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底辺冒険者、影の支配者として裏から糸を引く  作者: 来夢
Aランク パーティー掌握編
8/41

侵入

 オルグリアの町は、表向きは相変わらず穏やかな朝を迎えていた。しかし、レイヴンクロウ隊の宿舎内は張りつめた空気が漂う。副長セドリックが闇稼業の刺客と結託し、不正物資を利用した陰謀を進めている可能性が高まる中、彼らは軽々しく動けば狙われかねない状況だ。


「アルネストが出入りする豪商のサロンが鍵になりそうだな……」


ガルフォードが地図を広げ、領主代理人が示したサロンの位置や出入り口を確かめる。サロンは上流階級が集う私的な社交場であり、時に本来あり得ない品物が“正式記録品”と称して売買される危険なスポットらしい。


「そこでは闇のオークションや非公式の取引が行われている可能性があります。美術品が正規依頼品として処理されているなら、そこで“受領印”を利用した偽装の痕跡が名簿や取引台帳に残っているかもしれません。実際の品が登場すれば、副長がその入手元として記録されている可能性もあるんです。」


リーネが記憶を辿り、追加情報を思い出したように言うが、その表情には不安が混じっている。


 正式ルートで招待状を得るには時間がかかり、その間に副長側に動きを悟られる危険がある。ここでまた、ラインが上手く言葉を選んで提案する。


「実は、僕の知人で、そのサロンの下働きをしている者がいて、裏方の人脈を持っていると聞きました。彼の助力を得れば、誰かを密かに潜り込ませる手配ができるかもしれません」


 ラインが次々と、まるで用意していたかのように打開策を示してくることは本来不審なはずだが、これまでの成果があまりにも適格だったため、パーティーはむしろ感謝を覚える。彼なしでは、この迷路を進むことは難しい。


「潜入か……確かに危険だが、ここで立ち止まっていても何も変わらない。」

ガルフォードは悩みつつも前を向く。セドリックが強行手段に出る前に、こちらが先手を打つ必要がある。


「もしサロンで本当に報告書に記載された美術品が出回っていたり、名簿や契約書にセドリックの名前があれば、それが不正計画の決定的証拠となり得る。よし、準備しよう。」


「では、私が潜り込みましょうか」

リーネが決意を示す。


「だが、危険だぞリーネ。セドリックやアルネストが気づけばどうなるか」

剣士が懸念するが、リーネは首を横に振る。


「このまま疑惑ばかり積み重なっても何も変わらない。証拠や何かしらの糸口が得られるかもしれない」


 ガルフォードは苦い顔をするが、パーティーとして具体的な行動を起こすしかない現状、リーネの申し出を拒む理由はない。


「わかった。だがリーネ、君一人では危険だ。ラインさん、その知人とはあなたが先に話をつけてくれますか? リーネが安全に潜入できるよう、段取りを整えてほしい」


「もちろんです。給仕人には私から連絡します。リーネさんが紛れ込むタイミングや合言葉など、細かい点は私が責任をもって詰めます」

ラインは相変わらず柔和な微笑で応じる。


 こうして、“治癒師リーネのサロン潜入計画”が動き出した。


「セドリックたちは我々が不正を暴きつつあることに気づくかもしれん。用心しろ」

ガルフォードはパーティーに厳命する。


「ラインさん、あなたも気をつけて。あなたが我々を助けていることを知れば、セドリックたちはあなたも標的にするかもしれない。あなたの友人の件もありますし、くれぐれも慎重に⋯⋯」


「お気遣いありがとうございます。でも、僕は戦えない分、逃げ足だけは早いんで」


ラインは冗談めかして笑う。全て計算のうちだ。緊張が高まるほど、ラインを一層頼ることになる。



 夜、オルグリアの上流階級が集まる豪商のサロンは、柔らかな灯りと上品な笑い声で満たされていた。絢爛たる装飾品、美酒、美食…階層の違いを見せつけるような、この密やかな社交場に、治癒師リーネは給仕人の手引きで紛れ込んでいた。


(落ち着いて、私はただの侍女の一人…誰も疑わないはず)


白いエプロンドレスに身を包み、トレイを手にしたリーネは、慎重な足取りでホールを巡る。ラインが紹介した給仕人が視線で合図し、アルネストがいる一角を示してくれた。


 そこには、短く刈り込んだ髪に精悍な面差しの男——マルシェード商会副代表アルネストが、数名の客と上品な笑みを交わしている姿があった。彼はおそらく、この場での影響力を誇示するかのように落ち着いて振る舞っていた。


