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抱いた夢の香り

 展示会当日の朝。

 オルグリアの町は、まるで祭りのような賑わいを見せていた。広場には色とりどりの飾り布が張り巡らされ、屋台が並び、雑貨や食べ物を売る人々がわいわいと声を上げている。


 異国の文化に触れる特別な一日――誰もがそう思っていた。けれど、当の領主とラフェリアは、苦渋の表情で邸を出るところだった。


 「やはり、魔香木は手に入らなかったな……」


 領主グレイヴ・ヴェルデッティは、気力を振り絞るように言葉をこぼす。夜を徹して調達に動いた衛兵や商人からの報告は、悉く失敗を告げる内容だった。結局、全体の半分ほどすら集めることができず、“実演”に必要な量を大きく下回っている。


 ラフェリアはうなだれながら領主の隣に立つ。「もし、伯爵が用意した職人さんが“これじゃ作れません”となったら……私たちどうすればいいんでしょう。違約金も釣り上げられた素材の価格も払える額ではありませんし、せっかくの催しが台無しになってしまう」


 「……何とか形だけでも整えるか、どちらにしても伯爵に頭を下げるしかないだろう」


 苦々しい表情の領主は、唇を噛む。「くそっ……何か、何か打開策はないのか……」


 「そういえば、ライン殿とはあの日以来、会うことができませんでしたね……」


 あれから数日、何度も彼を探しに街に出たが彼を見つけることはできなかった。ラインが本当に動いているのかいないのかさえ分からない。ラフェリアは信じたい気持ちを抱えながらも、ぎりぎりまで来てしまった現状に焦燥しか感じられない。


 そこへ、執事が慌てた足取りで駆け寄る。「領主様、ラフェリア様、伯爵ご一行が既に広場に到着し、職人も並べ始めています」


 領主は苦い面持ちで頷く。


「そうか、、我々も広場に行くしかない。 ラフェリア、覚悟はいいか。どんな形でも、我々は主催者として姿を見せねばならん」


 ラフェリアは俯いていた顔を少し上げ、震えながら微笑もうとする。


「……はい。行きましょう。せめて市民に失望されても、最後まで立ち会います。せめて街の方に説明しなきゃいけない」



 ---



 広場は、装飾が鮮やかに張り巡らされ、観客も大勢集まっている。

 だが、壇上に置かれた職人の工具やテーブルの前には、肝心の素材が積まれていない。


 周囲の市民は「まだ準備中?」と首を傾げている様子。横では隣国の職人が苦笑いを浮かべ、「素材が来ないので、何もできないんですよ」と申し訳なさそうに手を挙げる。


 そして、ラシェット伯爵が広場の中央で上品な笑みを浮かべ、遠巻きに領主を待っていた。


 「領主様、ラフェリア様、いらっしゃいましたか。おや……素材はどうされました?」


 朗らかに声をかけられた瞬間、領主は拳を握りしめたが、必死に冷静を装う。


「……ええ、すみません。今、全力で手配しておりますが、まだ到着しておりません」


 伯爵は「困りましたね」と言いつつ、少しも困った顔には見えない。


 領主は苛立ちを噛み殺し、ラフェリアに目をやる。彼女も必死に笑顔をつくろうとしたが、涙をこぼしそうなほど悲痛な表情だった。


 「領主様……まことに残念ですが、もしこのまま素材が揃わなければ、職人は作業に入れません。ご存知の通り、契約書にある違約金の件は……」


 伯爵が遠慮がちにそれを匂わせると、領主は肩を落とすしかない。


「わかっている……」


 その声は弱々しく、伯爵は「ええ、我々も大変残念ですが。これも契約ですので」と優しい言葉を返すものの、内心は勝ち誇った笑みを隠せない。


 周囲の市民も「どうしたの?」「まだ始まらないの?」と噂し始める。展示会はもう開始時刻を迎えているはずなのに、何も始まらない風景に苛立ちを覚える者も出始めた。


 ラフェリアはそんな視線を感じるたびに、心臓が締め付けられる思いだ。


 (これじゃ、私が誘った商人の方々まで恥をかかせてしまう。街の人も楽しみにしてたのに……)


