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底辺冒険者、影の支配者として裏から糸を引く  作者: 来夢
Aランク パーティー掌握編
4/41

調査

 翌朝、オルグリアの空は薄曇りだった。


 レイヴンクロウ隊の宿舎には、隊長ガルフォードを中心に数名のメンバー、そしてリーネが集まっている。そこへ、ラインが顔を出した。


「おはようございます。今日はマルシェード商会倉庫でロット番号の確認を行うとリーネさんから聞いて伺いました。お役に立てれば幸いです」


 ラインは控えめな笑顔で一礼する。


 メンバーの中には、まだ警戒心を解けない者もいる。無名の下級冒険者が、なぜこれほど積極的なのか? しかし、ラインは「友人の不審死の真相を突き止める」という個人的な動機を明かしているし、そのためにパーティーに協力することは理屈として通らなくもない。


「ラインさん、申し訳ないが、もう一度確認したい。どうしてここまで協力してくれるのか?」

ガルフォードが穏やかな声で尋ねる。昨日話は聞いたが、彼としては念には念を入れたいのだろう。


「もちろんです。僕の友人は、マルシェード商会で働いていましたが、業務中に正規ロットと合わないおかしなものを見つけました。彼は正義感が強く、不正は見逃せないと、上層部に訴えるつもりだと口にしていたんです。ところが、その矢先、友人は突然行方不明になって……数日前に遺体で見つかりました」


ラインは静かに言葉を紡ぐ。


「彼は真面目な男でした。あれほど真摯に働いていたのに、不正を暴こうとしたせいで命を落としたとしか思えない。僕としては、彼が見つけた“おかしな物”が本当に不正の証拠だったのかを突き止めたいんです。そして、彼が犠牲者となったこの闇を暴くことで、少しでも彼が報われるんじゃないかと思っています」


 彼の言葉に嘘はないように感じられた。マルシェード商会内部の闇を解明すれば、レイヴンクロウ隊が受ける領主依頼にもプラスになり得るし、本当に彼の友人が口封じに殺されていたのであればその罪は絶対に裁かれなくてはならない。


「分かりました。あなたにとっても辛い状況でしょうが、協力に感謝します。ならば、一緒に倉庫へ行きましょう。不正があれば、マルシェード商会に正式な釈明を求められますし、あなたの友人が信じた正義を証明する手がかりも掴めるはずです」


 ガルフォードは頷き、固い決意を秘めた目でラインを見据える。副長セドリックは今別行動中で不在だが、むしろそれが好都合だ。隊長としては副長抜きで“客観的な証拠”を確保しておきたいと考えているのが見て取れる。


 マルシェード商会倉庫はギルドから少し離れた石造りの建物だ。中規模な荷受け場があり、統一された棚番号とロット番号で管理されている。領主関連の物資は特に厳密に整理されるはずだが、ラインが指摘したように不正があれば話は別だ。


 メンバー数名、そしてリーネ、ガルフォード、ラインが倉庫管理人に挨拶をする。管理人は「領主関連の依頼を受けるパーティーなら確認は自由」と言い、そのまま棚の案内をしてくれる。公示ロットリストはリーネが手にしている。そこには「A-123」「B-045」など、細かく番号が割り振られ、物資名が記されている。


「A-123は魔法触媒が3箱、B-045は特殊な治癒薬5個分の原料が1箱……この通りなら問題ないはず」


 リーネがロット表を読み上げ、隊の剣士が棚から箱を取り出す。最初のいくつかは何もおかしな点はない。

 しかし、棚の奥を探っていくうちに、微妙な重複ロットが出てきた。例えば「A-123」のはずが、「A-123a」というラベルの貼られた箱が紛れ込んでいる。公示ロットには“a”などのサフィックスは存在しない。本来、余計な枝番を付けることは規定外だ。


「これは……おかしいな」

 ガルフォードが低く唸る。


「余分な箱ですか?」


「はい、本来ロット番号は1件につき3枚の伝票で管理されると聞いてますが、ここには4枚目のような控えが挟まれている」


 剣士が箱内の書類を拾い上げる。そこには公式印章と似た紋様が薄く押されているが、微妙に形が歪んでいる。


「もし内部で誰かが不正を働いていたなら、こういう紛れ込ませ方をするかもしれませんね」

 ラインが控えめに口をはさむ。あくまで“知人の話”と整合する形で、自然に解説する。


「確かに公示ロット表にそんなa番号の記載はない」

 リーネは公示ロット表を見直し、頭を抱える。


「これって、公式には存在しない箱ってことですよね? 誰が何のためにこんな余分な箱を?」


「わざわざ公式に近い形で紛れ込ませているってことは、内部に協力者がいると考えるのが自然でしょうね。副長が関わっているかは別として、これは決定的な不正の兆候です」

 ガルフォードの表情が険しくなる。


「ラインさん、あなたの話は正しかったようだ。どうやら本当にマルシェード商会周辺で妙な事態が起きている。あなたの友人も正しい指摘をしていた可能性が高い」


 ラインは軽く肩をすくめ、少し悲しそうな表情を作ってみせる。

「友人を信じてよかった…彼が嘘をついていないと分かっただけでも救いです」


 このやり取りで、パーティーはラインの情報を“信用に足るもの”と評価するだろう。副長に関してはまだ断定できないが、密かに不正に関与する誰かがいる以上、内部疑惑は増す一方だ。


