証拠
翌日、ガルフォードとリーネ、そしてラインを含む数名の隊員は領主邸へ向かった。
マルシェード商会の不自然な箱が見つかったことを、領主代理人へ伝え、その関連書類の閲覧を求めるためだ。
領主代理人は、最初こそ怪訝な顔をしたが、Aランクパーティーが公示ロットとの不一致を確認したと知ると態度を変えた。
領主代理人から見れば、これは自分にも責任が及びかねない事態であり、表沙汰になれば領主の面子に関わる。
「……分かりました。報告書は厳重に保管されていますが、あなた方のような信頼できる冒険者であれば、一緒に確認することはやぶさかではありません。ただし、ここで見たことは内密にお願いしますね」
代理人は微妙に弱気な調子で応える。
領主に知られずに穏便に問題解決するなら、パーティーと利害が一致する面もある。
ラインは横で静かに聞いている。
(いい感じだ。領主代理人も不正発覚による責任追及を恐れているから、隊の要求に応じやすい。これで報告書を見てさらなる不正の痕跡が出れば、パーティーは完全に俺を信じるだろう。僕は報告書には偽造していないが、副長の不正行為があるのは確認済みだ)
リーネは少し緊張した面持ちだ。
こんな大事になるとは思わなかったが、ここまで来たら後戻りはできない。
副長の疑惑も晴れるなら晴らしたいし、もし本当に裏切りなら未然に阻止したい。
こうして、パーティーはさらに一歩踏み込み、領主報告書という公式文書の検証へ進む。
ラインはあくまで“不正を暴くために協力する第三者”として振る舞い続け、着実に信頼を築いていく。
領主邸の一室。
分厚い木製の書庫には、過去数年分の領主関連報告書が整然とファイリングされている。
マルシェード商会から定期的に提出される「納品状況報告書」――それは領主への正式な提出物であり、作成時に公証役が立ち会い、特殊な防改ざん処理が施されているため、原則として後から書き換えはできないはずだった。
ガルフォード、リーネ、ライン、そして領主代理人がテーブルを囲み、半年前の報告書を手に取る。
領主代理人が重い口を開く。
「これが、その期間中の報告書です。
公示ロット表と実際の納品記録は厳格に照合され、報告書完成後は公証魔印で“ロック”されるため、書き換えはできない仕組みになっています。
にもかかわらず、最近は精査を怠り、実質的に鵜呑みにしていましたが、今回それが裏目に出たかもしれません……」
リーネが公示ロット表を手元に並べ、ガルフォードと共にページをめくる。
ラインは少し後ろから覗き込み、余計な口出しは控えている。
報告書は厳密な手続きを踏んだ書類なので、本来であれば不正が紛れ込む余地はない。
にもかかわらず不審な項目が存在すれば、それは提出時点で既に不正が計画的に行われていたことを意味する。
「ここ…明らかにおかしいです」
リーネが指差したのは、ある月のページ。
ロットA-123相当の項目には、魔法触媒や治癒薬など、冒険者が扱う物資が並ぶはずだった。
だが、そこには“高級美術品”と書かれた異質な品名が混じっている。
油絵、彫像、装飾品といった類で、領主依頼の輸送物資としては明らかに場違いな物品だ。
「この報告書は完成時に公証魔印を押され、以後書き換え不可能なはずだ。
なのに、こんな馬鹿げた品目が記載されているとは……」
ガルフォードが唸る。
「冒険者である我々が、美術品など仕入れる理由がない。ましてや領主依頼に出す予定の品々にこんな物が紛れているなんて、公式記録上で矛盾が起きている」
「実際、私たちはそんな美術品なんて受け取っていません。
聞いたこともありません!」
リーネが声を強める。
「……にもかかわらず、報告書に添付された資料には“受領印”まで押されています。
確認しますね……」
ガルフォードが書類を寄せて覗き込み、息を呑んだ。
「この受領印は……セドリックの印だ。
正規品を受け取った際に使用する個人印が、なぜこんな架空の美術品に紛れ込んでいる?」
「セドリックの印……?」
弓使いの女が面を強張らせる。
「正規ルートで受領した場合、その物資を実際に手渡された者――つまり我々の中で正式な権限がある人物が印を押すことになります。
でも、私たちはそんな美術品を見た記憶すらない。
なのにセドリックさんの印があるなんて……」
「⋯⋯これは、不正が行われているのは事実のようです」
領主代理人が渋面で告白する。
「書式は厳密で公証魔印もありますが、今回あなた方の指摘で実際に精査したところ、こんなありえない品目があることに改めて気づきました。
私も愕然としています。
ただ、この事実をすぐに領主へ報告するのはためらわれます。
主君に混乱を伝えるには、もう少し確実な裏付けが必要なのです」
「セドリックさんはしばしば王都の豪商や商会関係者と接触しているという噂もありましたよね」
剣士が思い出したように言う。
「もし彼が商会上層や闇ブローカーと組んで、報告書に載せた虚偽の物品を闇で流しているなら、これは単なる不正ロット問題では済みません。
明確な詐欺行為であり、領主への背信行為です」
「私たちも、この事態をいきなり領主様にご報告するのは得策ではないと考えています。
あまりにも突飛で、何らかの裏があるとしか思えないからです」
代理人は苦い顔のまま続ける。
「誤報や偽情報で領主に恥をかかせれば、我々自身が処罰されかねない。
確実な証拠を固めなければ、安易に主君に事態を上申できないのです」
リーネは唇を噛み、床へ視線を落とす。
「でも、この受領印が本当にセドリックさんのものか、どうやって確信を得るんでしょう。
印を盗まれた可能性だってありますし、本人が他人に貸したりすれば……。」
「確かに即断はできない。
しかし、副長セドリックは依頼関係書類に精通していたし、印も通常は厳重に管理される。
第三者が簡単に触れるとは考えにくい」
ガルフォードは冷静に応じる。
「少なくとも、セドリックが全く無関係なら、こんな奇妙な品目に彼の印が押されていることが説明つかない。
仮に盗難を主張するにしても、彼は厳しい説明責任を負うことになる。」
室内には重い沈黙が落ちる。
「……ラインさん、ここから先どうすれば?」
リーネが頼るような口調で問うと、ラインは悲しげな笑みを浮かべて頷く。
「この状況下、領主に即報告するのは、あなた方にも代理人にもリスクが高い。
だからこそ、副長が間違いなく関わっていることを裏付ける追加証拠が必要です。
マルシェード商会のアルネストを探れば、実際に副長が物資を闇流通させる計画が裏で動いている証拠を押さえられるかもしれません。
確定的な証拠があれば、領主に報告する時も堂々とできます」
ラインはあくまで控えめな態度を取りながら、さらなる行動を促す。
こうして、報告書上の不正が領主代理人レベルで既に発覚しながらも、領主への報告が滞っている状況で、パーティーと代理人は確固たる裏付けを求めることになる。
「行こう、次はアルネストを探るんだ」
ガルフォードが決意を固め、パーティーメンバーも緊張した表情で頷く。
副長が本当に裏切っているなら、これ以上うやむやにはできない。
ラインは内心で微笑んでいた。
彼の助言なしにはこの迷路から抜け出せない今、パーティーは彼にますます依存せざるを得ないだろう。