 と、その時。遠くの道端がわずかにざわつく声が聞こえた。


 「馬車だ……?」


 誰かがそう呟き、そちらを振り返る市民が出てくる。領主もラフェリアも、期待はほぼ捨てかけていたが、視線だけは自然とそちらへ向かった。


 やがて見えたのは、大きな幌馬車が2台……いや3台。のろのろとこちらへ近づいてくる。 「なんだ?」「運搬車か?」と人々が道を開けていく。


伯爵は「ああ、どうせ荷が足りないんだろう?」と冷笑の準備をしつつ、ちらりと視線を送る。


 すると、その馬車を先導するように、ラインが歩いて来た。


「領主様、皆さま、お待たせいたしました!」と明るい声を張り上げる。


 いつも通り落ち着いた面差しで、「領主様、ラフェリア様、ギリギリで申し訳ありません。ですが、なんとか間に合いそうですね」と穏やかな声をかける。


「ラ、ライン殿……」ラフェリアはそれだけ言うのが精一杯で、目を潤ませている。


「あの……この荷は?」と領主が戸惑いの声を上げると、ラインはにこりと笑う。「はい、魔香木ですよ。さあ、職人さん、これだけあれば実演できますよね?」


 周囲は一気にざわめく。「魔香木だって?」「これだけの量の魔香木を実演に使うのか……?」


 ジークハインが一歩前に出て、「こんな……どこから手に入れた?」と低く問い詰めようとするが、ラインが冷静に「私が別のルートで確保しただけです。あ、警備などは必要ありませんよ」と控えめな声で返す。


「な……何を言うか。私が把握していない在庫が、こんなにあるなんて……」


 伯爵は露骨に顔をこわばらせ動揺を隠せない。


 領主はいきなりの素材提供に驚きつつも、今は迷っている余裕はない。


「すぐに馬車を降ろすんだ! 職人さん、今なら間に合うだろう?」


 勢い込んで馬車を取り囲むと、中には確かに魔香木の丸太がぎっしり積まれている。職人たちは「これだけあれば……!」と目を輝かせ、すぐに準備を始めた。


 ラフェリアは目を潤ませながら、「こんな……こんな奇跡みたいなこと……」と震える声を漏らす。


「ライン殿、どうやって……?」


 伯爵は顔を真っ赤にして「これは……違法な取引ではないか? 契約で認められた正規ルート以外の調達は――」と怒鳴り声に近い。


 しかし、ラインは軽く頭を振り、「いいえ、契約書には“領主側が調達した素材であれば形態は問わない”と書かれている。それに費用は正当な商取引で支払いました。どこにも違法性はありません。

 買い占められた在庫以外に隣国サウスベルからの輸入品が少しあったり、別の地方に小規模な蓄えがあったり……私はそういうルートを繋げてここへ運んだだけですよ」


「そ、そうだったのか……? わ、私は何も知らなかったが……」 


領主はいきなりの出来事に思わず固まる。


「領主様やラフェリア様がお忙しく普通の対策をされている間に、入手できなかったときの"保険"として余分に確保しておいただけです。 展示会が成功するなら、これで充分でしょう」


 すると、伯爵は必死に取り繕う。


「だが、時間的に間に合わないはず――いまから運び込んでも実演開始まで遅れ……」


 職人たちはもう材木を手に取り始めている。


「この量なら半日かければ見事な工芸を仕上げられる。問題なくイベントを進められるぞ!」と盛り上がっている。


市民も歓声を上げ、「おぉ、いよいよ始まるぞ!」と拍手喝采だ。


 ジークハインが苛立ちを浮かべ、「衛兵ども、何をしている? そこの馬車を検分しろ。安全かどうか――」などと吠えるが、そこへレイヴンクロウ隊のメンバーが静かに立ちふさがり、「もうあなたの指揮は不要です」と低く言い放つ。


 さらに密かにこの場に立っていたミレイユが小声で「先ほどジークハイン殿の部下が無意味に道を塞いでいたことを、私たちは確認しました。安全確保なんてただの名目でしょう?」と囁く。


 伯爵の顔は見る見る蒼白になる。


「ま、まさか……証拠などないはずだ」


 すると、ミレイユは仕上げとばかりに、ある文書を取り出す。


「これ、あなたの部下が落としたメモ。偽名で買い占めを指示した形跡があるようですね? まだ決定的とまではいかないものの、少なくとも立派な疑惑にはなるのではないでしょうか」


