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窮地

 領主邸の執務室には、いつもなら静かな落ち着きがあった。しかし今、そこには重苦しい空気が満ちている。

 机の上には積み上げられた書簡、開いたままの契約書、半ば捨て置かれたメモ。それらを睨むように見つめる領主グレイヴ・ヴェルデッティと、その隣で不安気に立ち尽くす娘ラフェリア・ヴェルデッティがいた。


 「どうして……?」

 ラフェリアは細い声で呟く。 その瞳には、微かな涙の兆しが混じっているように見えた。


 領主は厳しい表情を浮かべ、震えを抑えるように拳を握った。

 「魔香木が、思った以上に確保できない……」

 そう言いながら書簡の一つを手に取る。

 「どういうわけか、いつも取引している材木商が在庫切れを訴え、代替で手に入れようとした別の商人は法外な値を吹っかけてくる。普通なら、交渉すれば多少は歩み寄れるものだが、今回は全く応じない」


 ラフェリアは動揺を隠せない。「魔香木がなければ、あの実演ができない……契約書には、素材を揃えられなければ違約金が発生するって。そんな、まだ始まってもいないのに、もう追い詰められているみたい」


 窓の外を見ても、いつもと変わらぬ青空が広がっているはずだ。だが、ラフェリアにはその光景が目に入らない。

 しばらく沈黙が落ちる中、領主は深く息を吐く。

 「落ち着け、ラフェリア。我々はまだ諦めるわけにはいかない。追加の魔香木を確保するため、さきほど衛兵隊長に別の森の伐採隊を手配させた。だが、ここで問題が……運搬路を指示する隣国側の護衛、ジークハインだったか、奴が“安全確保のため”と称して材木搬入ルートを迂回させているらしい」


 ラフェリアは困惑を深める。「えっ、護衛役なのに迂回? それでは時間がかかるだけじゃないですか。なぜそんな……」


 「まったく。彼は“危険な賊が目撃されたので別ルートを使え”と主張してきたそうだ」

 領主は顎に手を当て、不機嫌そうな顔で考え込む。「通常なら衛兵たちが確認すれば済むのに、なぜかジークハインが強く主張し、私の衛兵が妙に引き下がったらしい。あれでは丸め込まれているとしか思えない」


 ラフェリアは唇を噛む。「何かおかしい……隣国の伯爵が手伝うと言っていたのに、なぜこんなことに? 街ではすでに“素材が足りないらしい”なんて噂も広がっています。普通なら交渉で解決できるはずなのに、あちらこちらで断られ、価格を吊り上げられて……」


 領主は悔しげに机を叩き、「まさか伯爵が意図的に仕掛けているのか……? だが証拠もない」


 ラフェリアはその言葉に顔を強張らせる。

 「お父様、どうします? このままだと魔香木が期日までに間に合わず、実演は不可能。違約金まで発生してしまいます。そんなことがあれば、街は失望するし、交流も台無し……」


 領主は顔を横に振り、「追加で商人を当たっているし、部下にも全力で対処させているが、なぜか手ごたえがない。いつもはもう少し融通が利くのに、今回は皆が硬直しているような印象だ。まるで誰かが裏で糸を引いているとしか思えない」


 ラフェリアは居たたまれずに椅子から立ち上がり、窓辺へ足を運ぶ。通りには笑い声が聞こえるかもしれないが、その響きが今は遠い。

 「私が外で聞いた話だと、隣国の品物が手に入れば暮らしが便利になるって、あんなに期待していた人がいたのに……これでは期待を裏切ることになるわ。皆に示した夢が崩れてしまう」


 領主は眉をひそめて嘆く。「普通の段取りではすでに難しい段階だ。短期間でこれほど綿密に妨害されるなど想像もしなかった。必要な時に必要な素材が調達できない、護衛役が邪魔をする、商人たちが強気な値段を譲らない……」


 ラフェリアは、指を組み合わせて震えるように吐き出す。「私、何か間違えたのでしょうか。もう少し慎重に契約内容を確認すべきだったのに。伯爵は紳士的な態度で協力を申し出てくれたから、安心してしまった」


 領主は娘の肩に手を置き、「ラフェリア、君の理想が悪いわけではない。純粋な善意が逆手に取られてしまったようだな」


「しかし、今は時間がない。通常の手段で素材を買い取ろうにも、予算を上回る膨大な金額を突き付けられているが要求に応じるしかないだろうが……尋常でない金額だ」


領主は唇を噛む。


「違約金の件もある。もし本当に魔香木が揃わなければ、大損害だ」


ラフェリアは思わず頭を巡らせる。「何か、できることはないのかしら……」


 ラフェリアは深く息を吐き、「何とかしなきゃ」と目を伏せる。


とりあえず今できるのは必死にあらゆるルートを探ること。商人たちに再度懇願し、衛兵を派遣し、ほかの森から魔香木を集める試みを続ける。

「普通の対応でも足りないかもしれないけれど、諦めたくないわ。せめて最善を尽くさなければ」


 領主はその決意に小さく頷く。


「分かった、部下たちを総動員しよう。外交的な打診も試みてみるが、時間が足りないのが痛い……」

 内心では、領主は無力感に苛まれている。すでに状況は想定外の複雑さを帯び、普通の手段が効かないということは、何らかの術策が潜んでいる証拠だ。それを突き崩すにはどうすればいいのか、答えが浮かばない。


 ラフェリアは窓の外、遠くの大通りを見つめる。そこには市民が行き来し、展示会を心待ちにする空気がかすかに漂っている。

 (私が提案したのに、このまま失敗してしまったら、皆の信頼を損ねてしまう。あの笑顔で応援してくれた商人や職人たち、隣国の工芸品を楽しみにしている市民……ごめんなさい……)


 苦い思いに包まれたラフェリアは、自分の無力さを感じずにはいられない。

 だが、まだ日数は僅かながら残っている。領主とラフェリアは微かな希望を繋ぎとめ、何とか事態を打開しようともがく。 その想いは薄暗い部屋で空回りしているようだったが、二人は気力を振り絞る。「今は最善を尽くそう。諦めずに手段を模索するんだ」領主が低く励ます。


「はい、私もできる限り……」ラフェリアはそう答えるしかなかった。

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