対策
レイヴンクロウ隊の宿舎の一室は、異様な静寂に包まれていた。
ライン、隊長ガルフォード、リーネをはじめとした信頼できるパーティーメンバーがテーブルを囲み、低い声で対策を練る。
書類や地図が散らばり、蝋燭の揺れる火が陰影を刻む。
「副長が暗殺者を使って我々を排除しようとしているなら、こちらも先手を打たなければいけない」
ガルフォードの目には決意の光が宿っていた。
「だが、奴はAランク相応の戦士だし、闇稼業の刺客を従えるとなれば、正面から突っ込むのは危険だ」
「本来、我々は領主からの輸送任務を受け、その準備を進めるはずでした。
しかし、このまま進めば、出発直前で暗殺を仕掛けられるかもしれない」
リーネは唇を噛む。
「何か、彼らに逆手を取る方法はないでしょうか?」
そこでラインが、穏やかな口調で提案する。
「もし、副長側が動き出すタイミングを逆手に取れればどうでしょう。
彼らは“我々がまだ不正を完全には掴めていない”と思っているかもしれません。
ならば、あえてこちらが『そろそろ輸送に取りかかる』と公表し、出発日時を明示してやれば?」
「つまり、敵に『この日に狙えば良い』という目標を与えるわけか?」
剣士の一人が眼を丸くする。
「はい。しかし、それは偽の情報を混ぜたトラップです。
例えば、隊長が“荷物を積み込む日”として公表した日を実はフェイクにして、別の場所・別の日時で先に別働隊が待ち伏せる。
そして、影縫いら刺客をおびき寄せ、逆に包囲するのです」
「なるほど。敵は我々が何も知らないと思えば、攻撃時期を油断しているかもしれない。
こちらが仕掛けた時間と場所に刺客が現れたら、その瞬間、不正や暗殺計画の現行犯として責め立てられる」
ガルフォードは唸るように頷く。
「しかし、確実に副長を巻き込むにはどうする? 彼は腕が立つし、簡単には姿を現さない可能性もある」
「副長が直接出てこなくても、捕らえた刺客から聞き出すなり、物証を押さえるなりできるはずです。
また、マルシェード商会のアルネストにも警戒していると匂わせれば、彼も焦って対応を誤るでしょう。
重要なのは、敵を焦らせ、綻びを引き出すことです」
ラインがさらりと答える。
「アルネストを巻き込むためには、彼が必死になるような状況を作りたいですね。
例えば、この輸送に領主直々の監査役が同行するという噂を流せば、彼らは急いで不正証拠を消そうと暗殺を前倒しするかもしれない。
噂は強力な武器になり得ます。
私の人脈を使って、ギルドや商会界隈に『領主の特使が来る』というデマを広めましょう。
そうすれば、アルネストや副長側は混乱に陥るでしょう」
パーティーは考え込むが、今は時間がない。
敵が暗殺を計画している以上、受け身でいるといずれ狙われる。
ラインの提案はリスクがあるが、一気に局面を打開できる可能性を秘めている。
「よし、やろう。
輸送準備の日程をわざと当日に公表し、事前の証拠隠滅を防ぐ。
領主特使が来るという噂を流し、退路を断つ。
そして、焦って証拠隠滅に現れた奴らを別働隊が先回りして待ち伏せし、刺客たちを一網打尽にする」
ガルフォードが腹を括った声で宣言する。
「ラインさん、あなたには引き続き情報戦で協力してほしい。
商会筋への噂流しや、偽情報拡散を頼む。必要な人手や費用があれば言ってくれ、こちらで用意する」
「もちろんです、お任せください」
ラインは謙虚に応える。
内心では、これでパーティーは自分なしでは動けないと確信しているだろう。
こうして、パーティーは「偽の輸送準備」と「領主特使のデマ」という二段仕掛けの罠を張り、副長側をおびき出す計画へと舵を切った。
緊張は最高潮に近づき、誰もが息を詰めて結果を待つことになる。
暗殺計画、裏切り、不正…すべての糸が絡み合う中、ラインは静かに微笑む。