 市民や商人たちが「どういうことだ?」「伯爵が裏で妨害してたのか?」とざわつき始める。


 ラフェリアはあまりの急展開に呆然としつつ、ついに涙が溢れた。


「よ、よかった……ライン殿……ありがとうございます……!」


「えぇ、なんとか間に合ってよかったです」


 ラインは控えめに笑みを浮かべ言葉を返す。


 彼の背後では、運び込まれた魔香木を職人が検品し、「品質も問題なし!」と声を張り上げている。今なら予定していた実演がきちんと成立するだろう。


 伯爵は負けを認めたくない表情を浮かべ、ぐっと睨みをきかせる。


「しかし、違約金の話はどうなる? 契約時刻までに素材が不足していたじゃないか。もう過ぎているだろう!」


「いいえ、契約書には“実演開始時刻までに”とあります。今まさに、その実演がこれから行われる段階です。まだ演目は始まっていない。素材の到着が間に合いましたので、不履行ではありません。

 それに、多数の市民が待っています。伯爵殿も、あなたの職人が見せる工芸を披露したいのでは?」


 ラインは冷静に書類を手にあくまで丁寧に言い放つ。


 伯爵は声を失いかけ、ジークハインを見やる。だがジークハインもAランクパーティーの前では迂闊に動けない。


「くっ……」と唇を噛んで悔しがる。


 周囲の視線が伯爵に疑いと批判を向け始めると、伯爵も「いえ……間に合うのであればよかった……」と苦々しく言うしかなくなる。


 にわかに激しい拍手が起こる。


 観客は「おぉ、楽しみだ」と盛り上がり、職人たちは笑顔で準備に入る。ステージには魔香木が積み上げられ、道具を並べて彩りを整え始める。


 ラフェリアは震えるように微笑み、「本当に……実現するんだ」と胸を押さえる。領主も肩から力が抜け、「よかった……」と安堵の息をついた。


 伯爵は人知れず拳を握りしめているが、この状況では撤回の手段はない。ラインは表立って言えないような手段で前もって素材を集めていたが誰からも大きな疑惑を向けられることなく、その逆転劇を成立させた。


 やがて、工芸の実演が大々的に始まる。


 職人たちは魔香木を精巧に削り、独特の香りと魔力を活かした華麗な作品を次々と生み出す。その仕上がりを目の当たりにした市民は大喜びで、「素晴らしい……!」と拍手喝采。広場の雰囲気は一気に熱を帯びる。


 領主はついに笑みを取り戻し、「ラフェリア、良かったな……」と娘の肩を叩く。


ラフェリアは目頭を押さえ、「はい、でもわたしは何もしていないような……ライン殿が……」と正直に言う。その言葉を聞いたラインは、すぐそばで「いえ、ラフェリア様が最後まで諦めなかったからですよ」と微笑んだ。


 「あなたがいなければ、今頃もう……」ラフェリアは感極まって言葉が続かない。


「結局、伯爵は自分の策略に自信を持ちすぎたのでしょう。 それに……後でお届けしますが、妨害の証拠もいくつか押さえています。もし伯爵がさらに違約金を求めるなら、反論することも可能ですし逆に違約金を取ることもできるでしょう」


 ラインはあくまで静かな口調で、


「ライン殿……あなたは、いつのまにそこまで……」


 ラフェリアは目を潤ませ、と繰り返す。言葉にならない感謝がこみ上げ、その姿を見ていた市民たちの中にも、じっとこちらを見守る者がいる。


 そこでレイヴンクロウ隊の一人が声をかける。


「領主様、舞台はもう始まりましたよ。そちらで皆が見ています」


と朗らかに誘う。


「ああ……そうだ、行こう!」


領主は我に返り慌てて駆け出す。


ラフェリアもドレスの裾を握り、ラインに深く礼をしてから壇上へ向かった。


 こうして魔香木の実演は大成功を迎える。


 華やかな作業工程や香りの演出に、観客は熱狂し、町全体が祝祭のような盛り上がりに包まれる。


 伯爵は苦い顔のまま端に立ち尽くし、ジークハインも腕を組み、不満げに睨んでいるが、もうどうにもできない。逆転劇は完全に成立してしまったのだ。


 実演が終了したあと、領主とラフェリアが姿を現し、市民に向けて挨拶をする。


「皆さま、ありがとうございます! これが私たちの隣国との新しい絆となると信じています!」とラフェリアは声を震わせながらも堂々と話す。拍手が湧き起こり、多くの人が「素晴らしい催しだ!」と口々に称賛を送る。


