レベ1落ちから再起を目指して ダルイの酒場で 勇者と共に
魔王が復活したとの知らせを受けてパーティを再編成するための施設、「ダールイの酒場」に向かう冒険者たち。かつて魔王軍と闘っていたメンバーも平和な暮らしを享受して戦闘能力がすっかり落ちてしまっていた。再び力をつけるためには勇者のパーティに加わり、戦闘に参加しなくてはならない。シン・ホマレは血縁者に勇者のパーティメンバーがいたという理由だけで国から「ダールイの酒場」に向かうよう命令される。勇者なんて知らねぇ、興味もねぇ、会いたくもねぇ、そんな思いが祟られたのかシン・ホマレの乗った船が遭難してしまう。
第一章 船酔いしてたら、船ごと沈んでた件
「……もう二度と船になんか乗るもんか……」
大型帆船《テラの箱舟》の乗客、シン・ホマレは、船酔いに完全にやられていた。
メイドにもらった船酔い止めの薬は、まるで効いた気がしない。むしろ悪化してる説すらある。
胃の中のものは逆流しそうだし、頭はガンガン痛むし、正直、今すぐ海に飛び込んで流れ着いた先で新しい人生を始めたい。
……とか考えていたら、船が突っ込んだ。海岸に。思いっきり。
ドォンッ!!という衝撃とともに、船は座礁。
次の瞬間、胴体が真っ二つに裂け、ベッドごと外に放り出されるという、大惨事発生。
「……ああ、うん、これ……死ぬやつだな」
理解はした。でも動けない。
なぜなら、船酔いの薬の副作用がピークに達し、体がまるで機能していないからだ。
もはや血液の巡りすら最低限の生命維持レベルに落ちてる気がする。
──阿鼻叫喚の声が響く。
──爆発音が聞こえる。
──誰かが泣き叫んでいる。
まるで地獄絵図。
でも、シン・ホマレは大の字のまま、ただ天を仰いでいた。
「ヒーラーさん!?いますか!?」
「……いや、いねぇけど?」
いや、厳密にはいる。いるんだけど、いないことにしたい。
でも、乗船員は乗客名簿を握りしめながら、こっちを見ている。
「シン・ホマレ様!ヒーラーのシン・ホマレ様はいらっしゃいませんか!?」
──詰んだ。
なんでこんな時に限って無傷なんだ、私。
なんで服までピカピカのままなんだ。
絶対にヒーラーってバレるじゃん……!!
しかし、容赦なく促され、シン・ホマレは怪我人だらけの地獄海岸へと放り込まれた。
医療班(俺一人)始動、なお薬も包帯も足りません
「そこの人も手を貸してくれ!」
「こっちだ!うちの子が見つからないんです!」
「痛ぇええぇぇぇ!!」
もはや避難所の医務室みたいになっていた。
仕方なく、シン・ホマレは負傷者たちを診て回る。
「おい、結界張れないか?」
声をかけてきたのは、傷ついた老人を抱える若い男。
見るからに戦士系ではなく、サポート職といった風貌。
「いや、結界は必要ない。この人なら処置できる」
「え、俺が?」
「包帯と添え木を探してきて」
そう指示を出しつつ、自分のカバンを探しに向かった。
しかし、開けた瞬間に思わずため息が漏れる。
薬草4人分、聖水1瓶。それだけ。
他は全部、盗られていた。
財布も、ヒーラー学校卒業記念の短剣も、杖も。
そして、一番欲しかった──
「針と糸がねぇ……!」
「ちょっと、あなた針と糸持ってない?」
絶望していたところに、たまたま通りがかったのは、筋肉質な女性。
ぱっと見、戦士系。
「え、何?」
「縫製できる?」
「……マントなら」
「じゃあ私の傷を縫って」
──沈黙。
女性は明らかにドン引きしていた。
「いやいやいや、無理よ!?マントはミシンで縫ったのよ!?」
「できるって。ほら、私の脇腹見て」
シャツをめくると、そこにはぱっくり開いた傷口。
シン・ホマレは痛みがないことをいいことに、戦士の女性に向かってほほ笑んだ。
「……私、ヒーラーだけど今は魔法が使えないの。だから……」
「だから縫えって言うの!?」
「そう。簡単よ」
「簡単なわけないでしょ!!」
「でもやらないと、救える人も救えなくなるわ」
もはや半ば懇願、半ば圧力。
結局、女性は観念したように、ソーイングセットを取り出した。
「どの色がいい?」
「黒でいい」
アルコールで傷口を消毒すると、傷口がビリリとしみる。
しかし、シン・ホマレはぐっと耐えた。
「……怖くないの?」
女性が震えながら問いかける。
シン・ホマレは少し考えて、ふっと笑った。
「恐怖って、面白いものよ」
不時着した夜、生存者たちは──
日が沈み、海岸では簡易キャンプができていた。
大道芸人が焚火を維持し、太った男は残った食材で弁当を作り、配っていた。
妊婦は笑顔で受け取り、父親は幼い息子を気遣いながら、どこか遠くを見つめている。
「そろそろ誰か来てもいい頃なのにな」
「誰が?」
「……さぁ?」
そんな呟きをした直後だった。
──ドォンッ!!
雷鳴のような轟音が響き渡った。
森の奥から、獣のうなり声が聞こえる。
生存者たちは一斉に森の方を向いた。
「なんか……変だぞ」
大道芸人がそう漏らした瞬間、森の奥の樹々が不自然に揺れ、ゆっくりと沈み始めた。
何かが近づいてくる──
それも、ヤバい何かが。
「最悪だ……」
誰かが呟いた。
夜の海岸に、不吉な空気が漂い始めていた。