不穏
領主邸で報告書の不正を確認した翌日、レイヴンクロウ隊は次なる手掛かりを求めて動き出した。
マルシェード商会副代表アルネストへの接触は難題だが、少しずつ包囲網を狭めている。
ラインも依然として謙虚な態度で情報提供を続け、彼らを支えていた。
隊長ガルフォードは、代理人からアルネストの習慣や行動パターンを聞き出そうとする一方で、リーネらメンバーはギルド周辺で追加情報を集めている。
そんな中で、リーネに話しかけてきたのは最近仲良くなったシャーロッテという冒険者だ。
「ねえ、聞いた? 昨日の夜更け城壁近くの裏路地に、例の“影縫い”がいたって」
リーネは首を傾げる。
「例の“影縫い”ってなに?」
「はー?あんた知らないの?闇稼業で有名な“影縫い”と呼ばれる暗殺者よ。直接見たって証拠はないらしいけど、その影縫いが最近街に来てるのは超有名な話よ」
シャーロッテはバカにしたように肩をすくめる。
「そうなんだ⋯⋯初めて聞いたよ」
「さらに、なんと!そいつと一緒に、あなたのところの副長っぽい人がいたとか。暗いマントを羽織って顔を隠してたらしいけど、体格と持ってた槍の形がそっくりだったって話よ」
リーネは驚き、硬直してしまう。
「その“影縫い”は物騒な連中でね、標的を狙って無音で仕留めるのが得意らしいわ。もし、そいつとあなたのところの副長が関わってるなら、何か物騒な計画があるのかもね?」
もちろん、これは確証のない噂に過ぎない。
しかし、既に副長は不正疑惑の渦中にあり、その上、闇稼業の刺客と接触が囁かれれば、隊内の不安は募るばかりだ。
リーネはこの日の夕方の対策会議にてシャーロッテに聞いた話をガルフォードたちへ報告する。
対策会議にはラインも呼ばれていた。
「隊長、これが真実かはわかりません。でも、暗殺者らしき者と接触を匂わせる話がある以上、副長の行動には細心の注意が必要では?」
リーネは心配そうな表情だ。
ガルフォードは深く考え込む。
「不正疑惑に加え、刺客と繋がる可能性…目的が何なのか分からないが、用心に越したことはない。もし副長が何らかの標的を狙っているとすれば、それは我々、あるいは領主側かもしれない」
ラインも同席して話を聞いていたが、あくまで表情には出さず、静かに頷く。
「この状況で不正がバレれば、関与者は危機に立たされます。焦った者が強硬手段に出る可能性は高い。皆さん、身辺には十分お気を付けください」
こうして、“副長セドリックが暗殺を企むかもしれない”という不安定な噂が、パーティー内に漂い始める。
あくまで直接的な証拠はまだないが、夜間の不審な集会、街に潜む影縫いの名、そして副長が最近不自然な外出を繰り返しているという些細な記録も、積み重なれば確度を増す。
「いずれにせよ、アルネストとの接触を果たし、もっと確実な情報を得ねばならない。副長が暗殺を企む理由も、標的も、まだ闇の中だ」
ガルフォードは冷静に判断を下す。
「ラインさん、アルネストに近づけそうな手掛かりはありませんか?」
リーネは話が行き詰まったときはラインに相談するのが自然になってきていた。
「そうですね……領主代理人の話によれば、アルネストは定期的に、とある豪商のサロンに出入りしているそうです」
ラインは即座に新たな糸口を提示する。
その声は落ち着いていて、既に戦略があるかのようだ。
「そこは単なる社交場ではなく、裏で特別な取引が行われる密かな拠点と聞きました。正式な報告書に記されていた“存在するはずのない美術品”が、このサロンを通じて闇市場へ流されている可能性が高いんです。
要するに、あのサロンは不正物資が“正当化”される最終の舞台かもしれない。」
この説明に、パーティーは自然と納得する。
いかにAランクパーティーといえど、相手は上流階級の集う秘密めいたサロン。
招待状なしで踏み込むのは容易ではないが、もしサロン内で実際に美術品が“正規品”として競売されていたり、裏帳簿が回されていたりすれば、報告書との不正整合や副長セドリックとの繋がりが一目瞭然になるだろう。
単なる言葉尻をつかむためでなく、闇オークションか、あるいは隠された契約書や名簿を押さえるための行動なのだ。
レイヴンクロウ隊は、元参謀である副長が不正と暗殺計画の可能性に深く関わっていると知り、もはや彼を頼ることはできない。
戦術面で特別頭が切れるわけではない隊長ガルフォードにとって、ラインが示すこのサロン潜入は、確固たる証拠を掴むための、避けられない一手となっていた。