 ラインは群衆の少し後ろで、その光景を眺めていた。

 「ああ、本当によかった……」と呟く声に振り向くと、シャルロットがそっと近づいてくる。「何だかんだで大成功。あなたの目論見どおりね」


「まさか伯爵も自分より早く魔香木を確保されていたとは思わないだろうな」


「これでこの街でのあなたの立場はますます盤石になるわね。ラフェリア様はもう、あなたをヒーロー扱いよ」

 シャルロットは嬉しそうに笑みを浮かべる。


その言葉にラインは照れる様子もなく静かに応じる。

「ヒーローかどうかは別にして、これからは僕らの要求には快く応じてくれるだろうね」


 さらに人混みの隙間からミレイユが合流。


「ジークハインが苛立っているわね。何か企んでるかもしれないけど、今はもう逆手を打たれている状態。多分、これ以上はどうしようもないでしょう」と小声で報告する。


「なら、大丈夫。これで一件落着、あとは彼らが策を諦めて退くか、暴れて自爆するかだ」


 拍手喝采と歓声が広場を包み、領主やラフェリアが笑顔で応じる姿が見える。ほっとしたように、ラフェリアがラインの方を探すように目を彷徨わせるが、人混みの奥からではその姿は確認できない。

 しかし、その表情には確かな安堵と感謝の色が浮かんでいる。


 やがて催しがひと段落し、工芸実演も結果的に大成功。ラフェリアは壇上を降りると、父と共にラインの姿を必死に探す。


「ライン殿……やはりここに……」と、中央の喧騒から少し離れた場所でようやく見つけると、彼女は笑顔を見せて近づいた。


 「ライン殿! どうやって魔香木を……本当にありがとうございます、私、もう……」


 言葉にならず、ラフェリアは思わず頭を下げそうになるが、ラインは手を軽く挙げ、「頭を下げる必要はないですよ。ラフェリア様が街を思う気持ちが、多くの人を動かした結果に過ぎません」


 「でも……わたしは何もできず、あなたたちがすべて整えてくださったんです。ライン殿がいなかったら、絶対に失敗でした……」


 ラフェリアの瞳は涙で潤んでいる。ラインはあくまで静かに微笑み、「まぁ、騒ぎが収まったら改めて領主様と話をしましょう。まだ伯爵との契約関係も整理が必要でしょうし、違約金の話もなくなるとはいえ、何らかの決着は必要ですから」


 「はい……! ありがとうございます」


大きく頷くラフェリアの姿を見て、領主も苦笑いで合流する。


「ライン殿、先ほどは挨拶すらままならず、誠に申し訳ございません。

今回の件では、本当に助けられました。


レイヴンクロウ隊から、以前ラフェリアを救ってくださった折の話も伺っております。

この場を借りて、改めて深く感謝申し上げます」


「街の皆さんやラフェリア様の笑顔を曇らせるようなことにならなくてよかったです」

 ラインは謙虚に頭を下げる。



 そんな会話を交わす間にも、周囲では次の演目が始まり、魔香木を使った彫刻が少しずつ姿を見せている。市民はその豪華な造形に歓声を上げ、ラフェリアに「ラフェリア様が企画してくれたと聞きました、ありがとうございます!」と興奮気味に話しかける者までいる。


 (こんな光景が見られるなんて……もう少しで、すべてが失敗に終わるはずだったのに)


 ラフェリアは胸がいっぱいになり、涙を拭いながら笑顔を浮かべる。


「ライン殿……本当にありがとうございました。

 わたし、もっとこの街のために頑張ります……」


 ラインはただラフェリアに笑顔を送る。その穏やかな瞳に、ラフェリアの胸は熱くなる。


 

一方、伯爵は広場の端で沈痛な面持ちを浮かべたまま。違約金はもう取れないばかりか、自分の裏工作を疑う声がちらほら市民から出始めている。

 ジークハインは苛立ちを隠せず、「どうする、伯爵……」と低く問いかけるが、伯爵は唇を噛みしめて「……無理だ。ここで騒いだら余計に己の首を絞めるだけ。引き際を考えるしかない」とかすれ声で呟く。


 結局、伯爵とジークハインは何も言い出せないまま、“お祝いムード”に包まれる広場の喧騒から抜け出し、静かに退散していく。人々は気づかずとも、彼らの計画は完全に頓挫したのだ。


 かろうじて仕掛けた妨害や買い占めは、ラインたちの手で徹底的に先回りされていた――その意味を、伯爵はまだ信じられないという表情でかすかな怒りを胸に歩き去る。


 やがて実演が最高潮に達する。

 仕上がった工芸品の美しさと、魔香木特有のほのかな香りに、観客は「こんな品があるなんて……!」と声を上げて感動し、拍手の嵐を巻き起こす。

 ラフェリアはその眩しい光景を見やりながら、ラインに何度も礼を言いたい気持ちでいっぱいだ。しかし、振り返ると、いつの間にか彼の姿は見当たらなかった。


 (ライン殿……また、どこかへ行かれたの?

