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底辺冒険者、影の支配者として裏から糸を引く  作者: 来夢
Aランク パーティー掌握編
5/41

痕跡

 マルシェード商会倉庫で奇妙な余分ロットが見つかった後、レイヴンクロウ隊は証拠の書類を回収し、いったん宿舎へ戻ることにした。


 倉庫管理人に詳しい説明を求めると、「知らない、上層部の指示なしでそんな箱は増やせないはず」と首を傾げるばかり。

結局、商会内部に協力者がいることはほぼ確実だが、直接の犯人は分からないままだ。


「これは明らかに領主関連の正式な依頼ルートを悪用した不正行為だ。内部の誰かが、正規品に似せた余計な箱を紛れ込ませ、何かを流通させてる…」


 ガルフォードは宿舎の応接室で書類を広げ、隊員たちと頭を突き合わせる。剣士や弓使い、リーネも深刻な面持ちで見守っている。


「副長セドリックがその“誰か”と繋がっている可能性は?」

弓使いの女性が問いかけると、室内に重い沈黙が落ちる。副長はこれまで参謀的存在だったが、最近の噂や言動、そして今回の不正発覚が重なり、疑念は拭えない。


「ただの疑惑だけで彼を追及するのは危険だ。副長は戦闘能力も高く、影響力もある。下手に問い詰めて逆上されたら、パーティーそのものが崩壊しかねない」

ガルフォードは苦渋の表情で唸る。

「もっと確たる証拠、もしくは副長が関わらざるを得ない状況を作る必要がある」


 その時、部屋の隅で控えめにしていたラインが口を開く。


「もし、追加で調べるなら、マルシェード商会経由で領主邸に提出される“定期報告書”が手掛かりになるかもしれません。僕の友人の話では、その報告書に微妙な改ざんがあると言うことだったので…」


「定期報告書とは?」

リーネが尋ねると、ラインは丁寧に答える。


「領主は商会から定期的に『納品状況報告書』を受け取る決まりがあります。本来それは公示ロット表と一致するはずですが、もし不正ロットがあるなら報告書にも怪しい記述が紛れ込んでいるはずです」


「なるほど、公式に領主へ上がる書類なら、副長が暗躍しているなら関与せざるを得ない」

ガルフォードが言った後、ラインは続けて分かりやすい説明を付け加えた。


「領主宛ての定期報告書は、基本的にマルシェード商会側の責任者が作成します。しかし、公示ロット表にない物資が混ざっていれば、商会はその理由を領主側に示さなければなりません。厳密な書式、指定された印章の押印、さらに確認者として複数の責任者が名を連ねる決まりがあります。もし副長がマルシェード商会と通じて不正ロットを流通させているなら、こうした『本来あり得ないロット』を報告書に記させる際、必ず何らかの形で指示を出し、筆跡や印鑑、追加の文面をいじる必要が出てきます。要するに、正規ルートで領主へ提出される定期報告書は、商会内部だけで完結できない程度に厳格な手続きがあるんです。副長は自ら筆を取らなくても、誰かを通して細工させるにしても、何らかの関与をせずには不自然な項目やロットを『公式』な書類に落とし込めません。逆に言えば、不正ロットが正式報告書に反映されていれば、そこには必ず『誰かがこの不正を成立させるために領主側に嘘をついた』痕跡が残るわけです。副長が影響力を持ち、密な連絡を取り合える立場なら、そのような偽装を行う際、何らかの合図や指示を与えた可能性が高い。だからこそ定期報告書を調べれば、物資不正と副長の関与を結ぶ糸口が得られるわけですね」


 こうした説明を受け、ガルフォードは更に納得したように深く頷く。

なまじ副長が参謀役としてパーティーや外部と密接な関わりを持っている分、領主報告書レベルの文書工作には必ずどこかでその影響が表面化する。ここまで厳格な制度の下で誤魔化しを通すには、副長ほどの内通者や関係者が欠かせないのだ。


