葬儀にはでるつもりよ。アーリア国に着いたらかつて勇者のパーティにも参加してもらうわ、それでもう完全に終わりにしたいの」
シン・ホマレは棺おけを開いた。
空だった。
海岸ではゲイルがシンシアに水を与えていた。
「どうしたのその水」
「しっ静かに」
そこをサスケ・イッセイがゲイルを取り押さえた。
砂浜に押し倒すとガルマが駆けつけてきた。
「こいつが犯人だ!なぜ盗んだ?」
「違う!危ないと思ったから管理しようとしたんだ」
「シンシアがそうしろといったのか?」
「水を渡せば泥棒だと思われる!」
この騒ぎに気づいた遭難者たちが集まってきた、モナカ・パピコも騒ぎに気付いた。
「この野郎!嘘つきめ」
サスケ・イッセイはゲイルを突き飛ばした。
「やめなー」
その場にいた全員がピタリと動きを止め、声の主に注目した。
シン・ホマレだ。
「ここにきて1週間近く経っている。もう考えを切り替えよう」
全員がシン・ホマレの声に聞き入っていた。
「溺れた女性を助けようとした人を責めるの?皆で協力して生き抜く方法を考えるの、助け合わなければみんな死ぬ。私たち全員がパーティで組むの」
「昼は水をありがとう」
「当然のことだ」
ハーフエルフの夫婦が自分たちの世界で焚火で話し合っていた。
「よー憎まれ役になった気分はどうだい?」
リクは一人海岸に座っていた、ゲイルに声をかけたが返事はなかった。
シン・ホマレとモナカ・パピコは焚火を囲んでいた。
「決着をつけた」
「何の話?」
「父が死んだ」
「・・・そうお気の毒に」