「アルネスト様、こちら新入荷のワインでございます」


リーネは給仕人の役を演じ、彼に近づく。半透明のグラスに濃い赤色の液体が注がれ、微かな果実の香りが漂う。


「ほう、なかなかの香りだ」


アルネストは気だるげな笑みを浮かべ、軽く一口含む。その仕草を間近で見るリーネは、心臓を高鳴らせながら観察を続ける。この男は、副長セドリックとどう繋がっているのか? 闇の刺客や不正報告書、余分なロットの謎といった糸が、どこで結ばれるのか探らなければならない。


 しばらく観察を続ける中、アルネストが人目につかぬよう個室に移動した。慌てて後を追ったリーネだったがアルネストの姿を見失ってしまう。


しかし、その時リーネは耳に入った不穏な言葉に反応し、少しずつドアに耳をあてる。


「⋯⋯ックが盗んだ美術品は⋯⋯」


「今夜中に影縫いに連絡⋯⋯しい」


「あの暗殺⋯⋯を⋯⋯のは確実だな」


(⋯⋯ッ!!)


信じたくはなかったが、覚悟はしていた情報が耳に入ってくる。リーネの心臓が激しく鼓動する。心を落ちつけ会話の声に集中し身を潜める。


「時は熟した、と言っていた。王都への輸送を妨害し、余計な目を潰す。不正が露見する前に頭を消して自分がトップに立つのが得策だそうだ」


(障害を消す…? トップに立つって、まさか、隊長を狙っているの!?)


リーネは息を呑む。どうやら副長セドリックは、不正発覚を恐れ、パーティーや領主側関係者を排除するために暗殺者を雇うつもりらしい。あの噂は本当だったのだ。


 リーネはさらに耳を澄ませようと柱陰へ数歩近づく。微かな会話の断片が耳に入るが、まだ肝心な部分は聞き取れない。あと少し、あと一歩踏み込めば、不正や暗殺計画の詳細を得られるかもしれない——そう思った、その刹那だった。


(まずい、怪しまれてる?)


ひやりとする感覚が背筋を走る。リーネは、無意識に息を詰めて振り向いた。そこには、鋭い目をした小柄な女が、陰からこちらを睨むように立っている。華やかなサロンで浮くほど真っ黒な服装、まるで“影縫い”と呼ばれる闇の刺客さながらの殺気が滲む気配。この女、客でも貴婦人でもないのは明白だ。誰? なぜ今、私を目で威嚇するの?


 緊張が走る中、給仕人が間に割って入ってきた。ラインが手配した協力者だ。彼はさりげなく微笑み、場を和らげる口調で説明する。


「失礼いたしました、お客様。彼女は今夜から雇われた臨時給仕人でして、まだ慣れておりません。もし不手際がありましたら、私が直接承りますので、ご寛恕いただけますか?」


 小柄な女は無言のまま、なおも鋭い視線をリーネに注いでいる。だが、この一幕は、リーネの足を止めさせるには十分だった。深追いは危険だ。彼女が“影縫い”なのか、あるいはそれに類する存在なのか分からないが、これ以上踏み込めば、自分の正体が露見するかもしれない。すでに必要な情報はある程度掴んだ。ここは退くべきだ。


(これ以上は無理……十分な手がかりは得たわ、皆のところへ戻らなくちゃ)


 リーネは給仕人に「ありがとう」と目で合図し、さりげなく後退する。ホールから出る際、もう一度あの小柄な女へ視線を向けるが、相手は相変わらず無表情で鋭い目つきを崩さない。その圧力は、“ここから先は来るな”と告げているようだった。やがてリーネは裏手に用意された密かなルートへと逃れ出る。ラインが手配した協力者は、ここでも活躍し、彼女が安全にサロン外へ出られるよう手配していた。


 こうしてリーネは辛くもサロンから脱出に成功する。美術品を利用した不正や暗殺計画に言及する会話を掴み、副長セドリックが本気でパーティーを消そうとしていることを知ったのだ。この一件は、パーティーにとって避けられない対立の火種となり、リーネは仲間たちに急ぎ報告するため、宿舎へと足早に戻っていった。