 ガルフォードが目を細める。

「だが、領主邸に保管される報告書を確認するには、それなりの正当な理由がいるな。領主に直接掛け合うか、領主代理人から閲覧許可をもらわなければ」


「あなたたちはAランクパーティーで領主直轄の依頼を受ける存在。必要なら閲覧許可を求めても不自然ではないと思います」

ラインが前向きな意見を示し、隊員たちも頷く。


「ラインさん、あなたは本当に内部事情に詳しいですね」

剣士の男の一人が軽く笑ってみせる。


 今やラインは“友人のために不正を暴こうとする善意の協力者”として認識されつつある。


「まあ、前に友人から色々聞いていたもので。僕自身は戦えませんが、情報くらいはお役に立てるかと」


 ここまでくると、パーティー側もラインのことをある程度信用するようになってくる。

合理的な情報提供と、実際に倉庫で事実が確認されたことが、彼の信用性を裏付けている。


「では、領主代理人に問い合わせて報告書閲覧を試みよう。副長が戻る前に、さらに客観的な証拠を固めたい」

ガルフォードは決意を固めた表情で言い、早速動き出すことにする。




 夜風が冷たく肌を刺す。

マルシェード商会倉庫群の裏手は、昼間と違ってひどく静まり返っていた。

レイヴンクロウ隊の副長であるセドリックは石畳の上で立ち止まり、昼間の出来事を思い返す。


 あのレイヴンクロウ隊のパーティー連中が隊長まで連れて、急に倉庫に姿を現し、棚奥までチェックをしていったという報告があった。


「なぜ今、倉庫を確認しに行った……?」


 セドリックは歯を食いしばる。微かな焦燥感が胸を刺した。

もしかして、不正に気づかれたのか? 自分を疑っている者がいるという噂は前々から耳にしていたが、まさかそれを信じて動き出したのかもしれない。


「暗殺計画を早めるか⋯⋯?」


 しかし、彼は次の瞬間、少し首を振ってみせる。

まだ確定的な証拠はないはずだ。今の段階で美術品など、紛れ込ませるはずの不正物資は、まだ倉庫に運び込まれていない。計画はあと数日後、本格的な輸送スケジュールが固まる段階で仕掛ける予定だった。だから今、倉庫にあったのは普通の資材ばかりで、違和感のある箱も何もない。


「そうだ、まだ証拠となるものは何もない」


 セドリックは小さく息を吐き、胸を撫でおろす。

パーティーが棚を調べようが、現時点では単なる在庫確認で終わるだろう。

美術品を混ぜるのは後日のこと。ロットリストも現物も不自然な点などあるはずがない。

実際に物がなければ即座に咎めることはできない。


「焦るな……なんの問題もない。むしろ不正の証拠が出ないことで逆説的に身の潔白が証明されたようなものだ」


 彼は自分に言い聞かせる。暗殺などの荒療治はあとで考えればいい。

まずはアルネストと連絡を取り、計画を微調整する必要があるだろう。

もし疑念が高まっているなら、本格的に物資を投入する前に手を打てばいい。

納品状況報告書は改ざんができない仕組みになっているため、不正を行うことができないがチェックが行われていないことは長年の結果が物語っている。


 薄暗い路地に冷たい風が流れ、セドリックはフードを深く被って石畳を踏みしめる。


「ガルフォードは戦闘においては凄まじいが、策略には弱い。奴らが気づくことはないだろう」


 懐中で握った手がわずかに汗ばむが、彼は平静を取り戻し始めていた。

不正が露見するにはまだ早い。

パーティーが倉庫を確認したところで、現時点ではなんの証拠は存在しないのだから。


「よし、明日にもアルネストに会って状況を伝えよう。迂闊な行動は慎むが、もし本当に危うくなったら……その時は別の手を考えればいい」


 夜空を見上げても星はほとんど見えない。

この闇の中で、セドリックは誰もいない路地を後にした。

まだ確たる証拠はなく、自分が本格的に動く前に見抜かれたわけでもない。

彼は不安と安堵がせめぎ合う心中を抑え込みつつ、静かに歩み去っていく。

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