自分が用意した筋書きが、いよいよ終幕へ向けて動き始めているかのようだった。
翌朝、ガルフォードは隊員を前に、輸送準備日程を堂々とギルドで公表した。
「領主依頼の準備が整い、明後日の昼には特使の下で点検を行う」と触れ込み、あらゆる冒険者と商人の耳に入るよう根回しした。
もちろん特使はデマだが、それを信じ込んだ者たちが焦ることを期待しての計略だ。
同時にラインは、裏でギルド周辺に「領主特使が厳格な検査を行う」「不正品が見つかれば関与者は即刻処罰」という噂をさりげなく流して回った。
マルシェード商会側はこれを聞けば、改ざんしたロットや報告書が露見する前に行動を起こさざるを得ない。
日が沈む頃、パーティーは秘密裏に配置を進める。
偽の積み込み現場として指定した倉庫には、戦闘力の高いメンバーが隠れ、斥候役が周囲を見張る。
リーネは回復支援の準備を整え、剣士や弓使いは陰影の多い足場で待機する。
ガルフォードは倉庫屋根裏の梁から現場を睥睨し、いつでも指揮できる体勢だ。
ラインはその場にいない。
あくまで「表向きのただの情報提供者」である彼は、当日の朝から姿を見せず、あえてパーティーを一人で行動させている。
だが、実際には裏通りで静かに事態を観察し、自分が仕掛けた駒が正しく動くか見極めている。
(もし計画通りなら、今夜か明け方には副長側が動くはず。
すでに不正の物資が倉庫に運び込まれていることをミレイユが確認済みだ。
彼らは“特使”が来る前に証拠を握り潰したいだとうから刺客は輸送準備を狙ってくるだろうな)
ラインは密かにそんな思考を巡らせる。
マルシェード商会の裏手にある石造りの倉庫街。
その一角で、副長セドリックは焦りを隠せず、部下たちを前にして苦い顔をしていた。
彼らが秘密裏に運び込んだ不正な美術品は既に倉庫内に潜んでいる。
存在するはずがない美術品などの物資が現物として並んでいる以上、特使が到着すれば不正が露見するのは避けられない。
「まさか、特使が来るなんて……くそっ!」
セドリックは低く唸る。
今日の夕方にもパーティーが輸送準備を開始すると正式にパーティー通達があった。
もしそれが本当なら、時間はほとんど残されていない。
今、行動を起こさねば、領主の目の前で全てが暴かれてしまう。
特使さえ来なければ、商会やアルネストと組んで美術品を闇に流し、利益を得る計画が上手くいくはずだった。
なのに、計算が狂った今、セドリックは強行手段に頼るしかない。
彼は頭痛を感じながら、なぜこんな事態になったのか理解できずにいる。
何らかの外部工作があるとは夢にも思わない。
「セドリックさん、どうします? 今さら証拠隠滅は難しいですよ」
商会側の用心棒が不安そうに尋ねる。
美術品はもう倉庫にある。紙に書かれた嘘ではなく、物理的なブツが揃っている以上、撤去も不正の跡形も消すには時間がかかりすぎる。
「時間がない。今すぐ暗殺者を呼べ。金は出す。集められるだけ集め今日の夕方まで待たず、即刻行動を起こすんだ」
セドリックは苛立ち混じりに指示を下す。
「パーティーが輸送準備に入る前に襲撃する。倉庫ごと焼き払っても構わん!
あの不正な物資を存在ごと消せば、特使が来ても何も見つからない。
必要なら、口出しする連中も黙らせろ」
用心棒たちは顔を見合わせながら頷くしかない。
かつて冷静な参謀として信頼されていた副長は、今や疑心と焦燥に支配されていた。
「躊躇するな。今やるしかないんだ。特使が来て書類と実物を照合されたら終わりだ。
俺たちが仕込んだ美術品が見つかれば、全員道連れになる。」
セドリックは声を低めて言葉を吐き出す。
「動け、すぐに」
こうして、副長セドリックは完全に偽の情報に踊らされ、殺気立った決断を下した。
誰がこの状況を作り出したのかも知らぬまま、彼は自ら破滅への一手を打つため、暗殺者たちに命令を下し、倉庫襲撃へと突き進む。