「よし、この証拠を手に領主側に報告し、マルシェード商会に正式な説明を求めよう」

 ガルフォードが静かに決意を語る。


「ラインさん、あなたにも感謝します。あなたの協力がなければ気づきにくかった。後ほど何らかの形でお礼をさせてください」


「お気になさらず。僕としては、友人の無念を晴らす糸口がつかめただけで充分です」

 ラインは控えめに笑う。


 こうして、ラインは自分が提示した“検証可能な疑惑”を利用し、自然な形でパーティーから感謝と一定の信頼を得ることに成功した。

 この後、パーティーは副長の動向をさらに注視するようになり、噂に対しても警戒を強めるだろう。


 ラインは、現状の手応えを感じながら徹夜で不正の証拠をでっちあげてくれたミレイユに感謝していた。




 それは、パーティーが倉庫を訪れる前日の深夜。小柄で細身の体つき、頭には深くフードをかぶっている女が倉庫前に立っていた。光を反射しない黒い布は、星明かり程度の暗がりなら完全に溶け込み、その存在感を消している。


 顔立ちは可憐で、少女らしい柔和な美しさを感じさせる整った輪郭をしており、フードの奥から覗く瞳は極めて冷静で、獲物の弱点を正確に突く狩人のような鋭さを帯びていた。


 彼女の名はミレイユ。ラインの仲間の諜報員である。


 ミレイユはマルシェード商会倉庫裏手の薄暗い路地に身を潜めていた。夜露でしっとりとした石壁に背を預け、彼女は静かに待機する。視線の先には、商会の見張りが交代するわずかな空白があった。


(今だ)


 ミレイユは音もなく倉庫裏口へ滑り込む。ラインから聞かされた計略を実現するため、彼女は正式なロットと紛れのない物資を、あたかも不正があるかのように見せかける必要があった。本来「A-123」のロットは問題なく管理されており、特に余分な箱もなければ整合性を欠く書類も存在しない。


 しかし、ラインの計略はこうだ。まず、棚奥にあった同一ロット系列の予備箱から、実際には予備品や補充物資が格納された「本来なら許容範囲の追加箱」を一つ引き出し、紙タグの端を慎重に剥がす。そこへ自作の小さな紙片を挟み込み、“A-123a”という余分な枝番を記したラベルを覆い被せるように貼り直す。元々この箱は予備の触媒が一時的に置かれただけで、公示ロット表には記載しなくても後で正規に処理されるはずだった。実質問題ない管理手順だが、サフィックス付きの番号を与えることで「あってはならぬ箱」に化ける。


 続いて箱内部に挿してあった正規の3枚綴りの伝票の隙間に、ミレイユが偽造した“4枚目”の控えをするりと差し込む。その偽造控えには、本来使用されないはずの微妙な印章が押されている。形は極めて似ているが、よく見れば歪んだ印影。公示ロット表と照合すれば「こんな枝番も余分な伝票もおかしい」と思わせる絶妙な違和感を仕込み、もし誰かがこの箱を発見したなら、不正操作が行われているように感じるだろう。


(これで十分……あとは、自然な混沌が生まれるはず)


 ミレイユは目元を細め、無表情のまま微かに息を吐く。彼女は、一切の多余な物音を立てずに作業を終え、紙片や蝋板、偽インクを使用した小道具を再びポーチに仕舞う。箱を棚に戻し、“A-123a”がまるで最初からそこにあったかのように見える位置に固定する。


 夜の静寂を裂くものはなにもない。ミレイユは裏口を抜け出し、路地へ戻る。見張り交代の隙は僅かだったが、彼女にはそれで十分だった。こうして本来何の問題もない補充用箱が、余分な枝番と偽の伝票を挟まれることで「あからさまな不正品」に見せかけられたのである。


 これで、後日パーティーが倉庫を訪れた時、疑惑を誘発する証拠は完璧に整った。公示ロット表と突き合わせれば不可解な状況が浮かび上がり、誰がどう見ても内部不正を思わせる。しかも、本来正規手続きで処理すれば問題なかったはずの箱を、ミレイユの手で歪められていることなど、当事者たちは知る由もない。


 細い月明かりの下、ミレイユは気配を消して路地を後にする。彼女の細工は、やがてパーティーの推測や疑念を加速させ、副長や関係者を巻き込む陰謀劇を加熱させる引き金となるのだった。

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