 その日の夜、窓のない物置部屋の中、粗末な机と椅子がランプの淡い光に浮かび上がる。ライン、シャルロット、ミレイユが再び顔を合わせていた。まるで闇劇の舞台裏で、上演後に演出家と役者が密談するかのような雰囲気だ。


「リーネは無事帰ったみたいね。情報は十分に伝わったかしら?」


シャルロットが最初に口を開く。彼女は笑みを浮かべ、まるで成功した芝居の感想を求める俳優のような調子だ。


「ああ、計画通りだ」

ラインは満足げに小さく笑う。


「リーネが聞いた“あの会話”は実は僕たちが用意したサクラ同士のやり取りだった。あらかじめ仕込んだ人物が、わざと美術品や暗殺計画を示唆する断片を口にして、リーネに聞かせたんだ。しかも絶妙なタイミングで止めることで、彼女は半ば確信を抱き、慌てて帰るしかなかった」


 ミレイユはフードを外し、テーブル上の小さな紙片を指で弾く。


「つまり、リーネは“暗殺計画が本当にあるらしい”と信じ込むわけね。必要以上の情報は与えず、不安と疑念を残した状態で撤退させた。だからこそ私が彼女を追い払ったの。あそこで本物の影縫いを匂わせるような立ち振る舞いを見せれば、リーネはさらなる探りを断念して逃げ出すしかない」


「あぁ、リーネにこれ以上深く踏み込まれると、一度に余計な情報を与えすぎてしまうからね」

ラインは淡々と指先でテーブルを軽く叩く。


「我々の狙いは、パーティーが最終的に俺たちなしに動けない状態を作り出すこと。そのためには、徐々に不安要素を積み重ね、彼らが混乱しきった時点で俺たちが“正しい答え”を出せばいい。今夜リーネが持ち帰った情報は不十分だが、逆にそれが好都合。彼らはさらなる手がかりを求めるだろう」


 シャルロットは微笑みながら頷く。

「リーネ達はもう、副長が危険だと確信したわ。しかも、私たちの助言なしには次に何をすべきかわからない状態よ。あのサロンでの一件をきっかけに、次はどう動くのかしらね?」


「次の輸送任務が鍵だ」

ラインは視線をミレイユに送る。


「パーティーは、領主直轄の依頼を遂行するため、近々正式な輸送を開始する。そのタイミングで副長がどんな工作を仕込むか、商会側がどんな動きをするか、今から考えて手を打つ必要がある。もし彼らが美術品など不正物資を紛れ込ませようとするなら、その瞬間を抑えれば決定的だ」


 ミレイユは静かに紙片をしまいながら言う。


「私が再度書類を精査して、次の輸送任務の予定や報告書類の微細な部分をチェックしましょう。もし領主側の報告が滞っている間に、本当に物資が動くなら、私たちが先回りして資料を細工できる。パーティーが困ったとき、あなたが助言して、事態収拾に導くわけね」


「そういうこと」


ラインは軽く笑みを浮かべる。その笑みは、わずかな暗い光の中で冷やかな輝きを放つ。


「パーティーが輸送任務直前に再度混乱すれば、俺たちなしでは対処不能だと痛感する。そうなれば、こちらが提示する案を、彼らは喜んで受け入れるだろう。今後はより深く介入していくつもりだ」


「了解よ。じゃあ、私は噂や状況をさらに微調整しておくわ。領主代理人が戸惑っている間に、パーティー側が必死に副長や商会を追い詰めようとすれば、事態はますます混迷する。結果として、あなたたちの所へ戻るしかなくなるわね」


シャルロットは顎を軽く上げていたずらな笑みを浮かべる。


 ミレイユは無言のまま、軽く頷くだけ。その沈黙が既に合意を示している。


「今夜はこれで充分だ。また明日、状況に応じて指示を出す。おやすみ」


ラインは二人を目で促す。闇の中、3人は再び散会する。シャルロットは軽い足音で、ミレイユは音も立てず、そしてラインは片付けをするふりで後から出ていく。


 こうして、薄暗い密室で交わされた密談は、パーティーをさらなる混乱へと導く次の布石となった。リーネに与えた偽りの情報、あえて追い出した演技、そして次の輸送任務に合わせた完璧な伏線。すべては、ラインたちが描く策略劇の一幕に過ぎない。

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