 こういう姿を誰よりも見ていて欲しいのに)


 とはいえ、この喜びを噛みしめている今、彼女の心には温かな達成感がある。失敗しかけた催しが、最良の形で成功を迎え、町の人々は笑顔になったのだから。

 領主は市民に向けて挨拶をし、ラフェリアも肩を並べて深々と頭を下げる。観衆から大きな拍手と歓声が返ってきて、彼女はほっと息をつく。


 (私も、レイヴンクロウ隊のように街を救える……わけではないけど、ライン殿が支えてくれたおかげで、こうして成功させることができた)


 その思いが、彼女の瞳にうっすらと涙を浮かべさせる。でもそれは悲しみの涙ではなく、晴れ晴れとした感謝の涙。


 こうして、展示会は大成功のうちに終わりを迎える。

 市民の笑顔と満足げな職人たちの声が広場を満たし、商人たちは互いに名刺や品物を交換し、異国との新たな取引の可能性を話し合っていた。

 これこそラフェリアが望んでいた“文化交流”の姿。数日前までは夢物語だと思われたが、最後には現実になったのだ。


 夜になり、盛大なイベントを終えた広場の片付けが始まる頃、ラフェリアは領主と並んで夕暮れを眺めていた。


 「父上、夢みたい……この朝には何もかも失敗すると覚悟していたのに」


「ああ、私も同じだ。心が折れかけていたが、まさかこんなに見事な成功を収めるとは。ラフェリア、お前が最後まで諦めなかったことが、大きかったな」

 領主も大きく頷きと笑顔を見せる。


 娘の手を取って小さく握り返し、領主は小声で付け加える。


「だが、真の功労者はライン殿だろう。彼が裏で素材を確保しなければ、どうにもならなかった」


 ラフェリアも視線を遠くに向け、「まだしっかりとお礼を直接言えていません。きちんと伝えたいのに……」と呟く。


 大勢の人が「素晴らしかった!」と口々に語り合い、広場にはまだ残る魔香木の香りが漂う。


 その香りは、ラフェリアが抱いた夢の香り。


 「私も、いつかレイヴンクロウ隊のように、あるいはライン殿のように……街を守る存在になれたら……」と胸を熱くする。


 今宵の拍手と歓喜は、それを告げる序章のように長く長く続いていた。




 夕闇が深まり、辺りを暗く染め始める。

 それでも、多くの人が興奮冷めやらず、残って打ち上げのような雰囲気で語り合っている光景が、ラフェリアには眩しく映る。まるで、夢が続いているようだ。


 その頃、町の外れの道では、ラインが仲間たちと合流していた。


「大成功だったわね。伯爵、完全に打つ手なしで退散していったわよ?」


 シャルロットは疲れた顔をしつつも満足げにラインに話しかける。


「ジークハインももう暴れられないでしょう。領主の兵が警戒してるし、私が仕込んだ小細工で足止めされる」

ミレイユはフードを下ろしつつ無表情ながらも達成感をにじませる。


 ラインは「ご苦労だったね」と軽く笑い、


「領主とラフェリアはこれで私を欠かせない存在として認識するだろう。街に恩を売る形にもなった。

 伯爵は大人しく退くか、余計な言いがかりをつけたら、こちらも証拠を晒して一気に叩けばいい」


と静かに告げる。

 

 町の空に煙火が上がるような音が聞こえ、笑い声や歓声が微かに風に乗って届く。

シャルロットは「あれは打ち上げかしら。ラフェリア様、はしゃいでるかな」と首をかしげる。

ミレイユも小さく息をついて、「そうね、手間がかかったけど無事に終わってよかったわ」と呟く。


 ラインは薄く微笑み、「……まぁ、いい結果だ。 さ、帰ろう。表舞台は領主とラフェリアに任せておけばいい。これで街がもっと穏やかになれば、私たちも都合がいいからね」


 そう言い残して、一行は闇に溶けていく。

 ラインたちの活躍が街の人には届かずとも、街を混沌から救った彼らの活躍は確かにここにあった。

 そして展示会は華麗なフィナーレを迎え、伯爵の陰謀は消え去り、街の人々は夜明け前の絶望から一転、熱狂と歓喜に包まれる。

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